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主役と表現方向の明確化

考えないで撮り続けても腕は上がらない

 写真を撮り始めた頃は、良いと思う被写体を見付けると、あまり考えずにカメラを向けてシャッターを押したものです。大まかな構図ぐらいは考えますが、それ以上のことは考えずに撮影していました。

 もちろん、写真の単行本や雑誌はかなり読みました。表現の技もいろいろと知りました。でも、実際の撮影結果に反映できないのです。そんな期間が、かなり長く続いたと思います。

 以上は私の例ですが、該当する人はかなり多いのではないでしょうか。私の場合、あるときに大事な点に気付きました。自分では考えているつもりでも、実際には考えてない(正確に表現するなら、本来考えなければならない分に比べて、ほとんどゼロに近いほどしか考えてない)のではないかと。そして、このまま考えてないに等しい状態で撮り続けても、写真の腕は上がらないだろうなと。実際、そんな状態が続きました。そこで、ある時期から、撮影時に何を考えればよいのか、真剣に考え出したというわけです。

見付けた被写体から表現意図を導き出す

 では、写真で何か表現するためには何を考えたらよいのでしょうか。たとえ1枚の写真であっても、被写体を見付けてから写真を撮り終わるまで、様々なことを考えます。その中で、最初に決めなければならないことは、表現意図を何にするかです。つまり、何を表現したいのかを明らかにすることです。

 言葉でなら簡単に表せますが、実際に行うのは大変です。写真の場合、表現したいことを最初から持っている人はまれでしょう。通常は、被写体になりそうな何かを見付けたときに、これを写真で表現したいと思うはずです。そう、被写体の発見が出発点となります。

 被写体として使えると思ったのには、何か理由があるはずです。その理由を明らかにすることが、考える第一歩です。被写体を見ながら、何を感じたのか求めてみます。風景の美しさ、物体の形の面白さ、場所の雰囲気など、何かを感じて目にとまったはずです。それを言葉にすることで、感じた中身が少しハッキリしてきます。

 感じた中身を言葉にする際には、「何の、どのような状態を、表現するか」という形にまとめると、整理しやすくなります。「何の」は、もちろん被写体です。写真には、脇役や背景などいろいろなものが写り込むので、主役となる被写体と表現した方が適切でしょう。「どのような状態」は、主役の状態を指します。ここでは、表現方向と名付けましょう。この主役と表現方向のペアが、表現意図の中心部分を構成します。これらを掘り下げることが、表現意図の明確な自覚につながります。

表現意図 = 主役(何の) + 表現方向(どのような状態)

主役を掘り下げる

 まず先に、主役を掘り下げてみましょう。風景でも物体でも、見えた全体が主役になるわけではありません。どこが本当の主役なのか明らかにするのが、掘り下げる行為です。

 主役が風景なら、風景の中のどこかの範囲が、より強く感じたはずです。美しい風景であれば、どこが一番美しいのか、“あえて”選んでみます。美しいと感じる部分の範囲を明確にするわけです。少し前で言葉にすると書きましたが、風景の場合は適しません。風景に含まれる特定の範囲を頭の中で指し示しながら、「この範囲」という言葉を使ってください。

 主役が何かの物体や人でも、掘り下げることができます。物体のどの箇所で強く感じたのか、あえて絞ってみます。全体の形とか、目立つ部分とか、含まれる要素の組合せ方とか、人間の格好とか、服装や持っているものとか、いろいろあるでしょう。被写体にしたいと一番強く感じた箇所が、真の主役です。

 全体の雰囲気が気に入った場合には、その雰囲気を作っている要素を探してみます。目の前に手を出し、手のひらで1つずつ隠してみると、発見しやすいでしょう。このようにしながら、真の主役を明らかにしていきます。

1つの主役から、複数の主役が見付かることも

 主役を掘り下げていると、複数の主役が見付かることもあります。複数の主役というのは、複数の主役を1枚の写真に写し込むという意味ではありません。それぞれ別々な写真の主役になるという意味です。つまり、複数の写真の被写体が見付かるわけです。

 たとえば、被写体が美しい風景なら、全体でも美しいし、その一部だけでも美しい場合があります。一部だけでも美しい箇所を、意識的に見付けるのです。被写体が物体なら、その一部が主役になることもあるでしょう。1つだけでなく、複数見付かることもよくあります。このとき、主役になりそうな箇所はないかと、意識しながら見ることが大切です。

 複数の主役を見付けるのに役立つ方法が、いくつかあります。風景であれば、カメラのファインダーから被写体を見るのが一番です。ズームでアップにしながら、被写体の一部だけ見えるようにしてみます。他には、前述のように、手で隠しながら見るのも有効でしょう。

 近くに寄れる物体なら、その周りを一周したり、上からや下から覗いてみます。広角レンズを用い、いろいろな角度から覗くのも効果的です。35mm版換算で28mm以下の広角レンズだと、通常とは異なる映像が見えるので、意外な発見があったりします。

