K176. 凍霜害予測の実用化(4)狭山ー準備研究


著者:近藤純正
作物葉面の最低温度を予測する研究である。農業生産活動への気象予測の 実用化では、一般の研究と違って、可能な限り少ない観測データを用いて 利用者の負担を軽減する必要がある。

放射冷却を支配する気象パラメータ間の相関関係を調べた結果、予測実用化 で必要なパラメータは、葉面温度の夕刻の初期値と朝の最低値、および夕刻の 有効放射量である。夕刻の有効放射量を知る方法として、 (1)簡易放射計による観測、(2)気温と湿度の観測値から推定、 (3)気象会社の気温・湿度の予報値から推定する3つがある。

この第4報では、埼玉県狭山丘陵の茶畑で行う本観測に先立ち、茶業研究所 における1時間間隔の気象観測データを解析した。

葉面温度の予測では、本来は地域の平均的な地表面層の熱的パラメータ (熱慣性の2乗)と夜間の放射冷却時間が必要であるが、熱的パラメータの 季節変化は気温で代用でき、夜間の放射冷却時間は有効放射量(季節、気温、 湿度)と相関関係が強く、両者は与えなくてもよいことが分かった。 (完成:2018年11月6日、11月9日図14を追加)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2018年10月9日:素案の作成
2018年10月14日:図中の有効放射量の記号の一部を訂正
2018年10月15日:付録(有効放射量と冷却量の整理図表)を追加
2018年11月4日:図176.3の後ろに「備考」を追記、「まとめ」の最後に追記
2018年11月5日:付録2(安定時の気温・地表面温度差)を追加
2018年11月6日:付録3(葉面温度と気温の差)を追加
2018年11月9日:付録3に図176.14を追加
2018年11月16日:図176.14の湿度目盛りを書き直し

    目次
        176.1 はじめに
        176.2 放射冷却量を決めるパラメータ      
        176.3 茶業研究所の気象データ
       快晴夜の気象データ
       放射量の観測値と推定値の比較
        176.4 気象パラメータ間の相関関係
        176.5  冷却量の観測値と有効放射量の関係
        まとめ
        参考文献
        付録1 有効放射量と冷却量の整理図表
        付録2 安定時の気温・地表面温度差
        付録3 葉面温度と気温の差                  


研究協力者(敬称略)
丸山篤志(農業環境変動研究センタ-)
工藤 健(埼玉県茶業研究所)

気象資料
気象観測資料は埼玉県茶業研究所からの提供によるものである。


176.1 はじめに

このシリーズ研究の第1報と第2報で示したように、晴天夜の朝の地面または 葉面温度の最低値は放射冷却の計算値と±1℃以内の精度で予測できること がわかった。それらは次に示されている。 「K166.最低気温、凍霜害の予測(1)秦野市千村」「K168.最低気温、凍霜害予測(2)夏の住宅街」

この第4報では、埼玉県狭山丘陵の茶畑で行う本観測に先立ち、茶業研究所 における1時間間隔の気象観測資料を解析し、葉面温度の予測実用化で必要 な最少のデータを見出すことである。農業生産活動への気象予測の実用化 では、一般の研究と違って、可能な限り少ないデータを用いて利用者の 負担を軽減する必要があるからである。

次の第2節では、放射冷却量の予測に必要なパラメータを解説し、 省略できそうなパラメータについて検討する。第3節では茶業研究所の 放射量の観測値をチェックする。第4節では省略できる複数パラメータ の代わりに必要なパラメータ1つを決定する。最後の第5節では、 それを確認し、1時間間隔のデータを用いたときの冷却量予測の誤差 について示す。


176.2 放射冷却量を決めるパラメータ

微風の晴天夜間の放射冷却について解説する。放射冷却によって決まる翌朝 の地表面温度の最低値は次の5パラメータによる(近藤、水環境の気象学、 1994、p.145-p.147)。

