たくみんの骨髄移植体験記

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松本(たくみん)さん一家は、99年2月に長男の拓実君がALDと診断されました。ロレンツォ・オイルの国内の配布窓口になっていた岐阜大学の鈴木先生、国内で多数の先天性代謝異常症の子供の骨髄移植を手がけている東海大学の加藤先生、既に骨髄移植を受けた経験のある国内のALD患者のご家族のお話を聞いた上で骨髄移植を決意され、東海大学病院に転院し、4月から骨髄移植に向けて準備を開始し、5月中旬にHLA型が合った妹さんをドナーとして骨髄移植を実施、6月現在、経過良好で一般病棟への移動を待っています。

実行例が少なく、なかなか患者の家族に実態に関する情報が入りにくいロイコジストロフィー患者に対する骨髄移植ですが、松本さんは、あとに続く人のことを考えてMLD HomePageの掲示板に状況を伝えるレポートをリアルタイムで報告してくれています。松本さんはALD患者の家族に対する情報提供のホームページを近日中に立ち上げる予定で、その際には骨髄移植体験についてもまとまった情報が用意されると思いますが、お子さんが入院中はなかなか時間がとれないだろうということ、そのサイトができるまでの間にも骨髄移植について情報が欲しいというロイコジストロフィー患者のご家族が現れる可能性があることも考えて、暫定的にここに「たくみんの骨髄移植体験記」としてまとめておきます。

なお、掲示板では他の方との対話で、いろいろな話題と平行して骨髄移植の話題が出ているので、ここでは話の流れをわかりやすくするために、松本さんの投稿から骨髄移植に関する部分だけを抜粋し、必要に応じてメモで背景を説明しています。オリジナルの投稿については、先天性代謝異常症BBSと、その過去の投稿と話題をご覧下さい。また、巧実君の骨髄移植にも加わっている東海大学の矢部先生に私が以前うかがった先天性代謝異常症と骨髄移植というレポートがあるので、これを事前に読んでいただくと流れがよくわかると思います。


bt_cube.gif (262 バイト) 体験記 bt_cube.gif (262 バイト)


松本さんからMLD HomePageに連絡があったのは2月の診断のすぐあとで、その後、こちらで知っているALD患者のご家族(骨髄移植経験済みの方も含む)を紹介したりといったやりとりがありました。


1999/04/03  骨髄移植の経緯

高橋さん、 ご連絡できず、申し訳ありませんでした。 それほど最近ばたばたしています。 骨髄移植ドナーは、1歳9か月の妹です。幸いHLAが完全一致しました。 ただ、体重差が2倍あるため必要量が確保できない、ぎりぎり可能な量を 採取する、という2人とも心配な状況になっています。 かかっていた医療センターでは、元々移植には難色を示していた上、 ドナーは3歳以上という規定があるようで、骨髄移植数では国内最多の 東海大で行うことにしました。 (白血病などの移植は相当数行っているのですがね...)

東海大では、先天性代謝異常では2例を除き、症状の進行が止まった 改善したという結果が出ているようです。 ただ、最近注目の臍帯血移植は、先天性代謝異常には良い結果が 出ていないということだそうです。加藤助教授によると「弱いようだ」 というお話でした。


我が家(楓子)の場合にも、それまで診察を受けていた東京女子医科大学は骨髄移植にはあまり乗り気ではなく、しかし、もしやるならということで東海大学を紹介してもらっています。もっとも、骨髄移植の可否は症状の進行状況にも深く関わっており、巧実君と楓子では、骨髄移植を検討した時点の状態がかなり違います。なお、投稿中の「医療センター」は埼玉県小児医療センターのことです。


1999/04/14 入院しました

予定通り、東海大病院に入院しました。 移植をする子ばかりの病室です。今は検査のフルコースです。 1週間前に入院した子は、5月中頃の移植予定とか。うちは5月末かな。 その間に進行してしまわないか、とても心配です。 あと、面会時間が割りと厳しく、帰り際に泣かれるのがつらい。 明日は大阪日帰り行脚ですので、詳しくはまた後日にでも。


東海大学は小児科で白血病をはじめとする血液の病気の子供のための骨髄移植を広く手がけているので、移植中、移植後、移植待ちの子供が常にかなりの数います。その中で先天性代謝異常症の子供は少数派です。


