M104.放射冷却、盆地では?樹木の近くでは?

著者:近藤純正
平地での放射冷却は夕方の正味放射量が大きいほど、地表層の熱容量と熱伝導度 が小さいほど大きくなる。したがって、雪国では上空まで乾燥・寒冷な気団に 覆われ、新雪が積った晴天夜に放射冷却が大きくなる。1902年に北海道旭川で 日本一の最低気温マイナス41℃、1945年に岩手県藪川で本州一の最低気温 マイナス35℃を観測したのは、こうした条件の日であった。

盆地では安定な大気層「冷気湖」ができると、低温な気層の存在により地上の 正味放射量は平地に比べて大きくなり盆地底の放射冷却は大きくなる。 冷気湖の深さは、上空の風が弱いとき盆地の深さと同じになるが、風が少し あるときは浅くなり、強風時には冷気湖はできない。

作物や樹木などの葉面では、地中からの伝導熱が伝わらず、地面よりも放射冷却 が大きく、その周りの空気は葉面によって冷却される。それゆえ、林外で樹木 などが近くにあれば、夜間の地上気温は、広くて風通しのよい場所の地上気温に 比べて低くなる。 (完成:2023年1月14日;付録2と3を追加2月28日)

本稿は自然をより正しく深く理解するための一般向け新刊書「身近な気象のふしぎ」 (東京大学出版会)の 第4章「放射冷却と作物の葉面温度」 について、補足の資料も加えた概要解説である。 より詳しい内容は新刊書をご覧下さい。

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新記録
2023年1月12日:素案の作成
2023年1月13日:細部を修正
2023年1月14日:4.4節に林内の気温鉛直分布の記述を加筆
2023年2月28日:「冷気湖の破壊」は付録1へ移動
- - 同上 - - - - -: 付録1と付録2を追記


   目次
         4.1 はしがき
         4.2 最低気温の記録と放射冷却
         4.3 盆地はなぜ放射冷却が大きいか?
        4.4 放射冷却を大きくする葉面の働き
         まとめ
         付録
            付録1 冷気湖は強風によって破壊される
            付録2 結露は相対湿度と風速に依存する
            付録3 凍霜害の発生の葉面温度は相対湿度と風速に依存する
         文献

      謝辞
          本稿の作成にあたり筑波大学の上野健一准教授に
     ご協力いただいた。ここに厚く御礼申し上げる。              

4.1 はしがき

夜間の放射冷却について考えてみよう。微小空間で働く分子熱伝導を除けば、 地表付近の大気中における熱の鉛直方向への輸送・交換は乱流による顕熱・潜熱 輸送と長波放射によって行なわれている。ここに潜熱輸送とは、水が気化するとき 蒸発の潜熱をもらい、水蒸気が凝結して水(雲粒)になるとき凝結の潜熱を放出 して大気を温めることから、水蒸気自体が輸送されることを潜熱輸送という。 大気から下向きの長波放射量、あるいは地面から上向きの長波放射量の大きさは、 通常、日平均値でも瞬間値でも230~500W/m2程度であるが、上向きと 下向きの差を表わす「正味放射量」は100W/m2前後である。 ここに、長波放射とは、太陽光(日射、短波放射)と違って目に見えない波長の 長い熱放射(おもに波長3μm以上の遠赤外放射)のことである。

平地では強風時を除けば、晴天夜間の乱流による顕熱輸送量は数W/m2 以下となり、正味放射量に比べて無視してよい。このような条件のとき、 地面付近の下層大気と地面は放射によって冷却する(Kondo et al, 1978)。 つまり、夜間の地上気温変化は放射冷却に支配される。

本章では、最初に平地の放射冷却について、次いで斜面冷気流の影響を受ける 盆地について冷却の原理を考える。さらに樹木や畑作物・草の葉面が放射で冷却 するとき、周辺大気も葉面で冷却される原理を考える。 風通しの悪い場所で「日だまり効果」が生じるとき、夜間には気温下降がより 大きくなることを理解する。「日だまり効果」により、樹木が近くにある所では 日中・夜間の気温の上昇・下降量が樹木のない所に比べて大きくなる (近藤ほか、2017b、の図157.1,図157.2)。 「日だまり効果、アーケード街と並木道の気温(まとめ)」