表現方向を掘り下げる

 続いて、主役の状態である表現方向を掘り下げてみましょう。最初は、一言で表現しているはずです。たいていは形容詞で、美しい、面白い、(形などが)変な、スピード感のある、かっこいい、にぎやかな、寂しげな、迫力ある、壮大な、存在感のある、心が落ち着く、不気味なといった風に。これらを、もう少し掘り下げるわけです。

 一言で表した言葉ですが、言葉によって解釈の広さが異なります。とくに「面白い」は、かなりあいまいな言葉で、幅広い意味を含んでいます。こうした言葉ほど、より掘り下げなければなりません。どんな点が面白いのか、具体的に考えてみます。たとえば、普通の人間ならしない格好をしているとか、色の組合せがアンバランスだとか、周囲の中で特別に目立っているとかです。このように、面白いの中身をより細かく求めます。

 風景などを美しく感じた場合でも、どんな風に美しいのかを考えます。色が美しい、色の組合せが美しい、グラデーションが美しい、山並みなどの形が美しいなど、もう少し細かく説明できるはずです。それを明らかにします。

 他の形容詞でも、考え方は同様です。できるだけ具体的な表現になるように、被写体を深く観察してみます。たとえば、迫力がある被写体なら、どんな迫力なのか考えます。大きなものがドーンと立っているからとか、周囲の人間を見下ろしているからとか、重量感がありそうに見えるからとか、仏像の顔が威圧感があるからとかです。被写体になりそうだと感じた、より細かな原因を探します。

複数の表現方向が一緒でも構わない

 表現の方向性ですが、1つだけとは限りません。美しい風景が寂しげであれば、美しさとともに寂しさも1枚の写真で表現することが可能だからです。同様に、物体の形が滑稽で不気味さも持っているなら、滑稽さと不気味さの両方を1枚で表現できます。ただし、撮影者の能力によっては、片方をあきらめるしかないかもしれません。だとしても、最初の段階では両方を挙げておきます。

 表現方向が複数あるときは、それぞれ別々に掘り下げます。そのやり方は、表現方向が1つの場合と同じです。掘り下げやすい方を先に考え、煮詰まったら別な方に移ると効率的です。

 複数の表現方向を狙っても、具体的な表現方法を決める際に、うまくいかないこともあるでしょう。そんなときは、一緒に狙うのをあきらめて、表現方向を1つずつ選んで撮影するしかありません。また、一緒に狙って撮影した場合でも、少し不安があるなら、1つずつ選んで別々に撮影してみます。

 複数の表現方向を分けて撮影することで、何かに気付く場合もあります。一緒に表現するとき役立つ何かにです。その可能性があるため、最終的に複数の表現方向を狙っていても、最初は1つずつ狙って撮影してみてください。もしかしたら、一緒に表現するヒントが得られるかも知れませんので。

実際には、主役と表現方向を一緒に掘り下げる

 主役と表現方向の掘り下げに関して、ここまでは別々に説明してきました。少しでも分かりやすくと考えたからです。しかし、実際に行うときには、これらを一緒に進めます。一緒にといっても、頻繁に切り替わったりするのですが。

 たとえば、ある銅像が面白いと感じたとしましょう。主役は銅像で、表現方向は面白いです。最初は、どちらか片方から出発します。主役の掘り下げなら、どの部分が面白いかを探します。表現方向の掘り下げなら、どんな風に面白いのかを考えます。もし片方で詰まったら、別な方に切り替える形で。

 通常は、一方で掘り下げが進展すると、もう片方の手助けとなります。面白い銅像の例で、面白いと感じた中身が、銅像の変な格好だっとします。変な格好だとなぜ感じたのかを見ていくと、上半身の格好だと気付きました。すると、主役は銅像の上半身になります。

 上半身といっても、銅像は様々な角度から見れます。今度は、上半身を様々な角度から見てみます。その結果、滑稽さを一番強調した角度が見付かりました。この時点での主役は、見付けた角度から見た上半身です。こんな感じで、主役と表現方向を同時に掘り下げていくわけです。

 以上が、主役と表現方向を明確化する方法です。少し長い文章で説明したため、凄く時間をかけて行うように感じるでしょう。しかし、実際には短い時間で済ませます。被写体にもよりますが、短いと1分以内で、どんなに長くても5分以内です(それ以上かかる場合はあきらめ、掘り下げなしで撮影しています)。これぐらいの時間で終わるように、練習するわけです。もちろん、最初のうちは10分ぐらいかけて構いません。何度も繰り返して、短時間でできるようにしてください。

 さて、このように表現意図(主役と表現方向)を明らかにするのは、何のためでしょうか。それは、狙った意図の写真を上手に撮るためです。意図が不明確のままでは、上手に表現することは難しいですから。

(作成:2003年5月10日)
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