M12.入門3:熱の流れと現象
著者:近藤純正
	12.1 実例1:蒸発の有無と地表面温度の日変化
	12.2 実例2:晴天日の気温日較差と風速
	12.3 実例3:水面蒸発の緯度変化
	12.4 熱エネルギーの流れ

	12.5 熱収支式
	12.6 放射冷却
	12.7 都市化と最低気温極値の経年変化
	12.8 ボーエン比の気温依存性

	12.9 放射平衡のときの熱収支式
	要約
	文献
この章についてのQ&A 「M15. 熱の流れと現象(Q&A)」の章に掲載してあります。

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大気中の諸現象を熱エネルギーの流れの観点から見ると理解しやすい。 そこでこの章では、地表面の熱収支式から得られるいくつかの基本的な関係 を学ぶことにしよう。

本文中の問12.1~問12.4に対しては、これまでに各自がもっている知識の 範囲で考察し回答することとし、各問ごとに200~1,000字程度にまとめよ。 (完成:2005年8月3日)、(加筆:8月17日版)、(最後の演習問題を削除 :2006年9月19日)


12.1 実例1:蒸発の有無と地表面温度の日変化

地表面には、太陽からの日射量、大気中の水蒸気や二酸化炭素など 温室効果ガスが放つ目に見えない赤外放射(大気放射)が入射している。 いっぽう地表面からはその温度に応じた赤外放射(地球放射)が上空に 向かって放出されている。

地表面が獲得した放射のエネルギーは、地温(海の場合は水温)を上げる エネルギー、大気へ運ばれ大気を温める顕熱輸送量、および地表の水分を蒸発させる 潜熱に変換される。それらの熱エネルギーの収支(バランス)によって地表面 温度が決まってくる。

図12.1 は春分秋分の晴天日を想定したときの、地表面温度の日変化である。 ただし計算では、蒸発の有無のみの効果を調べるために、地表面の太陽光に 対する反射率(アルベド)や土壌の種類、土壌中の水分量などの条件は同じ としてある。

乾・湿地表面温度日変化
図12.1 蒸発がある場合(点線)とない場合(実線)の地表面温度の日変化 の例。「研究の指針」の「基礎3:地表面の熱収支と気象」の図3.9に同じ。 (水環境の気象学、図6.6、より転載)

[問12.1] 蒸発がある場合と、ない場合で地表面温度の 日変化はどのように違うか。また、その違いができる理由はどのように 説明すればよいか?

12.2 実例2:晴天日の気温日較差と風速

図12.2は快晴日の前橋(緯度=36度24分、標高=112m)と中国乾燥域の敦煌 (トンホアン:緯度=40度09分、標高=1139m)における日平均風速と 気温日較差の関係である。ただし、前橋については日積算日射量が 20MJ/m以上の日、敦煌については日照時間が10時間以上 の日を快晴とみなしてある。

前橋の日較差対風速
図12.2 快晴日における日平均風速と気温日較差の関係。(左)前橋: 2003年3~5月の日射量の日積算値が20MJ/m以上の日、 (右)中国敦煌:1981年4~7月の日照時間が10時間以上の日。

[問12.2] 気温日較差と日平均風速はどのような 関係にあるか? 乾燥域の敦煌における気温日較差が前橋と比べて 大きいのはなぜだろうか?

図12.3は敦煌における快晴日の関係である、(左)は日平均風速と地表面 温度日較差、(中)は日平均風速と(日平均地表面温度-日平均気温)の 関係、(右)は気温日較差と地表面温度日較差の対応関係である。

敦煌の地温や気温の日較差
図12.3 中国敦煌の快晴日における関係。(左)日平均風速と地表面温度日較差 の関係、(中)日平均風速と(日平均地表面温度-日平均気温)の関係、 (右)地表面温度日較差と気温日較差の関係。

[問12.3] 敦煌における地表面温度日較差は気温日較差 に比べて概略3倍も大きい。これはどういうことを意味しているか? 温度差(=日平均地表面温度-日平均気温)は風速が大きくなるにしたがって 小さくなる傾向を示している。この温度差が小さいとき、地表面から大気へ の顕熱輸送量は小さいと考えてよいのだろうか? どのように考えれば よいか。