4.2 最低気温の記録と放射冷却

北海道の旭川では1902年(明治35年)1月25日に最低気温-41℃の日本新記録を 観測した。また、岩手県盛岡の北東約20kmの藪川では1945年(昭和20年)1月26日 に-35℃の本州一の最低気温を観測している。ただし、両地点とも観測地点は移転し、 現在地と異なる地点での記録である。これらの記録は積雪が深いときに観測された。 積雪、とくに新雪は熱容量(=比熱×密度)と熱伝導度が小さく、放射冷却により 積雪面温度・地上気温は大きく下がる傾向がある。そこで、放射冷却を定量的に 見積もる方法を学び、積雪時は放射冷却が非常に大きくなることを理解しよう。

計算式をつくるために、Tsを地面温度、Lを大気から地面に入る 長波放射量、σ(=5.67×10-8W m-2K-4) をステファン・ボルツマン定数とする。顕熱輸送量が正味放射量Rn (=σTs4-L)に比べて無視できる晴天夜間における 地面(積雪時は積雪表面)では次の熱収支式が成り立つ。

  Rn=G ・・・・・・・(4.1)

ここで G は地中から地面への伝導熱である。慣例によれば、Rnは地表面が得る場合 を正、G は下向きに地中へ入る場合を正とするが、符号のわずらわしさを除くために、 ここでは Rn は地表面が失う場合を正、G は地中から地表面に熱が伝わる場合を 正とする。いずれも単位時間単位面積当たりに伝わる熱量を考えると、 その単位は (J /s)/m2 = W/m2となる。 式(4.1)は、地表面が大気に向かって失う正味放射量と地中から出てくる 伝導熱がバランスしていることを表わしている。

図4.1に、熱伝導度λ が小さい場合(左)と大きい場合(右)での時間経過に 伴う深さ z に応じた地温の低下を模式的に示す。実際の地温の鉛直分布は深さ z の 小さい範囲で傾斜した直線であり、z の大きい範囲ではしだいに滑らかな曲線と なり縦軸(z軸)に接するようにつながるが、今回は計算を容易にするためにz の 全範囲について傾斜した直線で近似してある。難しい微分方程式を解く代わりに、 容易に解けて地温の鉛直分布もイメージできる幾何学的方式の方が理解しやすい と考えたからである。この図に示すように、夕方(初期条件)t = 0の地面温度 をT0(深さ方向には一定で、図ではT0=20℃と仮定) とすれば、地面温度 Ts(深さz=0の表面温度)と地温T(地中温度)は時間と ともに直線A, B, C(右図)あるいはa, b, c(左図)の順序で下降する。

放射冷却模式図
図4.1 地中温度の冷却の説明図、ただし地面が失う正味放射量 Rn が一定と 見なされる夕方から2~3時間。左:地表層の熱伝導度λが小さい場合、 右:λが大きい場合。G = 一定により、z = 0の直下の地温の鉛直勾配は一定となる。


t 時間後の地面温度をTS, Dを冷却の及ぶ深さ、cρを土壌の単位体積 当たりの熱容量とする。t = 0からt = t (例えば10分後)までに地面が失った 熱は図に灰色塗り潰しで示す三角形の面積に等しくなる。したがって、 式(4.1)は次のようになる。

  Rn×t = G×t = (1/2)cρD(T0-TS) ・・・・・(4.2)

冷却が進んでいない夕方から2~3時間までは正味放射量は、近似的に一定と 見なすことができる。すると式(4.1)によって、G=一定となる。ゆえに 図4.1を参照すれば地中の伝導熱 G は、

  G=λ×(dT / dz )z=0 =λ×(T0-TS)/ D=一定 ・・・(4.3)

となる。ただしλ は地中の熱伝導度、T は地温、z は地面からの深さである。

式(4.3)によれば、地面 z = 0の直下の地温の鉛直勾配(直線の傾斜) は熱伝導度λに比例する。例えば新雪のλは約0.1 Wm-1-1 であり、湿った土壌の約 2 W m-1-1の約20分の1倍になる。 新雪(現実には、新雪の積雪深>0.2m以上)のとき放射冷却が非常に大きくなる ことが分かる。ただし、正味放射量がほぼ一定と見なされる夕方から2~3時間まで の範囲である。式(4.3)は各三角形a,b,cまたはA,B,Cが相似であることを意味して いる。三角形の面積は時間経過とともに影響が及ぶ深度も深くなるため、 1倍、4倍、9倍と増えているので地面の冷却は時間 t の平方根に比例することが わかる。

