M102.温暖化で降水量が増えることは観測できるか?

著者:近藤純正
地球温暖化にともない降水量あるいは大雨の日数が増えるか否か、その真偽を 観測から確認することは難しい。その理由の1は、降水の年々変動が非常に大きい こと、その2は降水粒子の雨量計に入る割合(捕捉率)が雨量計の周辺風速に よって変化することによる。雨量計の形状は時代により変更され、また観測露場 の風速が周辺環境の変化によって弱くなっている観測所は多い。そのほか、 温暖化とは別に、広域にわたる森林破壊による蒸発散量の減少により年降水量 が大きく減少している例もある。

+1.5℃の温暖化で、降水量の源である蒸発量がいくら上昇するか、西太平洋の 暖候期(5~9月)について計算してみると、海上の相対湿度や雲の状態が不変 なら+2.7%の増加となる。温暖化によって相対湿度や雲量が±5%の範囲で変化 すれは、蒸発量は-4.3%~+9.9%の範囲で変化することがわかった。 (完成:2022年12月30日)

本稿は自然をより正しく深く理解するための一般向け新刊書「身近な気象のふしぎ」 (東京大学出版会)の 第2章「温暖化は降水量を増やすか?」 について、補足の資料も加えた概要解説である。 より詳しい内容は新刊書をご覧下さい。

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

トップページへ 身近な気象の目次

更新記録
2022年12月25日:素案の作成


   目次
         2.1 はしがき
         2.2 蒸発・降水を熱エネルギーの流れからみる
         2.3 雨量計の捕捉率は風速と共に低下する
        2.4 観測誤差の小さい暖候期(5~9月)の降水量の長期変化
         2.5  温暖化で西太平洋の蒸発量は増えるか?
         まとめ
         文献

      謝辞
          本稿の作成にあたり東京大学の木村龍治名誉教授に
     ご協力いただいた。ここに厚く御礼申し上げる。              

2.1 はしがき

地表面の水が蒸発し、大気中で凝結し降水となって地表面にもどる過程で、 大量の熱が地表面から大気へ運ばれている。地表面で蒸発するとき(水が気化 して水蒸気になるとき)気化の潜熱をもらい、上空で水蒸気が凝結するとき 潜熱が解放されて大気が温められる。それゆえ、水蒸気輸送のことを「潜熱輸送」 という。上空では温められた大気は長波放射を宇宙に向かって放出している。 雲の増減は太陽光のアルベド(入射光と反射光のエネルギーの比)を変え、 地球へ入る太陽エネルギーを調節している。すなわち地球の気候は、おもに水 (気体、液体、固体)による放射伝達と潜熱輸送によって成り立っている。

地球温暖化にともない降水量にどのような変化が起きるか、それが気候に どのように影響するか、それら相互作用の結果が気候変化となって現れる ことになる。温暖化にともなって降水量あるいは大雨の日数が変わるという 報告もあるが、真偽の判断は難しい。その理由の1として、降水は年々変動が 激しいことによる。その例が木村(2022)によって具体的に示されている。 理由の2として、雨量計の形状と雨量計を設置する露場の風速が時代変化し、 観測誤差が時代によって変わることによる。

地球平均の年降水量は概略1000mm(=1000kg/m2)であり、 長期間の平均値は年蒸発量に等しくなる。このことに注目し、本稿では降水量 ではなく蒸発量が温暖化によってどの程度変化するかについて検討する。


2.2 蒸発・降水を熱エネルギーの流れからみる

最初に、蒸発・降水が地球の気候にとって大きな役割をしていることを熱エネルギー の流れから見てみよう。大気の上端へ入射する太陽光のエネルギーの地球平均値 は/4=1360/4=340 W/m2である。ここに(= 1360 W/m2)は大気上端において太陽光線に垂直な面に入る放射量 (短波放射量)で、太陽定数と呼ばれている。その1/4が大気上端の単位表面積 当たりに入射するエネルギーである。