(1)夕刻(日没前30分)の地表面温度:模型葉面温度計の温度、あるいは 高度1.5m付近の気温を代用してもよい。

実用化された場合に予測値を確認するため、翌朝の日出ころの地表面温度 または模型葉面温度計の温度は観測しなければならない。

(2)夕刻の有効放射量(σT4-L↓):ここにσT4 は夕刻の気温に対する黒体放射量、L↓は地表面へ入射する大気放射量であり、 地上から大気上端までの気温と水蒸気量の分布によって決まる。 市販の放射計は高価であるので、L↓は安価な夜間専用の近藤式簡易放射計 で観測できる。

放射計が無い場合、有効放射量は実験式から推定できる(近藤、2004: 「地表面に近い大気の科学」の式(2.33)、および付録の式(A2.1~(A2.5))。その場合は 気温と湿度の観測値が必要である。気温と湿度の観測を行わない場合は、 気象会社の気温と湿度のメッシュ推定予報値を利用することができる。

(3)放射冷却時間:地表面温度(葉面温度、気温)は夕刻から時間と ともに下降し、翌朝の日出ころに最低値となることが多い。そのため、 夜間の放射冷却時間を与える必要がある。放射冷却時間は日没30分前から 翌朝の日出時刻までの時間とする。季節によって変わる。

(4)地表層の熱的パラメータ:(熱慣性の2乗) Cgρgλg、 ただしCgρgは熱容量、λgは熱伝導係数 である。土壌層のほか周辺の樹木・建物などの 地物の熱容量の大きさと、熱伝導率の大きさによって広域平均の実効的な 地中伝導熱が変わる。それゆえ、地表層の冷却速度は広域平均の熱的 パラメータに依存する。

(5)風速:地上風速、または高度1km付近の風速でもよい。 夜間に風が吹くと、大気から地表面あるいは葉面に顕熱が運ばれ、 地表層の冷却が弱まる。風速と雲出現の予報は非常に難しいので、 最低温度・凍霜害予測では、安全をみて、風があっても微風になること があり、また夕刻に雲があっても晴れる可能性があることを想定して おかなければならない。

そのため、風速の観測は研究段階では必要であるが、経費節減のため 実用化段階では必ずしも必要としない。

実用化段階で必要とするパラメータは(1)と(2)のみとしたい。 その目的のために放射冷却の基本を学んでおこう。何事も、応用・実用化 では物理学・気象学の基本的原理を理解して進めなければならない。 そうでなければ無駄な経費を使うことになる。

図176.1は地表面の冷却量と夕刻からの時間の関係、パラメータとして 地表層の熱的パラメータ(熱慣性の2乗)(単位:J2s-1 K-2m-4)で表している。ただし、縦軸の冷却量 DT は 放射最大冷却量 DTmax で無次元化してある。上図は夕刻の気温が To=5℃の 場合、下図は To=20℃の場合である。放射最大冷却量とは、夜間の時間 が十分に長くなったときの冷却量の限界値である。

無次元冷却量と時間
図176.1 地表面の冷却量と夕刻からの時間の関係、パラメータは地表層 の熱的パラメータ(単位:J2s-1K-2 m-4)。ただし、縦軸の冷却量 DT は放射最大冷却量で無次元化 してある。上図は夕刻の気温が To=5℃の場合、下図は To=20℃の場合。


放射最大冷却量
図176.2 放射最大冷却量DTmax(縦軸)と夕刻の有効放射量(横軸)の関係。


図176.2は放射最大冷却量と夕刻の有効放射量の関係、パラメータは気温 (低温の季節と暖かい季節)を用いてある。放射冷却量は地表層の 熱的パラメータと放射冷却時間と有効放射量の3パラメータが主な 支配要因である。

図176.3の右図は放射冷却の理論式で想定されている地温の鉛直分布の 模式図である。すなわち、夕刻の初期時刻 to において(日没30分前と する)、地温は深さによらず一定を想定している。

左図は現実の気温・地温の鉛直分布である。初期時刻に、このような 鉛直分布であれば、1時間以上の時間経過後には、観測温度は理論式に ほぼ近い冷却速度で低下することが前報でも確かめられている。ただし、 風が出てきたときは途中で昇温する、あるいは冷却速度が鈍る。

温度鉛直分布模式図
図176.3 放射冷却による地温鉛直分布の模式図( 「K50.放射冷却量予測の簡便法(概要)」の図50.3に同じ)。
 左:実際の気温鉛直分布と地温鉛直分布
 右:放射冷却の理論式(解析解)に想定されている地温変化


