2000夏京都・7/28

●朝

起きると、背中が揉み返しですごいことになっている。東京で受けているスポーツ・マッサージではこんなことはない。首を傾げつつ、ごりごり腕をまわしながら起きる。枕があわなかったのか、マッサージがあわなかったか。

朝食券があるので、ホテルで食べる。和食を食べながら、池を見る。今年はかるがもの親子はいないようだ。まだ飛べない子供が、それでも精いっぱい両腕を広げてぱたぱたと、ぜんまいじかけになって動く光景は、なかった。

どうも朝からツレの調子があまりよくないようで、朝食をとってから様子を見ると言っていたが、やはり今日は寝ているという。めちゃくちゃに悪いわけでもなく、眠っていたいというので、私の方は出かけることにした。早めに戻って、風邪薬でも買ってこよう。

●比叡山へ

朝食も遅かったし、連れの様子を見たりもしたので、出発が遅めになった。どこに行こうか迷いつつ、三条京阪のバス停に来た。
私一人でないと行きそうにない場所といえば、比叡山か神護寺になりそうだ。町中は一緒に回るし、鞍馬山も一緒に行くかもしれないので、鞍馬山以外の山である。

三条京阪の地下乗り場でちょっと地図を広げて一思案、今回は比叡山延暦寺に決めた。
バス停には比叡平行きのバスが来ていたし、待ち時間もまだあるので、いったんバス停を離れて三条京阪地下で涼む。頃合になったのでバス停に戻ると、そこは長い行列で埋まっていた。来たバスに乗り込むと、もはや空席はどこにもない。主な乗客は家族連れ、中年のグループ。独り歩きは少ないようだ。いや、それ以前にこんな満員のバスで比叡山に行くのは、はじめてかもしれない。
感心していると、するりと出発する。川端通りからそれて、気づくと山に入っていく。

ずっと立ったままでこの路線を行くのは初めて。途中の山道を視線を固定せずに進むため、かえって車酔いしない・・・ということは、私は時々酔っていたわけである。車に酔う人間は、おなかと相談しつつ対策を講じるが、今回は楽。
有料道路に入る。右手が急に開けて、琵琶湖が現れる。朝は泣き出しそうだった雲が切れてきて、白っぽい光に湖畔の建物ともども乱反射し、親より先に子供たちが歓声を上げる。ああ・・・やっと、京都に到着した実感が湧いてきた。眩しさに目を細めつつ、皆の声を聞きつつ。

途中、バスのアナウンスで「ロテルド比叡」と繰り返す。アクセントは「テ」にある・・・ちょっと考えてわかった。つまり、"L'hotel de Hiei"だ・・・「ロテル・ドゥ・比叡」と言ってくれないと、気持ち悪いよ?!
バスが停車すると、そこは昔の比叡山国際ホテルだった。ちょっと古臭かった建物を改装して、ガラス張りの明るい建物。オーベルジュ風になったようだ。これはこれでいいのだろうが、なんだか場所に似つかわしくないような。それでも、ここから見る琵琶湖畔の夜景を思うと、関西に住む人々の避暑地やデートコースには十分なりそうな想像もつく。

ここで客が少し降りて、補助席があく。比叡山バスセンターはもう少し先、一度足を休める。

●涼しい山で

比叡山バスセンター、根本中堂前のアナウンスで、乗客が一斉に立ち上がる。降りた人々が受付に並び、私も最後につく。入山してスロープを登りながら、広い境内はあっという間に行列を吸い込んで、拡散していく。それとともに山の空気が身体を囲んでゆったりした歩みを誘う。

何年ぶりだろう。人の営みは変わっても、どこか変わらない山の空気がある。細かい風景は日々変わるだろうが、毎年訪れて変わらない何か。こういう部分って、きっと人間の宗教心の根っこにあたるんだろうな。私がそれに素直に従っているわけではないのだが(ただ観光に来ているだけだ)、でも、こういう部分に触れた時、それは尊重するしかないだろうとは思う。

のぼりきって講堂、下って根本中堂、再び上って菩薩堂、山側へ回って阿弥陀堂と巡る。バスにあれだけ人がいた割には、意外に少ない。たぶん家族連れや小グループは多いのに、大規模な団体がまったくいないからだろう。
ゆっくり見る事ができたのが根本中堂。 ほとんど誰もいなかった。普段なかなかゆっくり見る事が出来ない、太い柱が林立する奥に広がる空間。昼なお暗い中、蝋燭で浮かび上がる大きな仏像のお顔がほぼ自分達の立っている場所に来る。中央から左右に大きく広がるお堂そのものの構造に沿って立ち並ぶ。こういうのを好かない人が見れば、怖くなるかもしれない。ここが天台「密教」であることを、改めて感じる。
実は、東寺の立体曼陀羅も、いざ入って一人きりだったりすると(あったのだ、そういうことが)、けっこう怖いんです。

