ULF News Vol.16 No.1 Spring 1999
X染色体性副腎白質ジストロフィーの治療法に関する国際会議報告

Hugo W.Moser,M.D.

翻訳:高橋洋(MLD患者の会) 翻訳監修:大橋十也(慈恵会医科大学)

   → Contents


bt_cube.gif (262 バイト) 背景、後援、議題 bt_cube.gif (262 バイト)

 1999年1月22〜23日、ULF(United Leukodystrophy Foundation)及びNIH(National Institutes of Heath:米国保健省)の稀少難病事務局(Office of Rare Diseases))はX染色体性副腎白質ジストロフィー(X-ALD)の治療法の検討のための会議を後援した。この会議はボルチモアのアドミラル・フェル・インにおいて行われ、議長はケネディ・クリーガー研究所(Kennedy Krieger Institute)のDr.Hugo Moserと、ジョン・ホプキンス衛生保健研究所(Johns Hopkins School of Hygiene and Pubic Heath)の医療試験センター所長Dr.Curtis Meinertであった。この会議は、ある意味で98年末にロバスタチン4-フェニルブチレイト(4-phenylbutyrate:以下4PBと略)という、新たに提唱された2つの見込みのありそうな治療法によって急かされていたものである。これらの薬の効果と安全性がどの程度のものであるかを可能な限り早急に結論づける必要があったのだ。どのような状況の場合、これらの薬が用いられるべきであり、どのような形で投与されるべきなのか。これらの新しい治療法と骨髄移植ロレンツォ・オイルといった従来の療法との関係はどうなっているのか。こういった疑問が世界中の患者や医者から投げかけられているのだ。


bt_cube.gif (262 バイト) 参加者 bt_cube.gif (262 バイト)

 会議は60人の参加者によって行われた。医師としては、米国(Matalon,Moser,Naidu,Pai,Peters,Raymond,Rizzo)、カナダ(Clarke,Greenberg,Lemieux)、メキシコ(Jiminez-Sanches,Perusquia,Ruiz)、チリ(Santos)、ブラジル(Kok)、フランス(Aubourg)、ドイツ(Kohler)、オランダ(Van Geel)、イタリア(Uziel)、スペイン(Lopez-Terradas)、オーストラリア(Boneh)、韓国(Kook)、日本(小野寺)、インド(Singhal)、中国(Xi-Ru Wu)が参加した。英国のDr.Stuart Greenはご家族の病気で参加できなかったが、この会議で提案された計画には参加することになっており、アルゼンチン、イスラエル、北欧、そしておそらくベルギー、ロシア、チェコ、南アフリカ、レバノン、エジプト、ケニアも参加するだろう。これらの医師団は全体として現在知られているX-ALDの患者のほとんどをカバーできると考えられる。X-ALDはどの民族でもほぼ同じ確率で発症している。今回の会議でも、世界全体の共同作業こそ、効果的なX-ALDの治療法確立への最高の希望であることがはっきりと確認できた。
 その他のキーパーソンとしては、ロバスタチンの投与というアイディアを最初に考え出したインディレジット・シン(Dr.Inderjit Singh)、ケネディ・クリーガー研究所のドクター・キルビー・スミス研究室の研究生当時に4PBの可能性を発見したステファン・ケンプ(Stephan Kemp)、別の環境での4PBの使用のさらに進んだ実践を行ったサウル・ブルジロー(Dr.Saul Brusilow)が参加した。また、MRI(Loes,Melhem)、世界的電子画像伝達(Levine)、神経心理学(Baumeister,Cox,Edwin,Shapiro)、生化学(Watkins)、生物統計学(Wang)、疫学(Bezman)、多施設臨床治験(Gilpin,Meinert)などの各専門家も参加した。NIH(Groft,McKeon,Spinella)、FDA(Dries)、ULF(Ron and Paula Brazeal)もそれぞれの組織を代表して出席した。


bt_cube.gif (262 バイト) 討議のトピックス bt_cube.gif (262 バイト)