夕刻の初期時刻における地温鉛直分布が図176.3(左)に近い場合には、 地表面温度(したがって葉面温度や地面付近の気温)は理論式のとおりに なるが、大きく異なる場合には冷却量は理論式と違ってくる。例えば深さ 0.3~0.2m層の地温が気温よりかなり低ければ、下層からの地中伝導熱が 少なくなり地表層の冷却量は大きくなる。逆に0.3~0.2m層の地温が気温 よりかなり高温であれば下層からの地中伝導熱が多く地表層の冷却量は 小さくなる。

以上が放射冷却の基本的な原理・特徴である。


備考:地表面温度と地上気温の関係、気温と物体気温の関係
上記は地表面温度の放射冷却の関係である。夜間の地表面に近い地上気温の冷却は 地表面の冷却によって下降していく。その際、地上気温は地表面温度より高温の状態で 下降していく。地上気温と地表面温度の温度差は通常1~3℃であり、 大気安定度(摩擦温度、摩擦速度)の関数として表される(近藤編著、1994、 「水環境の気象学」、p.99-p.108)。
例として非常に安定なときを想定すれば、近藤(1982)の「大気境界層の科学」の式(5.41) によれば摩擦温度≒0.09℃であり、さらに「水環境の気象学」の式(5.67)と(5.73) および表5.2から、例えば草丈0.1mの草地(z0=0.01m、 zT=0.001m) を想定すれば、地表面温度と高度1.5mの気温の差⊿T(℃)=Ts-T=-0.225×気温プロファイル 関数となり、
⊿T(℃)=-1.65-0.225×気温プロファイル関数(式5.73)の右辺第2項
によって表される。これは例であり、一般に、⊿Tは地表面の状態によって多少の変化が ある。詳細は付録2を参照。

温度差の実例は「K166.最低気温、凍霜害の予測(1)秦野市千村」 の図166.1~166.6で示した。
夜間の植物葉面(空気中の物体)の温度は気温より低温である。気温と物体温度の温度差 は有効放射量、風速、物体の熱交換係数の関数で表される。熱交換係数は葉面の大きさ、 傾斜角の関数となる(近藤、2004、「地表面に近い大気の科学」表5.1、式(5.17)」)。 詳細は付録3を参照。



有効放射量と放射最大冷却量の推定方法
有効放射量は観測しない場合、実験式から推定することもできる。 図176.4は夕刻の気温と湿度から推定した有効放射量である。強い接地 逆転層などが存在するような特殊な条件でなければ、推定誤差は ±10W/m2程度である(後掲の図176.6も参照)。

夕方の気温と正味放射量
図176.4 快晴時の有効放射量(縦軸)と夕方の気温(横軸)の関係、 パラメータは夕方の相対湿度(「K50.放射冷却量予測 の簡便法(概要)」の図50.5に同じ)。
「地表面に近い大気の科学」の式(2.33)、 および付録の式(A2.1~(A2.5)による。
注意:この図の縦軸(有効放射量)の記号は通常と逆、 したがって数値はプラスになっている。


放射最大冷却量
図176.5 放射最大冷却量(縦軸)と夕方の気温(横軸)の関係、 パラメータは夕方の相対湿度(「K50.放射冷却量予測 の簡便法(概要)」」の図50.6に同じ)。
「地表面に近い大気の科学」の式(4.6)による。


図176.5は気温と湿度から推定した放射最大冷却量を図示したものである。 実際の応用段階では、例えばエクセルで計算した値を利用する。


176.3 茶業研究所の気象データ

埼玉県狭山丘陵の茶畑で本観測を予定している。それに先立ち準備研究 として茶業研究所の気象観測データ(1時間間隔の記録)を解析し、 前述した放射冷却の計算に必要なパラメータのうち、省略できるパラメータ を見出したい。

まず、高度1.5mの気温の月平均値について、熊谷地方気象台と所沢アメダス の気温を比較したところ、標高差や都市化影響も考慮すると、±1℃以内の 精度で大きな狂いはないことがわかった。

