M62.温度と風の関係ー常識は正しいか?

著者:近藤純正
気温と気圧と風速は密接な関係がある。ここでは、身近な現象で、温度と風の関係を 取り上げてみよう。常識とは多くの人がもつ知識であるが、不正確であったり、 間違っていたりすることがある。 (完成:2012年5月26日)

●本章は日本気象学会誌「天気」の「気象のABC」の第59巻(2012年)9月号掲載予定 の原稿である。

本ホームページに掲載の内容は著作物であるので、 引用・利用に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを 明記のこと。


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更新記録
2012年5月26日:完成




   目次
          62.1 夏の河川は大気を冷やすか?
          62.2 森林は涼しく、気温は低いか?
          62.3 気温上昇で気候災害が起きはじめた
          あとがき
          参考文献


62.1 夏の河川は大気を冷やすか?

2007年の夏のこと,都内の大学生から,「東京の荒川を横断して市街地までの気温分布を測ると, 橋の上は市街地に比べて気温が低い.これは,河川水で大気が冷やされたことによる か?」という質問を受けた.

「夏の川水」=「低温」=「大気を冷やす」と結びつけてはならない.
夏の河川近くで涼しいのは,水の冷却作用によるのではなく,
(1)河川は風の通り抜けをよくし,日中の気温は市街域よりも低温となり,
(2)橋の上は地表面(水面)からの高度が高く,上空の気温(低温)を測ったから である.

観測内容の詳細を述べると,東京の千住新橋は南北方向に架かり,その下の荒川は 東西方向,風は川幅200mをほぼ横切るように吹き,橋上の中央付近で気温=30℃, 水温=23℃,南の風4m/s 前後であった.橋の中央付近は水面からの高さが約15mで, 市街地の気温は道路面から1~2mの高さで測ったという.

具体的に見積もってみると,空気塊が水面幅200mを渡る間,下層大気の10~30m層の 気温下降量は0.1~0.3℃程度であるが,風下の高温の河川敷では急速に昇温してしまい, 冷却効果はほとんど無視できる.

注: 詳しいことは、「M28. 河川改修と全滅した養殖魚(要旨)」 のQ&A28.1の計算「河川による風下の冷却量」に掲載されている。

地中からの湧水のある源流域を除けば(気温に比べて夏は低温水、冬は高温水), 下流域では(河川水温は近似的に周辺の気温・湿度・風速・放射量の条件で熱収支的に 平衡状態になって日変化している),一般に,日平均では水温は気温 より高温であり,また水温の日変化幅は小さい.そのため,日中の水温は気温より 冷たく大気は安定で風による熱交換が弱く,河川水が大気を冷却する効果は微少で ある(近藤 1995; 近藤ほか 1995).

熱収支の基本を理解するために水平方向に広い一様水面を想定する.第1図は地表面 温度と気温差(T-T)と顕熱の交換速度(CU) の関係である,ただし晴天日中を想定してある.

水面に対する関係(蒸発効率:β=1)を見ると,CU<0.012m/sで 水温は気温より高くなることがわかる.中立安定度のときの水面のバルク係数 C は0.0012程度であり,概略的に風速U<10m/sならば,水温は気温 より高いことになる.

地表面と気温の差
図62.1 地表面温度と気温の差(Ts-T)と交換速度(CU)の関係, ただし,有効エネルギー=700Wm-2,気温=20℃,相対湿度=50%の 場合.パラメータは蒸発効率β=0~1まで0.1刻みに描いてある,β=1は水面, β=0は蒸発ゼロの乾燥面である(Kondo and Watanabe 1992 ; 近藤 1994).

水温が気温よりなぜ高くなるか(ただし、U<10m/sの範囲)?

放射量が地表面に注がれていれば,その有効エネルギーQ(=有効入力放射量-地中へ 入る熱フラックス)は地表面が放出する長波放射量と顕熱輸送量Hと蒸発の潜熱輸 送量lEの3成分に分配されて,大気に向けて放出されなければならず,これらの和が 正になるには Ts-T>0でなければならないからである.

蒸発の潜熱 lE は風速Uとともに増加し,U>10m/sの強風になれば,lE>Q と なるので,こんどは水温が気温より低温となって顕熱輸送量も H<0となり熱収支が バランスすることになる.

