旅は、一本の電話から始まる (下)

      ヨーロッパをゆく  1.  おおだんなつこ


旅は1本の電話からはじまる(上) ONLIN 雪の下だより No.1


 出発は8月11日。これは決まっている。おねぇちゃんの休みと、私の失業保険認定日の関係だ。おねぇちゃんは22日、月曜日からドイツのハノーファーで仕事だ。これも決まっている。ただし「日本にとんぽ返り」がなくなったかわりに19日にハノーファーの会社に行かなくてはならない。私が、
「とりあえず、私もおねぇちゃんと一緒にドイツに行くわ」と言ったら、
「じゃあ、19日の夕方待ちあわせて、20、21はどっかに行こうよ。あんた、ハノーファーで待ってる? たいして見るもんないけどな。ドイツのガイドブック、今度貸したげる。どこ行こ。ベルリン行こか」
 意外に人なつこい返事だ。気の良い姉貴だ.あれで結構、妹をかわいがってるのだ。
 と、いうことは、19日の宿泊はハノーファーか、その周辺。私は地図を見てみる。なるほど、ベルリンも案外近いな。
「おねぇちゃんは、どこ行きたい? ベルリンがいい? ブレーメンなんかも近いよ」
「ブレーメンか。それもいいかもね。ベルリンなんてただの都会やもんな」
 ベルリンをただの都会と言ってしまうならぱブレーメンはただの田舎かもしれない、と考えていると、
「とにかくあんたがパリへ行く気になってくれて安心やわ。私、ひとりでパリなんか、ようおらんもん」と言う。
 ほお、それで、なぜ、ひとりのアムスが大丈夫、大丈夫、なの? フィンランドにでも行って適当に帰ってくる私の立場はどうなるのだ。という憤懣ぶつける間もなく、
「細かいことはあんたに任せるわ。私、忙しいねん。んじゃ、また」
 くそぇ、冬特軍め。

 まぁ、何しろ私にはたっぷりの時間がある。そして生まれついての偏執狂的凝り性だ。プラン1、プラン2、プラン3。素晴らしいプランが次々と生まれる。ああ、私は旅行社に勤めるぺきだったんだ。
 私はパパが録音してくれた『モーツァルト大全集』を聴きながらプランを考える。モーツァルトはやはり長調がよろしい。短調をちょいとかすって長調に戻るあたり、ドイツからオーストリー、まだ知らぬ国々の道を夢見て旅を計面するのにうってつけだ。それからモーツァルトの旅ルートを研究する。ご丁寧にそういう地図を作ってくれている人がいるのだ。なにしろモーツァルトの人生、これ、旅そのものだ。比喩ではない。誰だかさんが「私は二年ぶりに会ったにもかかわらず、彼は子供であるにもかかわらず、少しも大きくなっていない」と言ったほど、ハードに旅をしていたのだ。今度の旅の基本テーマは、美術館巡り、そしてモーツァルトの足跡とうまいソーセージを追っ掛けていくことだ。
 朝になると「ねぇ、おねぇちゃま、私、考えたんだけどね」と、電話をかける。
「あんた、また寝なかったのね」と、私のあまりの偏執狂ぶりに、この頃では冬将軍もおびえ気味だ。
「私はもう、あんたが恐くなってきたわ。それで何? 今度は何を考えたっていうの?」
 おねぇちゃんたら、相談している間題点をちっともわかってくれない。咋日話したプランも覚えちゃいない。
「でね。この、ライン河景勝ルートを行こうと思ったら、かなり朝早くプレーメンを発たなきゃ」
「ライン河景勝ルートか。いいなぁ」
「いいでしよ。でも、ホテルをとるには、二時にはフランクフルトに着いていたい。とすれぱプレーメンを」
「フランクフルトか。いいなぁ。フランクフルトの夜」
「フランクフルトで泊まるのはおねぇちゃんだけだよ」
「えっ?」
「昨日言ったでしょ。私は夜行でウイーンに行くんだよ」
「そんな。そんなん。……寂しいやんか」
「昨日言ったら、あんたに任せるわぁ、って、言うとったやんか」
 こんな会話が毎朝毎晩繰り返され、とにもかくにも、完壁と思えるプランが出来上がっていく。

