「治療最前線 現場取材シリーズ第1弾」
先天性代謝異常症と骨髄移植

 

東海大学の矢部普正先生にうかがった話を中心にまとめました。骨髄移植の基本的な知識については「MLDはどうやって治すの〜3)骨髄移植」を参照してください。


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■東海大学付属病院

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 東海大学付属病院は、小田急線の伊勢原駅から歩いて20分ほど、この付近特産のナシやブドウの畑の中にある大規模な病院です。受付や会計のあるロビーは吹き抜けの空間になっており、事務処理も効率的です。正直言って大学病院のイメージが変わりました。

東海大学内部

 97年9月、楓子の骨髄移植についてお話をうかがうために、小児科の矢部普正先生を訪ねました。東海大学は骨髄移植に積極的に取り組んでおり、骨髄バンクができて一般の医療施設でもかなり広範囲に白血病などの骨髄移植が可能になった最近は、HLAの適合が完全でないなど他の病院が扱えない高度な移植、他の病院があまりやらない代謝異常症の患者の骨髄移植に意欲的に取り組んでいます。年間20〜30の骨髄移植を行っており、代謝異常症に対する骨髄移植に関しても、既に20例以上の実績があります。矢部先生ご自身もムコ多糖症の患者団体の活動に協力されたり、代謝異常症の研究では権威である岐阜大学などと密接な協力をされており、海外の先端的な研究にも参加されています。
 以下は、矢部先生のお話を元に私がまとめた、代謝異常症、特にMLDと骨髄移植の現状です。(文責:高橋洋)

→東海大学

■先天性代謝異常症への作用機序

 先天性代謝異常症の中でもMLDなどのリソソーム病は、必要な酵素の先天的欠損によってリソソーム内に不要な、あるいは有害な物質が蓄積することでおきる。この酵素を欠いた線維芽細胞と正常な細胞とを一緒に培養すると、つまり、正常な細胞と異常な細胞を密接にコンタクトさせると問題のあった細胞が正常化されることが知られている。この場合、正常な細胞は、必ずしも異常のある細胞と同じ種類である必要はなく、正常なリンパ球と異常な線維芽細胞を培養した場合にも、酵素の産生が始まる。骨髄に含まれる造血幹細胞単球を患者の血液中に移植する(つまり骨髄移植する)ことで、患部の組織が正常な機能を回復し、酵素を造り出すようになることが期待できるわけだ。一般にリソソーム病以外の代謝異常症には骨髄移植の効果はない。

■代謝異常症の治療としての実績

 この分野においては、ミネソタ大学のKrivit, W教授やウェストミンスター大学のHobbs教授が第一人者。MLDについては報告が少ないが、Krivit教授が5歳で骨髄移植した女の子のその後の経過を報告している。ただ、このケースでは姉が先に発病して亡くなっており、かなり早い段階で診断がついて骨髄移植に踏み切ったのかもしれない。先天性代謝異常症の中でも疾患によって骨髄移植の効果は大きく違う。当然血液や、血液を多く含む臓器、肝臓などが悪くなる疾患に大きな効果がある。特にゴーシェ病は確実な効果が期待でき、多数の骨髄移植が行われている。(ムコ多糖T型の)ハーラー病も報告が多いが、これは中枢神経が侵された状態では難しいといわれている。ハーラー病の場合、IQ70以上、年齢2歳未満の場合のみ行うべき、という意見もある。ただ、ハーラー病の場合、移植後にMRIによって脱髄が改善されたと確認できた例もある。他に(ムコ多糖II型の)ハンター病、(IV型の)モルキオ病などにも試みられている。ただし、ハンター病の重症型では効果はみられていない。2歳以下では期待できるが、実際に移植された例は報告されていない。同じムコ多糖症でもIII型のサンフィリッポ病では、骨髄移植の効果は認められていない。
 先天性代謝異常症以外では、副腎白質ジストロフィーにたいしても骨髄移植が行われ、副腎はよくならないものの、中枢神経に対しては効果があり、学校へも通えるようになるので良い適応とされている。また、大理石骨病などにも骨髄移植が試みられている。