12.3 実例3:水面蒸発の緯度変化

図12.4 は日本の湖面からの年蒸発量の緯度分布である。低緯度では 年蒸発量が800~1,100mmであるのに対し、高緯度では500mm前後で ある。

湖面蒸発緯度分布
図12.4 湖面の年蒸発量の緯度分布、「研究の指針」の「基礎3:地表面の 熱収支と気象」の図3.2に同じ。 (水環境の気象学、図14.5;表14.5に基づく)

[問12.4] 湖面の年蒸発量は低緯度ほど大きい傾向がある。 この要因として何が考えられるか、そのうちもっとも重要な 要因は何だろうか?

12.4 熱エネルギーの流れ

地表面には各種のエネルギーが出入りしている。図12.5は主なエネルギー の流れを示したものである。 地表面には太陽からの直達日射と散乱日射が入っている。 また、大気からの大気放射も入っている。

熱エネルギーの流れ
図12.5 熱エネルギーの流れ、「研究の指針」の「基礎3:地表面の熱収支 と気象」の図3.3に同じ。(地表面に近い大気 の科学、図1.10、より転載)

日射量S↓(全天日射量)
地球上における熱輸送量の大きさは太陽定数を基準に するとわかりやすい。太陽定数とは,太陽と地球が平均距離のとき, 地球大気の上端において,太陽光線に垂直な単位面積に単位時間に 入射する太陽エネルギーI0のことで,

太陽定数:I0=1360±7 W m―2・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・(式12.1)

である。大気上端に入射する太陽エネルギーの昼夜平均値は, 地球の半径を a とすると

大気上端の平均値=(地球に到達する日射量)/(全地表面積)
  =πa2I0/4πa2=I0/4 =340 W m―2・・・・・・・・・・・・・・・・ (式12.2)

となる。

大気中には太陽光線を吸収したり散乱したりする空気分子,エアロゾル, 雲粒子などがあるので,地表面に入射する日射量S↓(地表面日射量, 略して日射量)は(式12.1)よりは少なくなる。 地上における日射量(全天日射量)は直達光と散乱光からなる。

大気放射量L↓
大気中には温室効果気体があり,自ら赤外放射(熱放射, または長波放射とも呼ぶ)を出すとともに,入ってきた赤外放射を吸収する。 水蒸気は大気組成の0.5%程度(時と場所で変動する)であるが,地表面に 入る大気放射量に最大の寄与をしている。次いで二酸化炭素(炭酸ガス) とオゾンの寄与が大きい。黒体は, その温度に応じた最大の放射エネルギーを射出するのに対し,温室効果気体 は固有の波長の範囲で黒体以下の放射エネルギーしか出さない。

大気放射量は,大気中に水蒸気量が多いときには黒体放射(破線) に近づくが,水蒸気量が少ないときには小さくなる。また,雲が厚いとき には,大気放射量はその雲底付近の温度に対する黒体放射量に近くなる。 同じ水の量であっても,水蒸気(気体)は雲(液体または固体の水)に 比べて出す放射量が少ない。

大気放射量L↓の目安は,地上付近の日平均気温Ta(K)に対する黒体放射量 σTa4との比で表すとわかりやすい。 ただし,σ(=5.67×10―8Wm―2)は ステファン・ボルツマン定数である。 晴天日の大気放射量はσTa4の60%~80%程度 であり、大気が乾燥しているときほど小さくなる。

地表面の放つ赤外放射量
上向きの赤外放射量はL↑=εσTS4 (TSは地表面温度)で表わすことができる。 磨いた金属(アルミや銅など)の赤外放射に対する「射出率」ε は小さいが,地表面を構成する地物(土壌,岩石,草木,ビル,積雪) や水面(海面,湖面)の射出率εは0.95~0.99であり,近似的に「黒体」と みなしてよい。

地表面温度が20℃(T=293.2K)のとき、L↑=419 W m―2である。 他の温度のときの値は、後の表12.2を参照のこと。

顕熱輸送量 H と潜熱輸送量 lE
地表面温度が気温より高いときは顕熱が地表面から大気へ,逆の場合は 大気から地表面へ輸送される。 その輸送のされかたは,風の乱れによって行われる。通常,上向きに輸送 される場合をプラスで表す。