bt_orb_small_.gif (263 バイト) 他施設臨床治験の必要性

 X-ALDに伴う障害の程度は非常に幅がある。重症の小児型脳性X-ALDが最も一般的であるとかつては考えられていた。しかし、現在ではそうではなく、もっと軽症のAMN(Adenomyeloneuropathy)の方が一般的であることがはっきりしている。この変化は、AMNは過去においてはしばしば診断されることがなかったという事実によるものである。最新のもっとも信頼のおける推計によれば、治療を受けなかった男性X-ALD患者の30〜35%が重症の小児型脳性ALDになり、ほぼ50%がAMNになる。残りはもっと希な疾患、たとえば神経症状のないアジソン病、成人型脳性ALD、症候のない疾患などになる。AMNの症状の重さもまた変化に富んでいる。一部の患者は非常に重い障害を小児期の早い時期で発症するが、70代になってから軽度の障害が出る程度にすぎない患者もいる。ある52歳の患者は、つい最近、10歳の甥が重度のALDを発症したため生化学的検査を受けてはじめてそう診断されたが、州兵としてまったく機能的に問題なく過ごしてきており、兆候はまったくなかった。軽い症状の症例と重い症状の症例はしばしば同じ家系の中で発生し、生化学的な検査や遺伝子診断では、将来いずれの症状を示すかを予見するのは難しい。こういった特徴は、その後の経過が良好であっても、それが正しい治療法によってもたらされたものであるのか、それともそのような療法を行わなくても結果的にそうなったのかを判断することを非常に難しくしている。
 よく知られた、どのような療法が効果的かを確認することができる生物統計学的手法というものがある。X-ALDの症状の極度の多様性のため、これらの試みは少なくても4種類の患者に対して実施されなくてはならない。1)神経学的な兆候がまったくない男性、2)小児型(脳性)の症状を示す男性、3)AMNの男性、4)AMNと同様の神経障害を示す女性。単一の医療機関でこれらの症状の組み合わせをまとめて調査するのは不可能であるが、世界的な協力組織があればそれが可能になる。ケネディ・クリーガー研究所、マヨ研究所、そしてその他の研究所の過去の研究によれば、米国では毎年100〜150人の新たな男性X-ALD患者が発病していると想定できる。X-ALDの発病率がすべての民族で同様であることから、毎年世界で2,000名以上の患者が生まれていることになる。計画されている世界的組織による調査でもその一部を対象にするにすぎない。今後の研究のために、われわれは世界規模で毎年300名の新たなX-ALD患者を認知することができるだろうと見積もっており、その1/3の患者がこの試みに参加することを選択し、80%は十分に長い期間その医療プロトコルを継続してもらえると予想している。また、この試みは毎年新たな参加者が参加し、うまくいけば95人の新たな患者を加えていくことになる。また、われわれは既に認知されている300名のX-ALD患者がこの試みに参加してくれるものと見積もっている*。予備的な効果測定によって、これだけの資料数があれば、療法の効果に対する意味ある評価を提供するのにじゅうぶんであることがわかっている。

*訳注:このあたりやや数字的な整合性に疑問があるが不明

bt_orb_small_.gif (263 バイト) どのように評価するか

 療法の効果を評価するために4種類の試験が実施される。

【1】神経学的検査

 すでに世界で利用されている標準テストが利用できる。

【2】神経心理学的検査

 これらの検査は修正される必要がある。現在米国で実施されているテストは広範囲の情報を提供することができるが、高度に訓練された検査員が要求され、時間もかかり、ほとんどの部分が英語が話せることを前提としている。もっと短い時間で、それほど訓練されていない検査員でも実施でき、多文化間の比較を可能とする手法の開発を行うタスクフォースが結成される予定だ。これは非常に困難な作業ではあるが、会議の関係者の何人か(Shapiro,Cox,Edwin)はこのようなことを以前から考えており、また、実現可能であると信じている。

【3】MRI

 標準的なMRI検査は各医療機関で実施可能であり、高度に専門的なマス・スペクトロメトリー法もいくつかのセンターで利用できる。この計画では、各医療機関において標準的MRI検査を行い、その結果得られた画像を電子的に処理して、それぞれ独自に調査結果を計測する、患者の治療には携わらない放射線科の医師がいる2〜3の中央MRIセンターに送る。ジョージタウン大学の放射線科のシステム・オペレーション・エンジニアであるベティ・レビン氏は、ボスニア防衛省のために同様のシステムを立ち上げたことがあり、X-ALDの臨床試験のために同じものを確立することができると確信している。