340 W/m2の一部は反射され、一部は大気中で吸収されて、残りは 地表面に吸収される。地表面に入る短波放射量は、340 W/m2の約半分 の170 W/m2である。このとき、地表面温度が平均として定常に保たれる には、地表面から同じ170 W/m2が放出されなければならない。 地表面には大気中に含まれる温室効果ガスからの長波放射が入り、同時に 地表面はその表面温度に相当する長波放射量を出し、差し引き地表面から 正味約70 W/m2の長波放射量が大気へ運ばれている。そのほか地表面 から顕熱と蒸発にともなう潜熱が大気へ輸送される。ここで顕熱の輸送とは 風のもつ乱流・対流によって運ばれる熱輸送のことである。

このとき地表面では次の熱収支式が成り立っている。

170 W/m2(短波)-70 W/m2(長波)=80 W/m2 (潜熱)+20 W/m2(顕熱) ・・・(2.1)

各数値(概算値)は地球表面の年平均値を表わす。左辺第1項は正味入る短波放射量、 第2項は放出される正味の長波放射量である。右辺第1項は潜熱輸送量、 第2項は顕熱輸送量である。

地表面の熱収支式(エネルギー保存則)は必ず成り立つので、地球温暖化で どの項かの値が変われば、必ず他の値も変わることになる。それが気温だけでない 諸要素も変わる複雑な気候変化である。

例:例えば、地球温暖化で地表面の温度が上昇すれば、上向きの長波放射量 が増える。その結果、大気上端において宇宙に逃げる放射量が僅かながら増える。 すると、大気上端でも入る熱と出る熱が等しくなる熱収支式が成立つように、 地球・大気系の温度が変わる。その結果が下層大気の温度にも影響することになる。
また、熱の流れの大筋からみれば、雲ができる上空(対流圏上部)の大気層は 温室効果ガスも含み放射冷却している。その放射冷却は雲ができるときの凝結の 潜熱の解放による加熱と釣り合うようになっている。二酸化炭素CO2 濃度が増加すれば、対流圏上部でも放射冷却は強化される。同時に地表面の 蒸発量が増えれば上空での潜熱の解放による加熱が強化され、放射冷却の増加 とキャンセルするように働くが、雲量や湿度などのほか地球のアルベドも変わる ので、単純ではない。これは一部分をみた例であり、気候変化は複雑な過程で 生じている。
つまり、地球の気候は無数の方程式が同時に成り立つように 無数の要素が決まりながら時間変化している。

備考:短波放射と長波放射
太陽光のスペクトルは波長0.5μm付近にピークをもち、可視光の紫は0.38~0.43μm、 赤は0.64~0.77μm、0.77μm以上が赤外線である。波長0.15~3μmの範囲に その99%のエネルギーが含まれている。この太陽放射(日射)を短波放射と呼ぶ。 一方、地球・大気系の温度は絶対温度で300K前後であり、大気が出す放射は 波長10μm付近を中心としたスペクトルをもち、大部分のエネルギーは3~100 μmの範囲に含まれる。これを長波放射と呼ぶ。短波と長波は波長3μmを境にして、 それぞれの大部分のエネルギーを含む波長範囲が分かれていて、別々に取り扱う ことができる。

参考(初学者は読み飛ばしてよい)
上記の熱収支式では年間の地球平均値を示したが、地表面の熱収支式は各地点 についていつでも成り立つエネルギー保存則を表わしている。その場合は、 地表面下へ入る熱(貯熱量)の項が右辺第3項として加わる。地表面が複雑な構造、 例えば森林の場合は通常、樹冠層の上面を地表面とする。

参考:地球のアルベドの連続観測
地球の気候の基本を決めるアルベドの平均値は0.3である。最近では、アルベドを 連続して観測できる人工衛星(DSCOVR)が活躍している。Penttilä et al(2021) によれば、アルベド=0.295±0.008である。2015~2021年の観測では、 アルベドは3月に0.285前後に減少、6月に0.304前後に増加、9月に0.285前後に減少、 12月に0.308前後に増加し、半年周期の変動をしているが、2020年12月は特に 大きな0.32~0.33を観測している。 つまり、2020年12月には、地球に取込まれる太陽放射量は特に少なかった。