快晴夜の気象データ
次に、2018年1月~7月の7カ月間データから、快晴夜47日間を選んだ (表176.1)。

日出・日没時刻は「日の出・日の入りマップ」(https://hinode.pics/) による時刻である。

表176.1 埼玉県茶業研究所における快晴夜の夕刻の気象データ、 ただし L↓は下向き大気放射量の計算値、日没・日出時刻と夜間時間は 周囲に障害物が無い場合の時刻である。
茶研データ

放射量の観測値と推定値の比較
放射冷却の計算に重要な長波放射量(大気放射量)についてチェックする。 図176.6は観測値と気温・湿度を用いた実験式による推定値の比較図である。 上図は大気放射量の観測値(夕刻3時間平均値)と実験式による推定値の 比較である。R2乗値=0.988は極めて高く、両者はほぼ一致している。

下図は有効放射量の比較であり、R2乗値=0.847で高いことがわかる。 時間変動が比較的に激しい1時間間隔の気温・湿度からの推定値であるが、 本来は、日平均気温と日平均水蒸気量(または露点温度)から推定する 実験式であることを考慮すれば両者は実験式による推定誤差±10W/m2 の範囲内で一致している。それゆえ、放射量の観測データは安心して 利用できる。

放射量の比較
図176.6 夕刻の放射量の観測値と実験式による推定値の比較。
 上:下向き大気放射量の観測値と実験式の比較
 下:有効放射量の観測値と実験式の比較


176.4 気象パラメータ間の相関関係

放射冷却の計算に必須のパラメータは有効放射量である。それゆえ、 省略してよいパラメータを見出すために、諸パラメータと有効放射量の 相関関係を見ておこう。

図176.7は季節によって変化する気温(上図)および放射冷却時間(下図) との関係である。寒冷期は有効放射量の絶対値が大きく(冷却量が大きく)、 夜間時間も長く放射冷却時間が長く、これらは有効放射量と相関関係が強い。 したがって、放射冷却時間は与えなくても有効放射量で代用できる。

有効放射量と放射冷却時間
図176.7 夕刻の有効放射量と季節の関係。
 上:気温との関係
 下:放射冷却時間(夜間時間+0.5時間)との関係


次の図176.8は、いずれも冷却の速さを決める地表層の熱的パラメータと 有効放射量の関係、および地中伝導熱の大きさを決める地温の鉛直勾配と 有効放射量の関係である。上図(深さ0.1mの土壌水分量)では明瞭な 相関関係は見えないが、中図では相対湿度が小さいとき(地表層の地物が 乾燥しやすい)、有効放射量が大きく冷却しやすいことを表している。

下図では、有効放射量の絶対値が50~100W/m2の小さい温暖期では、夕刻の 初期条件における気温・地温の鉛直分布は放射冷却の理論式が想定している 分布に近いことがわかる(前掲の図176.3を参照)。

しかし、有効放射量の絶対値が100W/m2以上の大きい寒冷期には (冷却量が大きいとき)、気温と深さ0.1mの温度差が大きくなっている (地温が平均的に低い)。したがって、理論式による冷却量が大きいとき ほど、地中から地表面層への伝導熱が少ないので、地表層(したがって 地上気温や葉面温度)はいっそう冷却量が大きくなる。

日中の時間が長い季節(有効放射量の絶対値が小さいとき)は、地中温度 の上昇が十分に高く夕刻の地温は気温にほぼ等しい。これに対し 日中の時間が短い寒冷期(有効放射量の絶対値が大きいとき)では、 深さ0.1m付近の地温は夕刻の気温よりも低温のことが多くなっている。

有効放射量と土壌水分量の関係
図176.8 夕刻の有効放射量と冷却量を決めるパラメータとの関係。
 上:土壌水分量(深さ0.1m)との関係
 中:相対湿度との関係
 下:地中温度勾配(気温と深さ0.1mの地温差)との関係


以上のとおり、相関関係を調べた結果、重要パラメータである放射冷却時間 の長さも、地表層の熱的パラメータも共に有効放射量の値で代用できそうで ある。次節では、このことを冷却量の観測値から確認する。


