行動分析学

行動分析学は、アメリカの心理学者スキナー (B.F. Skinner 1904- 1990)によって創始された行動研究の体系です。ヒトおよびヒト以外の動物を対象として、行動の原理がどう働くかを研究します。

主な研究対象はオペラント行動です。依拠する哲学的立場は徹底的行動主義(radical behaviorism)と呼ばれます。徹底的行動主義は、次のような特徴を持ちます。

  1. 心因論を排し徹底的行動主義を採用する
  2. ヒトだけでなく動物を含むオペラント行動を対象とする
  3. ある行動の予測と制御ができることをもってその行動を理解できたとする
  4. 行動の原因として環境要因を重視する
  5. 群間比較を用いず、行動の直接制御による単一被験体法を採用する

1. 徹底的行動主義

行動分析学=行動主義である、というのは誤解です。「行動主義」とは、ジョン・ワトソン(1878-1958)の古典的行動主義を指します。ワトソンは、古典的条件づけ以外の理論を持たず、またその主張は条件づけを偏重し過ぎていました。今日、彼のような行動主義者は存在しません。

同様に、行動分析学を新行動主義の一角に据える説明を見かけます。しかし、これも誤りです。スキナーの行動分析学は媒介変数を仮定しません。また、行動に後続する刺激を重視する点で、ハル、トールマン、ガスリーらの新行動主義(S-R理論発展系)とは異なります。

徹底的行動主義は、感情や認知も行動(あるいは反応)であると考えます。また、個人だけが知ることのできる出来事(プライベート・イベント)も研究対象とします。近年は、関係フレーム理論の登場により、思考(言語行動)を含むプライベート・イベントの研究が急速に進んでいます。


2. オペラント行動

行動分析学が扱う行動は、レスポンデント行動とオペラント行動の2種類に大別されます。

オペラント行動に特定の誘発刺激は存在しません。レスポンデント行動と異なり、行動の直後に刺激が提示あるいは除去されることによって、当該行動の将来的な生起頻度が変化します。任意のオペラント行動の直後で任意の刺激を提示あるいは除去し、オペラント行動の生起頻度を変化させる手続きをオペラント条件づけと呼びます。

オペラント行動とその直後の環境刺激の変化との関係を行動随伴性といいます。行動分析学では、行動の直前と直後の変化、つまり行動随伴性によって、行動の原因を明らかにすることを一つの軸としています。 行動の生起頻度を増加させる手続きを強化、減少させる手続きを弱化と呼びます。行動随伴性は、強化子と弱化子、その提示と除去によって以下の4種類に分けられます。なお、刺激を提示することを正、除去することを負と表現します。


3. 行動の予測と制御

心的な現象を見かけ上、上手に説明する(脳内でつじつまが合うよう解釈する)ことにほとんど意味はありません。任意の出来事(an event)を説明するということは、その出来事が生じた原因(its cause)を特定する作業だからです。原因を特定するということは、特定先を操作することで結果を変えられることを意味します。

行動分析のモル単位は、任意の刺激(a stimulus)と任意の反応(a response)の結合です。この結合を「行動(a behavior)」と呼びます。名称が示すように、行動分析の生命線は「分析」にあります。分析が完璧に決まれば、すべてが完了するといっても過言でありません。

行動修正は行動分析学用語を用いたプログラミング技術です。標的行動の分析はリバースエンジニアリング*1に相当します。その結果、標的行動プログラムのソースコードが分かれば、独立変数を操作すること(行動修正)が即可能になります。

*1 技術分野において、製品を入手して分解や解析などを行い、その動作原理や製造方法、設計や構造、仕様の詳細、構成要素などを明らかにすること。


4. 環境要因の重視

人間行動の問題に科学を適用するときは、行動は法則的で決定論的であると仮定する必要があります。なぜなら、一見無秩序なものの中にルール(法則)を見つけ出す。この地道で気の遠くなるような作業を科学と呼ぶからです。

人間の行為である以上、そこには必然的に制約が生まれます。人間は、ある一定の時間、空間でしか観察できないという制約です。したがって、科学は、時間的空間的に一部を切り取って対象とせざるを得ません。切り取ると、そこには始点と終点が現れます。これを科学者は原因‐結果と呼んでいます。

行動分析学において、環境要因は独立変数(原因)であり行動は従属変数(結果)です。認知は行動の原因ではなく、説明されるべき行動とみなされます。内的行動は直接操作が不可能であり、行動を操作するための独立変数として利用できないからです。


5. 単一被験体法

単一被験体法は、同一の被験体を、独立変数を導入する実験条件下と導入しない統制条件下とにおきます。両条件下における同一個体の結果をグラフ化、視覚的精査(visual inspection)によって比較する計画法です。 ここでは、独立変数の効果は個体内差として検出されます。 群間比較法で必須とされる前提条件は必要とされません。

群間比較法によって得られる代表値は、あくまでも代表値という統計的 「虚構」 です。そこから得られた結論は特定の個体には必ずしも当てはまりません。 一方、単一被験体法は、同一の被験体に対して繰り返して従属変数を測定します。得られた測定値の個数は実施された反復回数に依存します。 そして、同一個体内で独立変数を導入した期間と導入しない期間、それぞれから得られた測定値を比較して結論を導きます。ゆえに、統制群を設ける必要はなく、得られた独立変数の効果は確定的です。

群間比較法では、多数の被験体を無作為に抽出し、各群に無作為に割り当てることで一般化の問題を解決しています。 一方、単一被験体法は、被験体数を増やし同一の手続きを直接的反復することで一般化を行います。実験者、実験事態等様々な要因についても、系統的反復によって一般化における 外的妥当性を高めることが可能です。