 私は『辞書なしで学べるドイツ語の最初歩』を開げてみる。いかにもやさしく、子供の本のようにでかい文宇で書かれてある。しかしなんと難しいこと。私の偏執狂的凝り性は、なぜかこと語学に関すると、ふいとどこかに行っちまうのだ。たったひとりでドイツに行って、英語で仕事してるなんて、おねぇちゃんは立派だ。少し尊敬の念をもっておねぇちゃんに電話してみた。
「おねぇちゃん。ドイツ語って、難しいなぁ。本見ても、どんなふうに喋られるものなんか、想像つかへんわ」
「そやね。難しいね。ま、ジングシュピールでも聴いてなさい」
 ジングシュピール。そっか。モーツァルトを聴くんだったら、この際、器楽曲じゃなくて、『魔笛』を聴けぱいいんだ。私はカセットを引っ繰り返して『魔笛』を探す。なにしろパパが録音してくれた『モーツァルト大全集』は膨大だ。その本体だけでも多いのに、パパがまた「付録」と称してやたらと録音してくれた。つまり、私の偏執狂的凝り性はパバ譲りのものというわけだ。
「こないだくれたマリナーのレクイエム、良かったよん」などど言うと、
「ふん。おまえはまだまだ初心者やのう。レクイエムは実はぺ一ムが一番や」と、なら最初にそれをよこせよ。とにかくそんなふうにして、また私のカセットが増える。たとえぱ、同じピアノソナタでも、プレンデルありハスキルありグールドありヘプラーあり。確かに聴き比ぺるのはおもしろいけれど、この中から捜し物をするとなるとちよっとしたひと仕事だ。
 なんとか『魔笛』を捜し出して、脳天気なパパゲーノのアリアを聴きながら、今度は荷造り計画だ。

 荷造り。これが案外難しい。今度はトランクケースは置いていくのだ。出来るだけ身軽に、モーツァルトの足跡とうまいソーセージを追っ掛けていくんだから。今回の私の相棒は、昔、ママが買ってくれた赤いリュックだ。小学生の頃、夏休みになると、川島のおじちゃんとおぱちゃんが、私とおねぇちゃんを志賀高原に連れていってくれた。川島のおじちゃんはパパの親友で、東京に住んでいる。子供がいないこの夫婦は、私たちの東京の里親だ。ママは小さな私が荷物を忘れたりしないようにと、このリュックを買ってくれたのだ。小学生のリュックとあなどるなかれ。これはなんと、登山用リュックだ。
 必要な物のリストを作って、リュックにつめてみる。ほら、大人のヨーロッパ旅行三週間分の荷物が入っちまうじやないか。まったくママは何考えてこのでかいリュックを小学生の私にしょわせてたんだろ。機内持ち込み用バッグも入れてしまって、へルスメーターに乗せてみる。13キロ。必要最低限にしたつもりなのに、それでもちと重い。必要最低限の人間の荷物とは案外重いものなんだ。私はつめたものを出してみる。見つめてみる。おとぎの国のプレーメンでロマンチックしようと思って入れたドレス、この生地は重そう。長袖は要るかな。化粧品のポーチ、このファスナーは何gあるのかな。
 ちょっと面倒になってテレピを見ていると、ニュースが始まった。
「さて、日本では記録的な真夏日が続いていますが、ヨーロッパでも百五十年ぶりの猛暑です」
へえ!
「パリでは観光客が、あまりの暑さに観光をやめて噴水で泳いでいます」
へぇぇ! ほんとだ、泳いでら。
かくして、長袖は機内に持ち込むカーディガンー枚、ドレスの代わりにぺらぺらのスカートー枚、ポーチの代わりに食料保存用のジッパー付きピニール袋、ガイドプックは必要な部分だけちぎって入れて、これ以上軽くは出来ない荷造りの出来上がり。

 あとは飛行機の塔乗券だ。そう。これこそ間題だ。この異常な円高で、海外脱出組がいつも以上に増えているらしい。
「KLMもエア・フランスも、ついでにJALも、キャンセル待ち状態なのよ」とおねぇちゃんは言った、
「でも、なんとかなるやろ。私の友達なんか、新婚旅行のチケットをよ、出発予定前日に手に入れてたわ」
 さすがはおねぇちゃんの友達だ。しかしそんなとぽけた新婚カップルを真似する気にはとうていなれない。けれど、日はどんどん過ぎていく。ああ、私の完壁プランも、完壁荷造りも無駄となるのか、と思った、出発予定五日前、
「JALのチケットがとれたわ。やっぱ高いとこが残るんやわ。KLMに乗りたかったなぁ。もうちょっとでオーストラリアへのただ券もらえるのに」と、おねぇちゃんが残念そうにつぷやいた。

フランとマルクのトラペラーズチェックも買った。ユーレイルパスも買った。ド・ゴールに夕方着く便になったので、初日のホテルは予約した。順調、順調、すぺて計面通り。と、十五年来の友、メイコかやってきた。赤いリュックを見て、
「そうかぁ。夏子さん、とうとう行っちやうのね」と、溜め息をつく。
何を大げさな。たかが三週間足らずの旅なのに。
「夏子さん。お願いだから、帰ってきてね」
「そぉねぇ、ちよっと心配やねぇ」と、私もつい、つりこまれて言う、
「思いがけず、この部屋が片付きすぎてしもたわ。ほら、向田邦子さんがさ、事故にあう前、引き出しの中を片付けたっていうやん。あれ、思い出すと、ちよっと縁起悪いなぁ、この部屋のきれいさは」
「そぉいうことじゃあなくてぇ。夏子さんが、こっちが気に入ったから帰らへんわ、っとか言い出さへんかなぁっていうことやねん」
 なんだ、そんなこと。そういえぱ学生時代にも「夏子って、ボヘミアンって感じなのよねぇ」と言われたな。私にはよくよくそう思わせる何かかあるのか。
「夏子さん。とりあえず、一回は帰ってきてねぇぇ」
一緒に晩飯を食いにいって、その店の前で別れた。
「じゃあ、メイコさん。帰ってきたら電話するわ」と、手を振った。
 角を曲がる時、まだメイコがじっと立って見送っていた。そんな姿を見ると、なんだか、ほんとに自分がここに帰ってこないような気がしてきたじやないか。