式(4.2)と(4.3)には、求めたい2つの量 ((T0-TS) と D )が含まれるので、これら2式から(T0-TS) と D を求めることができる。具体的には、

式(4.2)から(T0-TS)=2Rn×t / cρD、
式(4.3)から D=λ(T0-TS) /G、
この2式からDを消去し、式(4.1)のG=Rn を用いれば、以下の式(4.4)を得る。 さらに式(4.4)と式(4.2)から以下の式(4.5)を得る。

  地面の冷却量: T0-TS=Rn×(2t / cρλ)1/2 ・・・(4.4)

  冷却の及ぶ深さ:D = (2λt / cρ)1/2 ・・・・・・(4.5)

式(4.4)に示すように、冷却量が大きくなる条件は夕方の正味放射量 Rn が大きい 場合、すなわち、下向きの長波放射量Lが小さい場合である。 それは上空へ特別に乾燥・寒冷な気団が現れた晴天時である。これらの条件が揃う 新雪時に最低気温の極値が観測されやすい。最低気温の極値(標高の高い高地は除く) の緯度分布は近藤・山沢(1983)に示されている。

なお応用に際して、初期時刻 t = 0 は日没30分前とすれば観測をよく説明できる。

参考:放射冷却の厳密な式
(やや専門的な内容なので、初学者は読み飛ばしてよい)
放射冷却の近似式(4.4)に対応する厳密な式は近藤(1994)の6.5節「放射冷却」 の式(6.64)~式(6.70)である。なお、近似式(4.4)は夕方から2~3時間後の 範囲で成り立ち、その範囲で厳密解に比べて25%ほど大きい。それ以後の誤差は 25%以上になる。しかし、近似式は、冷却の特徴が一目でわかる利点を示している。


4.3 盆地はなぜ放射冷却が大きいか?

晴天夜間の盆地内に放射冷却に伴い形成される冷気層は「冷気湖」と呼ばれている。 盆地底から見た気温の鉛直分布は、最下層(盆地底)でもっとも低温、高度が 増すにしたがって気温は高くなる、いわゆる気温の「逆転層」となっている。 その上では、気温は高さとともに低くなる通常の鉛直分布である。盆地底から 気温の逆転層の上端までの高さが冷気湖の深さである。

冷気湖ができる過程を明らかにするために、まず完全な盆地として休火山の 噴火口にて調べることにした(近藤、2004)。 「2.放射冷却と盆地冷却」
実際の観測はJR福島駅から西方 に見える吾妻小富士で実施した。周辺一帯は国立公園であり、管理者の許可を 得た観測である。ここは観光名所であり、日中は大勢の観光客が訪れる。 夜の観測準備をしていると、「何をしていますか?」と次々に質問されるので、 図4.2に説明文を加えた説明掲示板を作り、それを読んでもらうことにした。

吾妻小富士冷気湖模式図
図4.2 吾妻小富士(火山噴火口)で観測された夜間の気温断面図、 1981年8月1日午前5時(近藤、2004、図2.7)。 「2.放射冷却と盆地冷却」
①は冷却が始まったころの 斜面に沿った冷気の流れ、②は冷気湖が形成されてからの斜面冷気の流れを表わす。



この盆地(噴火口)の深さは70mあり、その尾根の最高峰は標高1700mである。 周囲の尾根は円形をしており、その直径に相当する高さに長さ450mの ナイロン・ロープ2本をほぼ水平に張り、1本目の中心から盆地底に届く鉛直紐を 下げ、それに気温計を取り付け盆地中心軸上の気温鉛直分布を測った。 また、図の左側の斜面上空で2本目の水平ロープから鉛直紐を下げ、その紐に 取り付けた気温計で斜面上空の気温鉛直分布を測った。さらに、斜面に沿って 上端から盆地底にかけた地上数地点でも気温を観測した。斜面冷気流は微風速計 による観測のほか、目視によって発煙筒からの煙の流れを確認した。