潜熱輸送量は単位時間当たりの蒸発量(または蒸散量)E と, 気化の潜熱 l の掛け算であり,

 E=3.53mmd―1=1287mmy―1 (≒100mm/月) のとき,  lE=100Wm―2

に相当する。蒸発散量が多いところでは,日射によって地表面に 与えられたエネルギーの概略半分程度が蒸発散のために使われている。 なお、「蒸発散」とは植物からの「蒸散」と裸地や水面からの「蒸発」を総称した 呼び名である。

12.5 熱収支式

熱収支量の代表値
図12.6 地表面における熱収支。参考のために各熱収支量の代表値を 数値(単位はW m-2)で記入してある。「研究の指針」の 「基礎3:地表面の熱収支と気象」の図3.11に同じ。

地表面では,各種のエネルギーが出入りしている(図12.6)。 その際,放射量をまとめた正味放射量Rn が使われることもある。 正味放射量 Rn の定義は,地表面のアルベドをref ,地表面温度 TSに対する黒体放射量をσTS4, 日射の反射の分を S↑とすると, 次式で表される。

 Rn=S↓-S↑+L↓-L↑=(1-ref)S↓- ε×(σTS4-L↓) ・・・(式12.3)

通常の地表面では赤外放射に対する射出率 ε は 1 に近いので, 以下では簡単化のために ε=1 とする。

正味放射量 Rn は,すぐ近くであっても場所場所によって 地表面温度が10℃違うとL↑が50Wm―2程度も変わるので, Rn におよそ50Wm―2程度の差ができる。

それゆえ,場所場所で Rn を観測しない場合や地表面温度を予知するときは, 次の熱収支式を使う。

 R↓ = σTS4 + H + lE + G ・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・ (式12.4)
入力放射 = 地面放射 + 顕熱 + 潜熱 + 地中伝導熱

ただし入力放射量:  R↓=(1-ref)S↓+L↓ 

S↓とL↓は水平距離で数m~数kmの範囲なら場所場所によってあまり違わないので, 熱収支式としては(式12.4) が実際的である。(式12.4) の左辺は一般に既知, 右辺は未知量である。熱収支式を解く目的は左辺が与えられているとき, 右辺の未知量(地表面温度,顕熱輸送量,潜熱輸送量,地中伝導熱) を求めることである。

その際,気象条件(放射量,気温など),地表面のパラメータ(粗度など) 及び地中の熱的パラメータなどは既知とする。したがって, 対象とする地表面・地域については事前調査をしておく必要がある。

さて,数学の原理によると,未知量の数だけ式の数が必要である。 この場合は(式12.4)の他に,もう3つの式が必要である。 ここでは、G  が無視できる簡単な場合を考える。陸地面において G は 日中・夜間でプラス・マイナスとなり,日平均状態を対象とするような ときは無視できる。また,小物体や植物の葉面温度をTSとして その凍霜害や結露量を考える場合にも G が無視できる。そのような場合には, (式12.4) のほか2つの式を立てればよい。 それらは,バルク式と呼ばれる次の式である。

顕熱輸送量:H=cPρCU(T―T) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(式12.5)
潜熱輸送量:lE=lρβCU(qSAT-q) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(式12.6)

ここに,cPρは単位体積の空気の熱容量(cPと ρは空気の定圧比熱と密度),βは地表面の蒸発のしやすさを表す 蒸発効率(湿潤度と呼ぶこともある)であり 0~1の値をもつ。

は 地表面温度(一般には物体の温度,植生地では葉温), qSATはTに対する飽和比湿(T の関数として数表または式で与えられる), T と q は気温と大気の比湿である。

注: 比湿
比湿q(=ρW/ρ)は、大気中に含まれる水蒸気の密度 ρWの湿潤空気の密度ρに対する比である。単位は kg/kg である。 p を大気圧としたとき、q と水蒸気圧 e の間には次の関係がある。

 q=0.622(e/p) / [1-0.378(e/p)] ≒ 0.622(e/p)

水面や積雪面でβ=1である。まったく蒸発がない乾いた面では β=0であるが,大気の湿度が高くなり凝結が起きるようになると, β=1である。k≡CU は顕熱輸送の 交換速度,あるいは顕熱輸送の コンダクタンス(その逆数を抵抗)と呼び,風速 U と大気の 安定度の関数である。また,地表面の種類(粗度の違い)によっても異なる。