山は気温が低く、特に根本中堂は結構涼しいが、それでも諸堂を廻ると汗はそこそこかいていく。

●下山

阿弥陀堂や戒壇院を見ると、東塔地区はほぼ見終える。今回は西塔や横川(よかわ)の地区は廻らないことにした。横川まで行けばさらに2時間は見込むことになるし、調子が悪いツレのためにも、午後にはいったん市内へ戻りたい。
だから、私が比叡山の心臓部と思っている場所、最澄の位牌を守っているお堂(東塔から西塔に向う途中にある山王院)にも行かない。ここはもっとも比叡山で清浄な印象を与える場所だ。こんこんと湧く清浄な気の泉があり、それが周囲に溢れ出すところ。比叡山の諸堂や境内の空気の根本に感じられる。ちょっと気にはなったが、根本中堂だけでも涼しい空気は味わった。

宝物殿で仏像や古文書などを見てから、出る。
バスターミナル前の売店でそばを食い、時刻表の前でどのバスに乗ろうかと探していたら、いきなり三条京阪を通って京都駅へ向うバスが行ってしまった。というか、そういう事態だったことを把握した時は、もうバスが動き出したところだった・・・
今回の旅行は、ことバスに関してはボケまくりである。

しかたなく、売店で待つ。他へ動こうかとも思ったが、行けば欲張ってあれこれ見てしまい、さらに1時間遅れるだろうし、自分も想像以上に疲れている。やってきたバスに乗ると、待ち疲れもあったのか、ロテル・ド・比叡を過ぎたあたりから市内までぐーぐー眠っていた。(私は乗り物では滅多に寝ない。)

●街に降りて

薬を連れのために買い求めて、ゆっくり宿に戻る。一応起きていたようで、私の汗が少し引いてから、一緒に軽い食事をとりに行く。目指すは御池通と三条の間にあるうどんの「うえだ」である。私が以前調子が悪かった時、やはり宿で寝てからここでうどんを食して少し元気になったし、ツレも気に入っている店だ。

ところが、閉まっている。 まだ開店前の時刻らしいので、出直そうかと話していると、主人が出てきた。今日はもう開けないと言う。目前の町家がまさに取り壊されている最中でもあり、このあたりにも再開発でマンションやビルになる動きが押し寄せているようだ。

そこから河原町方面へと歩くが、いい感じの店が見つからない。
先斗町に至り、最近オープンしたらしい「炭火焼茜屋」という店に入ってみた。ここは昨日通った感じではあまりうまくなさそうにも思えたのだが、新鮮な食材を焼いたものなら大外れもないだろう、他の店が混雑して並んでいるし、ちょっと気になる店は入りにくそうだし、ひとまず手を打とうと判断した。

これが甘かった。まずいわけでないのだが、うまくもない。もっと言うなら、いわゆるチェーン店の味である。ひどかったのは、鱧。そんな店で食べるのか?というツッコミが入るかもしれないが、それにしてもあんなに泥臭い鱧を食べたことはない。
で、とりあえず食いながら、 先程気になった店は、噂に聞く先斗町の茶房「長竹」ではないかと気付く。帰りに確認しようということで、腹7分目で出る。というより、それ以上ここで食べないほうがいいだろうという判断だ。

歩いてみたら、案の定「長竹」だった。茶房と名乗っているが、食事もそこそこ置いてあるようだ。明日の夕食は、ここで決まり!

●散歩が神事の見学に

ツレも元気になったし、四条河原町まで出てみる。夜になり、いい風が通る。四条に出ると、祭りの様子。四条大橋の真上で、竹を燃やした篝火をかかげ、神輿を照らす。周囲に警官がいて、1車線丸ごと止めてしまっている。ものすごい人だかり。ちょっと寄って眺めることにした。神輿を降ろした男どもが囲む中、何やらご神職が祝詞をあげている。
よく見ると、橋の中央部に竹と注連縄がある。これは・・・たぶん、神輿を鴨川の上に持ち出して、浄めているに違いない。と思っていると、動き出した。ついて行くことにする。

南座を通って、明らかに八坂神社に向う。途中で降ろし、手で拍子をとっては、また担いで進む。
ここで祇園祭の、山鉾巡業を頂点とする1ヶ月に渡る祭りの、終盤であることに気付く。山鉾巡業は確かにクライマックスだが、祭りは7月初めから、この時期まで続く。今日は神輿洗、すなわち神輿を浄めて、来年まで納めておくのだ。

そんなことを思っていると、商店の人々がみな出てきて、一緒に手を打っている光景に出くわす。街をあげての神事。炎が神輿を照らし、汗だくの男どもが担ぎ上げ、それを祝福するのか、そこから祝福されるのか、祇園の空気が変わる。
そのまま観光客も、祇園の人々も、吸い込まれるように八坂神社に行く。そして、私達もともに。

八坂神社は境内の提灯がすべて灯り、クリームの光に満ちている。月並みすぎて躊躇われるくらい陳腐な表現だが、やはり幻想的としか言い様がない。気持ちよさそうに寝ている猫が、急に舞い込む人々に驚いて、物陰に逃げ込む。
神輿は南側の門から入ってくる。それを待つ人々。
御輿が拝殿の前に至ると、思わず拍手も起こる。ご神職の言葉、町衆の人いきれが弾んで周囲に伝わっていく。それにしても、このなんともうれしい空気は、祭りのにぎわいを喜ぶ神の振動か。

小雨が降ったり止んだりする中、つい最後まで見てしまう。その余韻が身体の中に残り、なんともいい気分になる。

その気分を胸にしまったまま、河原町三条のせいほうで紅茶とケーキ。
とってもおいしい! そう、やっぱり京都の旅はこうでなきゃぁ。


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