K239 気温観測用の近藤式自然通風シェルター


著者:近藤純正
野外における気温観測では、温度センサは放射除け(電源不要の自然通風シェルター、 またはファンモータによる強制通風筒)の中に入れて観測する。しかし、 晴天日中は放射除けが加熱されて気温は高め(プラス)に、晴天夜間は逆に低め (マイナス)に観測される。このときの気温の観測値と真値の差を放射影響誤差という。 一般の観測では、許容誤差は±0.5℃以内とされている。

晴天日中の放射影響誤差が従来型の自然通風シェルターに比べて約1/3になる 近藤式自然通風シェルターが製品化された。放射影響誤差は、シェルターの設置高度の 風速が1m/s以上であれば+0.5℃以下となり、風速が5m/s以上では+0.1℃以下となる。

晴天夜間の放射影響誤差は、従来型の-0.2~-0.6℃に対して、本製品はゼロ とみなしてよい。晴天日中でも、太陽光が大気を透過する距離(光路長) が長くなる日没直前と日の出直後の30分間の放射影響誤差は微風時でも +0.1℃程度である。これらのことから、本製品はおもに夜間、 および晴天日中なら風速1m/s以上のときの観測に適している。
(完成:2024年9月20日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2024年9月19日:粗原稿
2024年9月20日:完成


    目次
        239.1 はじめに
      239.2 近藤式シェルターの構造
        239.3 試験の方法
      239.4 放射影響誤差の試験結果
     まとめ
     文献          


謝辞
本稿は千葉工業大学の松島 大教授に査読していただいた。ここに厚く御礼申し上げる。


239.1 はじめに

気温観測用の放射除け
気温観測では温度センサに及ぼす放射の影響を防ぐために百葉箱が使われてきた。 弱風のときの晴天日中の百葉箱内は1℃ほど高温になることから1970年半ば以後は 強制通風筒が使われるようになった。

しかし、気象庁や農研(農業・食品産業技術総合研究機構:農研機構)で使われている 強制通風筒では、晴天日中の放射影響誤差は0.2~0.5℃程度である (近藤、2014「K89.通風筒に及ぼす放射影響―農研用」 ;近藤、2014 「K90.通風筒(ノースワン社製)に及ぼす放射影響」の表90.1 ;近藤、2015「K99.通風筒の放射影響(気象庁95型、 農環研09S型)」 ;近藤、2015「K100.気温観測用の次世代通風筒」を参照)。

また、国立環境研究所の地球環境センターで使われている通風筒(PVC-2型) の放射影響誤差は0.5~0.6℃である(近藤、2020 「K201.気温観測用通風筒PVC-2改良品の試作」)。

それらの強制通風筒に対して、自然通風シェルターは電源が不要で 一般に広く使われているが、晴天日中の放射影響誤差は1~2℃程度、 最大5℃を超えることもある(近藤、2014 「K98.自然通風式シェルターに及ぼす放射影響誤差」)。

シェルターと温度センサと気温計
放射除けとして「自然通風シェルター」(略してシェルター)と 「強制通風筒」(略して通風筒)がある。それらの中に温度センサを入れて気温を測る。 シェルターまたは通風筒と温度センサおよびデータロガー(デジタルの記録装置) を含めて「自然通風式気温計」または「強制通風式気温計」(略して「通風気温計」) と呼ぶ。

本稿の目的
今回製品化された近藤式自然通風シェルターについて、「基準の精密通風筒」と比較し、 放射影響誤差と風速の関係を明らかにする。放射影響誤差は晴天日中に大きく (プラス)、晴天夜間にマイナスで大きくなる。曇天・雨天時には小さくなる。 それゆえ、本稿では晴天日中の太陽直射光が強いときに試験する。なお風速とは、 シェルターの地上高度における風速のことである。


239.2 近藤式自然通風シェルターの構造

放射影響誤差が生じる理由:近藤(2024) 「K238.気温観測用の改良型自然通風シェルター」の238.2節 「改良型のシェルター」で説明したように、 気温センサの受感部は皿群の内壁面からの長波放射を受ける。また、 皿と皿の隙間を通って中に入る空気流は高温の皿から伝導する顕熱を受ける。 これら長波放射と顕熱によって気温センサの受感部は真の気温よりも高温になる。 夜間は逆に真の気温よりも低温になる。気温観測値(受感部の温度)と 気温真値の差を放射影響誤差という。

