百人秀歌

【はじめに】
昭和二十六年(1951)、有吉保氏によって報告され、初めてその存在を世に知られるようになった、藤原定家撰の秀歌集である。百一人の歌人の歌を一首ずつ選び、作者名・勅撰集名を付している。作者の一人藤原家隆の官位表記(正三位)から、文暦二年(1235)九月十日以前の成立と推定されており、また当時遠流(おんる)の身であった後鳥羽院・順徳院の歌が漏れていることなどから、百人一首に先立って成立したとの意見が大勢を占めているようである。特に、定家の日記『明月記』文暦二年五月二十七日条に見える「宇都宮蓮生に請われて嵯峨山荘の障子に貼るための色紙和歌を染筆した。古来の人の歌各一首、天智天皇より家隆雅経に及ぶ」旨の記事と符合する点が少なからずあり、関連が注目されている。
百人一首と共通する歌は九十七首。百人一首に選ばれ百人秀歌に漏れているのは、後鳥羽院・順徳院の二人。反対に、百人秀歌のみに見られる歌人は一条院皇后宮(藤原定子)・源国信・藤原長方の三人。また、源俊頼の歌は、両者で別の歌が選ばれている(補足1参照)。
排列は違いが大きく、百人一首が時代順を優先しているのに対し、百人秀歌は二首一対の歌合形式に比重が置かれていると見られる。

【凡例】
底本は、冷泉亭時雨叢書第三十七巻(平成八年刊)に収められた「百人秀歌」影印を用いた。この写本は、鎌倉末期から室町時代にかけての書写と推定されている。
なるべく底本を忠実に再現するようにした。排列・改行位置・仮名遣いなど、底本の通り。ただし「く」の字を縦に引き延ばした形の踊り字は「ゝゝ」に置き換えた。
歌の頭に通し番号をふり、歌の末尾にカッコで括って百人一首の通し番号を入れた。また百人一首にない歌には、を付した。
虫食い・擦り消し等により判読不能の部分は、歌学大系所収の「百人秀歌」により補った。
底本で字の傍に施されている訂正は、[]内に小字で示した。例えば清原深養父の歌の第四句「くものいつくに」の「く」の字の傍に書き添えてある「こ」の字を、[こ]と表示。
明らかな誤写と思われる箇所の訂正については、いちいち表示していない。例:兼輔の歌の結句が「こひしかるへき」となっていて、「へき」を見せ消ちして「らん」に訂正している箇所など。
一般に流布している百人一首テキストと相違する歌句は、次の九カ所である。
相模の歌は単純な誤写の可能性が高いようにも思えるが、いちおう底本のままにしておいた。
作者名表記では権中納言敦忠の「権」が抜けている点、赤染衛門が「赤染右衛門」、大江匡房の肩書が「前中納言」(ふつう権中納言)、行尊の肩書が「前大僧正」(ふつう「前」はない)となっている点が注意されるが、いずれも底本のままにした。また前述のごとく、家隆が「正三位家隆」(百人一首では「従二位家隆」)と表記されているのは、百人秀歌が家隆の従二位叙位(文暦二年九月十日)以前に成立したことを裏付けていよう。

【もくじ(10番ごと)】
◆01天智天皇 ◆11藤原敏行 ◆21源宗于 ◆31藤原興風
◆41平兼盛 ◆51藤原道信 ◆61和泉式部 ◆71行尊
◆81源兼昌 ◆91殷富門院大輔

【百人一首関連資料集】
「詠歌大概」例歌 「近代秀歌(自筆本)」例歌
「秀歌大躰」 「八代集秀逸」 「異本百人一首」

百人秀歌 嵯峨山荘色紙形 京極黄門撰


                 天智天皇御製
撰  001 あきのたのかりほのいほのとまをあらみ
     わかころもてはつゆにぬれつゝ (001)

                 持統天皇御製
新古 002 はるすきてなつきにけらし白妙の
     ころもほすてふあまのかく山 (002)

                 柿本人麿
拾遺 003 あしひきの山とりのをのしたりをの
     なかゝゝしよをひとりかもねん (003)

                 山邊赤人
新  004 たこのうらにうちいてゝみれは白妙の
     ふしのたかねにゆきはふりつゝ (004)

                 中納言家持
同  005 かさゝきのわたせるはしにおくしもの
     しろきをみれはよそふけにける (006)

                 安倍仲丸
古今 006 あまのはらふりさけみれはかすかなる
     みかさの山にいてし月かも (007)