物体や代表的な地表面の交換速度を表12.1に示した。

       表12.1 物体や代表的な地表面の交換速度k≡CU の目安
                    地表面に近い大気の科学、表5.1の一部分
                風速 U の添字の数値は風速計の地面または水面からの高度を示す。
        その他の物体・地表面や、詳細については同上の表を参照のこと。

	物体・地表面       k (m/s)         備   考

	小型蒸発計		0.018+0.0033U1m       日平均
	大型蒸発計		0.0025+0.005U0.25m0.8    直径1.2m
	直径0.01cm円柱        0.0006+0.0175U0.5           U は円柱近傍の風速
	直径0.5m円柱           0.001+0.003U0.5             U は円柱近傍の風速
	裸 地 面		0.0027+0.0031U1m
	積 雪 面		0.001+0.002U1m
	海面や湖面		0.00125U10m                  U10mが5m/s以上の中立時      
	 同上			0.0001                       大気は微風の安定時
	草丈0.1mの草地	0.002+0.0045U1.5m
	草丈1mの水田		0.006U10m
	森    林		0.008U50m
図12.7はバルク式と交換速度の意味を説明するための模式図である。

バルク式の意味
図12.7 バルク式と交換速度の意味の図式説明。「研究の指針」の「基礎3: 地表面の熱収支と気象」の図3.12に同じ。

バルク式と交換速度の意味
顕熱輸送の(式12.5)の右辺を書き直すと, CU(cPρT- cPρT) となる。cPρTは地表面 すれすれの場所の単位体積の空気がもつ熱量であり, cPρTは地表面から少し離れた高度 z の場所の単位体積の 空気がもつ熱量である。 顕熱輸送は上下の空気塊の交換によって行われるので, CU はこれら2つの空気塊が交換される速度である ことがわかる。

このことからCU を交換速度と 呼ぶ。正しくは, 上下に交換される速度は鉛直速度 w の平均的な値であるが, 普通には w は測らないので,w の平均的な値と比例関係にある 平均風速 U で表している。その比例係数がCであり, バルク係数と呼ぶ。U は高度 z の風速であるので, CU は高度 z の関数であることは言うまでもないが, 地表面の種類ごとに,また,大気の安定度によって変わってくる。

交換速度が大きいとき、つまり風速が強いときは、地表面と大気の間での顕熱・ 潜熱の交換が盛んに行われることになる。そのため、地表面温度と気温の差は 小さくなる。

衛星から観測した晴天日の陸面温度の分布を見た人が勘違いして、 「地表面温度が高いところで顕熱輸送量が大きく、地表面温度が低いところ で顕熱輸送量が小さい」ということを聞くことがあるが、それは間違いで ある。そうではなくて、顕熱・潜熱が地表面から盛んに大気へ運ばれている ところでは、地面は低温になっており、顕熱・潜熱が放出されていない ところでは高温に保たれているのである。

12.6 放射冷却

微風の晴天夜を想定すると、熱収支式において顕熱輸送量 H と潜熱輸送量 lE は小さく、他の熱収支項(放射量、地中伝導熱)に比べて無視してもよい。 「放射冷却」はこの典型的な例である。

顕熱輸送量 H と潜熱輸送量 lE がゼロのときの熱収支式は次のように なる。夜間であるので日射量はなく、R↓= L↓ となるので、 

 L↓ - σTS4 = G ・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・ (式12.7)
入力放射 -地面放射 = 地中伝導熱

左辺は正味放射量 Rn である。つまり放射冷却は、正味放射量と地中伝導熱 が釣り合うように地表面温度が時間とともに下降していく現象である。

放射冷却の詳細は、このホームページの「身近な気象」 の中の「2. 放射冷却と盆地冷却」に掲載されています。
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放射冷却と盆地冷却

12.7 都市化と最低気温極値の経年変化

放射冷却は晴天微風夜に起き、特に積雪が概略50cm以上のときは、地中 からの伝導熱が小さく、朝方の気温低下は著しくなる。積雪地域では、 このようなときに年最低気温(極値)が観測される。