1999/04/19 移植体験記 その1

面会,新居探し,仕事,諸々で超多忙につき、報告が遅れております。 うまく1回で定着すれば4か月間(または新Home Pageを立ち上げるまで ??)、時々こちらに書き込ませて頂きます。

相変わらず検査が続いておりますが、4/27にチューブを胸に埋め込む手術を行う予定になっています。いよいよ移植のプロセスの始まりと いった感じ。 昨日から、ロレンツォ・オイルを含んだ個別食になりました。 栄養士が気合い十分でがんばってくれています。まだ量は少なめ、 様子見らしいのですが、オイルの匂い・味がわからないくらい上手く 調理してくれているようで、期待が持てます。 最近、視覚障害が進んだ感じがします。視力と言うか、視野が狭く なったり遠近感が取れなくなったみたいです。あせりますが、もっと 症状の重い子供たちも移植を待っていたりしいて、ぜいたく言えない。 隣の病室に移植待ちの先天性代謝異常の子が1人いるようですが、詳細はわかりません。


「うまく1回で定着すれば」というのは、骨髄移植を行っても、ドナーの骨髄が患者の体内に定着しないことがあるからです。その場合は可能であればあらためて行うことになります。「チューブを胸に埋め込む手術」というのは、長期間血管に薬や栄養を入れ続ける場合は手や足の静脈にその都度針を刺す「点滴」では問題が出てくることがあるので、胸のもっと太い血管に点滴用用の針を固定してしまうということ(IVH:intravenous hyperalimentation〜中心静脈栄養法)だと思います。あとでCVというのが出てくるけど、これはcentral venous nutrition(意味的にはIVHと同じ)の短縮形?


1999/04/25 移植体験記 その2

応援の言葉を頂き、みなさんありがとうございます。 骨髄移植の実施日は5月14日に決まりました。予想よりだいぶ早いのです が、ドナーが兄妹で日程の融通が利くこと、「この(先天性代謝異常症の) 子は早くした方が良いから」(と言われた)、が理由かと思います。 で、小児神経学会への参加は難しくなりました。残念。

無菌室には連休明けの6日から入ることになっています。4日から抗ガン剤・免疫抑制剤の大量投与が始まります。今回、放射線投射はしないそう です。なにやら、自費で国外の薬を使うそうで。(詳細不明、後日聞いてみます) 国産のやつはだめ、と言っていました。 ALDは定着しにくい(なぜ?)そうで、できるだけたくさんの骨髄を採りたい。 でも、体重差2倍。しかも血液型が違う(ABからB)ので、採った骨髄の うちB型の分しか使えない。という訳で、結構リスクが高い感じがします。 「体重差3倍でもやったことがありますから」と言われてもねえ...

検査フルコースの最後はホルモン関係です。ALDは副腎にも来るもので。 2日連続で何回も血液を採取する予定だったのですが、血管が出にくい彼の腕は研修医の手に負えず、結局1日目途中で挫折、次週に延期です。 先日、精神科医の面談がありました。今はまだ、単なる説明だけです。 東海学級(院内学級)にも通い始めています。パソコンで遊んでばかりだと 思いきや、最近はちゃんと勉強しているそうで。リハビリにも通い始めて いますが、今は移植前なので、慣らしだけのようです。

担当医から、ALDについては、血液やMRIの画像を岐阜大に送って診断を 仰いでいることを知りました。東海大病院ほどの、経験のある大病院でも そうなんですね。「専門にやっている先生の意見を聞いた方が良いから」 とのこと。やっぱり、治療経験もないのに何もしなかった、前の病院は どこかおかしい。


「自費で国外の薬を使う」といった話もありますが、骨髄移植自体はほとんどの部分で保険が効き、臓器移植といっても全体の経済的な負担はそれほど大きくないということです。無菌室などの入院費もそうです。


1999/05/04 ALD移植体験記 その3

移植前最後の外泊が終わって、病院へ送り届けて来ました。 春の天皇賞も人体も見損なう慌ただしさ、話題に乗り遅れております。 職場には行ってませんが、持ち帰りモードです...

