第6章 「ナウシカ」

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 「天空の騎士団」は地下都市過激派の本部に突入した。過激派による聖NOVA教団教会襲撃事件の立場を逆にした様な展開である。違いが有るとすれば、過激派には最早逃げるべき場所が無いと云う崖っぷちの状況だったと云う事である。その為、過激派の抵抗は正に英雄的な物であった。爆薬を身体に巻き付け、雄叫びを上げてショットガンを乱射しながら突進してくる彼らには流石の騎士団もたじろいだが、不死身の戦士ヒドラを投入、戦局を一気に逆転させた。巨大な棍棒を振り回し、自爆兵を腐った柿の様に叩き潰す。爆発。飛散するヒドラ。内蔵を引きずりながら、それでも棍棒を離さない。戦場は屠殺場と化した。血泥を踏み越えて、「天空の騎士団」は突入から僅か20分足らずで、本部の中枢であるレッドゾーン全域を制圧した。

「将軍、ラボでグルムを発見しました。死体です」
「本人に間違い無いな。で、例の少女は?」
「いまだに発見出来ません」
「探せっ! 本部地下の方はどうだ」
「現在、制圧中です。敵の抵抗は殆ど有りません」

 本部地下区域の駐機場。地下都市の工事用車両の中にごついスタイルの巨大なトラックが有った。特殊装甲トラック。地上での工事用車両である。気密装置を装備し、地下空気再生装置、地下空気を詰め込んだボンベ、車外作業服等が搭載されている。車両には特別のマークが施されているが、それはかつての地球に存在した、放射能警告マークに似ていた。近くに動く影。レッドゾーンから高速エレベータで降りた3人はそこに潜んでいた。

「こっちだ…」

 大和がささやいた。

「こいつなら、乗った事がある」
「やつらが来たぞ。早くしろ」

 大和と飛鳥、それに非常用栄養ドリンクを口にくわえた少女の3人はハッチを開けて乗り込み、すかさずエンジンをかけた。突然のすさまじい騒音に、「天空の騎士団」突入部隊はあっけにとられてしまった。

「発進っ!」

 五千馬力のエンジンが吼哮し、タイヤを焦がしながら車体は飛び出した。

「…うわあ、敵だぁ」
「何やってる。阻止しろっ!」
「撃てっ!撃てっ!撃ちまくれっ!」

 軍用トレーラーが進路を妨害する為突っ込んできたが、けたたましい音と共に弾き飛ばされてしまった。トラックは加速しながら、増援に駆けつけたヒドラ部隊を踏みつぶし、蹴散らし、一気に地下都市に躍り出た。

「やっほ〜っ!」
「そ〜れ、突っ走れっ!」

 入り組んだコンクリートロードのカーブがぐんぐんと迫り、視界の両わきを地下都市のビルディングがかすめて行く。その時、視界の先、地下都市上空に浮かぶ巨大な戦闘艦が少女の目に映った。

「あの飛行船は何ですか…」
「…あれは…教団のミサイル攻撃艦だ」
「ヤバいぞ。本部にナパーム攻撃を掛ける気だ」
「そんな事をしたら、地下都市の人達が恐ろしい事に…」
「奴らは気にしないさ」
「わたしを降ろして下さい。あの人達の目的はわたしです。貴方がたは逃げて下さい」
「バカを云っちゃいけない。そんな事、出来るワケが…」
「そうともさ、姫様を犠牲にして…そうだ、良い考えが有る」

「司令部っ!敵本部の地下区域から敵が逃走します。進路はDゾーン。戦闘機で攻撃願います」
「逃走者を追えっ!無理なら破壊しろっ!」

 約20機の小型戦闘機が一斉に降下を開始した。目標の映像が司令部のスクリーンに映し出された。

「…ん?将軍。標的のハッチが開きました。身を乗り出しました。こ、これは…例の少女では?」
「何だとっ!戦闘機は攻撃待機っ!映像をチェックだ」

 少女は手術用の白い服をひるがえして、特殊装甲トラックの上部ハッチから半身を乗り出した。

「間違い有りません。ダミーの可能性も有りません。本人と確認しました…」
「…ついに見つけたぞっ!」

 将軍は仁王立ちになって映像を睨みつけた。大型スクリーンに映し出された少女の顔は髪を押さえながら、カメラの方を向いて、ニコと笑った。

「か、可愛い…」

 司令部にどよめきが起きた。

「…将軍、手を振っていますが…こ、これは?一体…」
「な、なぜだ?なぜ笑う…まさか罠か?」
「将軍っ!指示をっ!このままでは攻撃タイミングが…」
「…う…。……戦闘機…、攻撃…開始っ!」