近年多くの都市ではビルが多くなり、冬期は機械で道路の除雪が徹底的に 行われるようになり、年最低気温はあまり下がらなくなってきた。その例を 図12.8に示した。

旭川の年最低気温の経年変化
図12.8 旭川における年最低気温(極値)の経年変化。青の実線は長期的傾向、 青の破線は数十年に1回の頻度で発生する極低温の出現傾向を示す。「身近な 気象」の「8. 都市化と放射冷却」の 図8.1に同じ。

旭川では1902年に-41℃の最低気温を観測している。 1889年~1920年ころには、年最低気温は平均的に-30℃~-35℃程度で あったが、最近の年最低気温は-20℃~-25℃程度となった。 これは、約100年間に10℃の上昇 である。他の都市でも同様な傾向が 見られる(「研究の指針」の 「K10. 都市化の判定基準」の図10.17を参照)。

12.8 ボーエン比の気温依存性

地表面に入射した放射エネルギーは顕熱輸送量 H と潜熱輸送量 lE に 分配される。その分配のされ方によって,大気への効果は違ってくる。 H が多ければ大気境界層は高温化されやすいが, lE が多ければ多湿化が進む。

H/lE はボーエン比と呼ばれる。 ボーエン比は熱収支量の観測から知ることもできるが,熱収支式 からその振る舞いを調べることができる。

ここでは結果を見やすくするために,簡単な条件について計算しよう。 その条件とは,地表面が湿った水面や積雪面(すなわちβ=1)とし, 大気の湿度は高く飽和しており,風速が非常に強いときとする。 式(12.4~12.6)を計算した結果,顕熱輸送量 H,潜熱輸送量lE,ボーエン比 H/lE は,次のようになる。

H=[γ/(γ+Δ)](R↓-σT) ・・・・・・・・・・・・・ (式12.8)
lE=[Δ/(γ+Δ)](R↓-σT) ・・・・・・・・・・・・・(式12.9)
H/lE=γ/Δ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(式12.10)

ただし,γ=cP/l,Δ=dqSAT/dT,cP は空気の定圧比熱,l は気化の潜熱,qSATは飽和比湿である。 これらの具体的な数値はすぐ後の表12.2に掲げてある。

なお,入力放射量 R↓と気温に対する黒体放射量σTの差、

R↓-σT

有効入力放射量と呼ぶ。

上記条件の場合のボーエン比,つまり γ/Δ は低温のとき大きいが, 高温のとき小さくなる。なぜならば、γ は近似的に定数と見なされる のに対し、⊿ は図3.15の破線に示すように温度に強く依存するからである。

飽和比湿と温度
図12.9 飽和比湿と気温の関係(実線)。破線は温度 T=20℃における 勾配⊿である。(地表面に近い大気の科学、図5.3、 より転載)

       表12.2 熱収支の計算に必要な諸数値表
                    水環境の気象学、表6.2より転載

 T  qSAT   σT4     4σT3           ⊿     γ     γ/⊿   ⊿/(γ+⊿)
 ℃  kg/kg   W m-2  W m-2K-1    K-1     K-1
      ×10-5                        ×10-6  ×10-6

-40      12	168	2.87		12.0	386    32.13	  0.0302
-20      77    233	3.69		66.4	394	5.93      0.1443
 0     376	316	4.63		274	402	1.469	  0.4051
 20    1447	419	5.72		905	410	0.453	  0.6881
 40    4657	545	6.97	       2663	418	0.164	  0.8592 

上では結果の式が簡単になる条件について計算したが,一般に, ボーエン比は高温のとき小さくなる。熱の配分則を高温時と低温時について 図12.10に比較して示した。

エネルギー配分則
図12.10 エネルギー配分則、高温時と低温時の違い

ボーエン比について次のようにまとめることができる。

①ボーエン比(=顕熱輸送量/潜熱輸送量)は、 一般に気温が高くなるほど小さくなる。それは、高温空気ほど含みうる 水蒸気量が級数的に増加するからである。

②低温時に地表面(雪氷も含む)に熱が 加えられれば,大部分は顕熱として失われ,大気は直接加熱され, 蒸発はほとんど起こらない。

③逆に,高温の熱帯海洋や森林などでは, 地表面が吸収した放射量の大部分は蒸発のために使われ, 蒸発量が大きくなる。

④ボーエン比が小さいときは、大きいときに比べて、地表面温度と 気温の差は小さくなる。


ボーエン比の関係は人体についても同じである。ただし人体の場合は, 熱収支式中の入力放射量 R↓の中に人体発熱量(1日平均値は約100W, 表面積は概略1平方m)を含めて考える。人体は皮膚から放熱することで 体温調節を行っている。夏の熱いときは人体でも同じようにボーエン比 が小さくなる。つまり、発汗・蒸発が主要な放熱作用となる。

