Alternative Views》 2001年3月2日、5日

東夷のローマン体

ようやくβ版ラテン文字類を作り終えることができました。どういう理由で《この字形》になったのか、明確に理由があってやったことを作業メモとして残しておきます。メモにない事柄でも、何がしかの考えがあってやったことが、あったかもしれません。

内田明 <uchida@happy.email.ne.jp>

全般

キャップハイト・Xハイトとベースライン

2001年のKandata補完計画におけるラテン文字」に記した理由から、ベースラインを64分の10emの高さに決めました。

また、例えば“2001年3月4日”といった日付文字列や、“1,980円”といった価格文字列等の収まり具合を考慮し、更にアクセント付きラテン文字のデザインの都合をも勘案した結果、キャップハイトは漢字に対して56分の42 (64分の42em) としてみました。

更にまた、少ないピクセル数でのレンダリングでも明るさを感じられるようなXハイトと“ふところ”の広さを心がけた設計にしてみました。

思い切り“和文従属型”のプロポーションになっていることでしょう。

縦組センターラインと字間

字の形によって、最左端点と最右端点の中央を縦組センターラインにすると片寄って見えてしまうものがあるので、各文字毎に手動でセンターラインを決めました。もっとも、調整が甘いせいで揃っていないように見えるものがあるかもしれません。

固有の高さが異なる文字を縦に並べても空きが均等に見えるように、トップサイドベアリングやボトムサイドベアリングの値も手動で調整しました。もっとも、調整が甘いせいで揃っていないように見えるものがあるかもしれません。

TrueTypeフォントフォーマットの制約だと思うのですが、“1バイト”のところにマップしている JIS X 0201 Roman の文字には縦組用の設定ができなかったので、上記の設定は行なっていません。

ディセンダライン

ディセンダがEMスクエアの下端に接しているデザインをしてみたところ、小サイズでレンダリングしてみた際に半分削り取られたようなグリフになってしまいました。そこで、基本のディセンダラインはベースラインから64分の9emだけ下がった高さにしておきました。

これは基本の高さであって、都合により、一部にEMスクエアを目一杯使ったものもあります。

黒味

和欧混交の平文テキストを表示した際に、ラテン文字列が強調テキストに見えたり、あるいは漢字や仮名が強調テキストに見えたりするようなことがないよう、注意しました。

具体的には、漢字の縦線については64分の4emを太さの基準とし、ラテン文字の縦線については64分の5emを基準とすることと、横線を双方とも64分の2emとすることとで、現状のバランスを得ています。

ローマン体?

縦線と横線の太さに差があり、またブラケットセリフがついている――という意味で、TRX 0003:2000『フォント情報処理用語』が言うところの“ローマン体”と称していいのであろう特徴を持たせてみました。

フォントエディタでご覧いただいたり、300ピクセル角くらいの大きさでレンダリングしてご覧いただいたりすると、単純な直線と僅かなブラケットの組合せで作ったセリフの形状や太さなどの印象から、オールドスタイルや過渡期書体、モダンスタイル等の一般的なローマン様式書体とは異なる書体である――という印象を持たれるかもしれません。

錯視補正

欧文系レタリング入門書に、“EHIなどの文字が各々上下の基準線で高さが揃う一方、CやO等の場合は基準線を超えるように作らないと横並びに揃っているようには見えない”といった注意が書かれていたり、“どのくらい超えた位置で揃えるか”という概念が TRX 0003:2000『フォント情報処理用語』で「オーバーシュートライン」として定義されていたりします。

現在のKandataは仮想 FUnit 64で作っているため、上下方向のオーバーシュートや、左右方向のオーバーシュートの調整を諦めています。幾つか調整を試みたのですが、64分の1em単位の増減では補正できなかったのです。(実際、ジェイムズ・クレイグ『欧文組版入門』(朗文堂 ISBN4-947613-24-6)に引用されている“ホーランド・セミナー”の設計図等を見ると、中々微妙な調整量が相応しいようです。)

2001年3月2日現在のKandataでは、あちこちで不揃いなレンダリングになってしまうという不満が残っているので、将来改めて挑戦するべき課題として、当面は手をつけずに残しておきます。

各論的

エスツェット

ヤン・チヒョルト『書物と活字』(朗文堂 ISBN4-947613-46-7)の中に、エスツエットの正しい字形について書かれた文があったので、それを参考にして作ってみました。

はじめは、独立した2つのSを横並びにした“ジャンソン風”がいいな――と思ったのですが、一般的に目にする形とあまり違っていても困るかと考えて、2つのSをつないだ形にしました。また、“大きいS”の左肩にアクセントをつけた方がいいのかどうか迷いましたが、つけないでおきました。

エスツェットは“S3”ではなく“Ss”だから右側は3字型ではなくs字型に作っておくべきだろうと考えた訳ですが、“日本の慣習を重視するなら和文従属型のエスツェットはS3に作るのがよい”というような事例があったり、JIS X 0213 が収録したのは“S3”であるところのエスツェットである、というような話があるのであれば、そちらに従います。