176.5 冷却量の観測値と有効放射量の関係

図176.9は夕刻の有効放射量と高度1.5mの気温冷却量(=夕刻の気温-翌朝 の最低気温)との関係である。上図は有効放射量の観測値との比較、 下図は有効放射量の実験式による推定値との比較である。ただし、 これは1時間間隔のデータによる結果である。

冷却量のバラツキは±1℃(最大2℃~4℃)程度である。赤三角印は 早朝1時~6時の平均風速>0.5m/sの場合であり、冷却量は破線よりも 2~4℃ほど小さい。

この図は1時間間隔のデータから調べたもので、本観測では10分間隔で 観測する予定である。精度は向上するものと期待している。

有効放射量と冷却量
図176.9 冷却量の観測値と夕刻の有効放射量の関係。
 上:有効放射量が観測値の場合
 下:有効放射量が実験式による推定値の場合


注意:冷却量と有効放射量の本来の関係
本来は、一晩の冷却量は有効放射量と比例関係にあり、図176.9に表した場合、 両者の関係は座標原点(0、0)を通る直線で表される。しかし、図176.9の 破線は原点を通っていない。その理由は前述のように、他のパラメータを すべて横軸の有効放射量に含ませてあるからである。図を詳しくみると、 有効放射量の絶対値が大きい寒候期(100 W m-2以上)には 比(=冷却量/有効放射量)の絶対値は11℃/100 W m-2である のに対し、温暖期(100 W m-2以下)には比の絶対値は 9~10℃/100 W m-2 で小さい。つまり、同じ有効放射量の 条件であっても図176.9では寒候期はより冷えやすく表現されている。 本来の関係と異なる様式で表されていることに注意すること。

冷却量の風速依存性
図176.10 図176.10 冷却量(縦軸)と早朝1~6時平均の風速(横軸) の関係。


図176.10は寒候期1月~3月について、冷却量と翌朝1時~6時の平均風速 (高度10m)との関係である。風速が概略1.5m以上になると、冷却量は 小さくなることを示している。

冷却量と風速の関係と雲のある夜の冷却量、その他についての解説は 「K50.放射冷却量予測の簡便法(概要)」 の図50.8~図50.14に示されている。


まとめ

作物葉面の最低温度を予測する研究である。農業生産活動への気象予測の 実用化では、一般の研究と違って、可能な限り少ない観測データを用いて 利用者の負担を軽減する必要がある。

翌朝の葉面温度の予測に用いるパラメータの数を軽減するために、 放射冷却を支配するパラメータ間の相関関係を調べた。

放射冷却の大きさを決める重要なパラメータは、
(1)地域の平均的な地表面層の熱的パラメータ(熱慣性の2乗)
(2)夜間の放射冷却時間の長さ
であるが、熱的パラメータの季節変化は気温(有効放射量)で代用でき、 また夜間の放射冷却時間は有効放射量(季節、気温、湿度)と 相関関係が強く、与えなくてもよいことが分かった。

したがって、最終的に必要なパラメータは、表面温度の夕刻の初期値と 朝の最低値、および夕刻の有効放射量である。

夕刻の有効放射量を知る方法として、
(a)簡易放射計を用いて観測する
(b)気温と湿度の観測から推定する
(c)気象会社の気温・湿度の予報値から推定する
の3つがある。

本報告では、埼玉県狭山丘陵の茶畑で行う本観測に先立ち、茶業研究所に おける1時間間隔の気象観測資料を解析し、図176.9の結果を得た。

〇今後の本観測では、気温と模型葉面温度計の温度を10分間間隔で記録し、 この準備研究と同様の解析を行い、翌朝の葉面温度の予測値の誤差 (二乗平均平方根誤差)が1℃以下となることを確認したい。

図176.9の縦軸の冷却量は高度1.5mの気温の冷却量である。本観測では、 葉面温度の冷却量を縦軸に表す予定である。そのため縦軸は図176.9よりも少し大きく なるものと期待している。

さらに、茶畑以外の野菜畑で観測すれば、野菜の熱交換係数は茶葉のそれと異なるので、 縦軸は少しずれてくるはずである。 また、作物の生育状況(繁茂度・葉面の大きさ・季節)によって縦軸は少し ずれるはずである。しかし、そうしたずれの大きさは1~3℃程度と見込まれる。

つまり、図176.9のような関係式を地点ごとに事前に作成することになる。 新しい地点では、付録の図176.11の赤丸プロット2つからスタートし、観測データの 黒丸プロットが増えるにしたがって、予測式が確定していくことになる。


参考文献

近藤純正、1982:大気境界層の科学.東京堂出版、pp.219.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学-地表面の水収支・熱収支. 朝倉書店、pp.350.