「へっ!遅いぜっ!」

 特殊装甲トラックはフルスピードで走り抜け、地下都市周囲の壁面に開けられた無数の通路の一つに消えた。

「将軍、逃げられました…」
「くそう、何て事だ。あんな手に引っかかって…っ!ぐずぐずするなっ!すぐに通路の捜索を開始しろっ!」
「将軍、過激派本部の制圧を完了しました。過激派の主だったメンバーは捕獲しました。墓所に輸送します。尚、損害は約30名です」
「よし…」
「ミサイル攻撃艦から進路指示の要求が来ています」
「…帰ってもらえ」
「了解っ!」

 地上。所々にこんもりとした森が散在する平地。遥か彼方に墓所がそびえている。ここは地球浄化教団の中心部だ。地下都市から逃走した3人は飛鳥の曖昧な記憶に導かれ、やっと地上へたどり着いた。特殊装甲トラックは木々がつくる日陰の中に停車している。

「姫様、ここまで来ればもう安心だ」
「ありがとう。わたしの町まではもう少しです」
「だが、この辺に教団以外の町が有るなんて聞いた事が無いが…」
「外から見ても分からないんです。とっても不思議な町」
「…それって、ひょっとして墓所の貯蔵庫だった町じゃないのか?」
「分かりません。でも、わたし達はむかし腐海に棲んでいた人の子供達だって聞いた事が有ります。貴方がたはわたしの恩人です。町の人達も歓迎してくれるでしょう。行きましょう」
「どうする、大和」
「そうだな…」

 その時、防空レーダーが敵の接近を探知、スクリーンの点滅が始まった。

「…しまったっ!」
「どうしたんですか?」
「おい。飛鳥…」
「うん。しかた無いな。残念だけど最初からこれしか無かったんだ」
「…姫様、教団の戦闘機の大群が近づいている。あなたの町に送ってあげたかったが、それは出来なくなった。悪いが、あなたはここで降りて自分の足で町に戻って欲しい」
「…貴方がたはどうなるんです」
「町の場所は知っている。廃虚の所だろ。俺達は敵をまいてから必ず戻る」
「…本当ですか?」
「本当だ」
「俺達だって死にたくない。必ず生きて帰るさ」
「…約束ですよ」
「約束だ」

 真剣な眼差しで二人を見つめ、そして目を伏せた少女だったが、ふと飲みかけの栄養ドリンクを二人に差し出した。

「これを上げます。飲んで下さい」

 顔を見合わす二人。

「プレゼントって事か?」
「そうです」
「ありがとう。えーと、そう云えば名前を聞いていなかったな、何と云えば…」
「わたしの名はナウシカ。昔から伝わる名前です」
「ナウシカ…。良い名だ」
「きっと帰ってきて。大和さん、飛鳥さん」
「分かった…」

 特殊装甲トラックから降りて手を振る少女。挨拶を返し、進路前方に視線を移す二人。

「準備はいいな。行くぞっ!」
「おうっ!」

 加速を始める特殊装甲トラック。土埃が一瞬にして少女の姿を隠してしまう。

「…いいんだな、これで」
「そうさ。これで良いんだ。彼女から奴らを振り切るには俺達が必要なんだ」
「彼女の町か…。行きたかったな」
「そう云うな。辛いよ、俺だって」
「彼女の町か…。地上でも地下でも棲める新しい人類」
「そんな人間が地上一杯になれば、きっと地下だ地上だなんて戦争をしなくても済むのかも知れないな」
「そんな世界が来るんだろうか?…」
「…おいっ!どうでもいいが、自分だけでドリンクを飲むなっ!」
「ああ、悪い」
「…ったく。あ〜あ、あらかた飲んじまって…」
「まだ、半分残ってるだろうが」
「それはそうと、敵の接近だ、いよいよ」
「来たか…」
「簡単にはやられんぞ」
「でも、空気再生装置が壊れているし、ボンベの残量だって…」
「そんな事、知ってるさ。さァ、行くぞ、俺達の戦いの始まりだっ!」

 大和はアクセルを思いっきり踏み込んだ。


(Ver.1.1, '95.08.28)
(Ver.1.0, '95.08.22)


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