                 参議篁
同  007 わたのはらやそしまかけてこきいてぬと
     人にはつけよあまのつりふね (011)

                 猿丸大夫
同  008 おく山にもみちふみわけなくしかの
     こゑきくときそ秋はかなしき (005)

                 中納言行平
同  009 たちわかれいなはの山のみねにおふる
     まつとしきかはいまかへりこん (016)

                 在原業平朝臣
同  010 ちはやふる神よもきかすたつた河
     からくれなゐにみつくゝるとは (017)

                 藤原敏行朝臣
同  011 すみのえのきしによるなみよるさへや
     ゆめのかよひち人めよくらん (018)

                 陽成院御製
撰  012 つくはねのみねよりおつるみなのかは
     こひそつもりてふちとなりける (013)

                 小野小町
古  013 はなのいろはうつりにけりないたつらに
     わか身よにふるなかめせしまに (009)

                 喜撰法師
同  014 わかいほはみやこのたつみしかそすむ
     よをうち山と人はいふなり (008)

                 僧正遍昭
同  015 あまつかせ雲のかよひちふきとちよ
     をとめのすかたしはしとゝめん (012)

                 蝉丸
撰  016 これやこのゆくもかへるもわかれつゝ
     しるもしらぬもあふさかのせき (010)

                 河原左大臣
古  017 みちのくのしのふもちすりたれゆへに
     みたれむとおもふ我ならなくに (014)

                 光孝天皇御製
同  018 君かためはるのゝにいてゝわかなつむ
     わかころもてにゆきはふりつゝ (015)

                 伊勢
新  019 なにはかたみしかきあしのふしのまも
     あはてこのよをすくしてよとや (019)

                 元良親王
撰  020 わひぬれはいまはたおなしなにはなる
     みをつくしてもあはんとそ思 (020)

                 源宗于朝臣
古  021 やまさとはふゆそさひしさまさりける
     人めも草もかれぬとおもへは (028)

                 素性法師
同  022 いまこんといひしはかりになか月の
     ありあけの月をまちいてつる哉 (021)

                 菅家
同  023 このたひはぬさもとりあへすたむけ山
     もみちのにしき神のまにゝゝ (024)

                 壬生忠岑
同  024 ありあけのつれなくみえしわかれより
     あかつきはかりうきものはなし (030)

                 凡河内躬恒
同  025 こゝろあてにおらはやおらんはつしもの
     おきまとはせる白きくのはな (029)

                 紀友則
同  026 ひさかたのひかりのとけきはるの日に
     しつこゝろなく花のちるらん (033)

                 文屋康秀
同  027 ふくからに秋の草木のしほるれは
     むへ山風をあらしといふらん (022)

                 紀貫之
同  028 人はいさこゝろもしらすふるさとは
     花そむかしのかにゝほひける (035)

                 坂上是則
同  029 あさほらけありあけの月とみるまてに
     よしのゝさとにふれるしらゆき (031)

                 大江千里
同  030 月みれはちゝにものこそかなしけれ
     わか身ひとつの秋にはあらねと (023)

                 藤原興風
同  031 たれをかもしる人にせんたかさこの
     まつもむかしのともならなくに (034)

                 春道列樹
同  032 山かはにかせのかけたるしからみは
     なかれもあへぬもみちなりけり (032)

                 清原深養父
同  033 なつのよはまたよひなからあけぬるを
     くものいつく[こ]に月やとるらん (036)

                 貞信公
拾  034 おくら山みねのもみちはこゝろあらは
     いまひとたひのみゆきまたなん (026)

                 三条右大臣
撰  035 なにしおはゝあふさか山のさねかつら
     人にしられてくるよしも哉 (025)

                 中納言兼輔
新  036 みかのはらわきてなかるゝいつみ河
     いつみきとてかこひしかるらん (027)

                 参議等
撰  037 あさちふのおのゝしのはらしのふれと
     あまりてなとか人のこひしき (039)

                 文屋朝康
同  038 白つゆにかせのふきしく秋のゝは
     つらぬきとめぬたまそちりける (037)

                 右近
拾  039 わすらるゝ身をはおもはすちかひてし
     人のいのちのをしくもある哉 (038)

                 中納言敦忠
同  040 あひみてのゝちの心にくらふれは
     むかしはものを[も]おもはさりけり (043)

                 平兼盛
同  041 しのふれといろにいてにけりわかこひは
     ものやおもふと人のとふまて (040)

