まずは上賀茂神社へ

●到着

暑くなってくると、やっぱりそわそわしてくる。7月の京都が脳裏に浮かぶ。
今年(2001年)は春に一度、赴いている。八坂さんを見学させていただいたついでに、仁和桜を見たりした。
そう長居しなくてもいいか、ということで、2泊3日という一般的な日程をとってみた。

これまでお寺を中心に廻ってきたため、見ていない神社が意外にある。昨年の夏は、一条堀川を基点に清明神社をコースに入れた。松尾大社、貴船神社など、何度も訪れたところもある。
それなのに、平安京以前からある上賀茂神社、下鴨神社を廻ったことがない。今年のメインテーマはここだ。

出張客に交じって新幹線に乗り込んだ。700系の静かな車両で本を読んでいると、予定通り午前11時には京都駅に到着。ホームに降り立つと熱気で押し寄せるが、この程度はいつものこと。今年は並みの暑さだ。

バスで京都市役所前まで乗り、歩いてほどなく宿に到着。チェックインは13時からだが、部屋に空きがあればたいてい通してくれるので、行ってみる。
しかし、混雑していて13時にならないと用意できないという。とりあえず大きな荷を預けて、近くで昼食を済ませてから、チェックイン。高い階に案内されて、東山や鴨川が気持ちよく見通せる。
あぁ、着いた。やっと実感がわいてきた。

荷を整理して身軽になると、すぐに出発。

●初めての上賀茂神社

三条京阪のバス停に到着すると、ちょうど上賀茂神社行きがやってきた。びっくりするくらいスムーズに到着した。

実は少し身構えていた。

寺社仏閣のように古くから残っている建造物と敷地は、清浄な場を守るために建てたか、人が住めない場を避けるために建てたか、どちらかであるように感じる。
とりわけ神社はその傾向が強いように思う。
それにお寺は、仏教が説く無我という教理もあってか、または元々貴族達のための外来宗教だったこともあってか、割合心地よい場に立っていることが多い。
神社は、土地の空気を濃厚に伝わりやすいし、勧請された神様もその空気に合っている。自分に合えばいいのだが、そうでない場合、なんだか妙な居心地に悪さを感じることがある(もちろんたまに、なのだが)。
そして、そういう場に居合わせると、数日間、どうも具合がよくないように感じる…(プラシーボかもしれないんだが)。

一人旅を続けていた頃、上賀茂神社に行こうとした日はなぜか雨で取りやめにすることが重なった。また、行こうとすると「気をつけて」といわれているような気がする。
そういう場に強引に行くと、足をくじいてみたり、指先にケガをしたりと、なんとなくトラブルが重なることがあった(その中には、陰陽道に関係しているものもあった)。
上賀茂神社にはあまり縁がないのかしらと、なんとなく足が遠ざかったままだった。

そんな(妙な)思い込みもあって、いままで訪れていなかった。それだけに、タイミングよくバスに乗って、あっさり到着した。これは時を得たのだろうと、軽い足取りでロータリーを降りた。

●静かに気を放つ境内

日が燦々と照りつける。広々と平らな草っ原に鳥居が立ち、白い参道がまっすぐ続いている。馬場だ。神馬のいる上賀茂神社らしい。
眩く長い参道の終わりに境内が鎮座し、視野の奥には緑が盛り上がって、奥の神山(こうやま)に至っている。すっきり美しいが、境内まで日を避ける場がない。参道をじりじりと歩いていく。白砂が照り返し、人間グリルとなって焼かれつつ進む。

参道が終わり、二の鳥居をくぐる。足元が土になるとほっとする。二つの立砂と、吹き抜けの殿舎(細殿)に迎えられる。実にすっきりした意匠。社務所がこうした神域の外にあるのが興味深い。
左手奥にこんもりと緑が盛り上がり、その手前に殿舎が見える。また、右手は緑のうねりがこちらに向かって張り出している。片岡山だ。
手前の御手洗川、奥の御物忌川に挟まれた中洲に殿舎が集中している。右手には二つの川が合流し、祠がいくつか見える。その先には簡潔な園がある。曲水宴で有名なお庭だ。

豊かな気がこんこんとわきあがるダイナミックな印象はない。むしろ内に秘めるような気を、粛々と放つ。
京都という場は、新しいものを積極的に採り入れようとする気質と、古いものをそのまま層状に保存していこうとする気質が鋭く入り交じっているところだ。平安京建設以前からのお宮は、その京都盆地が保っている変わらぬ空気を代表しているように見える。

順路に沿うように、楼門から入って拝観していく。本殿と権殿は確かに立派だが、若宮神社などいくつかの摂社も大きい。本殿から降りていくと、御物忌川の脇にも片岡社、須波社が立つ。
二つの川が合流するポイントから少し先には、片岡山から張り出してきた、走る地勢のうねりが注ぎ込んでいる。そのあたりに、橋殿や、岩本社の祠が立つ。土地の起伏を巧みに利用して、とても合理的で整然とした空間になっている。

この風景は、神の領域である山と、人の領域である平野との接合点をどう結ぶかについて、古代の人が何を感じ、何を大切に思ってきたかを示してくれる。
本殿は神山が平野と接するポイントに建っており、ここから先を神の世界にすることで、風と水の調整を行っていただき、その先は人の世界として切り開いていく。
片岡山の山並みが張り出してくるあたりに橋殿を置いて、美しくこの場を整えるとともに、山の力を運んでくる呪術的なイメージも垣間見得る。ところどころに見える注連縄で囲まれた聖域の紋様も、実に独特。

上賀茂神社は事前の想像とはまったく異なる、静かなエナジーを放つ場だった。凛として、常に何かがわき出しつつも、それをすごく整えて流していく。森と川の清浄さがその大本なのだろうか。

そんなことを思いつつ、境内から出てみると、妙にほっとする。
すんなり到着して、何事も問題は起きなかったのだが、すごく緊張していたことに、今ごろになって気付いた。なぜだろう。それまでの思い込みだけではない。
ほっとした、ということを思い出して、わかった。 あの場の、内に秘めて、余分なものを削ぎ落としたような気配が、いつもと違う呼吸になっていたからだ。

正式名称は賀茂別雷神社。ご神威が雷で表される場。そりゃぁ、緊張するはずだ。

古代から続く、純一な気配。なるほど、この気配が京の都を導いたのか。

●下鴨神社へ赴きつつ

ゆっくり観たために、時間が足りなくなってきた。この近隣は諦めて、下鴨神社へ移動する。

移動の車中で思った。本殿は神山を背景に、二つの川に抱かれる地に結ばれている。
これは、愛宕山・北山・鞍馬山・比叡山を背景に、鴨川と桂川に抱かれる平安京と同じ構図だ。さらに鴨川は、上賀茂神社近くから流れる賀茂川と、東山から流れてくる高野川が出町柳で合流しており、合流点には糺ノ森と下鴨神社がある。
上賀茂神社→下鴨神社→平安京と、フラクタル図形のような相似の構図。

京都は風水でいう四神相応の地として、都に定められたというが、そういう話題なら奈良の都も同じように風水によっている。
むしろ、京になる前から存在した清浄な地の構図を、風水の都市設計とともに活用したところが、それまでと異なるところだったのかもしれない。

 


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