【4】生化学的調査

 脳内と副腎、またその他の体組織や血漿などの体液中の飽和VLCFA(極長鎖脂肪酸)のレベルがX-ALDの基本的な生化学的異常を代表するものである。このことから、証明されたものではないものの、飽和VLCFAが神経システムのダメージの一因になっているように思われる。患者の一部はこれらの物質が特に高いレベルにあるわけではないことから考えて、まだ発見されていないものの、なんらかの別の要因が同様に原因となっているに違いない。このような不確定な部分にもかかわらず、血漿中のVLCFAの測定は男性X-ALD患者の診断における信頼できる指標となってきたし、また確かに、VLCFAの値が増加していない場合には確定診断は行われない。血漿中のVLCFAの測定は技術的に難しい。いくつかの国では測定が不可能で、いくつかの研究所の結果は精密ではない。これらの理由により、会議ではこの診断のための測定ができる研究所の国際的なネットワークを実現するための先進的なプログラムの確立が求められた。さらに、定期的な血漿中のVLCFAの測定は、医療プロトコルの一部としての役割も果たす。現在、そして今後予定されている療法のほとんどは血漿中のVLCFAのレベルを下げようとするものであるので、そのレベルをモニターすることは、患者のコンプライアンスの指標を提供することにもなるだろう *。ただし、ロレンツォ・オイル療法の経験(後段を参照)によれば、血漿中のVLCFAのレベルを正常化することは、それ自体では、患者の助けになることが証明されないということがある。

*訳注:実際には処方通り薬を飲まない患者もいるので、効果を統計的にはっきりさせるためには、それ(=コンプライアンス)をチェックする必要がある

bt_orb_small_.gif (263 バイト) 療法に関する討議

【1】ロバスタチン(Lovastatin)

 ロバスタチン療法の論理的根拠の説明はDr.Singhとその協力者の立証に負っており、この薬がX-ALDの患者の皮膚培養組織のVLCFAのレベルと代謝を正常化し(Singh et al. FEBS Lett 426:342-346,1998)、それらの患者の血漿中のVLCFAのレベルを正常化する(Singh et al. N Engl J Med 339:702-703,1998)というものである。ロバスタチンは血漿中のコレステロールのレベルを下げるためにX-ALD患者以外の多数の人に対して用いられてきた。副作用はめったに起きず、モニターすることでそれを最小に押さえることができる。これらの重要な長所に反して、いくつかの慎重論が提出されている。ロバスタチンがX-ALD患者のVLCFAの代謝にどのように作用するかという機構はまだ解明されていない。血漿中のコレステロールのレベルを下げるための服用や適用のスケジュールはX-ALDの療法にとっての最良の方法とは限らない。ロレンツォ・オイルの経験(後段を参照)は血漿中のVLCFAのレベルを下げること自体は、患者にとって役に立つという保証にはならないことを示している。最も重要なのは脳内の物質のレベルであり、それは医学的に検査することができない。Dr.AubourgはロバスタチンがX-ALD患者の血漿中のVLCFAのレベルを下げることを確認するとともに、最近研究が進んでいるX-ALDのマウス・モデルによる研究を指揮した。この動物実験では、逆説的なことではあるが、ロバスタチンはある状況のもとでは脳内のVLCFAのレベルを上げてしまうことを指摘している。この問題に関するさらに進んだ研究が進行中である。

【2】4-フェニルブチレイト(4-Phenylbutyrate:4PB)

 Stephan Kempはこの薬がX-ALD患者の培養細胞のVLCFAの代謝代謝を正常化し、最も重要な点として、それがX-ALDのマウス・モデルの脳及び副腎のVLCFAのレベルを大きく下げることを発表した論文(Kemp et al. Nature Medicine 4:1261-1268)について講演した。Dr.Raymondは、4PB療法を行った5人のAMN患者に関する予備的なデータについて講演した。それらの中で白血球中のVLCFAの酸化を向上させ、血漿や赤血球中のVLCFAのレベルを低下させることが明らかにされた一方で、それが再現可能なものであるかについては不確かなものがある。これらの予備的発見は希望をもたせるものではあるが、患者における生化学的な効果に関するデータが、大規模な臨床試験が実行される前に必要であろうという点では満場一致であった。4PBの適用は不便な点もあり、おそらく小児に対してはそれが非常に多量の錠剤を毎日服用させなければならないという点が問題となるだろうとはいえ、Dr.Brusilowは他の状況における4PB療法(尿素サイクル障害、鎌形赤血球性貧血、その他のさまざまな種類の腫瘍)では深刻な副作用はないと報告した。

【3】骨髄移植(Bone Marrow Transplantation:BMT)