12.9 放射平衡のときの熱収支式

熱収支式(12.4)において、風速が弱くなり顕熱・潜熱輸送量がともにゼロ となる極限の状態を想定すれば、

R↓-G-σTS4=0 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・(式12.11)

したがって、

TRAD≡TS=[(R↓-G) / σ ]1/4 ・・・・・・・・(式12.12)

となる。このTRAD放射平衡の地表面温度 という。なお、R↓-G-σT4 有効エネルギーと呼ぶ。
日中の代表的な例として、T=293.2K=20℃(つまりσT4=419 W m-2)、R↓-G-σT4=506 W m-2 とすると、地表面温度は TRAD=357.4K=84.2℃となる。 これは地表面温度の上がりうる最高極限温度である。屋根に取り付けた太陽 光温水器の水温に相当する。この場合の G は温水器からの熱のロスである。

晴天夜間の代表的な例として、T=10℃、R↓-G-σT4= -80 W m-2とすると、地表面温度の最低極限値は TRAD=266.3K=-6.9℃となる。



要約

(1)熱収支の観点から、次の諸現象を考察した。
・地表面における蒸発の有無によって地表面温度は違ってくる。
・気温や地表面温度の日較差、および地温・気温差は風速が強いとき 小さくなる。
・湖面蒸発量は低緯度ほど大きい。

(2)地表面の熱収支式を解いて、地表面温度と顕熱・潜熱輸送量を 計算する原理を学んだ。

(3)熱収支式がもっとも単純な例として、放射冷却について学んだ。
大気が乾燥しているほど、地中が乾燥し熱的なパラメータ(熱容量×熱伝導率) が小さいときほど放射冷却は大きくなる。

(4)積雪域において年最低気温(極値)は年々上昇する傾向にある。 例として旭川について学んだ。

(5)ボーエン比(=顕熱輸送量/潜熱輸送量)は気温が高いときほど 小さくなる。つまり、同じ入力放射量のもとでも高温時には、そのエネルギー の大部分は地表面の水分を蒸発するために費やされる。

(6)顕熱・潜熱輸送量がゼロとなる極限状態における熱収支式から 放射平衡温度を求めた。放射平衡温度は、上がりうる最高極限温度(日中: 有効エネルギーが正のとき)、または下がりうる最低極限温度(夜間: 有効エネルギーが負のとき)である。

本章によって地表面の熱収支について理解できたならば、次の段階として 本ホームページの「研究の指針」の 「基礎3:地表面の熱収支と気象」 に進み、より詳細を学ぶことができる。

大気の諸現象について、熱収支つまり熱エネルギーの流れの観点から考察する 習慣を身につけて、自然の理解を深めていこう。

この章についてのQ&A 「M15. 熱の流れと現象(Q&A)」の章に掲載してあります。

文献

近藤純正、1987:身近な気象の科学、東京大学出版会、pp.189.
5章「本州一寒い村」、16章「融雪」、17章「気候と生命」が参考になる。

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学、東京大学出版会、pp.324.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学ー地表面の水収支・熱収支ー、 朝倉書店、pp.350

近藤純正、1995:河川水温の日変化(1)計算モデルー異常昇温と魚の 大量死事件ー、水文・水資源学会誌、8、184-195.

Kondo, J. and N. Saigusa, 1994: Modeling the evaporation from bare soil with formulation of vaporization and water vapor diffusion in the soil pores. J. Meteor. Soc. Japan, 72, 413-421.

Kondo, J. and J. Xu, 1997: Seasonal variations in heat and water balances for non-vegetated surfaces. J. Appl. Meteor., 36, 1676-1695.

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