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夜、お待ちかねの、おねぇちゃんからの電話がかかった。
「もうすぐ、あんたんちに着くわよ。あと五分くらい」
よしきた。私はリユックを肩に掛け、もう一度部屋を見回す。ガスの元栓、コンセント、水道、OK、OK、OK。掃除、完壁。このぐらい片付いてりゃ、もし私が生きて帰ってこなかったとしても恥ずかしくない。「なぁ、もし私が部屋て死んどったら、頼むから、部屋片付けてから人呼んでな」「あかんあかん、そんなんしてたら、あんたの死体が腐ってもても、まだ人呼ぱれへんわ」てな会話を友人としていた私としては上出来だ。
エレペーターに飛び乗り、一階に着くと、もう青いトッポが待っていた。リユックを後部座席にほりこんで、おねぇちゃんの隣に座る。
「なぁに。あんた、荷物、それだけなん?」
「そうや。なんせ私はパックバッカーやからね。10キロ以内になるように調整した。それ以上になると歩くんが大変や」
「あんた、そんで、いるもんも持っていかへんのちゃうやろね。貸したらで、私」
どこまても倣然たる姉責じゃ。だから私はこっそり「冬将軍」って呼んでるんだ。冬子だから冬将軍。素晴らしいネーミングだろ。おい冬将軍、私の工夫を懲らした荷造りは完壁なんだよ。
とにかく、出発、出発。トッポは伊丹に向けて走りだした。
久しぶりの、おねぇちゃんのアパートだ。
「うわぁ。うわぁ、おねぇちゃん」
ドアを開けてしぱし絶句だ。ごちゃごちゃの部屋の隅にトランクが開かれ、しかも中身は……。
「ね、ねぇちゃん、荷造り、まだ、なんかぁ」
「もう、とってもとっても仕事が忙しかったのよぅ。問題は、あんたの布団をどこに敷くかってことね」と、冬将軍が妙にかわいらしい恥じらいの声を出す。
「私は、奥のペッドで寝させていただこう」
「なぁに。それって、私が夜なぺ状態になるって、見越してくれてんの?」
「うん。状況は、思っていたより悲惨やった」
なにせ明日の朝には私たちは機上の人になる予定なのだ。早くおねぇちゃんの荷造りを完成させ、布団を敷くスペースを作り、それから今日中にしなけれぱならないという社宅の掃除をしなくては。しかももう夜の九時を回っているというのに、私たちは晩飯さえまだなのだ。ああ、弁当を持ってきて正解だった。
「とにかく、私、掃除当番をやってくるからさ。おねぇちゃんはお弁当開けてご飯の用意して。時間があったら荷物詰めなよ」
「助かるわ、助かるわ」と言うおねぇちゃんの目の下には既にクマが出来ている。ここんとこ、すっごくハードに働いていたんだ。
「おねぇちゃん、がんぱろう。今夜さえ乗り切れぱ、明日はパリの空の下だ」
そう、今夜さえ乗り切れぱ、明日はパリの空の下、ホテルのベッドの中だ。私はホウキを持って、階段掃除へと向かった。
ことの起こりは、おねぇちゃんのドイツ出張が、たまたまお盆休みの周辺であったことに始まる。
「なぁ、その前にさ、あんた、一緒に、パリへ行かへん?」
「パリ? パリかぁ」
しかし私は以前、こんなデコデコした建物だらけで犬のクソまみれの街には二度と来るまい、と警ったのだ。その時の、私を取り巻く環境が悪かったのかもしれない。どうしても納得出来ない仕事で、上司と一緒だった。また、こいつらが右を向いても左を向いても「素晴らしい」を連発した。こいつらアホちゃうか、と思った。いや、彼らは良き日本のおじさん達だった。私が傲然たる女だっただけ。私は突如としてなぜか国粋主義者になっていたのだ。私はこの出張の途中で食ぺられなくなり、何年もパリ出張所にいて「通」の部長は、そんな私を日本料理店やラーメン屋に連れて行った。それらは、ことごとく、まずかった。仕事自体はチューリヒで終わり、パリはオマケのようなものだった。ラーメンをすすりながら課長が「お土産を買いたい」と言うのを聞いて、私は出来るだけ別行動をとろうと秘かに思った。
ひとりで百貨店をめぐり(何しろ百貨店に勤める私たちには、パリは「見学」という意味でオマケについてきたのだ)、美術館を見て歩いた。マクドナルドに入って、なつかしい味にほっとした。でも、英語すらろくに出来ない私には、ひとりのパリは辛かった。見上げると、同じようなデコラティブな建造物が続いている。ああ、日本の、あいそのないピル群がなつかしい。疲れたな。百貨店はごちゃごちゃしていて何の参考にもならんやないの。そりゃそうね、こっちの百貨店は日本と違って、高級品を売るとこじゃあないんだもの。もぅ帰りたいよ。でも、その前にオマケ第二弾のロンドンをクリアしなきゃ。とにかく、疲れた。でもあそこにはテート・ギャラリーがあるな。ターナーを見るのを楽しみになんとか乗り切ろう。そんなことを考えながら、とぼとぼと歩いた。私にとってパリとはそういう街だった。
「パリねぇ」
