育てる 
 
 
きのしたやすこ


新雪の下だより No.2 より
1973.2.25 発行

 可愛いいケン

 愛犬・ケンなどと続けて言うと、ちょっと間が抜けているみたいで、オカシイのですがケンはほんとうに可愛いい犬です。いい犬です。性質がいいのです。「お人好し」ではない「お犬好し」といってよいかもしれません。
 とにかく可愛いい犬で、もうケンなしの生活など、到底考えられません。私だけでなく、わが家のものは、全員そんな気持ちなのです。
 なかでも先生などはいちばんベタベタ可愛がって、いわゆる過保護的、干渉的育児というのは、ああいうやりかたではないか、と思われるほどです。たとえば食事をするとき、
「ハムないの」
「ソーセージじゃなくて、もうちょっと上等のハムをちょうだいよ」
 などといってボンレスハムなど出させると、それをほとんどケンにやってしまうのです。
 いや、そうではなく、ケンといっしょに食べるのです。だから上等なハムはすくなくなります。ケンが食べ物においてとてもゼイタクになるわけは、こんなところにあるのです。
 ふゆちゃん、なっちゃんがケンにたいする態度は、可愛がるというより、同類みたいに、いっしょにもつれ合っているのです。ケンはきっと冬犬、夏犬と感じているにちがいありません。
 ところで、カアクンの場合。
「ケンちゃん! あんたぜいたくになって! イケマセンヨッ! ほんとに甘やかして!」  などと叫びながら、その言葉の下から、
「カシワの煮たのをあげようね」
 などとやっています。
 ああ、わか家の育児のありさま、ご想像願えるでありましょう。

 ケン育児はじまる

 さて、さて、話が現在にとんでしまいました。ケンがはじめてわが家にやってきた、そのときの様子を、少し思い出してみることにいたしましょう。
 とにかく、生まれてまだ一ケ月というときに、わが家にきたのです。母親の胸を求めて、ケンが泣きさ迷っても、ムリからぬことでありましょう。
 そのころのケンの可愛かったこと。写真をとらずにきたのが、悔やまれてなりません。クルクル、マルマル、チョロチョロ、コロコロ。とにかく小さくて丸くてあたたかく、どうにも可愛くいとおしいのでした。
 昼間は皆に騒がれて、あちらへゆき、こちらへゆき、おおいそがしといったさまでしたが、夜になると、さあ、タイヘンです。
「では、また、あした。もう寝ようよ」
 とそれぞれ二階へ上がって寝る段になって、ケンはどうする、となりました。
 ダンボールの箱に入れて、ひとりてではない、イッピキで、寝させようというのですが、なかなかどうして、キャンキャン、ワンワン、静かにしているはずがありません。
「ケンだけ、ひとりで寝かすなんて、ザンコクや」
「わたしが抱いて寝るぅ」
「いや、わたしが」
 当然のように、ふゆちゃんとなっちゃんの取り合いになりました。そして、よくあるように、ふゆちゃんは姉として添い寝のたのしみを妹にゆずったのでした。
「そんなことして、絶対にオシッコするよ」
「一晩中騒いで、寝られないよ」
「そんなことしたら、ひとりで寝られなくなるよ」
「最初がカンジンだ」
 口々になっちゃんの無謀を指摘する声が、われわれ大人たちから出ましたけれど、そんなことでひるむものかは。
「いいの。いいの。ケンはいい子だから、そんなことはしないの。なっちゃんが抱いて寝てあげるわねぇ」
 ということで、ケンとなっちゃんは同じフトンへ。
 もちろん、このままですむはずはありません。
フトンに入れられたケンは、しばらくもじっとしていません。モゾモゾと動きまわっているうちに、なんと、なっちゃんの枕もとに大きな地図をつくってしまったのです。
「それごらん。いくら可愛いくてもケンは下の箱のなかで寝なきゃあ、仕方がないのよ」
 夜中に箱にもどされたケンが一声高く泣き叫んだのも、もっともです。冷たい淋しい箱のなかへ。悲しかったのでしょう。淋しくなったのでしょう。
 ハナレの二階に寝ていた私は、夜中の騒がしさは知りませんでしたが、階下でおこるキャンキャン、ワンワンにじっとしておれなくなって、起きてゆきました。ケンは箱のなかから、悲しそうに訴えました。そして抱いてやると、必死にしがみつくのでした。
 夜中のオシッコ大騒動。これがケンわが家の第一夜でした。



愛犬レポート その1 「ある日突然に」 ONLIN 雪の下だより No.1


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