「攻撃終了っ! 全員撤退準備だ」
隊長の声と共に、低く押さえたサイレンが鳴り響いた。突入から僅か30分で、教会に棲む信者およそ数百人を皆殺しにしたのだ。そろそろ当局が事態に気付き始める時間である。兵は神速を重んず。撤退が旨く行ってこそ、作戦成功と云えるのだ。これからが見物だと、隊長はほくそえんだ。地下都市の警察が公然と地球浄化教団の教会を殲滅したと云うこのシチュエーションは、地上の連中の逆鱗に触れ、穏健派が幾ら土下座しようと許されるはずもない。穏健派は地上との直接戦争に追い込まれるだろう。いや、必ずそうなって欲しい。それがこの作戦の目的なのだから。
「おい、飛鳥。撤退だ。その娘はどうするんだ?」
「ほっとけないよ。連れて行こう」
「ちょっとヤバく無いか?」
「この娘は地下の仲間かも知れないじゃないか」
「…分かったよ、でも後悔するなよな」
「隊長、部下が奇妙な人間を発見しました」
「ん?奇妙な人間。何だ、それは?」
「は。教会の倉庫で発見したのですが、障気の中でも生きています」
「青民(地下の民の事)じゃないのか?」
「いえ、地上の空気の中でも、障気の中でも生きられる様です」
「そんなバカな。どうですか、博士。そんな人間が居ますか?」
「わたしも信じられないが、万が一と云う事もある。本部のラボで調べたい」
「そうですか、分かりました。おい、本部に連絡だ。防疫班を直ちに呼べ。大至急だ」
「ぐったりしている。きっと何も食べてなかったんだろう」
「非常用のドリンク剤が有るから、飲ませてみよう」
「どうだ。飲んでいるか?」
「ああ、飲み始めた」
「…良かったな」
「今から病院に連れて行ってやるから、もう少しの辛抱だ」
少女は微かに目を開けて、二人を見つめた。二人も少女の顔をのぞき込んで、興味深げに目をぱちくりさせた。少女はドリンク剤から口を離して、口元に笑みを浮かべた。へえ〜と、飛鳥は関心した様子。大和は彼女につられてニヤリと笑ってしまった。
「これだな」
バタバタと云う足音と共に、防護服を身に付けた防疫班のメンバーが彼らを取り囲んだ。
「その二人、離れろ。おい、この女を連れて行け」
有無を云わせぬ強引さと迅速さで、大和と飛鳥は少女を取り上げられてしまった。二人は、少女が死体袋の様な物に入れられ、ついでにドリンク剤の容器までビニールの袋に入れられるのを呆然と眺めていた。少女はおびえた表情を見せたが、諦めた様に目を閉じた。救急車に偽装した特殊輸送機が本部に向かって発進した。
「おい、お前達。撤退急げ」
煽られるままに攻撃機へと向かう二人だったが、ふと振り返り、救急車の行方を追うのだった。
手段を選ばぬ過激派の攻撃は、彼らにとって予想外の結果を生み出した。地下都市の政府は、地球浄化教団に対して事実上全面降伏したのである。政府はこの事件に関して全面的に謝罪すると共に、地球浄化教団に対して地下都市政府への参加を要請した。これに対して地球浄化教団は、口頭での厳重抗議を行ったものの、宣戦布告を含む制裁処置は控えた。この交渉は実は茶番であり、水面下では地球浄化教団の最後通牒が政府に突きつけられていたのである。「降伏か、さもなくば死。どちらを選ぶか?」と云う物である。政府は降伏を選んだ。
地球浄化教団が政府に参加すると同時に、過激派は非合法化され、地球浄化教団と地下都市政府の両方から追われる事になった。地球浄化教団は公然と地下都市に進出し、公共施設や居住地域に地上の民のスペースを設ける様要求した。それは地下の民が入れない治外法権区域であり、地下都市の実質的な占領を意味した。しかも、その建設には高度の気密・浄化装置が必要となり、費用はもとより運用のためのエネルギーも膨大、地下都市の疲弊を急速に加速するであろう事は明かであった。「それでも地下の民が生き残る為には耐えねばならない」と政府は主張した。「地球浄化教団はどうせ地下の民を殺す積もりだ」と云う過激派の主張ももっともに聞こえる状況となった。
「おい、天空の騎士団って知っているか?」
とある飲み屋の片隅で、大和が尋ねた。
「ああ、知っているよ。今度、地下都市に配備された、地上の軍隊だろう」
「そうそう、過激派鎮圧部隊だそうだ」
「発見次第射殺って奴だよな」
「拷問も有りって事らしいぞ」
「そろそろヤバくなって来たなぁ。地上に仕事でも探しに行くか?」
「俺達はとっくにブラックリストに載っているよ。情報が政府から教団に流れた様だからな。のこのこ出て行ったら、たっぷり地上の大気を吸わせられるだろうよ」
「あ〜あ、それにつけても、あの娘は可愛かったなぁ〜」
「やっぱり趣味なのか」
「太陽の光の下で育った人間って感じだったよな、いかにも。そうだろう」
「彼女は何者だと思う」
「おそらく、教団が地上で捕まえたのを持ってきたんじゃないか」
「どうしてごみ箱に鎖で繋がれてたんだ。つまり捨てられていたんだろう?」
「逃げだそうとしたので、罰として鎖で繋がれていたんだよ、きっと。ごみ箱だったのは他に良い場所が無かったんだよ」
「ふーん。…そうかも知れないな」
「今、どうして居るんだろうなぁ〜、あの娘」
「うん…」
その頃、過激派本部の上部に有るラボでは、少女の解析が行われていた。