2.3 雨量計の捕捉率は風速と共に低下する

降水量は口径が0.2mの受水器から雨量計に入った降水粒子を水の厚さ mm に換算 したときの値である。降水粒子には液体降水(雨滴)と固体降水(雪片、あられ、 ひょう)がある。雨量計の受水口は小さいので、その水平な断面上に降ってくる 降水粒子のすべてが雨量計に入るわけではない。降水粒子の雨量計に入る比率 「捕捉率」は受水口付近の風速が強くなるほど低下し、降水量は実際よりも 少なめに観測される。
受水口の水平断面積の大きい雨量計を作ればよいが実用的でない。将来、降水量 が正確に測れるような時代がくるのかも知れない。

1980年代のこと、筆者は豪雪地帯の岩手県北上川の支流・和賀川の流域に行ったとき、 周辺は深い積雪で覆われていた。和賀川の湯田ダムで降水量の資料を見せて もらったところ、わずかの降水量しか観測されていない。雨量計の設置場所を 聞くと、ダム管理事務所の屋上にあり、降雪粒子は風でほとんど吹き飛ばされて 雨量計に入らないことがわかった。

後日、降雪時の雨量計の捕捉率に関する論文を調べると、風速が6m/s以上では 捕捉率は0.3以下となっている。風速と捕捉率の実験式を作り、冬の降水量は 補正することにした。中国の降雪地域の熱収支・水収支研究を行ったとき、 この補正により積雪深、融雪量、蒸発量、土壌水分量などを数年間連続して計算し、 積雪深(水の深さに換算した水当量)と積雪の消える日の予測と観測値がほとんど 一致した(Kondo and Xu, 1997)。

その後、捕捉率について中井・横山(2009)は自らの観測も含め、いろいろな 受水器について捕捉率の研究をしている。捕捉率は雨量計の受水器の形状に よって変わる。図2.1はそれをもとに作成した受水口付近の風速と捕捉率の 関係である。実線で示す溢水式(風除け)は、雨量計の周りに円筒形の風除けを 取り付け、風の影響を少なくしてあり、改善は見られるが、それでも5~10m/s の強風時には降水量は実際の60~90%(雨)、20~60%(雪など固体降水) しか観測されない。温水式は雨量計のカバーの周りを不凍液の槽で覆い雪などを 溶かすことができる。

雨量計の補足率
図2.1 雨量計受水口付近の風速と降水粒子の捕捉率の関係、 上図:液体降水、下図:個体降水、(中井・横山(2009)に基づき作成した 近藤(2012)の第6図より転載)。 


最近では、温水式にも風除けが付けられるようになった。風除けの形状も 時代や観測所によって異なる。以上のことから、降水量の観測値に含まれる誤差 は時代によって変化することがわかる。特に注意すべきは、多くの観測所では 雨量計が設置されている露場が狭くなり、あるいは周辺の樹木の成長や建物に よって露場の風速が弱くなることである。そのため、降水量が仮に一定としても、 観測される降水量あるいは大雨の日数は時代と共に増えることになる。 特に、降雪期の降水量は不正確である。こうしたことは通常では大きな問題に ならないが、長期間の地球温暖化・気候変化を知るときは重要となる。

重要な問題であるが、この降水量に含まれる観測誤差を補正することは、技術的に 非常に困難な仕事である。そのため通常、降水量の観測値は未補正のまま 発表されており、それを用いた論文も多く発表されている。

2.4 観測誤差の小さい暖候期(5~9月)の降水量の長期変化

観測誤差の大きい降雪期を除き、暖候期(5~9月)における日本の51地点平均 の降水量の長期変化(1900~2021年)を調べてみると、年々変動は非常に大きく、 地球温暖化にともなう降水量の増加あるいは減少の傾向は見いだせない。 11年移動平均してみると、降水量には40~50年の周期的な変動がみられ、 その変動幅は平均降水量の±8%程度である。この変動には観測誤差の時代による 違い、その他の自然変動も含まれる。


2.5 温暖化で西太平洋の蒸発量は増えるか?