さて、移植のプロセスの方は順調に進んでいます。 4/27に胸の静脈にチューブ(CV)を入れる手術を行いました。移植をする 子、した子はみんな胸からCVが出ているので、一種のシンボルになって いますね。点滴を入れたり、採血したり、移植の時はここから骨髄を 入れたり、これから何かとお世話になるものです。

無菌室には6日から入ります。先だって荷物は消毒に出しており、今の 病室には遊び道具がなく、本人は不満顔です。

下の娘(ドナー)の自己血の採血は無事終了、2日に分けて計150mlを抜き ました。これくらいの子は体全体で血液が700mlくらいしかないとの話 でしたが、本人至って元気。かえってハイになっており、担当医をあきれ させています。

担当医は若い人かと思っていたら、先日新たに研修医が付きました。 あなどれない。でも移植に関しては、加藤・矢部 両医師に完全に仕切ら れているのを知っています。


無菌室に入る前に、ということで、連休中に東海大学病院に松本さん一家を訪ね、ついでに一般病棟や院内学級、無菌室(外からですが)などを見学させてもらいました。無菌室に入っている間も本やビデオなどの差し入れはできますが、熱で消毒するので変質するようなものはだめだし、やっぱりなにかと不自由なようです。


1999/05/09 ALD移植体験記 その4

内容が重くてすみません。はらはらの毎日が続いています。 移植の前処置は4日前、無菌室は3日前から始まっていますが、... 3日前の無菌室に入る日に、原因は不明ですが、頭痛・嘔吐と睡眠を繰り返し、意識が薄くなりました。抗ガン剤の副反応を押さえる抗痙攣剤などの薬が原因ではないか、ということで薬剤の投与を1日休み、現在は元の状態に戻りつつあります。薬も再開しています。 ここではALDの移植は5例目だそうですが、このような状態になったのは2例目だそうです。前回(半年前)は移植の前処置後半から移植にかけて意識が薄くなったそうです。ALDの場合、もしかするとこのような状態に陥りやすいのかもしれない、との話もありました。(他の白質ジストロフィーは??) 移植の日程をずらすことは、ドナーの自己血の有効期限の点からも難しく、今は前処置を再開して、再度問題が起きた場合は移植を延期し、方法を考えることになっています。ただし次回も意識が戻るという保証はない。 改めて骨髄移植のリスクの高さを、身をもって体験しました。はっきり言って博打ですね。担当医からも難しい移植になるだろうと言われています。でも、ALDの場合、放っておいても似たような状態になるわけで、そういう意味では一度は覚悟してますので、後悔はしていません。移植はすべきだと考えています。 移植日は、投薬が1日なかったため、1日ずれて5月15日になりました。普通は土曜日には行わないそうですが、関係部署に頼んで無理に行うそうです。小児神経学会は、完全に無理になりました。 それにしても、無菌室というのは親子共々非常にストレスがたまります。ガラス越しでは全く何もできない。無力感が残ります。


移植が大詰めを迎え、予想外の状況が起きたということで、掲示板には巧実君を応援する多数の書き込みがこの投稿を読んだ人からありました。骨髄移植を行うための薬がけっこうきついので、それを飲み始めた時点(前処置の段階)でかなり大きな負担がかかり、病状が変わるというのはよくあることのようです。楓子も抗痙攣剤を結構な量毎日飲んでますが、徐々に時間をかけて量を増やしているわけで、たとえば同じ量を健康な同じ年頃の子供が飲んだらヘロヘロになるのではないかなぁ。


1999/05/10 ご心配おかけしています

みなさんの応援のおかげで、意識も回復しだいぶ元気になってきました。ありがとうございました。ただ、前処置の影響による吐き気など、誰もが起きる症状はでており、笑顔は少なくなっています。まだまだ予断を許さない状況ですが、移植のプロセス自体は順調に進んでいるようです。 「先天性代謝異常症児にも積極的に骨髄移植を」のつもりで始めた体験記ですが、逆に不安を増長させることになりそうで、まずい(企画倒れ?)とは思いましたが、事実は事実として書かせてもらいました。 実はドナーの妹は、1才児にして福引で商品券やらピカチュウぬいぐるみなどをゲットする才能の持ち主で(さらにALDキャリアでもなかったりする)、その強運を骨髄にしてお兄ちゃんにも分けて欲しいと思っています。逆に「押し」が強すぎて、GVHDが心配だったりします。


1999/05/13 患者の会 参加呼びかけ文 Goodです!