 Dr.Peters,Shapiro,Aubourgは、ある種のX-ALDの患者グループ、すなわち16歳以下で神経症状を示す患者の、骨髄移植による良好な結果について報告した。良好な結果は神経症状が比較的進んでおらず、IQが80以上を<($945l9g$KF@$i$l$k$K0c$$$J$$$H9M$($i$l$k!#IB>u$,?J9T$9$k4m81@-$,M+N8$5$l$k!#$3$N4m81@-$r8:$i$9-MhM-K>$G$O$"$k!#IQが80以下の患者に対しての骨髄移植の結果はそれほどよくない。ピーターズ博士はこれらの患者に対してもより良好な結果を得ることができる方法を探っている。彼はこのような患者の場合、遺伝病に対する骨髄移植の専門のセンターだけで行うということを推奨している。また彼は、成人に対する骨髄移植の実施は、その場合GVHDの危険性がさらに高いため、非常に高いレベルの警戒が必要であるとしている。ミネソタ大学のグループは、神経症状のない症例や、たとえMRIで異常があっても神経心理学、神経学的な異常のない症例はBMTを行うべきではなく、そのような患者は6ヶ月、もしくはそれより短い期間でフォローして、もし少しでも神経症状が発現するならBMTを考える、ということを推奨している。

【4】ロレンツォ・オイル(Lorenzo Oil)

 神経学的に無症状の患者に対するロレンツォ・オイルの処置が障害の頻度や重度を抑えることができるかどうかをはっきりさせるための国際的な研究が現在進行中であることが発表された。Dr.Loes,Moserは、ロレンツォ・オイル療法によってVLCFAの血漿中のレベルを非常にうまくコントロールすることに成功した神経学的に無症状の少年達、若者達と、そうでなかった者を比較する予備的な研究について報告した。臨床的な症状の進行は神経学的、神経心理学的研究、そしてMRIによって評価された。これらの2つのグループで、進行の度合いに差は認めることはできなかった。この予備的調査は分析によってその違いを立証することには失敗したが、一方でそれはVLCFAの血漿中のレベルを下げることが患者の状態がよくなっているということの信頼できる目安にはならないことを示した。Dr.Kohlerは彼が自分の「真性AMN」患者に対してロレンツォ・オイルの処置を行った研究について報告し、これらの患者は、それ以前の病状の進行状況と比較して神経学的に一年、それ以上安定した状態を保ったと主張した。これは勇気づけられる発見ではあるが、会議の参加者からは、この手の時間の経過の影響を考慮しなくてはならない研究は実証が難しいだろうという指摘があった。われわれはDr.Loes,Moserが発表するデータの最終的な分析結果と、現在進行中のロレンツォ・オイル療法の予防効果に関する国際研究をまっている。


bt_cube.gif (262 バイト) 試験計画(Trial Design) bt_cube.gif (262 バイト)

 テストされるべき療法の選択、時期、利用されるべき用法は、各患者の年齢や臨床的所見によって、非常に多岐にわたっており、Dr.Curtis Meinertが議長となった最終セッションの議題となった。X-ALDの全ての種類に対する具体的な試験方法がさまざまな参加者から提案され、いくつかのケースでは激しい議論となった。最終的には、国際的で多極的な無作為抽出検査、管理された試験方法の確立のために前進しなくてはならないという点で意見の一致をみた。会議の結果まとめられた草案、またそれに先だって提出されていた調査計画案の一部は現在すべての参加者の参照、追加コメント用に配布中である。コメントは試験計画の任務につくことになる実行委員会によって評価される。NIH、FDA、ULFの代表者もこの方法を支持した。


bt_cube.gif (262 バイト) 結論と未来への計画 bt_cube.gif (262 バイト)

【1】X-ALDに対する療法の評価を行うための国際的なコンソーシアムの結成は可能であり、必要である。

【2】実行委員会が選ばれる。この委員会は調査委員長、副調査委員長および参加医療機関の代表からなる。この委員会は臨床試験計画、実行手段に対して責を負い、必要に応じて定期的な会合をもつ。

【3】ジョン・ホプキンス衛生保健研究所は臨床試験のセンターとして、データの管理や分析を含む治療試験のコーディネイトに責任をもつ。

【4】標準化され、国際的に比較可能な神経学的、神経心理学的機能、そしてMRIや生化学的分析の評価法が開発され、批准される。

【5】各参加機関による国際的監査組織によって、監査を行うプロデューサーが複数名任命される。

【6】NIHに対する申請書が準備される。NIH、FDA、ULFのスタッフがその準備の間、顧問となる。当面のゴールは1999/6/1にその申請書を提出することであるが、提案が複雑であることをから延長される可能性がある。


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