図4.2は8月1日5時の気温分布の模式図である。前日の夕方の盆地内の気温は ほぼ等温で、ここから夜間の放射冷却が始まった。最初は、斜面が冷却し、 それに接した空気は斜面に対して顕熱を失い冷気塊が発生する。水平面上で気温 を比較すると斜面近傍の冷気塊がもっとも低温で重く、重力によって斜面下降流 が発生し、盆地底まで流れる(図中の①)。しばらく経過すると、斜面に沿った 冷気塊は少し流下すると、水平面上で比較した盆地上空の空気塊との気温差は ほぼゼロとなる。その結果、盆地底まで流れることができず、斜面流は②の ように水平方向へと流れを変える。反対側からの斜面からも同様の流れが発生し、 盆地の中央部では微弱な上昇流ができているはずだ。こうして日の出前まで冷気湖 が発達する。

なお、理想的な盆地である吾妻小富士で一連の観測をしていると、途中で暴風に 見舞われた。最高峰に設置した測器はもちろんのこと、盆地底の測器も破壊され 分散していた。この破壊と分散の状況から判断すると、猛烈な暴風は斜め上方から 盆地内壁へぶつかり、風速を弱めることなく下方の盆地底を通り抜け反対側の 盆地内壁に沿って上方へ向かう大きな楕円状の渦となって吹いた、と推定する ことができた。これを参考にして、以後の測器の固定方法を強化し観測を続け、 一連のデータを得ることができた。

盆地で放射冷却が大きい理由:冷気湖の形成により、平地と違って、 盆地底の上に溜まった空気は平地の上に比べて低温となるため、盆地底では 平地に比べて下向きの長波放射量Lが小さくなり正味放射量Rnが 大きくなる。それゆえ、盆地底の放射冷却は平地よりも大きくなる。つまり、 盆地底は平地よりも冷えやすい。そのほか、盆地では地形が障壁となり 一般風が入りにくく冷却が維持される。

参考:深い盆地の放射量
特に深い盆地では(峡谷や、都市ビルの谷間でも同じ)、その底から見える 天空の範囲が狭く、盆地の壁面からの長波放射が盆地底に入り、正味放射量 Rn が 小さくなる。晴天日の大気放射量に及ぼす地形の影響は近藤(1982)によって 計算されている。ここでは、盆地底から見たとき壁面が天空を遮蔽する遮蔽率によって 地形の名称を平地、浅い盆地、深い盆地、腕状・急峻谷地、浅いキャノピー、 深いキャノピーと分類した。盆地底から周辺の稜線を見たときの高度角 (全方位の平均)が23~31°の範囲を深い盆地とした。稜線を見る高度角が 23°以下 の多くの浅い盆地では、壁面が大気放射に及ぼす影響は10%以下であり、 近似的に無視してよく、夕刻(初期時刻t = 0)頃の盆地底の正味放射量は平地の それとほぼ同じとして取り扱う。稜線を見たときの高度角(全方位の平均) が23°以上の深い盆地では、大気放射量(壁面からの大きい長波放射量を含む) の計算は、大気放射の天頂角分布形(近藤、1994,図4.14)をもとに計算できる。


冷気湖の深さ:吾妻小富士の冷気湖の深さは約70mで、地形の深さと ほぼ一致する。他の盆地(会津盆地、佐久盆地、盛岡盆地、川渡盆地、京都盆地、 赤井川盆地、母子里盆地、菅平盆地)についても冷気湖の深さを求めた (Kondo et al, 1989;近藤、1994、図11.8)。他の盆地については、 係留気球や低層ラジオゾンデによる観測のほか、簡単な方法として気圧の観測 からも冷気湖の深さを知ることができる。気圧はその上空の空気の重さ(気温) を示すので、例えば地上と山頂の気圧差を測れば、気温の逆転層の高さを知る ことができる(近藤・桑形、1984)。日本各地の9か所について調べてみると、 冷気湖の深さは地形の深さとほぼ一致することがわかった (Kondo et al, 1989;近藤、1994、図11.8;近藤、2000、図6.16)。 なお、地形の深さとは、盆地をとりまく尾根の平均標高と盆地底(深い狭い 峡谷を除く)の平均標高の差である。