あいこうさん、 ご心配おかけしています。移植はすんなり早く決まったように見えますが、色々と紆余曲折を経ています。実は勝手に決めたようなものです。すんなり紹介していてくれたら、あと1か月は早くできたのに... 慈恵出身の人だったんですけどね。 訓練法は大変興味がありますので、落ち着いたら色々教えて下さい。

最近は1日おきに38度台の熱をだしていますが、安定はしています。 いよ$$$hL@F|$O!"%I%J!<$N2<$N;R$,F~1!$7$^$9!#


あいこうさんは、ALDのお子さんが慈恵会医科大学で骨髄移植実施済みです。


1999/05/15 骨髄移植は無事終了しました

今日の経過は後ほど報告させて頂くとして、移植は無事に終了しました。 懸念されていた造血幹細胞の採取量ですが、必要最低数+αは採れたようです。矢部先生から「これまでやってて、一番良い細胞が採れた」とお褒めの言葉を頂きました。どうやら細胞の活きが良いらしい。(詳細不明...) 分離されて、今はすっかり体内に入っています。 下の子も、すぐに全身麻酔から覚めて、すっかり元気です。痛みももうないらしい。恐るべし、1才児。 これからの1週間が本当に大変です。全身の毛も抜けて、身体的にも精神的にもつらい日が続くらしいです。 さすがに今日は疲れたので、この辺で失礼します。


1999/06/02 移植体験記 その5

引っ越しやらで、ばたばたしていたので、更新をさぼっていました。 移植後、何度かはらはらする事態もあったのですが、今は落ち着いています。今日、無菌室を出て、凖無菌室に移りました。白血球も1400まで上がってきており(最低時は13)、網状赤球も増えてきました。徐々にですが回復している感触はあります。 血尿、心臓のはれ、貧血はまだ続いていますが、熱と血圧が高いのと、下痢、嘔吐、口内炎は少なくなっています。一度、鼻血が6〜7時間止まらなかった(血小板が少ないので)時は危なかったのですが、血小板と赤血球の輸血で事なきを得ました。 髪の毛は前髪の一部を除いてすっかり抜け落ちて、見慣れない顔つきになっています。新生児の時でも、もう少し髪の毛はあったなあ。


松本さんは、東海大学で骨髄移植を受けると決めた時点で、職場も自宅も東海大学の近くに移しました。


1999/06/11 移植体験記 その6

実はあまり変化がなかったりします。白血球数は2000、血小板も問題ない程度に上がってき ています。血尿の方は一進一退で、まだ結構血が混じっており、膀胱洗浄が続いています。 心臓のはれは少し治まってきましたが、まだ移植前に比べると大きいそうです。今日、腹部エ コーも撮りましたが、結果はまだです。移植の前処値のダメージが大きくて、なかなか回復で きていない感じです。 来週月曜日に準無菌室を出て、一般病棟の個室(差額1万円!)に移ります。今は準無菌が混んでて、無菌にいる子に譲らなければなりません。無菌室は下の子を連れて来られたのに、 これからどうしよう…

移植2週間後の骨髄検査の結果は、調べた20個の細胞は、全てXX性染色体だったそうで す。生着傾向にあるようで、まずは一安心。移植4週間後の検査(明日ですね)では、もっと詳 しく調べるそうです。 よく考えると、血液だけ女性になったわけで、変な感じ。血液型も変わったので、私以外はみ んなAB型になってしまって寂しい。

GVHDも心配なんですが、他のおかあさん方からは「抑えれればいいんだから、簡単よ」と言 われています。血液病の子は、わざとGVHDを起こして悪い細胞を叩いてもらうそうで。奥が深 いです…


無菌室から出たあとはあまり大きな変化がなかったのでしばらくレポートがとぎれたので、ぽぽさんからいつも気にしてますという書き込みがありました。


1999/06/23 ご愛読ありがとうございます


ぽぽさん、いやはやお恥ずかしい限りで。最近更新してないのは、新ねたが不足しているからです。血尿止まらんし…

かといって、他の子のことは書きにくい。やはり血液系、免疫不全系の子たちが多いのですが、話を聞いても日々急に症状が良くなったり悪くなったりですし。ここの病院は、他の総合病院や大学病院では手に負えない重症の子や、初めての移植例といった子が多いせいか、必ずしも順調な子ばかりじゃないです。比較すると、代謝異常系(主にムコ多糖症)は移植については順調な子が多いみたいですね。


1999/06/23 移植体験記その7

ねたがないなりに、無理矢理。血尿は、まだ止まりません。真っ赤な尿が出ています。腎機能は異常なし、ウイルス感染(アデノウイルス・サイトメガロウイルス)もマイナス、ということで医師を悩ませています。薬も色々試していますが、効果はいまひとつ。