夜間はどうなるか?
河川水は気温よりいっそう高く,気温低下を抑制する.都市の最低気温は下がり難く, 熱帯夜となり寝苦しくなっている状況のもと,水域面積が増えると水は熱容量が大きい ので,気温はいっそう下がり難くなる.

夏の仙台で廣瀬川に架かる宮沢橋で観測した菅原(1994)によれば,気温は市街地で 29.5~29.8℃,橋上でそれより約3℃低い27℃であった.その夏(1994年)は渇水で 水量はわずか,しかも水温は気温より高い30.1℃であった.つまり,橋上の気温が 低かったのは,川水とは関係なく,海からの涼しい風が川に沿って市街域へ吹いて いたことによると解釈してよい.

宮沢橋横断の気温分布
図62.2 仙台の廣瀬川に架かる宮沢橋を横断する道路沿いに観測した気温分布、1994年 7月26日(菅原広史、1994)。「研究の指針」の 「6.気象学 夏の学校(2004年7月24日)」の付図6.2に同じ。

62.2 森林は涼しく、気温は低いか?

森林では蒸散が盛んで気温が低いという常識には注意が必要である.
地表面近くの気温は,地表面や地物の表面温度に依存する.それら表面温度は 放射量や顕熱・潜熱輸送量などによって決まる.これら顕熱・潜熱輸送量は 風速に依存する.風が強ければ,地表面付近の熱は拡散されるが,風が弱ければ 地表面付近の熱は拡散され難く地温や気温が高温になる.

樹木は風に対して障害として働き、地表面付近の風を弱める.そのため,森林域では 日中の蒸散作用によって気温の上昇が抑制されるが,他方では風速の弱化により逆に 気温を上昇させる作用もある.

特に森林内に切り開かれ日射が地面まで届くような開放空間(「日だまり」)では, 日中の気温は著しく昇温,夜間は放射冷却で盆地のように冷却する.

図62.3 は東京白金台の自然教育園(JR目黒駅の北東約500m)において2012年 4月5日と8日の快晴日に観測した森林内の開放空間「日だまり」と林内の気温差の 時間変化である.「日だまり」は樹木が伐採された直径約35mの空間で,旧事務棟が あった場所である.

正午前後の「日だまり」の気温は林内より0.6~0.9℃も高温である.

風速4月8日
図62.3 森林内の開放空間「日だまり」と林内の気温差の時間変化(近藤・菅原 2012). 「K60.森林の開放空間「日だまり」の気温」の 図60.5に同じ.

4月8日の11時~15時の気温の平均値は次の通り(カッコ内は気象庁大手町露場の気温 との差).

 日だまり・・・・13.23℃(+0.89℃)
 林内・・・・・・・12.63℃(+0.29℃)
 大手町・・・・・12.34℃( ― )

ビル街の市街地にある大手町の気象庁露場の気温よりも日だまり,林内ともに高温 であり,森林内は涼しいとは限らないのである.

この観測は特殊な条件ではなく, 晴天で高度20mの測風塔の平均風速が5.3m/s(4月5日)と,2.3m/s(4月8日)の 時間帯に行われたものである.より正しい意味では「森林内が涼しい」といえるのは, 日平均気温についてである.

筆者が平塚の湘南海岸公園の南側にある防風林内で風速を観測していたとき,林内の 遊歩道を時々歩くという人が通りかかった.会話しているうちに,筆者の観測目的を 理解したようで,彼は「林内が林外より暑いことがある」という経験則を話してく れた.ちなみに,防風林内の風速は海岸公園の広場中央部の風速に比べて約1/6 で ある.ただし,人間の体感温度は気温のほかに風速にも依存するので,よけいに林内 に居るほうが暑く感じることもあるわけだ.

夜間になると,森林内の開放空間「日だまり」の気温は「林内」に比べて低温となる. これは開放空間の地表面温度が夜間の放射冷却によって下降することによる. こうして夜間の開放空間には下層ほど低温な安定層が形成される.

夜間の安定層は,あたかも盆地にできる安定層「冷気湖」に似ている.つまり夜間の 森林内の開放空間では地表面は放射冷却によって温度が下がる.その周辺の開放空間 に面した樹木の葉面では放射冷却で冷気を生じ,その冷気が開放空間内に堆積する. これはあたかも盆地の斜面で冷気が形成されて盆地内に堆積することに似ている.