参考:斜面冷気流の流速
斜面冷気流は重力によって発生し、その流れに対して斜面による摩擦力と釣り 合うように斜面方向の流速(斜面下降風の風速)がきまる。小斜面から南極 氷床斜面上で生じる斜面冷気流について、それらの厚さや流速は近藤(2000) の第6章に示してある。なお、前記したように、盆地内に強い逆転層ができ 上がったときは、斜面冷気流は弱化する。また、斜面が樹木で覆われた場合、 林内の長波放射の状況と林床面の摩擦力は林外と異なり、林床上の斜面流は 多くの要素の関数となり複雑になる。


4.4 放射冷却を大きくする葉面の働き

「はしがき」で説明したように、風通しの悪い場所で起きる「日だまり効果」が 働くとき、葉面は日中の周辺大気の気温上昇量をより大きくし、夜間の気温 下降量をより大きくする。この現象を理解するために、ここでは夜間について 考察しよう。

葉面にはいろいろな寸法がある。今回は最初に、その標準として水平に置かれた 直径60mm(半径r = 30mm)の葉面温度計の温度を標準的な葉面の温度として考える (近藤、2019、図178.2)。 「夜間用の放射計と葉面温度計、市販化」の図178.2を参照。
なお、風が半径r=30mmの円板上を横切る長さは X =πr2 / 2r =πr / 2 = 47 mmとなる。ここでは基本を理解する ために、いろいろな方向に傾斜した葉面群ではなく、水平な1枚の葉面を想定する。

図4.3は晴天夜における直径60mmの円形葉面について、上図は葉面付近の風速と (葉面温度Tl-気温T)との関係、下図は風速と空気から葉面の単位面積 当たりへの顕熱輸送量 H との関係を示す。ただし気温T=0℃で、 上面の有効入力放射量=-100W/m2を仮定している。ここに有効入力 放射量(略して、有効放射量)とは、(L-σT4)であり、L は葉面に入る大気からの放射量(ここでは夜間であるので長波放射量)、 σはステファン・ボルツマン定数(=5.67×10-8 W m-2K-4) である。

風速と葉面温度、顕熱
図4.3 晴天夜における直径60mmの円形葉面の冷却、ただし気温=0℃で上面 の有効入力放射量=-100W/m2、気温T =0℃、下面から下方をみた 平均温度をToとした場合(葉面の下面へは下方からσTo4の長波放射量 が入る)。上:葉面・気温差と風速の関係、下:大気が葉面へ失う顕熱輸送量と 風速の関係(近藤、2019、図178.7)。 「夜間用の放射計と葉面温度計、市販化」


図4.3によれば、葉面周辺の風速が0.01~1m/sの微風の晴天夜には葉面温度は 気温よりも2~8℃低い低温となり、空気は葉面の単位面積当たり20~40W/m2 ほどの大きな熱を失うことになる。この熱量は、強風時を除く晴天夜間の平坦地 における乱流による顕熱輸送量(約3 W/m2以下)に比べて非常に大きい。 この主原因は、地表面のように地中伝導熱Gが供給されないことと、葉面は 地面に比べて小物体であり熱交換効率(交換速度CHU)が大きいから である。したがって、空気は葉面上を流れるとき冷却され冷気塊ができる。 実際の密な森林では、樹冠層が多層構造になっており、このような冷気が 生じるのは樹冠層の上部に限られる。冷気塊が水平面上の気温Tに比べて低温であれば、 沈降流となる。森林ならば、葉面群上端層でかすかな沈降流ができることになる。 林内の気温鉛直分布と放射条件(天空の遮蔽率)により、沈降流は林床にまで 降りてくることも、降りられないこともあろう。天空の遮蔽率が非常に 小さいときは、林床における有効入力放射量は樹冠上の有効入力放射量と 大差がないので、林床面も放射冷却する。逆に、着葉が密で天空の遮蔽率が 大きいときは、林床における有効入力放射量はゼロに近く、林床面それ自体の 放射冷却はゼロに近い。