シェルターの構造と価格:図239.1と239.2は製品化された 新シェルターの写真である。シェルター本体(4枚の皿)の直上に 直径440mmの水平円板、さらにその上に直径240mmの水平円板が 取り付けられている。これら2枚の水平円板の上面は白色、下面はともに黒塗装されている。 シェルター本体の直下には地面反射光を防ぐ直径440mmの白色の水平円板が 取り付けられている。これら合計3枚の水平円板は断熱性のよい低発泡塩ビ板 (厚さ=5mm、比重=0.63)である(プリード社製:センサを含まない シェルターの価格は8万円)。

シェルター、斜め上から
図239.1 シェルターを斜め上方から見た写真(プリード社提供)。 シェルターの皿群の中には気温センサが入っており、そのケーブルが中央下方に 黒く見える。

シェルター、横から
図239.2 シェルターを横から見た写真(プリード社提供)。

図239.3はシェルターの皿の形状を示す写真である。これはヤング社製のシェルターに 用いられている皿の材質と形状は同じである。皿の材質として (1)外壁の高温(日中)または低温(夜間)が内壁に伝わらないように 熱伝導が悪いこと、(2)気温センサ受感部の追従性をよくするために、 皿群全体の熱容量が小さいことが重要である。また(3)形状も重要である。 皿の形状は図239.3の右図からわかるように、皿の中央が盛り上がった形である。 そのため左図で見ると、中央の穴の中心にある気温センサ受感部に対して 日中の高温になった皿の外壁面からの長波放射が遮蔽されることになる。

別の材質・形状を用いると放射影響誤差が大きくなる。すなわち、 近藤(2014)「K98.自然通風シェルターに及ぼす放射影響の誤差」 に示したように、重田式や酒井式のシェルターはヤング社製のシェルターに比べて 放射影響誤差が大きい。

皿の写真
図239.3 シェルター本体の皿の写真(プリード社提供)。 左:上側、右:下側(近藤、2024「K238.気温観測用の 改良型自然通風シェルター」の図238.3に同じ)


239.3 試験の方法

気温は10秒ごとに記録し、30分間の平均値を求める。風速は15分間ごとに 15分間平均風速を記録し、30分間の平均値を求める。

基準の精密通風筒と熱線風速計は近藤(2024) 「K238.気温観測用の改良型自然通風シェルター」で用いたものと 同じである。

放射影響誤差の定義
基準に用いる精密通風筒に取り付けられた気温センサは放射による影響が 無視できるので、次式によって定義する。

   放射影響誤差=TB-TA

ここに、TBはシェルター内気温センサの温度、TA は精密通風筒内気温センサの温度、いずれも器差補正済みの温度である。

比較試験の実施場所
比較試験は晴天日中の太陽直射光の強い時間に行なった。放射影響誤差は風速が 弱いときほど大きくなるので微風の0.3m/sから6m/sの範囲について調べた。

比較試験の場所として、筆者宅の庭、野球やサッカーもできる広い桜が丘公園、 長さ110mの高麗大橋の中ほどに外側に向かって突き出た踊り場で行なった。 詳細は、近藤(2024)「K238.気温観測用の改良型自然通風 シェルター」を参照のこと。


239.4 放射影響誤差の試験結果

試験は2024年7月20日~9月15日の期間における、太陽直射光の強い晴天日中に行った。

「はじめに」の節で説明した気象庁や農研で使われている強制通風筒、 および国立環境研究所の地球環境センターで使われているPVC-2型( 吸気部が2重のステンレス円筒の強制通風筒)らと比べながら、 新シェルターの放射影響誤差を見ることにする。

図239.4は表239.1の試験結果の数値を図示したもので、晴天日中の太陽直射光が 強いときの放射影響誤差と風速の関係であり、両対数方眼紙に表わしてある。 ○印プロットは新シェルターについての試験結果であり、放射影響誤差は 風速に大きく依存する。実線⑤は、プロットの平均的な関係である。

プロットにバラツキができる原因
プロットにバラツキができる主な原因として次の2つが考えられる。
(1)太陽の方位によってシェルターの部分ごとに加熱の大小ができる。 そのため、シェルター内に高温空気の入りやすさが風向によって変わる。
(2)自然通風シェルターでは追従性(レスポンス)が悪いため、 記録値は真の気温変化を示さない。そのため、平均化時間30分間(データ数180) では短すぎる場合もある。追従性はシェルター本体の熱容量が大きいことによって 悪くなる。気温が変化したときの示度が真の温度をほぼ示すまで (変化量の95%まで変化し、残りの5%で真値になるまで)の応答時間は、 風速2.7m/sのとき1.8分、0.5m/sのとき8分、弱風のときほど長くなる (近藤、2024「K237.自然通風シェルター内温度の応答時間」)。