盆地内に形成された安定層「冷気湖」は上空の風速が臨界値を超えると破壊されて 消失する.つまり,放射冷却によって盆地内斜面で生成された冷たい重い空気が重力 にしたがって盆地の底に順番に堆積していく.すなわち位置のエネルギー(ポテン シャルエネルギー)の生成速度よりも安定層上端で風による機械的な仕事による破壊 の速度が上まわるならば,安定層は上部層から順番に消失して盆地底におよぶ.

福島県吾妻小富士(直径450m,深さ70mの火山の噴火口)における観測では, 盆地の尾根の風速が5m/s 以上になると,冷気湖(深さ70mの気温差は約10℃)は 形成されなくなる(近藤ほか 1983).これと似たように,森林内の「開放空間」 の夜間の気温は測風塔風速が弱いほど低下する傾向が見られた.

62.3 気温上昇で気候災害が起きはじめた

報道によれば(消防庁発表),2010年7~9月の猛暑では,熱中症による死者は約200人, 重症は約2000人,病院に運ばれたのは数万人におよんだ.この猛暑は,地球温暖化と 気温の年々変動,さらに都市化による気温上昇が加わったものである.

今では地球温暖化と都市化による気温上昇は異なる要因によるものと理解されるよう になってきたが,数年前までは研究者を含めて多くの人々はそれらを区別できずに, 気温が高いことや異常気象があれば,何でも地球温暖化に結び付ける傾向にあった.

図62.4 は東京における気温の経年変化である.1910年付近を基準にすると,気温上昇 は2.7℃,うち2.0℃(74%)が都市化による気温上昇(熱汚染),残りの0.7℃ (26%)が地球温暖化による上昇である.

ただし,気温の観測値には測器・観測法の変更によるずれ(誤差)を補正し,都市化 の影響を受けていない観測データから求めた気温をバックグラウンド温暖化量, 都市における気温観測値とバックグラウンド温暖化量との差を熱汚染量とした.

東京では,広範囲が焼失した関東大震災(1923年)の復興により0.5℃の熱汚染量が あり,再び終戦(1945年)後に上昇が始まり,経済の高度成長時代(1960~80年)に 顕著な上昇,その後も上昇が続いている.

東京の気温
図62.4 東京における年平均気温の経年変化.小さいプロット:年々の値, 折れ線:5年移動平均,滑らかな曲線:都市化による気温上昇「熱汚染量」 (近藤 2012).「M59. 都市気候」の図59.1に同じ, または「研究の指針」の「K48. 日本の都市における 熱汚染量の経年変化」の図9に同じ。

人口と熱汚染量
図62.5 都市人口(1995年)と熱汚染量(1990年)の関係。
破線:弱風速、実線:強風速の都市,
「M59. 都市気候」 の図59.2に同じ。

図62.5 は日本の都市における都市人口と熱汚染量の関係である.高度50mの年平均 風速でプロットの記号を分けてある.風速が強い都市(四角印と実線)の熱汚染量が 小さい傾向にあるのは,同じ熱量が地表面付近に与えられても,風が強ければ上空へ 拡散されて,気温上昇が少なくなるからである.

風速は風速計の地上高度と「風に対する粗度」によって変化する.地上高度を統一した 風速で比較するために,各観測所周辺の「風に対する粗度」をもとに高度50mに換算 した風速を用いた(近藤 2000).

風速の弱い都市グループ(大きい丸印と破線)に属する京都,岐阜,甲府などは 都市化による熱汚染量が大きく,逆に風速が強い神戸,網走など海岸都市では 熱汚染量が小さい.

都市化による気温上昇は1950年以降で大きくなっている.日本の代表的な15都市平均値 を表62.1 にまとめた.15都市とは,札幌,帯広,仙台,宇都宮,東京,横浜,甲府, 名古屋,岐阜,金沢,京都,大阪,福岡,熊本,大分である.詳しい資料は 近藤(2012)に掲載されている.

注: 同じ詳しい資料は「研究の指針」の 「k48. 日本の都市における熱汚染量の経年変化」の表8に掲載されている。

表62.1 15都市における1950~2000年の50年間の気温上昇量の平均値.