■期待される効果

 一般的に言って、移植直後は酵素の活性を示す数値が正常以上に跳ね上がり、その後落ち着いて定常状態になる。下肢の神経は比較的早く回復するが、上肢は遅いといわれている。一般に中枢神経は回復しにくい。また、骨、角膜なども難しい。MLDの場合には主に中枢神経の障害の進行を押さえ、IQを保つことが期待できる。ただし、すでに知能障害が始まっている場合について、それをどの程度抑えることができるかはまだ分からない点が多い。いずれにせよ、なるべく早い時期、神経症状のでないうちに行うことが重要だろう。
 移植が成功すれば完治する白血病などと違い、代謝異常症の場合には延命や、症状の緩和を目的として行われるケースも多い。ムコ多糖症などでもそうだが、患者が苦痛を訴え、家族も含めて夜も眠れないといったこともあり、ある意味では白血病などより日常の負担が多いのが代謝異常症だ。それを考えると、完治が望めないからといって消極的にならずに、もっと積極的に代謝異常症に対する骨髄移植が行われてもいいのではないかと思われる。

■危険性と問題点

 骨髄移植の問題点はなによりもその副作用だ。一般に(統計的に)移植関連死は10%未満と言われる(HLA型一致の同胞からの移植の場合)が、いろいろな条件があり、心構えとしては30%くらいの覚悟で臨むべきではないだろうか。まず、GVHDだが、HLA型の基本6タイプが全て適合した状態でも、予期せぬGVHDによる死亡はあり得る。次に感染症。前処置毒性も難しい問題だ。一般に放射線、薬剤、あるいはその両方が用いられるが、ブスルファンは致命的なVOD(肝中心静脈閉塞症)の原因となり、シクロホスファミドは心筋にダメージを与え、適量の判断が難しい。この他、保険外であるが、当病院ではATG(抗胸腺細胞グロブリン)も用いる。また、放射線照射については、中枢神経、角膜、肺への影響を避けるために胸腹部のみ行う。

 骨髄移植実施に当たってのもうひとつの問題点は、原則として患者と同じHLA型のドナーがみつからなければ、骨髄移植自体が成り立たないということだ。ドナーはなるべく兄弟姉妹がよい。ドナーは1歳以上というのが原則だが、当病院では生後6ヶ月の赤ちゃんをドナーにして成功したこともある。
 その他、臍帯血を用いた移植も可能で、この場合はHLA型が1〜2抗原不一致でも移植が可能であり、今後の活用が期待される。第一子が先天性代謝異常で、第二子を妊娠した場合には、遺伝相談以外に臍帯血の採取保存について主治医と相談しておくべきだろう。

 白血病の場合には骨髄移植を始める前に既に抗ガン剤などが治療目的で使用されており、患者の生来の免疫機能は弱っていることが多い。一方、代謝異常症の場合には、基本的に免疫はまったく健康な状態であるわけだから、患者の骨髄は強い。従って、移植のポイントは、この患者の免疫機能による拒絶反応をいかに確実に押さえ、術後に患者由来とドナー由来の血液が混じった状態である混合キメラを防ぐかにかかってくる。

■骨髄移植の実際

 前処置自体は10日前後だが、放射線のシールドの型を採るなどの作業があり、実際には移植前に3週間以上の入院が必要。移植後は無菌病棟で約1ヶ月、一般病棟で1〜2ヶ月の入院が必要。ただし、これはHLA型一致の同胞からの移植の場合で、HLA型不一致血縁者や非血縁者ドナーからの移植では、さらに1〜2ヶ月以上かかることが多い。
 当病院では独立した無菌病棟があり、ベッド数は11床。遠隔地から来た家族が付き添うためのサポートハウスも用意している。移植にあたっては、小児科以外も含めたチームで対応できる。基本的には先天性代謝異常症の骨髄移植は保険の範囲内であり、ATGの費用と差額ベッドがかかるが、それでも数十万円だろう。

[参考文献]

矢部普正:先天性代謝異常における同種骨髄移植。小児内科vol.24 no.2, 1992-2
渡辺博、山中龍宏:先天性代謝異常症に対する骨髄移植。小児内科vol23 no.12, 1991-12
今泉益栄、多田啓也:先天代謝異常の骨髄移植。小児科診療 vol4 no.61, 1993

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