アンパサンド

チヒョルトは『書物と活字』で、アンパサンドは語源通りモロに“et”に見えるものからそうでないものまで様々である、と書いています。

田中正明『欧文文字の基本』(美術出版社 新技法シリーズ81) で孫引きされているバウアー活字鋳造所の「活字見本帳」所収の“バウアー・ボドニ・フェト”等を眺めると、“et”に作ってあるアンパサンドと、Unicode 3.0 等で目にする形のアンパサンドの、2つが同一フォント中に収められています。

モロに“et”に見えるアンパサンドは和文従属系のラテン文字では見かけた記憶がなく、またどちらも正しいアンパサンドであると判断し、ポピュラーであると思われる、“et”でない方の形に作りました。

MIDDLE DOT (Latin)

キャップハイトの中央をDOTの中心にするか、Xハイトの中央あたりを中心にするか、迷った後、Xハイトの中央あたりをDOTの中心にしました。

どちらにしても、EMスクエアの中央がDOTの中心になるべきであろう“KATAKANA MIDDLE DOT”とは、中心の高さが異なります。

また、2001年3月2日現在のKandataにおいては、“KATAKANA MIDDLE DOT”が“全角”、“MIDDLE DOT (Latin)”が“プロポーショナル”に作ってあり、更に直径を一回り違えてあります。これは、和文系テキストはベタ組みで欧文系テキストはプロポーショナルという組みかたが嬉しいという、個人的な希望によるものです。

アラビア数字

“タイムズ”系の数字にするか“センチュリー”系で行くか、少し迷ったのですが、“センチュリー”系にしてみました。

ラテン文字と同様の理由で錯視を補正しきれないという面もあるのですが、それにしてもズレすぎです。いわゆる渡辺明朝の揃い具合を奇跡と見るか技術と見るか……。技術と考え、これもラテン文字同様に挑戦課題として取っておきます。

分数

横棒で区切る作り方とスラッシュで区切る作り方では、スラッシュ区切りの方が数字を大きくできるので小さいサイズでの弁別性がよいことから、スラッシュ区切りに揃えました。

スクリプトa

縦線の末尾は正体同様に“止めて跳ねる”のではなく、イタリック体式に“払う”方がいい筈だと考え、そのように作りました。

Turned

正体をデザインした後、水平・垂直方向に鏡像変換することで、“turned”な字形としました。

Unicode 3.0 の抜粋として公開されているPDFには、元々底辺にあったセリフが上部に来た際にはビークに変わってしまう、と見える字形が散見されましたが、ラテン文字に関する教養がゼロであるバルバロイらしい開き直りで、各文字の名称に直截に従った字形デザインを施すことにしました。

フック付きテール付き

アクセント記号つきのラテン文字やIPA発音記号のあたりに、“フック付き”のラテン文字や“テール付き”のラテン文字が出現します。異なる名称のものを付加したことになっているのだから異なる形状に作った方がいいのではないかという気がします。けれども、Unicode 3.0 の抜粋として公開されているPDFや、JIS X 0213:2000 の規格票を眺めた感じでは、フックの形とテールの形を区別していないように見えます。

“エスツェット”のように、規格票の字形デザインに納得できないものもありますから、常に規格票に合わせていれば安心だ、という訳にはいきません。とはいえ、フック付きやテール付きのラテン文字は見慣れていないし知識もないので、どのような形状に作るのがよいか、判断に迷います。

実は、私が普段目にしている大文字26文字+小文字26文字の基本アルファベットにも、各字形の構成要素として“フック”や“テール”があるそうで、例えばfの上部は「フック」(フィッシュフック)、tの下部やRの“右はらい”などは「テール」と呼ばれるようです。この造形原理に従えば、ローマン体としては、「フック付き」は、ケルンがある形、つまり曲げて“止めている”ような形に作り、「テール付き」は曲げて“払っている”ような形に作ると良さそうです。

このようなわけで、ラテン文字に関する教養がゼロであるバルバロイらしい開き直りで、各文字の名称に直截に従った字形デザインを施すことにしました。

セディラ

活字見本帳でバウアー・ボドニ・フェトを眺めると、セディラの先端はケルン状にまとめてあります。このように“フック”状に作るのがよいのか“テール”状に作るのがよいのか迷ったのですが、とりあえず“テール”状に作っておりました。

ディセンダ側の空間を狭く取らざるを得なかったので、“フック”状に作るのは困難だ、という理由もあります。

アキュートアクセント

同じく、アキュートアクセントを眺めると、大文字Aのデザイン同様、左側が細身で右側が太身になるようデザインされています。左右均等がいいのか左右非対象がいいのか迷ったのですが、とりあえず左右均等に作っておきました。