実際に、密に着葉した夏の森林内について調べてみよう。東京白金台の 自然教育園の森林(樹冠上端の高さは14m)で観測してみると、晴天夜間の林床から 高度19mまでの気温鉛直分布は、全層にわたり気温は低層ほど低くなっている。 すなわち、林内は、昼夜によらず安定な気温鉛直分布である (近藤ほか、2016、図13:近藤ほか、2017a、図2)。 「自然教育園の林内気温、3月~9月」「自然教育園の林内気温の特徴」
この観測から、密な森林内では安定な気温鉛直分布であり、顕熱は全層にわたり 上から下向きに輸送されており、夜間の斜面上の気温鉛直分布と同じで、 林床面が傾斜していれば、斜面下降風が吹くことになる。ただし、林床上の気温鉛直 勾配が小さいので、斜面風の風速は開けた斜面に比べて弱いはずである。

注:林床面の熱収支
林内の最下層では、昼夜ともに下ほど気温が低いことから、林床下の土壌層へ顕熱 が入ることになる。日中の林床では日射量が林外に比べて10% 以下であり、この僅かな日射量と顕熱の和が地中伝導熱として地中に入り、 林床下の地中水分を蒸発させる潜熱のエネルギーとなっている。


図4.4は図4.3と同じ、ただし葉面が 60 mm ではなく、いろいろな大きさのときの 交換速度 CHU との関係であり、パラメータとして有効入力放射量 (略して、有効放射量)が-60,-80,-100 W/m2の場合である。CHUは、 風速が大きいほど、あるいは物体(葉面)が小さいほど大きくなる。 CHUの具体的な値は近藤(2000)の表5.1に、また CHの 具体的な値は近藤(1994)の式(7.35)~式(7.40)に示してある。ただし、 CE≒CHとしてよい。

図4.4によれば、葉面の大きさが違っても空気は葉面へ単位面積当たり 10~50 W/m2ほどの熱を失うことには変わらない。

交換速度と葉面温度、顕熱
図4.4 図4.3に同じ、ただし横軸を交換速度とした場合(気温も同じT=0℃)。 上面の有効放射量=-60,-80,-100W/m2で、下面からみた下方の 平均温度To=T のとき。


周囲に樹木があるときの地上気温は、その空間広さ(X / h)に影響を受ける。 ここに h は樹木の平均の高さ、X は観測点から樹木までの平均距離である。 例えば X / h=1(観測点から樹冠の上端を見た仰角=45°)であれば、 晴天夜間は広い所(例えば X / h = 10)に比べて約0.9℃低く観測され、 日中なら約2℃高く観測される(近藤ほか、2017b、図157.2と図157.1)。 「日だまり効果、アーケード街と並木道の 気温(まとめ)」。 その物理的要因が、前述された葉面付近に形成される冷気の移流や日中の 日だまり効果である。

備考:有効入力放射量
有効入力放射量(effectiive radiation)は正味放射量(net radiation) と異なる。葉面温度Tl あるいは地面 温度 Ts が気温 T に等しければ、有効入力放射量=正味放射量であるが、 一般には、葉面温度 Tlあるいは地面温度 Ts を計算によって求めるとき 正味放射量は使わない。一部の研究分野では正味放射量を使って表面温度を求める 計算をしているが、それは正しい方法ではない。

参考:森林の遮蔽率
森林内から天空を見たときの遮蔽率の定義とその測定方法は近藤・與語(2013)、 および近藤(2013)に示されている。 「北の丸露場の風速減率と周辺の森林遮蔽率」「北の丸露場周辺の森林遮蔽率(4月、9月)」


まとめ

(1)平地での放射冷却は夕方の正味放射量Rnが大きいときほど大きくなり、 地表層の熱容量と熱伝導度の積( cρλ)が小さいほど大きくなる。したがって、 大気が乾燥・寒冷なときほど、また土壌が乾燥したときや新雪のとき、 晴天夜間の地面温度・地上気温は下がりやすい。

(2)盆地では冷気湖ができたとき、低温な気層の影響で下向きの長波放射量 が減少し、平地に比べて正味放射量Rnが大きくなり、盆地底の放射冷却がより 強くなる。

(3)作物や樹木などの葉面には、地中からの伝導熱がないので、夜間の冷却は 大きくなり、さらに顕熱の交換効率がよく(地面に比べて交換速度CHU が大きく)、その周りの空気は葉面によって冷却される。その冷気の移流の影響 を受ける範囲では、地上気温はより低くなる。