近藤純正、2004:地表面に近い大気の科学―理解と応用.東京大学出版会、 pp.324.

近藤純正、2011:放射冷却量予測の簡便法(概要)、
 http;//www.asahi-net.or.jp/~kondu/kenkyu/ke50.html (2018年10月8日閲覧).

近藤純正、2018:最低気温、凍霜害の予測(1)秦野市千村、
 http;//www.asahi-net.or.jp/~kondu/kenkyu/ke165.html (2018年10月8日閲覧).

近藤純正、2018:最低気温、凍霜害の予測(2)夏の住宅街、
 http;//www.asahi-net.or.jp/~kondu/kenkyu/ke168.html (2018年10月8日閲覧).



付録1 有効放射量と冷却量の整理図表

図176.9は、1時間間隔の観測データを用いて得た結果のため、 プロットのバラツキ(冷却量の予測誤差)が大きい。 今後の10分間隔で行う本観測では、予測誤差は±1℃ないし、それ以内に なると期待している。

予定している本観測で行う観測項目:
(1)模型葉面温度計の温度
(2)気温・湿度・大気圧(おんどとりTR-73U, センサTR-3110)
(3)気温(近藤式精密通風気温計)

夕刻の温度 T(日没30分前の模型葉面温度)と翌朝の最低温度 Tmin (夜半から翌朝7時までの模型葉面温度計の最低温度)の差を冷却量とする。

有効放射量は(2)の観測値から地上の露点温度 Tdew を計算し、 それをもとに実験式から推定する。実験式は「地表面に近い大気の科学」の 式(2.33)および付録 B の式(A2.1)~(A2.5)を用いる。

注意:(2)の観測ではセンサは放射除けが不完全な自然通風式シェルター (ヤング社製)に入れて測るため、気温は条件によって1℃程度の誤差を含む。 湿度センサも同じ条件にあるが、シェルター内空間の絶対水蒸気量あるいは 露点温度は外気中と違わないとして計算する。
露点温度は半径1~3km範囲の地域を代表する値で、それに基づいて大気 全層の水蒸気量を推定し、さらに大気全層から下向きに入射する快晴時の 大気放射量を推定する目的に使う要素である。
快晴時の大気放射量の時間変化は小さいので、これを推定するための 気温・湿度は厳密に夕刻の値でなくてよい。また、現地から少し離れた 風通しのよい場所で観測してもよい。

図176.11はデータ整理のエクセル表付きの冷却量と有効放射量の関係である。 図中の赤丸印2つは推定される関係式を表すためのもので、あらかじめ プロットしてある(ただし、図176.9で示した高度1.5mの気温の冷却量)。 黒丸印は本観測から得られる例としてのプロットである。

冷却量と有効放射量、観測整理
図176.11 冷却量と夕刻の有効放射量の関係。
 1ページ~2ページ:観測値とエクセル計算表
 3ページと図:有効放射量と冷却量の関係


本観測で得られる黒丸印プロットが増えるにしたがって、図中の右上に示す 関係式(冷却量y軸 と有効放射量x軸の関係)が確定していくことになる。

備考
上記は気温・湿度・大気圧を現地で観測した場合である。
有効放射量も気温・湿度も共に観測しない場合は、気象会社 (日本気象協会)が発表する夕刻の気温・湿度のメッシュ推定値を用いて 有効放射量を同様に推定することも可能である。

あるいは、有効放射量を近藤式簡易放射計で観測した場合は、エクセル表 の3ページ目の有効放射量 L↓-σT(実験式)の列に観測値 を使えばよい。 有効放射量の出力の単位が「℃」の場合は、横軸はそのまま「℃」の単位で 表してもよい。