                 壬生忠見
同  042 こひすてふ我なはまたきたちにけり
     ひとしれすこそ思ひそめしか (041)

                 謙徳公
同  043 あはれともいふへき人はおもほえて
     身のいたつらになりぬへきかな (045)

                 中納言朝忠
同  044 あふことのたえてしなくはなかゝゝに
     人をも身をもうらみさらまし (044)

                 清原元輔
後拾遺 045 ちきりきなかたみに袖をしほりつゝ
      すゑのまつ山なみこさしとは (042)

                 源重之
詞華 046 かせをいたみいはうつなみのをのれのみ
     くたけてものを思ころかな (048)

                 曽祢好忠
新  047 ゆらのとをわたるふな人かちをたえ
     ゆくへもしらぬこひのみちかな (046)

                 大中臣能宣朝臣
詞  048 みかきもり衛士のたくひのよるはもえ
     ひるはきえつゝものをこそ思へ (049)

                 藤原義孝
後  049 君かためをしからさりしいのちさへ
     なかくもかなと思ぬるかな (050)

                 藤原實方朝臣
同  050 かくとたにえやはいふきのさしもくさ
     さしもしらしなもゆる思を (051)

                 藤原道信朝臣
同  051 あけぬれはくるゝものとはしりなから
     なをうらめしきあさほらけ哉 (052)

                 恵慶法師
拾  052 やへむくらしけれるやとのさひしきに
     人こそみえね秋はきにけり (047)

                 一条院皇后宮
後  053 よもすからちきりしことをわすれすは
     こひんなみたのいろそゆかしき

                 三条院御製
同  054 こゝろにもあらてうきよになからへは
     こひしかるへきよはの月かな (068)

                 儀同三司母
新  055 わすれしのゆくすゑまてはかたけれは
     けふをかきりのいのちともかな (054)

                 右大将道綱母
拾  056 なけきつゝひとりぬるよのあくるまは
     いかにひさしきものとかはしる (053)

                 能因法師
後  057 あらしふくみむろの山のもみちはゝ
     たつたのかはのにしきなりけり (069)

                 良暹法師
同  058 さひしさにやとをたちいてゝなかむれは
     いつくもおなし秋のゆふくれ (070)

                 大納言公任
拾  059 たきのおとはたえてひさしくなりぬれと
     なこそなかれてなをとまりけれ (055)

                 清少納言
後  060 よをこめてとりのそらねにはかるとも
     よにあふさかのせきはゆるさし (062)

                 和泉式部
同  061 あらさらんこのよのほかの思いてに
     いまひとたひのあふことも哉 (056)

                 大貳三位
同  062 ありま山ゐなのさゝはらかせふけは
     いてそよ人をわすれやはする (058)

                 赤染右衛門
同  063 やすらはてねなましものをさよふけて
     かたふくまての月をみしかな (059)

                 紫式部
新  064 めくりあひてみしやそれともわかぬまに
     くもかくれにしよはの月かな (057)

                 伊勢大輔
詞  065 いにしへのならのみやこのやへさくら
     けふこゝのへにゝほひぬるかな (061)

                 小式部内侍
金葉 066 おほえ山いくのゝみちのとをけれは
     またふみもみすあまのはしたて (060)

                 権中納言定頼
千  067 あさほらけうちの河きりたえゝゝに
     あらはれわたるせゝのあしろき (064)

                 左京大夫道雅
後  068 いまはたゝ思たえなんとはかりを
     人つてならていふよしもかな (063)

                 周防内侍
千  069 はるのよのゆめはかりなるたまくらに
     かひなくたゝむなこそをしけれ (067)

                 大納言経信
金  070 ゆふされはかとたのいなはおとつれて
     あしのまろやに秋かせそふく (071)

                 前大僧正行尊
同  071 もろともにあはれとおもへ山さくら
     花よりほかにしる人もなし (066)

                 前中納言匡房
後  072 たかさこのおのへのさくらさきにけり
     とやまのかすみたゝすもあらなん (073)

                 権中納言国信
新  073 かすかのゝしたもえわたるくさのうへに
     つれなくみゆるはるのあはゆき

                 祐子内親王家紀伊
金  074 おとにきくたかしのはまのあたなみは
     かけしや袖のぬれもこそすれ (072)

                 相模
後  075 うらみわひぬほさぬそてたにある物を
     こひにくちなんなこそおしけれ (065)