プロットのうち、2つの緑塗り潰し○印は、日の出直後30分間の太陽直射光が東方向から シェルター本体に当たっているときの放射影響誤差(約0.1℃)であり、 日中の誤差としては非常に小さい。それは太陽高度が低いときで、 太陽光が大気を透過する距離(光路長)が長く、シェルターに当たる直射光が 弱いことによる。

晴天日中の放射影響誤差と風速の関係
図239.4 晴天日中の太陽直射光が強いときの放射影響誤差(縦軸)と 気温計設置高度の風速(横軸)との関係。
①一般の自然通風式:重田式、酒井式、ヤング社製の自然通風シェルターの平均的な関係
②環境研通風筒:PVC-2型の強制通風筒
③気象庁・農研通風筒:気象庁95型の強制通風筒、農環研09S型強制通風筒
④近藤式精密通風筒:近藤式精密強制通風筒
○と⑤:近藤式自然通風シェルター


表239.1 近藤式自然通風シェルターの晴天日中における 放射影響誤差の試験のまとめ。 緑数値は日の出直後30分間の太陽高度が特に低い時間帯の値である。
晴天日中の試験結果の表


図239.4に示す曲線①は従来型の自然通風シェルター(重田式、酒井式、ヤング社製) の平均的な関係である(近藤、2014「K98.自然通風シェルターに 及ぼす放射影響の誤差」の図98.6を参照)。

参考までに、各機関で使われている強制通風筒の放射影響誤差は横線の②と③で、 近藤式精密通風筒は横線④で示した。これら強制通風筒の放射影響誤差は通常の風速 (0~5m/s)では自然通風シェルターのように風速依存性が強くないので、 誤差を一定値の横線で表し、誤差の実測値(プロットしていない) は横線の上下に分布する。


備考1:強制通風筒の放射影響誤差と風速の関係
一般に使われている強制通風筒の放射影響誤差について調べた近藤(2014) 「K89.通風筒に及ぼす放射影響―農研用」 の図89.7~図89.10を参照すれば、日中の放射影響誤差は風速のほかに日射量、 太陽高度(通風筒の外壁面の単位面積当たりの日射量)などの複雑な関数であり、 放射影響誤差と風速の関係を簡単に表わすことは容易でない。それゆえ、例えば 「放射影響誤差は太陽直射光の強い晴天日の8~16時の時間帯、 風速=1~4m/sの範囲で0.2~0.5℃である」という表し方が適切である。


まとめ

近年、気温観測用として観測精度が悪くても安価な自然通風シェルターが 多用されるようになってきている。一般の素人のみならず、専門家でも利用している。 観測の誤差が1~2℃以上もあれば、気温は観測せずともアメダス観測網から 推定するほうがよい。

本稿では、シェルター本体の上側に太陽からの直射光と天空からの散乱光を遮蔽する 2重の円板と、下側に地面反射光を遮蔽する円板を付けた近藤式自然通風シェルター について放射影響誤差と風速の関係を求めた。

晴天夜間について:
(1)本稿には試験資料は示さないが、放射影響誤差は従来型の-0.2~-0.6℃ に対して微小となりゼロとみなしてよく、夜間には高精度の観測ができる (近藤、2024「K238.気温観測用の改良型自然通風シェルター」 の表238.1)。

晴天日中について:
(2)シェルターの放射影響誤差は従来型の約1/3となり、 風速0.2~0.5m/sのとき+1.5℃、1m/sのとき+0.5℃、5~6m/sのとき+0.10℃である。
(3)太陽光の光路長が長くなる日の出直後の30分間の時間帯では、 放射影響誤差は微風時でも+0.1℃の微小である。
(4)放射影響誤差は、風速0.8~2m/sの範囲では環境研のPVC-2型の強制通風筒や 気象庁の95型強制通風筒、あるいは農研の09S型強制通風筒とほぼ同等であり、 風速2~3m/s以上であれば、それらよりも小さくなる。
(5)風速が約1m/s以上の条件では許容誤差0.5℃以下の精度で観測できる。

備考2:センサ受感部の直径と放射影響誤差の関係
本稿では、気温観測用の放射除け(シェルター)の放射影響誤差について述べたが、 その誤差はセンサ受感部の直径が2.3mmの場合である。 受感部の直径が2.3mmよりも大きい場合は、放射影響誤差は大きくなる (近藤、1982「大気境界層の科学」の図3.4;近藤、2006 「K16.気温の観測方法」の図16.3)。


文献

近藤純正、1982:大気境界層の科学―大気と地表面の対話―.東京堂出版、pp.219.

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