作者別花筵百首題 水垣久

春     

立春

梅が香もほのかた割れの朧月春立つけふの夜は更けたり

 うめかゝも   
 ほのかたわれの 
 おほろつき   
 はるたつけふの 
 よるは ふけたり

きよらかに光をまとふ翁舞ひやがて白梅のひと木咲き満つ

 きよらかに   
 ひかりをまとふ 
 おきな舞ひ   
 やがてしらうめの
 ひと木 咲き満つ

残雪

ふとぶとと根ばふ山路の楠の根に沁みかへりゆく雪のむら消え

 ふと〴〵と   
 根ばふ やま路の
 くすの根に   
 沁みかへり ゆく
 ゆきの むら消え

若草

朽葉深き森の下にも春は来ぬ木漏れ日ごとに萌ゆる早蕨

 くち葉ふかき  
 もりの したにも
 はるは来ぬ   
 こもれ日ごとに 
 もゆる さわらび

春雨

下蕨谷に歌へばまして濃き鶯色の春雨ぞ降る

 したわらび   
 たにに うたへば
 まして濃き   
 うぐひすいろの 
 はるさめぞ ふる

春野

春雨や今あがらむとゆふ雲雀なほけぶる野に声ぞしめれる

 はるさめや   
 いまあがらむと 
 ゆふひばり   
 なほけぶる 野に
 こゑぞ しめれる

春山

よそにのみ峰の桜の咲くごとに我がたましひのひと端欠けゆく

 よそにのみ   
 みねの さくらの
 咲くごとに   
 我がたましひの 
 ひと端 欠けゆく

春夢

うつつにはまた行かむとも逢はめやもその夜の夢にみ吉野の花

 うつつには   
 また行かむ とも
 逢はめやも   
 その夜のゆめに 
 みよしのの はな

余寒

花冷えの春死なましを山桜きさらぎ望を風みがく夜

 はな冷えの   
 はる死なましを 
 やまざくら   
 きさらぎもちを 
 かぜみがく よる

春鳥 仏足石歌体

藪隠れならひはじめし歌をいま桜の陰に心のままに

 やぶがくれ   
 ならひ はじめし
 うたをいま   
 さくらのかげに 
 こころのままに
 こころのままに

同右

時に空かげろふ下を風すぎてしづまるのちの花の色ふかし

 ときにそら   
 かげろふしたを 
 かぜ過ぎて   
 しづまるのちの 
 はなのいろふかし
 はなのいろふかし ★海

落花

しめやかに花ふる夜の雨宿り桜老樹にひとりよりそふ

 しめやかに   
 はなふるよるの 
 あまやどり   
 さくら らうじゆ(老樹)
 ひとり よりそふ

春月

ふかき夜を花なき枝にしろき沙綾掛けつつわたれ春の月影

 ふかき夜を   
 はななきえだに 
 しろきさや(紗綾)   
 掛けつつわたれ
 はるの つきかげ

春曙

伊豆の海や霞にねむる島影も乙女椿のあけぼのの色

 伊豆のうみや  
 かすみに ねむる
 しまかげも   
 をとめ つばきの
 あけぼのの いろ

遅日

永き日の終はりまどろむ窓の外夕づつあかり春とやはらぐ

 ながき日の   
 をはり まどろむ
 まどのそと   
 ゆふづつあかり 
 はると やはらぐ

苗代

田の神はちひさき神かしら躑躅ぬさのさ枝をよりしろにして

 田のかみは   
 ちひさきかみか 
 しらつつじ   
 ぬさの さえだを
 よりしろに して

春風のをやみしからに紋白蝶かすみの空に吸はれゆくかな

 はるかぜの   
 をやみしからに 
 もんしろてふ  
 かすみのそらに 
 吸はれ ゆくかな

椿 仏足石歌体

風に舞ふすべなき椿こずゑよりひたみちに落つそのひた道を

 かぜに舞ふ   
 すべなきつばき 
 こずゑより   
 ひたみちに 落つ
 そのひたみちを 
 そのひたみちを 

晩春花

つむじ風小手毬の花まきあげて暮れゆく春の空に手向けつ

 つむじかぜ   
 小手まりのはな 
 巻きあげて   
 暮れゆくはるの 
 そらに 手向けつ

残春

青みゆく四方にもひとり春の色をとどめよしばし山の藤波

 あをみゆく   
 四方にもひとり 
 はるのいろを  
 とどめよしばし 
 やまの ふぢなみ

春     


公開日:平成22年9月23日
最終更新日:平成23年2月22日

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