おおだんともあき  |
「雪の下だより」の創刊者である。すべての「ことはじめ」の父である。
1993年10月に他界したが、「ONLINE 雪の下だより」にも登場する。父は新しもの好きであったから、生きていたらインターネットにも興味深々であったろう。いくつになっても、前を見ている人であった。 |
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おおだんよしこ  |
母は、大段家の芸術家、人形作家である。父の亡くなったすぐ後、脳血栓で倒れてから、めっきり老人らしくなってしまった。でもまだ、69歳だ。芸術家としては「これから」である。身体にも気をつけねばならないが、がんばって欲しいものである。 |
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きのしたやすこ  |
私がものごころつく前から、父の仕事を手伝ってきてくれた。いつまでも若いと思っていたが、気がついたら還暦を過ぎていた。父の亡き後、仕事は彼女の双肩にかかっている。木下先生と呼ばれることもあるらしい。ますます頑張って、父の遺産を守って欲しいものである。 |
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川島喜代詩  |
かわしまのおじちゃんは、ごつい体格、大きな声からすると、繊細なうたを詠むようには思えないが、本物の歌人である。雪の下だよりには、「川島喜代詩のうた」がかかせない。それについては「鎌倉雪の下のころ」に詳しい。かわしまのおばちゃんにも、いずれ登場していただきたいと思う。 |
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おおだんなつこ  |
百貨店をかわきりに、店舗関係を渡り歩いている。彼女の初任給は、在勤4年の私より多く「なんでやねん」と思ったものだ。西宮にマンションを購入し「えらい奴だ」と思ったが、阪神大震災で全壊。マンションはさら地になり、借金だけがのこった。今は神戸の家から、姫路の勤務先へ通勤している。 |
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おおだんふゆこ  |
とっても普通の一般的な会社に、もう10年以上勤めている。一応、ソフトウェア
エンジニアというふれ込みである。勤務先の関係で伊丹市に住んでいる。通勤時間
徒歩2分は、理想的である。伊丹市民も10年以上になるが、伊丹はやはり
仮住まいで、休みの日は、神戸にいる。 |
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利用させてもらっている パーツのソース |
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