洛西:貴船〜鞍馬

 

水の聖地、火の聖地

夏に京都へ遊びに行って、現地でどこに行けばいいか聞いてみましょう。確実に「貴船は涼しい、川床で流しそうめんや川魚を食べて、こんな幸せはない、ぜひ行きなさい」と言われます。京阪電車の出町柳駅へ、叡山電車に乗り換えて貴船駅あるいは鞍馬駅へ。洛中より50分ほどでたどりつくそこは、京都市内より確実に3〜5度ほど気温が低く、盆地にたまる熱く重い空気を忘れさせるほどひんやりしています。

いや、話が先へ行過ぎました。しかしそれくらい暑い京都の夏、二泊以上するなら、一度は訪れてみたいです。叡山電車に乗って行けば、先に貴船駅にたどり着き、その次の終点が鞍馬駅。鞍馬山は北の霊峰、源義経修行の地の伝説、そして火祭でも有名。その西側、貴船山と鞍馬山の間の渓谷に流れる貴船川は水の霊地。陰陽の対となっているように見えるゾーンです。避暑だけが目的なら貴船だけでもいいでしょうが、少しは歩くなら鞍馬に入ってから山を降りて、貴船でゆったりするのもお勧めです。少し遅めに到着したなら、貴船で昼食をとってから鞍馬山に登るのもいいでしょう。

鞍馬山から貴船へ歩く

叡山電車の終点は鞍馬駅。大勢降りたはずの人いきれがすぐに拡散し、山に吸収されてしまいます。入山受付を済ませると、ケーブルカーで山頂までひとっ飛びできますが、まずは歩いてみましょう。清水寺とは違いますが、独特の舞台造りを持つ北方鎮護の由枝(ゆき)神社を経て、有名な九十九折の道を登って行きます。なに、急ぐことはありません、疲れたら踊り場で立ち止まってゆっくり登ってもいいのです。

山頂にたどり着けば鞍馬寺の境内。山から広がる京都市内の景色と金堂を見たら、奥の院魔王殿を経て貴船川に降りる山道が控えています。杉木立の中、山道を上り下りし、ぬかるむところもあるので、ここを通る際はせめてスニーカーかウォーキングシューズを履いてゆきましょう、ハイヒールやローファーなどは無謀です。奥の院魔王殿の他にも、義経伝説や静かなお堂もあり、アップダウンも適度にあって退屈しません。ただ、雨の直後などは滑りやすい上に暗いので、特に注意。極相林を経て山を下り始めると徐々に道が明るくなり、はっきりと水の音が聞こえてきます。

鞍馬山を出れば、もう貴船川。料亭や旅館が立ち並び、貴船神社の入り口もすぐ近く。歩いてきたハイキングコースは30〜60分程度、お腹もすくし、休憩もしたくなります。夏なら川床、それ以外の季節でも店の中で食事を楽しめます。川床できちんと食べると5千円はくだらないですが、単品で頼めばもう少し安く上がるそうです、特に京都人は流しそうめんをよく勧めます。他にも焼いた川魚を使うお茶漬けやお弁当など、似たようなメニューながらも店ごとに趣向をこらしています。

腹ごしらえをしたら貴船神社へ。すぐに鳥居が見えてきます。色合いは地味ですが、落ち着いた風情の境内。神社の由来ははっきりせず、平安遷都の頃から水の神様として信仰されるようになったと伝えられています。そして、この境内は平安時代より後に成立したようで、古くは奥宮が貴船神社でした。そこまで行ってみましょう。貴船川沿いの舗装された街道は車も多く、注意しながら15分ほど歩いていくと、急に料亭や旅館が途切れます。そして、急に砂利が開け、船形石が目に入ってきます。奥宮です。人の世に近い気配を持つ貴船神社と違って、岩と砂利と湿気が支配するここは本当に神域、人が住む気配ではありません。すてきな場ではありますが、時間を選んで入れていただく、という感じが強いところです。

なお、貴船神社から市内へ戻るには、叡山電車の貴船駅からになります。貴船神社や料亭街のあたりから駅まで、徒歩で約30分。舗装道路の下りで楽なハイキングではありますが、疲れたらバス(本数は多くないので時刻表を確認すること)やタクシーを利用するのもいいでしょう。

さらに蛇足ながら、鞍馬駅からは鞍馬温泉へも行けます。私は温泉が苦手なので(すぐにのぼせてしまう)訪れたことはありませんが、貴船から鞍馬山を越えてきたら、こちらで休む手もあるかもしれません。

懐深い霊峰

比叡山が霊峰らしい生真面目さをたたえる一方で、こちらは観光客の遊びから宗教的な厳しさまで受け入れる懐の深さがあるようです。そうはいっても、歩いていて独特の気が漂うのを感じるたびに、本来は霊場であることに気づき、ふと見ると静かにお参りする方々もたくさんいることにも気づきます。そのことは一応頭の片隅において、ゆったりと山を楽しみましょう。帰りの叡山電車が街に近づくにつれて、自分が本来所属している場の空気に戻っていくのをしみじみと実感し、少し残念でとても懐かしい気持ちを味わうこともあるかもしれません。