付録2 安定時の気温・地表面温度差

地表面に近い接地境界層内の風速や気温などの鉛直分布は無次元プロファイル関数 (積分普遍関数)で表される(近藤編著、1994、「水環境の気象学」)。 大気安定度が非常に安定なときを想定すれば、近藤(1982)の「大気境界層の科学」の 式(5.41)によれば摩擦温度≒0.09℃である。

高度1.5mの気温T1.5mと地表面温度 Ts の差は、「水環境の気象学」の 表5.2、式(5.52)、(5.67)、(5.73)から次のように表される。温度差を℃の単位で 表すとして、

Ts-T1.5m=-(0.09/0.4)×ψH=-0.225×ψH

ここに、ψHは気温分布に対する無次元プロファイル関数(式5.73)である。 気温分布に対すると地表面粗度として、Zt=0.01m、0.001m、0.0001mの3種類の地表面 を想定する(表5.2)。

この場合の温度差 Ts-T1.5m とモニン-オブコフの安定度スケール(L)の 関係を図176.12に示した。図の横軸 L が小さいほど大気安定度が強いことを表している。 地表面温度は高度1.5mの気温より1~3℃ほど低いことがわかる。

気温と地表面の温度差
図176.12 大気安定度が安定のときの地表面温度と高度1.5mの気温差(縦軸)と モニン-オブコフの安定度スケール L の関係、ただし、摩擦温度=0.09℃の条件。
パラメータは気温分布に対する地表面粗度 Zt。

注意:ここで示した地表面温度 Ts は乱流による顕熱輸送量を表す地表面の代表 温度である。草丈の高い植生地の場合、 Ts は放射温度計で斜め方向(天頂角50度~70度) に測ったときの温度に相当する(近藤、2004「地表面に近い大気の科学」のp.214-p.219 を参照)。

付録3 葉面温度と気温の差

空気中の物体(葉面)の温度は、物体に入力する放射量、物体周辺の風速、物体の大きさ (顕熱交換速度:ga=ChU)、物体が乾燥しているか湿っているか (蒸発効率β)、相対湿度によって決まる。

ここで平板状の葉面を想定し、日射量ゼロの晴天夜間として次の条件を設定する。

葉面周辺の気温=0℃
葉(上面)の有効放射量:σT-L↓=-100W/m2
葉(下面)の有効放射量=0
葉の上下面から顕熱が入る
霜が降りる、あるいは葉面の霜が昇華するとき潜熱が出入りする
蒸発効率β=0(降霜・昇華がゼロのとき)
蒸発効率β=1(降霜・昇華が生じるとき)

葉の上下面における熱収支式を解き、葉面温度 Tb と周辺気温 T の温度差をもとめる ことができる(近藤、2004「地表面に近い大気の科学」のp.140-p.152を参照)。 計算結果は図176.13に示した。

赤線は降霜・昇華が生じないときの関係である(β=0)。黒破線は降霜・昇華が 生じているときの関係である(β=1)。相対湿度 rh が大きい時に降霜が生じる。
赤線より上方の範囲の破線は降霜中であり、赤線より下方の範囲の破線はいったん降りた 霜が蒸発(昇華)中であることを示す。

参考:図176.13と同様な図、ただし気温が20℃のときの関係が「地表面に近い大気 の科学」の図5.7に掲載されている。その図には蒸発速度・凝結速度の関係も示されている。 その図の説明には有効入力放射量=-50 W/mの条件としてあるが、 50 W/mは上下両面に対してであり、図176.13は上面のみ50 W/m の2倍としてあり、実質上は両図は気温以外は同じ条件である。

葉面と気温の温度差
図176.13 晴天夜間を想定したときの葉面温度 Tb と周辺気温 T の温度差(Tb-T)と 顕熱交換速度(ga=ChU)との関係。
T=0℃の条件、相対湿度rh(100%のときrh=1)をパラメータに選んであり、rh=0.4から 1まで0.1きざみで表した。赤線は降霜・昇華が生じないとき(β=0)、黒破線は 降霜・昇華が生じているとき(β=1)。相対湿度が大きい時に降霜が生じる。
赤線より上方の範囲:降霜中
赤線より下方の範囲:いったん降りた霜が蒸発(昇華)中


