| ケンは貴族 | ![]() | きのしたやすこ 新雪の下だより No.3 より 1973.2.25 発行 |
「血統書」なるもの
ある日、書留が届きました。ケンを買ったペッセンターからです。待ちに待った「血統書」なるものがきたのです。
系図とか血統書とか、そんなものとは一切無関係できた庶民のワレワレ、ケンとの出会いのおかげで、はじめてそういうものを手にするのでした。
好奇心と満足感、それにほんの少しばかりの抵抗感の入りまじった気持ちで、とにかく封を切ってみました。
タテ三十センチ、ヨコ四十センチの厚手の和紙のうす紫り地のうえに、大きな活字がしっかりと印刷されています。みるからに権威ありげなものです。
「うわぁ。ケンのお父さん、スゴイナァ。賞を三回ももらってるぅ」
「どれどれ。ケンはなかなか血筋のいい犬なんやなあ」
「いや、いや、オミソレシマシタ」
「わたし、尊敬したわぁ」
それぞれ、大騒ぎです。
「ケンもひとつ賞をもらうぐらいの犬に育てないかんじゃないの」
「それは、わたしがしつけてあげる」
育児係を申し出たのはふゆちゃん。もちろん、実行のほどは、はなはだ怪しいものです。
「雑種雑草の人間たちに、筋目正しきお犬さま、だな」
というのは、先生。
とにかく、一枚の血統書は次々と皆の手を渡って、ちがった手ごとに、ちがった波を引き起こすのでした。
由緒正しき鬼菊号
驚いたのは、ケンの犬名たるや、何と《鬼菊号》というのです。
犬舎号・新賀荘、性別・牡、毛色・赤、尾型・巻、生年月日・昭和四十五年四月十二日、作出者・岡山県笠岡市新賀・藤井大吉氏。
それから、両親、祖父母、曾祖父母、玄祖父母と、実に四代前にさかのぼって、ちゃんと犬名と犬舎号が記してあるのでした。その数三十頭にものぼりましょう。
「うーむ。なるほど。これが血統書なのか。たいへんなものなんだなあ」
もっとも、よく考えてみると犬の場合は人間とちがって、二年もたてば親になるのですから、四代にわたるといっても、それほどの年数にはならないのでしょう。
それに、面白いことに、父系の祖父と母系の祖母はキョウダイなのです。
「どうもヤヤコシイけど、犬の血統というのは、元来あやしきものなのかなあ」
と心ひそかに思わずにはいられませんでした。
ともあれ、しかし、ケンはレッキとした犬名をもち、日本犬の犬籍簿に登録された、由緒正しき貴族犬であることが、ここに証明されたのでした。
心は痛む過保護犬
ケンは本来筋目正しき貴種の生まれであります。それは私たちの感想であるだけではなく、確かな証拠、血統書なるものによってわかることを申し上げてきました。
しかし、です。しかし、諺にねいうではありませんか。「氏より育ち」と。
現在のケンをみるとき、わが心は痛まずにはいられないのです。ああ、かなしき過保護犬よ。
なるほど、体格は、サアスガとふゆちゃんが叫ぶように、ほれぼれするほどのカッコヨサ。顔もなかなかの男まえ。どこの犬にもひけをとるものかは。ゆったりと落ち着いて座り込み、眼をほそめてまわりをながめている姿など、時に小型のライオンを思わせるほどに、堂々たるものがあるのです。
さらにまた、近くの前方後円墳五色塚の後円部を一直線にかけ上がるときのサッソウたる姿、まさにそれは英姿ともいうべきで、その体内に精悍な猟犬の血が脈打っていることを示しているのです。
小さいけれども生まれは貴種、といいたいケンですが、如何せん、育てる人が悪かった。ああスミマセン、申し訳なし、と、今更愚痴やおわびの言葉を並べたてずにはいられないのです。
あたら素質のよい子どもを、いじくりまわしてダメにする過保護の親のごとく、ケンもその英姿、その素質をうらぎって、甘えん坊の弱虫に育ててしまったのでした。
かわいくて、かわいくて、ついついおいしいものをやり、コタツのなかにいれて育てた。それが、弱虫ケン、甘えケン、過保護ケンにしてしまったのでした。
「だいたい、オトウサンがいかんのよ」
「何をいっている、おれなんぞ年がら年中出ているじゃないか。ふゆこやなつこもいかんぞう」
やれやれ、みんな同罪。お互い押し付けあってるだけ。ケンチャン、ゴメンネ。
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