洛北:岩倉・概略

 

岩倉と、そこから行けるところを

岩倉と聞いて、日本史で習った幕末の岩倉具視を思い浮かべる方もいることでしょう。

維新の重臣、岩倉具視は下級公家の生まれ、岩倉家の養子となってから、孝明天皇(江戸期最後の天皇)の近習として政治に関係していったといいます。朝廷の発言力を増すための活動が逆に攘夷派の不興を買い、洛外にて蟄居の身となりました。その五年間を過ごしたのが、岩倉の地です。孝明天皇崩御と明治天皇即位に伴い政治の場に復帰、王政復古の大号令を発して政治を徳川幕府から維新政府側に位置づける際の立役者となりました。

地図で見るとわかりますが、北山や府立植物園、上賀茂といった地よりさらに北。現在でこそ車や電車で便利に行き来できますが、叡山電鉄鞍馬線の岩倉駅から実相院まで歩いても、そう近くはありません。訪れればほとんど山の入り口。実相院近くの幽棲宅も含めて、確かに洛中から遠かったのだと実感します。

岩倉と、そこから行ける、他のコースには取り入れにくい宝ヶ池・深泥池周辺を廻ってみます。

岩倉

京都バスで岩倉実相院まで乗り、バス停からすぐにあるのが実相院(洛中からだと、出町柳か、北大路バスターミナルか、京都国際会館バスターミナルで実相院行きのバスに乗るのが便利)。実相院が近づくと、坂を上り、バス停を降りれば山が控えています。

歩きを好まれるなら、叡山電鉄鞍馬線岩倉駅で降りて(岩倉駅前にバス停もある)、岩倉川にそって北上するのがよいでしょう。住宅街あり、農家あり。のどかな風景をみながらゆったり坂を上っていくのもいいかもしれません。

実相院は門跡寺院、つまり宮中の出家者を迎えたお寺でした。洛内から現在の場所に移ったのは15世紀初めと伝えられています(戦火で焼けて、ここへ移った)。

狩野派の襖絵、後水尾天皇の扁額ほか、文化財多数。蹴鞠の庭があるところも、門跡ならではでしょう。黒々と光る床板を静々と歩き、毛氈に座って庭を眺める。そんな楽しみがあります。

ただ、紅葉や新緑の時期は、写真撮影の方も多く賑やかです。早朝や夕刻でなければ、むしろお寺の佇まいそのものを観るといいのかもしれません。仁和寺などの門跡とはまったく異なり、規模の大きさ・雄大さよりも、非常に陰影豊かな色合いが目立つからです。(門跡での比較だと、青蓮院を連想させるところがある。)

近くには岩倉具視幽棲宅があります。時間があれば、こちらもどうぞ。坂本龍馬や大久保利通らが通い、王政復古に関する話し合い(もちろん密議)を行った場として有名です。(宅内には入れなかったと記憶しています。)

近くにはこの地に古くから伝わる石座神社(いわくらじんじゃと読む)があります。私は訪れたことがありませんが、この名を見ると、太古から拝殿を設けない聖地が存在していたのではないかと推測したくなります。

圓通寺(円通寺)とその近く

さて、実相院から他の地域はやや行きにくい印象があります。実相院や岩倉宅を見たら、あとは地元の神社の境内などを拝観して、まったく別の場所に移動してしまうことができます。たとえば、バスで国際会館や北大路バスターミナルまで行けば、乗り換えの選択肢が豊富なので他の地域に比較的移動しやすいでしょう。素直に叡山電鉄の岩倉駅から、鞍馬や貴船に上る手もあります。南東方面、三宅八幡に出て、蓮華寺のような比叡山の麓のお寺を見るのも楽しいです(修学院離宮〜詩仙堂概略の最後のほうで触れている)。本格的に八瀬遊園や比叡山まで足を伸ばす手もあるでしょう。

ここではあえて、他ではあまり取り上げにくい圓通寺方面へ足を伸ばしてみます。

実相院から京都バスに乗り、京都国際会館を経て円通寺道で降ります。そこから徒歩で西に向かう細い道を通って何度か折れ曲がり、10分ほど歩きます(迷うともっとかかるので、地図はしっかりしたものを選んでおきましょう)。住宅街を通り抜けると、忽然と圓通寺(円通寺)が現れます。

ここは後水尾天皇(戦国末期から江戸初期)の山荘に始まっています。門跡寺院というわけではありませんが、離宮から寺院になり、菊の御紋も見えます。比叡山を借景にした庭はつとに有名。長らく写真撮影を禁止してきましたが、2003年より庭に限って解禁されました(長く続いた庭の景観が将来変化するかもしれないという危惧から)。生け垣と緑の枯山水は、実に微妙なグラデーションを醸し出します。写真もいいですが、やはり座って静かに対峙したい景色です。

バス通りに戻ってから北上して、再び北西に道を入ると、妙満寺があります。現在地へ移ったのは1968年、比較的新しいものです。入ってすぐの、インド流仏舎利塔が目立ちます。庭園は江戸期より伝わるものをそのまま移築したもの。ごった返すほど人も多くない、静かなお寺です。ただ、少々行きにくいかもしれませんので、国際会館へ戻ってから、妙満寺前まで走るバスに乗り換える手もあります。

このあたりのコースどりは少々面倒なところがあります。実相院から南へ行くなら、妙満寺→圓通寺と経由するほうが素直に南下することになります。上記の順番が圓通寺→妙満寺となっているのは、バスの経由が楽であることと、妙満寺を省いても成立するコースだからです。

実相院から徒歩かバスで岩倉駅まで出て、叡山電鉄で木野駅まで乗る。あるいは、実相院から直接木野駅方面へ歩く。そこから南下すると川を越えて妙満寺に至り、さらに徒歩で圓通寺まで歩き通す。そんなコースも可能です。ただし、健脚向きです。休憩するところも少ないので、真夏や真冬はお勧めしません(私は真夏に歩いてバテました)。

ちなみに、圓通寺からバスで京都国際会館へ戻れば、宝ヶ池公園を散歩することも出来ます。また、バスでそのまま市中に南下するのもいいでしょう。

洛北の静けさ

岩倉、木野、圓通寺のあたりは、大観光地というわけでもなく、山里らしい静けさも残っているあたりです。普通の山里とは異なり、だいぶ開けて住宅街にもなっていますが、高い建物がなく、比叡山を借景にする庭園がまだ保存されている地域です。

大徳寺や上賀茂のあたりからさらに北に至るとどんな雰囲気か、鞍馬山の麓はどんな空気なのか、そんな気持ちとともにのんびりと少し違う洛外を眺めるのもまた楽しいものです。