第3章 盗聴と爆発

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「…現在迄のところ、クランケ(患者の事)に身体的差異は認められません」

 博士は、痩せこけた貧相な老人に説明をしていた。この老人こそ地下都市政府の過激派の中心的人物=グルムであった。地球浄化教団が地下都市の政府に参加してしまった現在、彼と彼の党は非合法化され、教団と地下都市警察の攻撃対象となっていた。彼の側には聖NOVA教団の教会を襲撃した部隊の隊長が寄り添っていた。博士は続けた。

「現在、スキャナを使って身体の内部を走査しています。臓器の特徴を掴む為です。血液は既に分析を掛けています。遺伝子リーダー(読み取り機)で、我々の遺伝子との差異を調べています。部位が特定出来れば、特殊なウィルスを使った遺伝子組み替え技術で、我々にも地上の大気に対する適応能力が付加出来るかも知れません」
「うむ。急げ。掠獣(かすめ,地上の民の事)は我々を皆殺しにしようと狙っている。既にかなりの犠牲者が出ているのだ。政府の連中は奴らの仲間に成り下がった。こうなったら、我々の力だけで地上との戦争を勝ち抜かなければならない。その為には、地上でも地下でもマスク無しで生きられる能力が必須なのだ。掠獣の攻撃手段の大半を無効化出来るのだ。そのカギを握っているのがこの娘だ。お前達の力を発揮する時だ」
「は。心得ております。結果が分かり次第ご連絡居たします」

「グルム様も相当焦っておられるなぁ〜。分かるけど」
「博士。スキャナの結果が出ました」
「どうだ?」
「肺と肝臓がかなり大きいですね。組織は見てみないと分かりませんが…」
「クランケの具合はどうだ?」
「かなり衰弱していますが、一応問題有りません。監禁されていた時の影響です」
「我々にとって大事なモノだ。十分に注意せよ」
「はい」

 大和の部屋で呑んでいる二人。身辺が次第にざわついて来ている為に、ちょっと苛立っている。

「…俺の目の前で殺されたんだぜ。ひと事じゃなかったよ」
「毒素弾か…」
「そう。地上の連中に取っては只の弾だが、俺達に命中すると毒素が身体に回って血を吐きまくって窒息死するんだ」
「流れ弾に当たっても、自分達は大丈夫って事か」
「だが、俺達も黙っちゃいないさ。ショットガンで奴らの防護服をぶち破るんだ。結果は毒素弾と同じさ。イイ気味だ」
「それはそうと、彼女の事だけど…」
「…うん、あの娘か」
「本部のどこに居るか分かったよ」
「ええっ!ほんとか?凄いじゃないか」
「まァ、こう云う事は俺に任せておけと云う事さ。何と云っても、ハイパーユーザーのパスワードを使って居るんだからな。何でも出来るぜ」
「どこに居るって?」
「見取り図を出そう。その方が早い」

 大和は端末を操作し、ディスプレイに本部の見取り図を表示した。

「ここだ。レッドゾーンだ」
「ここのどこだ?」
「待て待て。クリックしてと、出た出た。このA-1Cと云う所だ」
「中を覗けないのか?」
「出来るさ」
「ほんとか?凄すぎるぜ」
「えーと、オプションのAVモジュールを選んで、と。電話を選択。電話がマイクの代わりになるんだ。ノイズを取って、ボリュームはこの位か」
「…聞こえる。凄い。手品だ」

「…生体解剖ですか?」
「そうだ。必要ならば、それも止むを得ん」

 グルムが答えた。

「しかし、グルム様。わたしとしては反対です」
「わたしとしても避けたい。だが、キミの調査結果では、臓器組織の組成を調べる必要が有ると云う事だった」
「はい。どうも、特殊なたんばく質が含まれていて、それが環境耐性のカギを握っている様なのです」
「遺伝子の組み替えだけでは難しいのだろう」
「はい。我々の技術では臓器組織の移植が必要になると思います。組織が置き代わるのに時間掛かっても良いのなら、組み替えでも一応可能だとは思うのですが。何しろ、調査期間が短いので…」
「事は急を要す。ぐずぐずは出来ない。一刻も早く、鉄人兵団を作る必要が有るのだ」
「しかし、クランケが…」
「数10万人の地下の民が生きるか死ぬかの瀬戸際なのだ。一人の人間の命とどっちが重いと云うのだ。これは命令だ。必要な臓器を取り出し、培養して兵士に組織を移植するのだ」
「…分かりました。止むを得ませんな」

「…」
「…おい、聞いたか?」
「な、何を考えているんだ、あいつらは!」
「生体解剖? はらわたを取り出して殺すと云うのか? あの娘を!」
「ばかやろうっ!」
「おいっ!何の為の戦争なんだよ〜。地上と地下に分かれて、一体何の為に戦うんだ。クソったれっ!殺した数の多い方が偉いのか?正義の為の戦争だぁ?人殺しに正義なんて有るはず無いだろうがぁ。「火の7日間」の仇を討つだと?討ってどうする?生き延びたのは戦争で滅びる為じゃないだろう?戦争で何を守ろうと云うんだ。戦って何が守れる?娘一人の命さえ守れない戦争なんて止めちまえっ!一人の命とどっちが重いだと?昔から、命を秤に掛ける連中にまともな奴は居ないさっ!」
「そうとも、美少女は世界の宝だっ!あの娘には指一本触れさせないぞっ!」
「あの娘は俺が守る…っ!」
「大和…お前…」
「え?俺がそんな事を云うのがおかしいか?」
「…いや、そう云うワケじゃないが…」
「俺はマジで怒っているんだ。この地下都市にも見切りをつけた。地上でも地下でも俺の生きれる場所は無い。この戦争も薄汚い物に成り下がってしまった様だ。命を賭けるものと云ったら、あの娘しか無いじゃないか?」
「最初の台詞から同感だぜ、相棒」
「俺はやる。やってやるさ。あの娘を助けるんだ。そして、地上にパアぁ〜と放してやるんだ。止めても無駄だぜ」
「一旦火が付くと恐いな、お前は。俺が止めるワケ無いだろう。付き合うぜ、最後までな」
「ふ、最後までか…」

 その時、ディスプレイに警告マークが現れた。


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