骨髄細胞は成長(分裂?)がとても早く、その骨髄を叩くくらい移植前処置で薬を使うと、他の成長の早い細胞(髪の毛、爪、皮膚、粘膜、…)に影響が強く出るそうです。(研修医談) 実はその通りで、彼の爪の根元は真っ黒、皮膚もあちこち黒ずんで、髪の毛はさっぱり夏向けです。血尿も、膀胱内の粘膜がまだ不完全であるため、と今のところ考えられています。

無菌室の話がちょっと前にありましたが、…普通の病院によくある「個室に無菌ベッド」とは違い、東海大病院では病棟そのものが無菌化されています。つまり無菌病棟内に、更に無菌室がある感じ。それだけ重症の場合や難しい移植が多いということでしょうか。家族が同室できる部屋(B, 通称凖無菌)6床と、入れない完全な無菌室(A)5床と2種類ありますが、設備はほとんど違いはないようです。無菌室専門の看護婦は常時10人以上いて、一般病棟と比較すると夢のような看護が受けられます。(今はそのギャップが大きくて…) 移植中は介護の負担が大きいので、これは助かります。凖無菌ができてからは、移植した子の精神的な回復度が大幅に改善したとか。凖無菌には、移植以外の免疫不全の方も入院していますが、差額代が19,000円とかなり高額です。(移植の場合は、保険適用)

今日は誕生日で、7歳になりました。"ポケモンスタジアム2"とのリクエストで、今さらロクヨンを買うはめになりました。入院中は大甘モード。次世代機がたくさん出て来るのにな。今日は特別に病室でゲームさせてもらって、にこにこ顔でした。


1999/08/11 移植体験記 その8

久々の体験記になります。前回からだいぶ経過していますが、何せ進展がなかったもので… 骨髄移植からもうすぐ3か月になりますが、移植自体の経過はデータからみても順調で、特に 問題は起きていません。ようやく点滴も取れて、CVには何もつながっていません。最大7つの 薬がぶら下がっていたマイ点滴台もお役御免となりました。

血尿の方は長らく一進一退で、血が混じる頻度が多少伸びていた程度でした。移植に血尿は つきものですが、ここまで重度だと根治には時間がかかるようです。この間、輸血も何回か行 いました。が、ここ1週間くらいは見た目ではだいぶきれいになりました。(潜血反応は出ていま すが…) アデノウイルスはかなり前にマイナスになっており、自費の薬は中断しています。これは自費 の薬の効果か、高圧酸素治療が効いたのか、判断はつきかねます。 で、高圧酸素治療と膀胱洗浄を止めて、しばらく様子を見ることになりました。まだ時々排尿に 血が混じりますが、膀胱洗浄を再開するほどのものではないとのこと。

高圧酸素治療は、計25回行いました。東海大病院の場合、13人乗りの宇宙船? 潜水艦?みたいなドーム型の部屋に、患者と医師が一緒に入ります。ドームの中は普通の空気を2気圧加 圧し、その加圧・減圧の時間を含めて約2時間中に居ます。医師を2時間拘束するわけで、今 回小児科の医師が交代で入ってくれました。子供の場合は、いわゆる"耳抜き"ができないの で、鼓膜を切開しておきますが、医者の場合はそうもいかず、図らずも高気圧に対する耐性試 験となったようです。一番の耐高圧の医師はダイビングが趣味、さすが何ともなかったそうで。 その逆はうちの子の担当研修医で、+0.3気圧でギブアップ、治療を中断して交代でした。 高圧酸素治療には、(1)酸素を細胞の隅々まで行き渡らせ、活性化を図る (2)酸素濃度を上げることでウイルスが生息しにくい環境を作る、という2つの効果があるそうです。反面、心肺への負荷と酸素中毒のリスクが伴います。うちの場合も、時々咳き込むことが多くなりました。病 院によっては積極的に行うところもあるそうですが、東海大病院は消極的な方で、ほとんど貸 し切り状態でした。 液晶もののゲームやテレビなどハイテク機器は持ち込めない(気圧で壊れる?)ので、2人で本 を読んだり、折り紙を折ったりして、時間を潰したようです。小児科医とはいえ、これも医者によって得意・不得意があるようで、なかなか面白い。中では当然患者だけ酸素マスクをします。でないと、"高圧酸素"になりません。