       都市化  都市化+地球温暖化
 最高気温  0.50℃    1.00℃
 最低気温  1.60℃    2.10℃
 平均気温  1.04℃    1.54℃

:1971~74年を境に,気温センサーは百葉箱内から通風筒内に変更され,百葉箱 時代の最高気温年平均値は0.2℃高めに観測されているので補正した.また最高・最低 気温を測る1日の区切り(日界)は時代により変更されている.特に日界が9時で あった1953~1963年の最低気温の年平均値は0.2~0.7℃ほど高めに観測されており, この年代の値は15都市平均で0.35℃低く補正した.


都市ではビルが増え地表面粗度がしだいに大きくなり,地上風は1960年ころから 10~30%も減少した.粗度 z0 の変化が平均風速と瞬間最大風速に及ぼす 影響を表62.2 に示した(近藤 2000,図3.7;図3.9).

表62.2 地表面の粗度と平均風速および瞬間最大風速の目安.
ただし,風速計の地上高度=20m,高度1km付近の風速(近似的に地衡風速)=20m/s, 大気の安定度が中立の場合.


z0(m) 風速(m/s) 突風率 瞬間最大風速(m/s)
1             7         2.7       19±2
0.1          10         2.0       20±2
0.0005       14         1.5       21±2


概略的に,z0=0.0005mは水面や平坦な積雪地,0.1mは田園集落や 牧草地,1mは大都市に相当する.

都市の平均風速は平坦地の半分の大きさであるが,乱流は粗度が大きいために強く, 瞬間最大風速は平坦地と比べて大きな違いはない.

以上のように,地上気温は風速に大きく依存する.都市化による気温上昇の要因の 一つに,地上風速の弱化がある.

あとがき

吉村の「三陸海岸大津波」(吉村 2004)によれば、明治29(1896)年の大津波後、県庁 から地震津波の心得「津波は、激しい干き潮をもって始まる・・・・・」が一般に配布 されていた.田老村(現在は宮古市に合併)では昭和8(1933)年3月3日早朝2時半頃 の大地震後,人々は灯を手にして,戸外に出て津波の前兆ともいうべき現象=常識 「干き潮」(海水はすざましい勢いで沖合いに干きはじめる)に注意してまわったが, 異常は見出せなかった.人々の不安は消えた.彼らは家に帰り,冷え切った体をあたた めるため炉の火をかき起こし,もう一眠りしようと,ふとんにもぐりこんだ. 常識を信じたため大きな犠牲がでたのである.

付記: 実は、筆者は先日のこと(2012年5月15日)、岩手県宮古市に出か けて,宮古気象観測所(旧宮古測候所)の見学会を開催した(「気候観測応援会」の 「A16. 宮古観測所、2012年5月15日」を参照). この会に参加されていた岩田育子さんは,お母様(当時11歳、田老村の尋常小学校 6年生)が昭和8年の大津波で家族7名を亡くされて,ただ一人取り残されたという. そのときの作文が吉村昭の「三陸海岸大津波」に「牧野アイ」の名前で掲載されて いることを知り,その文庫本を入手して読んだしだいである.

参考文献

近藤純正(編著),1994:水環境の気象学.朝倉書店,350 pp.

近藤純正,2000:地表面に近い大気の科学.東京大学出版会,324 pp.

近藤純正,2012:日本の都市における熱汚染量の経年変化.気象研究ノート,224号, 25-56.

近藤純正,1995:河川水温の日変化,(1)計算モデル.水文・水資源学会誌,8, 184-196.

近藤純正・菅原広史・高橋雅人・谷井迪郎,1995:河川水温の日変化,(2)観測による 検証.水文・水資源学会誌,8,197-209.

Kondo, J. and T. Watanabe, 1992: Studies on the bulk transfer coefficients over a vegetated surface with a multilayer energy budget model. J. Atmos. Sci., 49, 2183-2199.

近藤純正・森洋介・安田延壽・佐藤威・萩野谷成徳・三浦章・山沢弘美・川中敦子・ 庄司邦彦,1983:盆地内に形成される夜間の安定気層(冷気湖).天気,30, 327-334.

菅原広史,1994:都市気候システムにおける地表面状態の役割, 1994年東北大学 大学院理学研究科地球物理学専攻修士論文,pp.101.

吉村 昭,2004:三陸海岸大津波,文春文庫,pp.191



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