(4)作物への結露や凍霜害の発生条件は相対湿度と風速に依ることを示した (付録を参照)。

ここで取り上げなかった放射冷却のひと晩の時間変化と、雲量や風速がひと晩に 時間変化する場合の葉面温度や地温についての詳細は、新刊書「身近な気象のふしぎ」 の第4章「放射冷却と作物の葉面温度」でとりあげる。


付録
放射冷却に関連する専門的な内容はこの付録で説明する。

付録1 冷気湖は強風によって破壊される
風の弱い晴天夜間の盆地に形成された安定層「冷気湖」は、 夜半に強風が吹くと破壊される。この問題について考察する。

重い低温空気が軽い高温空気の上にあれば位置のエネルギーが大きく 不安定である。この低温・高温層が転覆すれば位置のエネルギーが 運動のエネルギーに変換されて風が起きる。 これが暴風のもつエネルギー源と言われている。 このエネルギー変換の物理過程は、冷気湖がその上を吹く一般風の力で 破壊される物理過程と共通している。

盆地内(吾妻小富士)にできる安定層「冷気湖」は斜面で生まれた冷気が 堆積することで作られるが、一方では上空を吹く一般風の乱れによる仕事 (=力×風速=比例係数 ×ρ×σW2×U) によって破壊される。ここにρは空気密度、σWは盆地上空の 乱流強度(乱流鉛直成分標準偏差)、Uは最高峰の標高1700mの 地上高度2.5mにおける夜間の平均風速である。なお、σW=0.26U の関係がある。安定層の生成のはやさ「生成」と 破壊のはやさ「破壊」のバランス関係で安定層の深さが決まる。 U<2m/sの夜は「生成」が強く冷気湖の深さは最大の70mに、 U>5 m/sの夜は「破壊」が強く冷気湖は生まれない。 それらの中間では冷気湖の深さは0~70mの範囲を保つ。 なお、最高峰での風速Uは仙台上空1700mの風速の85%である (近藤ほか、1983)。


付録2 結露は相対湿度と風速に依存する
空気中の物体(葉面)の温度は、入力する放射量、物体周辺の風速、 物体の大きさ (交換速度:CHU)、物体が乾燥しているか 湿っているか (蒸発効率β)、相対湿度rhによって決まる。

平板状の葉面を想定し、日射量ゼロの晴天夜間の条件として次を設定する。

葉面周辺の気温:T=20℃
葉(上面)の有効入力放射量:σT-L=-100W/m2
葉(下面)の有効入力放射量=0
葉の上下面から顕熱が入る
露が降りる、あるいは葉面の露が蒸発するときは潜熱の出入りがある
蒸発効率β=0(結露・蒸発がゼロのとき)
蒸発効率β=1(結露・蒸発が生じるとき)

葉の上・下面における熱収支式を解き、葉面温度 Tsと気温 T の温度差を 交換速度CHUの関数として求める(近藤、2004「地表面に近い大気の科学」の p.140-p.152を参照)。交換速度は近藤(2004)の表5.1に、 またCHの具体的な値は近藤(1994)の式(7.35)~式(7.40) に示してある、ただし、CE≒CHとしてよい。

計算結果を図4.5に示した。Eのマイナス値は凝結で結露量が増加中を、 プラスは蒸発によって結露量が減少中であることを意味する。 蒸発量は1日当たりの単位で示した。

結露量と温度差
図4.5 晴天夜間を想定したとき、物体(葉面)の温度と気温の差Ts-T と 交換速度CHUの関係(上)、および1日当たりの蒸発量と 交換速度の関係(下)。条件は気温T=20℃、有効入力放射量(上面と下面の平均) =-50 W/m2、相対湿度rhをパラメータにとり、rh=0.4~1 まで 0.1きざみで表わした、E>0は蒸発、E<0は凝結(結露)である (近藤、2000,図5.7より転載)。


rh=1(相対湿度100%)のとき、結露量は交換速度(風速)とともに増加する。 葉面が直径60mmの水平円板形なら風速>1.8m/sでE=-1.2mm/d=-0.05mm/hr =-0.5mm/10hrであり、10時間結露量=0.5mm=1.4グラムとなる。 この水量は1m2当たり500グラムであり、決して少ない量ではない。