「そぅそぅ。ルーブルに行ってさ、一日中ぼーっとしてね。次の日にはね、ルーブルに行ってね、一日中ぼーっとしてね。次の日もね、ルーブルで一日中ぼーっとするのよ! 一週間、ループルだけのパリ。えぇと思わへん?」冬将軍はきゃきゃと笑った。
「ループルねぇ」
「なんや、あんた、何が不満なん? 考えてもみぃよ。あんたと一緒に旅行出来るのなんて、あんたが失業してる今しかないやんか。これは一生で一度きりのチャンスかもしれへんのよ」
「そう。プー子の私にはそんな金は無いわ」
この言葉は冬将軍のミゾオチにきいたらしい。うっ、という声にならない呻きをあげて、しぱしの沈黙の後、弱々しい声で言った、
「飛行機代は私が貸したるわ。あとはあんたがなんとかしぃ」
なかなか気の良い姉貴である。そういえぱ何年か前にも、ハレー彗星を見に南へ行こうと誘うので「金無い。休み無い」と断ったら、「あんた、わかってるの、これは一生で一度きりのチャンスなのよ。借金してでも、会社辞めてでも、行くべきよ」と捨てセリフを吐いていたな。
「ルーブルなぁ。そうやなぁ。ポンピドーにも行けるんなら、いいかな」と、私はお金を貸していただく身でありながら偉そうに言う。
「何それ」
「現代美術館。あと、オルセーにも行きたいな」
「オルセー! そう、オルセーもあるんやった。やっぱり絶対、パリには行かなあかん」
「それからルーブルに通うんやったらオランジェリーにもよろう。それか……」
「細かいことは現地で考えたらええねん。そんじゃ、また、連絡するわ」と、冬将軍はめんど臭そうに電話を切った。
数日後、「また、連格」があって冬将軍は言った。
「いい? 私たちはね、一週間、カルチェ・ラタンの住人になるのよ」
「カルチェ・ラタン? そりゃそりゃ」
そりゃそりゃ良さそうだけど、カルチェ・ラタンって、どんな所だった?
「カルチェ・ラタンの安宿に泊まって、下宿生活のような暮らしをするのよ!」
「ほぉ……。いや、素敵ね、おねぇちゃま!」
おねぇちゃんなりにユメ膨らませて旅の計画を立ててはいるのだ。私は唐突に具体的な地名をアピセかけられて、少し感動した。この感動をいかに伝えようか、一緒にどんな旅を作ろうか、私が溢れんぱかりに語りだそうとした時、
「そんじや、また、連絡するわ」と、その電話はこれまた唐突に切れてしまった。
次の「連絡」の声は憤っていた。
「会社がね、盆休みの続きに出張に行ったらあかん、というねんよ」
「ああ、そやろね」
「そやけどね。ドイツに入って時差ぽけのまま仕事するのはきついねんで。パリから入るのは体も慣れててええんやけどな」
「そやけど会社としては、たとえぱ行きの飛行機で事故にあったとしたら、どうするか。責任問題がややこしくなる」
「そう。それに資料を取りに来いというねん。それでや」
妙に腹の底から響く「それでや」に、私は何か不吉なものを感じる。
「そ、それで?」
「私、アタマにきて、『妹とパリに行くのはもう決まっていることなので、じゃあ妹にアムステルタムに二、三日荷物番をさせといて、私は日本にとんぽ返りします』っと、こう言うてん」
はっ? 私が荷物番。アムステルダムでぇ? ひとりで? なんで?
「ちよっ、ちよっと待って。私はパリだけで帰ってくるんよ」
「だって、私、荷物持ってうろうろするんいややもん。それにあんた、前にフィンランドに行きたい言うてたやん。アムスから北へ行って、適当に帰ってきぃな」
「で、なんで、アムステルダムなん?」
「それはね、言ってなかったかな? 私、KLM、オランダ航空の点数集めてて、もうちょっとでオーストラリアへのただ券もらえんねんよ。今回も絶対KLMに乗らな」
「私、いやや。アムスでひとりで留守番してるなんて」
「なに、ちょっとの間よ。大丈夫、大丈夫」
「アムスなんて、治安が悪いんで有名やんか。私、絶対、いやや。いややからね」
「うるさいな、あんたは。そんなら私に重いトランク持ってパリ行って日本帰ってドイツ行け、言うんか。でも、ま、『そこまでしなくとも』とあわてとったから、なんとかなるやろ。んじゃ、ね。」きゃきゃという笑い声とともにこの「連絡」は終わった。
まったくこの女を雇ってしまった会社は大変だろうな。しかし会社は屈伏させられるだろう。なにしろ相手は、冬将軍、なのだ。いいネーミングだ。
私はヨーロッパのガイドブックを開げてみた。アムステルダムで二、三日荷物番か。ふむ、案外いいかもしれない。いや、冬将軍がああ言ってるんだからこの可能性は無いだろう。でもせっかく行くんだもの、パリだけで帰ってくるテはないかな。別に帰って来なくったってかまわないような、プー子の身の上だ。夫も子も無く、職も無い。パリから、ほんとに北へ、フィンランドに行こうか。いやいや、それはやっぱり白夜の頃、あるいは厳寒の頃に行きたいし。おねぇちゃんと一緒にドイツに向かって、そこから、そう、ウィーンでクリムトを見よう。
私はトーマスクックの時刻表を買いに行った。ここから、私の旅の計画が本格的に始まった。(つづく)