通常の大きさの葉面、晴天夜間の微風~弱風の条件の範囲を緑色矢印で示した。 葉面は気温より1℃~6℃ほど低温になることがわかる。

特別な場合として、寸法が0.01m程度の小さい葉面として風速が1m/s以上のとき、 すなわち交換速度が大きいときを想定する。通常ならば、葉面は気温より0~1℃程度 低いはずだが、もし、葉面温度が2~4℃も極端に低い時間帯があれば、 それは乾燥空気がきて降りた霜が蒸発(昇華)している状態である。

具体的な例を示す。
T:気温、Tb:葉面温度、U:風速、ChU:交換速度、rh:相対湿度、e:水蒸気圧、 e(b,sat):Tbに対する飽和水蒸気圧とする。なお、相対湿度100%はrh=1である。

気温=0℃
直径=0.05m程度の葉面:ChU=0.0008+0.015U0.5(m/s)とする。
注:図176.13は気温が0℃の場合の図であるが、気温が5℃ほど違っても図中の線の位置 (Tb-Tの値)はほとんど変わらない。

時間経過とともに次のように風速と湿度が変化した場合の葉面温度 Tb
① U=1m/s(ChU=0.0158m/s), rh=0.75,Tb=-2.0℃(降霜・蒸発なし)
② U=0.3m/s(ChU=0.009m/s)(微風となる), rh=0.75, Tb=-3.0℃(降霜・蒸発なし)
③ U=0.3m/s(ChU=0.009m/s), rh=0.9(湿度上昇), e=6.11×0.9=5.5hPa, e(b,sat)=4.9hPa,
e>e(b,sat)となるので降霜開始、Tb=-2.4℃
④ U=0.3m/s(ChU=0.009m/s), rh=0.4(乾燥空気移流), Tb=-5.0℃(蒸発開始)
⑤ U=3m/s(ChU=0.027m/s)(強風発生), rh=0.4, Tb=-4.1℃(霜が残っていれば蒸発)
霜が無くなっていれば、Tb=-1.3℃(降霜・蒸発なし)
⑥ U=3m/s(ChU=0.027m/s), rh=0.9(乾燥空気移流止む),Tb=-1.3℃
⑦ U=0.3m/s(ChU=0.009m/s)(微風となる), rh=0.9, Tb=-2.4℃(再び降霜開始)

図176.14は、これら変化を図示したものである。横軸は時間経過の単なる数値である。 番号1~18までの中に上記の①~⑦が入っており、例えば③は横軸の5に、⑤は横軸の11に 対応する。

霜が降り始めると葉面・気温差は小さくなる(葉面温度は高くなる)。その状態のとき 乾燥空気がくると降りた霜の昇華(蒸発)が始まり、葉面・気温差はマイナス方向に 大きくなる(葉面温度は低下する)。

葉面と気温の温度差の時間変化
図176.14 晴天夜間に相対湿度と風速が変化したときの葉面・気温差の時間変化の例。
相対湿度は%で表してある。 最下段に示す丸印のうち、白抜き記号は葉面上に霜が付着していない乾燥状態、 青塗潰し記号は葉面上に霜(氷)が存在するときを表す。横軸の13は相対湿度も風速も 変わらないが葉面上の霜(氷)が昇華(蒸発)して無くなってしまった 状態であり、葉面・気温差はー4.1℃から-1.3℃になる。


この例に示したように、風速や湿度が時間的に変化すれば、葉面温度と気温の差(Tb-T)は 複雑に変化する。図176.13は観測結果の理解に役立てることができる。

備考:有効入力放射量が違う場合
図176.13は葉の上面に対する有効入力放射量がσT-L↓= -100W/m2の場合である。
縦軸の温度差(Tb-T)は有効入力放射量に近似的に比例する(「地表面に近い大気の科学」 の式5.17、または「水環境の気象学」の式6.33)。

通常の夜間、雲量ゼロの快晴条件では有効入力放射量の時間的変化は小さいが、雲が あり観測地点の上空を雲片が通過するときは有効入力放射量は時間的に大きく変動 する。それゆえ、現象を詳しく理解したい場合は、放射計による観測も行う。長波 放射量を観測する放射計は高価なので、例えば近藤式簡易放射計を利用する (「K161.夜間観測用の簡易放射計・微風速計」)。

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