しかし、0.5<rh<1の条件では、結露量は交換速度(風速)が大きくなるほど 増加し最大値になったあと、ある交換速度以上になるとE=0、 そしてE>0(蒸発)になる。例として、rh=0.9の場合には、 Eのマイナス値(結露量)が最大になるのは CHU=4×10-3m/s(直径60mmの水平円板形なら 風速=0.04m/sの微風)前後のときである。またCHU> 2×10-2m/s(直径60mmの水平円板形なら風速>1.8m/s)では E>0となり結露は起きない。


付録3 凍霜害発生の葉面温度は相対湿度と風速に依存する
作物は低温の夜間に凍霜害を受ける。この問題について、気温以外は前記と 同じ条件として検討しよう。

葉面周辺の気温:T=0℃
葉(上面)の有効入力放射量:σT-L=-100W/m2
葉(下面)の有効入力放射量=0
葉の上下面から顕熱が入る

図4.6は葉面温度と気温の差を交換速度CHUの関数として表わしたものである。 前図(上)と似た図になっており、蒸発量=0の条件は太い実線で示した。 葉面が直径=0.06mの水平円板形であれば、次の近似式で表わすことができる。

   CHU(m/s)≒0.015U0.5 , (0.05m/s<U<6m/s)・・・・(4.6)

ただし、CHU の単位はm/s、U (m/s)は葉面付近の風速である。 なお、正確なUとCHU の関係は、 風速U=0.01m/sでCHU=0.0023m/s, U=0.03m/sでCHU=0.0036m/s, U=0.1m/sでCHU=0.0058m/s, U=0.3m/sでCHU=0.0090m/s, U=1m/sでCHU=0.015m/s, U=3m/sでCHU=0.026m/s, U=10m/sでCHU=0.058m/s である。

図4.6は気温が0℃の場合であるが、気温が0℃でなくても、 ±5℃程度の範囲内であれば、図中の各線の位置(縦軸の葉面温度・気温差) はほとんど変わらない。

凍結時の温度差と交換速度の関係
図4.6 晴天夜間を想定したときの葉面・気温の温度差と交換速度 (CHU)との関係(近藤、2018,図176.13より転載)。 「K176.凍霜害予測の実用化(4)狭山-準備研究」
T=0℃の条件、相対湿度rhをパラメータに選んであり、rh=0.4から 1まで 0.1きざみで表した。太い実線は降霜・昇華が生じないとき(β=0)、 破線は降霜・昇華が生じているとき(β=1)。 相対湿度が大きい時に降霜が生じる。
太い実線より上の範囲:降霜中
太い実線より下の範囲:降霜ゼロ、またはいったん降りた霜が蒸発(昇華)中



交換速度CHUが大きい(風速が強い)とき、 葉面温度と気温の温度差は0~4℃(相対湿度rhに依存)ほどで小さいが、 微風になると、温度差は5℃以上になる。凍霜害を受けるのは、 作物の種類と生育段階によって異なる。

図4.6にて降霜が起きるか起きないかの条件を見てみよう。 太い実線は降霜・昇華が生じないときの関係である(β=0、E=0)。 太い実線より上の範囲は降霜が起きる条件であり、 相対湿度 rh が大きい時に降霜が生じる。rh=1では交換速度CHU の全範囲で霜が降りる。rh=0.9ではCHU <0.025m/sで、 rh=0.8ではCHU <0.01m/sで、rh=0.7では CHU <0.006m/sで、rh=0.6ではCHU <0.0035m/sで、 rh=0.5ではCHU <0.002m/sで、rh=0.4ではCHU <0.001m/sで霜が降りる。

太い実線より下方は降霜が生じない条件である。しかし、 風速と相対湿度の時間変動によってすでに霜ができていれば、 その霜が蒸発(昇華)中であることを示す。


文献

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近藤純正、2018:K176. 凍霜害予測の実用化(4)狭山-準備研究.
http://www.asahi-net.or.jp/~rk7j-kndu/kenkyu/ke176.html

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近藤純正・山沢弘実、1983:夜間の地表面放射冷却と積雪および日本各地の 最低気温の極値について.天気,30,295-302.

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