第5章 略奪と襲撃

第4章へ第6章へ

「はあはあ、クソっ!こんな事なら、普段から鍛えておけば良かったぜ」
「俺も反省しているぜ。もうすぐ本部だ。ほーら、入り口で泡を食っている奴が居る。通信不能になって大混乱みたいだ。誰でも入れるぜ」
「でも、セキュリティーシステムは生きて居るんだから、彼女の部屋に行くのが大変じゃないのか?」
「任せなさい。このポケット端末とハイパーユーザーの権限が有れば何でも出来ちゃうって事さ」

 どさくさに紛れて本部に入った二人は、近くのモジュラージャックにポケット端末を接続した。2分後、本部のセキュリティーシステムは沈黙し、二人は高速エレベーターで本部最上階のラボに侵入した。

「で、どうなのだ?状況を説明しろ」
「外部との通信が途絶しています。それに、システムを修正しようにも、何故か入れません。何者かがシステムを占領している様です」
「…まさか、教団か?」
「分かりませんが、その可能性が高いと思います」
「えーい、手動でいいから、サイレンを鳴らせ。警戒体制に入れっ!」
「分かりましたっ!」

 潜む二人。

「廊下にまで筒抜けだ」
「では、最後の仕上げと行こうか」

 突然、本部内全域にサイレンが鳴り響いた。更にアナウンスが続いた。

「緊急事態、緊急事態、地球浄化教団が接近中。各部は臨戦体制に入れっ!指揮官は戦闘指揮所に集合せよ」

「な、何だ、これは?」
「グルム様がさっき指示された件では?」
「いやに早いな。まァ、いい。指揮所に行ってくる。博士、後は頼むぞ」

 グルムとすれ違いに二人が入ってきた。

「何だ、お前達は?」
「グルム様の命令で、例の少女を安全な場所に移す。手伝えっ!」
「いや、わたしは何も聞いていないぞ」
「緊急事態だ。放送が有っただろう。命令に逆らうのか。すぐに搬出する」
「待て、グルム様に確認する」
「本部内は、教団によって通信が妨害されているのだ。時間を無駄にするなっ!」
「…分かった。だが、わたしも付いて行くぞ」
「勝手にしろ。少女はどこだ?」
「こっちの手術室だ。まもなく、オペ(手術)に入るところだったのだが」

 低い音と共に手術室のドアが開き、ベッドの上に横たわった少女と手術の準備をする何人かの医師の姿が目に入った。博士は部屋の中央に進んだ。

「みんな聞いてくれ。グルム様の命令で少女を安全な場所に搬出する」
「しかし、臓器の摘出はすぐにでも掛かれとの事でしたが…」

 大和が身を乗り出した。

「教団が迫っているのだ。摘出手術は中止だ」

 二人は少女を載せた手術台を押して、手術室を出た。博士は後から付いてくる。
…と、大部屋の入り口からグルムが入ってきた。

「な、何事だ、これは!?」
「は?グルム様の命令で少女を搬出するのですが…」
「そんな命令は出していないぞっ!第一、さっきのサイレンもニセモノだったのだっ!」

「な、何ですって?すると、こいつらは…」
「ご名答っ!」

 大和はグルムに掴みかかり、博士を巻き添えにして手術室に突進した。グルムと博士は手術室の床に押し倒された。

「き、貴様らっ!教団か!?」

 小型のマシンガンを構えた飛鳥はぺっと唾を吐き捨てて云った。

「ちがうな。だが、この娘のはらわたを引き裂こうと云う貴様らは教団以下の連中だぜっ!」
「話し合おう。君達は我々の…」
「問答無用っ!」

 その時、手術室の中からメスが何本か投げつけられた。頬をかすられ、大和の顔色が変わった。

「卑怯者のクソ野郎っ!医者の癖に人殺ししか出来ない奴らっ!笑って死ねっ!」

 大和は自分のマシンガンを手術室の麻酔装置に連射した。噴出する亜酸化窒素(笑気ガス)。

「や、止めろっ!こ、これはっ!」

 すかさず手術室のドアを閉め、IDカードでロックした。ドアを叩く音は聞こえるが、それも僅かだ。ほっと一息ついて、手術台の少女を見つめる。まだ、麻酔は使われていなかった様だ。顔色は悪かったが、目はくりくりと動いて、見た事の有る二人の顔を行き来した。

「ひどい目に合わせて申し訳ない。もう少しの辛抱だ、姫様」
「俺達が来たからには安心していいぜ」
「…ありがとう」

 彼女のか細い声がほほえみと共に聞こえた。

 顔をパッと輝かせる二人。顔を見合わせた。腕がむずむずして来た。

「行くぞっ! エレベータルームへ」
「おおっ!」

 素晴らしい速度で手術台は走りだした。

 この時、大和のアナウンス通り、天空の騎士団は過激派の本部に接近していた。少女の行方が不明な状態での突入は不本意ではあったが、盗聴が敵に知れたのでは一刻の猶予もならない。やつらはすぐにでも少女を他の場所に移そうとするだろう。その前に叩かねばならない。少女を自分達の手元に戻す事が出来ないのなら、奴ら共々破壊してしまう事も止むを得ない。トロス中将は過激派本部の完全破壊を心に描いていた。一瞬にして破壊する為の手段。地下都市政府と地球浄化教団との密約に含まれた一項、大型燃焼兵器の不使用を破棄してでも、彼は過激派本部を焼き尽くさねばならなかった。

「あの少女を奴らに渡してはならない…」

「将軍、間もなく標的です」
「うむ…」
「第3機動部隊、レッドゾーンに突入開始。第1機動部隊は地下区域に侵入せよ…」
「30分でカタを付けろ。少女が発見出来なければ、本部を爆破する」
「了解。ミサイル攻撃艦、標的まで20分に接近。弾頭セット完了」


「風使い通信 vol.8++」に戻る


風使い工房に戻る