 私は実家に帰った。ここでも「帰ってきてね」コール。ただしメイコと違って「無事に」が付く。友人たちのような、夏子ボヘミアン説はないようだ。
「とうとう、やっぱり、行くのやねぇ」と、パパの助手さん、ききちゃんが言う。
「やっと、飛行機のチチケットがとれたからね。おねぇちゃんなんて、いっそトッポごと、船でロシアに渡ろうか、なんて言うとったんよ。そんなことして、ロシアの大地てガソリンスタンド見付けられへんかったらどうすんのや。なぁ」
「とにかく、無事に帰ってきてね」
「大丈夫、大丈夫。ポスニア・ヘルツェゴピナは通らへんから」
何故か喋れぱ喋るほど、ききちゃんの不安は深くなるようだ。とうとう、
「私、あんたらの考えてること、わからへんわ」と、相手にしてくれなくなった。
 その点ママはゆったりしたものだ。「ふぅん」「そぅ」「ふぅん」とうなづくだけで、実に寛容だ。いや、それともこれは去年の脳梗塞の後遺症かな? どうもこの頃「やっぱアタマのセン、切れてるな」と思わせるフシがある。ほら、
「それで、なっちやん。今夜は泊まっていくの?」ときいてきた。
「あのね。さっきも言ったよね。なっちゃんは、今日いったん西宮のマンションに戻り、夜、荷物ごとおねぇちゃんの車に拾ってもらうんですよ。明日の朝には飛行機に、乗るんですよ」
「ま、ぁ。じゃあ、お弁と、作ったげよか?」

 と、いうわけで、私はママの心尽くしのお弁当とともに、おねぇちゃんの電話を今か今かと待っていたわけだ。物語は冒頭へ戻る。そして、階段掃除へ。

 ともかく社宅掃除を終え、食事をし、風呂から出てくるとおねぇちゃんが何やら見つめている。
「何してんの?」
「ウサギ、数えてんの」
 ウサギ? ああ、あのウサギ。あれはなかなかグッドだ。いやこの場合はドイツ語だから、グート、かな。ドイツの会社の人たちへのお土産にするのだといって、ちくちく縫っていた。私が、型紙の載ってるカントリーの雑誌を貸してあげた。それを日本の古典的柄、着物の生地で作ってあるところがミソだ。しかし。
「この子とこの子をアンドレアにあげて、この子をフライさんにあげて、……やっばり、足らへんなあ」
「あっ、この子、かわいいやんか。ちようだい」
「えーっ、ますます足らへんようになるやないの」
「嘘、嘘。ちょっと言ってみただけや」
 だいたいこんなことをしている場合じやぁないだろ。
「そうか。ほしいんか。やっぱり、パリで内職するかぁ。この子をあんたにあげて、この子を……」
 おねぇちゃんは布を広げてウサギの型紙を写しだす。やれやれ。長い「今夜」になりそうだ。

 ふと思い出したように、おねえちやんが顔をあげる。
「ところて、パリでの予算はひとり二万円もあれぱ、いいやんな」
 えっ? 今のは幻聴だったのではあるまいか。
「おねえちゃん、そりゃあ、いくら何でも無理や。私たちはパリで七泊するのよ」
「でも、あんたが第一侯補にあげてたホテル、安そうやん」
「それでも、無理です」
「でも、私たちが行くとこなんて、美術館だけやし。あんた、まさか」と、冬将軍らしい冷たい瞳がキラリと光る、
「まさか、毎晩レストランでお食事しようとでも考えてるんじゃないでしょうね。わかってるの! そんな贅沢はしないのよ」
 ああ、私はとんでもない間違いをしでかそうとしているのではないだろうか。私がともに旅に出ようとしているのは「冬特軍」だった。いくら日本ほど物価が高くないとしても、パリで一週間、宿代・食費・各美術館への入場料含めて二万円? 脳裏には、薄暗いパリのホテルの屋根裏部屋で、パンと水だけで飢えをしのぐ自分の姿がちらちらする。今回のパリもやはり、私にとって忌まわしい思い出の場所となるのか? この旅の行く末やいかに?
 私の不安をよそに、長い「今夜」は静かにふけてゆく……。


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