                 源俊頼朝臣
金  076 山さくらさきそめしよりひさかたの
     くもゐにみゆるたきの白いと

                 崇徳院御製
詞  077 せをはやみいはにせかるゝたきかはの
     われてすゑにもあはんとそ思 (077)

                 待賢門院堀川
千  078 なかゝらんこゝろもしらすくろかみの
     みたれてけさはものをこそ思へ (080)

                 法性寺入道前関白太政大臣
詞  079 わたのはらこきいてゝみれはひさかたの
     くもゐにまかふおきつしらなみ (076)

                 左京大夫顕輔
新  080 秋かせにたなひく雲のたえまより
     もりいつる月のかけのさやけさ (079)

                 源兼昌
金  081 あはちしまかよふちとりのなくこゑに
     いくよめさめぬすまのせきもり (078)

                 藤原基俊
千  082 ちきりをきしさせもかつゆをいのちにて
     あはれことしの秋もいぬめり (075)

                 道因法師
同  083 おもひわひさてもいのちはある物を
     うきにたえぬはなみたなりけり (082)

                 藤原清輔朝臣
新  084 なからへはまたこのころやしのはれん
     うしとみしよそいまはこひしき (084)

                 俊恵法師
千  085 よもすからもの思ころはあけやらぬ
     ねやのひまさへつれなかりけり (085)

                 後徳大寺左大臣
同  086 ほとゝきすなきつるかたをなかむれは
     たゝありあけの月そのこれる (081)

                 皇太后宮大夫俊成
同  087 よの中よみちこそなけれおもひいる
     山のおくにもしかそなくなる (083)

                 西行法師
同  088 なけゝとて月やはものをおもはする
     かこちかほなる我なみたかな (086)

                 皇嘉門院別当
同  089 なにはえのあしのかりねのひとよゆへ
     身をつくしてやこひわたるへき (088)

                 権中納言長方
新  090 きのくにのゆらのみさきにひろふてふ
     たまさかにたにあひみてしがな

                 殷富門院大輔
千  091 みせはやなをしまのあまのそてたにも
     ぬれにそぬれしいろはかはらす (090)

                 式子内親王
新  092 たまのをよたえなはたえねなからへは
     しのふることのよはりもそする (089)

                 寂蓮法師
同  093 むらさめのつゆもまたひぬまきのはに
     きりたちのほる秋のゆふくれ (087)

                 二条院讃岐
千  094 わか袖はしほひにみえぬおきのいしの
     人こそしらねかはくまもなし (092)

                 後京極摂政前太政大臣
新  095 きりゝゝすなくやしもよのさむしろに
     ころもかたしきひとりかもねん (091)

                 前大僧正慈圓
千  096 おほけなくうきよのたみにおほふかな
     我たつそまにすみそめのそて (095)

                 参議雅経
新  097 みよしのゝ山の秋かせさよふけて
     ふるさとさむくころもうつなり (094)

                 鎌倉右大臣
新勅 098 よのなかはつねにもかもななきさこく
     あまのをふねのつなてかなしも (093)

                 正三位家隆
同  099 かせそよくならのをかはのゆふくれは
     みそきそなつのしるしなりける (098)

                 権中納言定家
同  100 こぬ人をまつほのうらのゆふなきに
     やくやもしほの身もこかれつゝ (097)

                 入道前太政大臣
同  101 はなさそふあらしのにはのゆきならて
     ふりゆくものは我身なりけり (096)


     上古以来哥仙之一首随思出書出之名
     譽之人秀逸之詠皆漏之用捨在心
     自他不可有傍難歟



【補足1】百人一首にあって百人秀歌にない歌

                 源俊頼朝臣
     うかりける人を初瀬の山おろし
     はけしかれとはいのらぬものを (074)

                 後鳥羽院
     人もおしひともうらめしあちきなく
     よをおもふゆへに物思ふ身は (099)

                 順徳院
     百敷やふるき軒端の忍ふにも
     なを餘りあるむかし成けり (100)


【補足2】巻末の識語を訓み下すと以下の通り。

上古以来の哥仙の一首、思ひ出づるに随(したが)ひて之(これ)を書き出だす。名誉の人、秀逸の詠、皆之を漏らす。用捨は心に在り。自他傍難有るべからざるか。
(訳:上古以来の名高い歌人の歌を一首ずつ、思い出すままに書き出した。有名な人、秀逸の作、おおかた漏れている。取捨選択の基準は私の心のうちにある。あれこれと、はたから非難されるような筋合いはないだろう。)


百人一首目次


最終更新日:平成16年4月6日
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