同時期に移植を行った"移植同期"は4人いるのですが、うち1人は経過が順調で、先日退院 しました。残る3人はちょっとずつ何かしら問題を抱えているのですが、大事には至っていません。でも「うちが最後かな〜」という雰囲気はあります。ようやく院内の散歩(と言っても車椅子) も許可されて、時々出歩いています。先日、小児科病棟の一大イベントである夏祭りが行われ、参加して来ました。血尿が止まれば外泊も、というところまでようやく辿り着いた感じです。 しかし本人は、院内学級は夏休み中、高圧酸素もなくなって、暇を持て余し気味で不満顔です。


1999/09/13 ALDに対する酵素補充療法(フォロー)

久々に近況報告です。"菌"が出てしまったので、先週に引き続き今週も外泊できませんでした。今、かなりまずいと思われる問題が2つ出ていて、これがはっきりするまで移植体験記は見合わせています。


1999/10/10 移植体験記 最終回

昨日、退院してきました。(おっと、正確には一昨日になります)
先月来、ブトウ球菌に感染(血液から検出)してしまい、一度は除菌したものの、再度検出されてしまうということを繰り返して、退院が延び延びになっていました。CVに菌が潜んでいた模様で、今は長らくお世話になったCVも抜いて、菌もマイナスになっています。

現在の心配ごとは2つ、ひとつは鉄欠乏性貧血が長らく続いていることですね。鉄剤を服用しており、ヘモグロビンは上がってきてはいますが、鉄はなかなか改善されません。気長に待つしかないようです。
もうひとつは、自分の骨髄が立ち上がり気味であること。現在は、末梢血で39/500個ということで、際どいレベルです。過去3回の検査とも同程度のレベルで、安定はしていますが。増えないでくれると良いのですけどね。これ以上増えてくるとなると、移植体験記「特別編」か「第2部」を書くことになるかもしれません。

と、まあ、際どいところもありましたが、骨髄移植自体は何とか乗り切ることができました。で、肝心のALDの進行は止まったのか、症状は改善されているのか、という効果の点ですが… 未だ良くわからない、というのが現状です。
移植後、神経症状が進んでしまったのか、前処置のダメージなのか、寝たきりに近い状態になっていましたが、最近の集中的なリハビリの効果もあってか、だいぶ移植前に近いレベルには戻ってきつつあります。MRIでも移植前と最近では、脱髄の状態は変化ないそうです。とはいえ、実際は長い期間経過を見なければ判断つかないようです。

入院中の投薬や血算・生化学などの検査の記録は、整理している最中です。結局、6か月弱入ってましたので、データが膨大で膨大で…

今後も1か月くらいは、週1回程度の外来と週3回のリハビリで病院に通います。
退院はしたものの、実際病気が治ったわけでもないのですが、まあひとつの区切りとして、新たな気持ちで病気に立ち向かってゆきます。今まで、色々とご心配をかけてしまった方々、応援して下さった方々に改めてお礼申し上げます。今後もよろしくお願いします。


bt_cube.gif (262 バイト) おわりに bt_cube.gif (262 バイト)

巧実君のケースでは、移植そのものは非常にうまくいったのに、その後に出てきた血尿などの症状が予想外に長引き、退院も結局半年後になりました。これは入院の段階で「早ければ4ヶ月」と考えていたのに比べれば長かったと思いますが、その時点では移植失敗で再移植といった可能性も考えていたことを考えれば、途中で出てきた予想外の困難はさておき、めでたしめでたしというところではないでしょうか。骨髄移植は特に先天性代謝異常症の場合、患者の体質や病状によって同じことを行ってもどのような結果になるかは人によってまちまちで、巧実君のケースはあくまでその1例ということになると思います。しかしながら、経過を追って、特に親の立場からそれぞれの段階でどのように感じ、どのようなことが問題になったかがよくわかるこのレポートは、今後骨髄移植を受けることを検討されているご家族にとって非常に参考になる点が多いのではないでしょうか。貴重なレポートをありがとうございました。たくみんさんはALDに関するホームページを近日中に公開することを予定されていますので、巧実君の今後や骨髄移植に関するより詳細なデータに関してはそちらでもレポートされると思います。最初に書いたようにこのページはあくまでもそれまでの暫定的なスペースです。


(1999/12/31)

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