降水量は年々変動が大きく、地球温暖化にともなう長期の変化傾向は観測から 見いだすことは困難である。そこで、降水量の源である蒸発量が地球温暖化に よってどの程度変わるかについて見積もることにした。全球については極域、 砂漠、山岳などがあり難しいので、計算が容易な西太平洋(東経180度以西、 北緯0~38度)の2020年の暖候期(5~9月)について蒸発量を計算した。 その際、観測資料に基づき西太平洋の広域平均値の気温26.5℃、相対湿度83%、 雲量65%を用いた。

2020年の蒸発量を規準として、地球温暖化によって海上気温が1.5℃上昇した場合、 相対湿度も雲の状態(雲量、高さ)も変化しなければ、蒸発量は規準値(3.73mm/d) に比べて2.7%の増加となる。しかし、地球温暖化にともなって相対湿度と雲量 も変わる可能性がある。それらが±5%範囲内で変化すれば、蒸発量の変化は -4.3%~+9.9%の範囲内であることがわかった。この変化幅は前項で述べた 日本国内51地点平均の降水量における40~50年の周期的な変動幅の±8%と同程度 である。

参考:海面蒸発量は、地表面(海面)の熱収支式を解いて求める。 その際、水中へ入る貯熱量G(海流運搬熱を含む)の資料が必要である。 西太平洋のGは観測資料にもとづいてKondo and Miura(1985)が作成した 5月の分布図、およびその他の観測資料による他の季節のGから、西太平洋 暖候期(5~9月)の平均値としてG=80W/m2を用いた (近藤、2021a; 2021b)。「日本の降水量 長期変化」「暖候期日本の降水源・周辺 海域の蒸発量」


2.5 まとめ

地球温暖化によって気温が上昇すれば、地表面に入る大気からの長波放射量が 増えるので蒸発量は増える。その結果として地球平均の降水量が増えることになる。 しかし、温暖化によって他の要素(湿度、雲、など)がどのように変化するのか 正確には予測できない。さらに、森林破壊など人為的な地表面の改変によって 蒸発散量が減少し、その結果として降水量が50年間に20%も少なくなった例 (ボルネオ島)もある(Kumagai et al, 2013)。

また、Utsumi et al(2011)による最近の10年ないし25年間の観測資料から調べた 研究によれば、10分間降水の降水強度(平均瞬間降水強度)は日平均気温が高温 になるにしたがって指数関数的に大きくなる。ところが、たまに起きる極端な 日降水量は低温の範囲では日平均気温とともに増加するが、日平均気温が 約23℃以上の高温範囲では日平均気温が高くなるにしたがって逆に減少する。 ただし、これらの関係は現在の気候から得られたものであり、この関係が地球 規模の長期の気候変動で変わらないかどうか、については今後の課題である。

これらの詳細は「身近な気象のふしぎ」の第2章でとりあげる。


文献

木村龍治,2022:雷神はサイコロを振るか-大雨の降り方の法則性を探る. 天気,69, 647-657.

近藤純正,2012:地上気象観測.天気,59,165-170.

近藤純正、2021a:K221.日本の降水量長期変化、単純モデル計算
http://www.asahi-net.or.jp/~rk7j-kndu/kenkyu/ke221.html

近藤純正、2021b:K223.暖候期日本の降水源・周辺海域の蒸発量
http://www.asahi-net.or.jp/~rk7j-kndu/kenkyu/ke223.html

中井専人、横山宏太郎,2009:降水量計の捕捉損失量補正の重要さ-測器 メタデータ整理の必要性-.天気,56,69-74.

Kondo, J. and A. Miura, 1985: Surface heat budget of Western Pacific for May 1979. J. Meteor. Soc. Japan, 63, 633-646.

Kondo, J. and J. Xu, 1997: Seasonal variations in the heat and water balances for non-vegetated surfaces. J. Appl. Meteor., 36, 1676-1695.

Kumagai, T., H. Kanamori, and T. Yasunari, 2013: Deforestation-induced reduction in rainfall. Hydrol. Process. 27, 3811-3814.

Penttilä, A., K. Muinonen, O. Ihalainen, E. Uvarova1, M. Vuori1, G. Xu1, J. Näränen,O. Wilkman, J. Peltoniemi, M. Gritsevich, H. Järvinen, A. Marshak, 2021: Earth’s albedo time series reveals low radiative energy input in December 2020.Research Square,
https://doi.org/10.21203/rs.3.rs-677927/v1

Utsumi, N., S. Seto, S. Kanae, E. E. Maeda, and T. Oki, 2011: Does higher surface temperature intensify extreme precipitation? Geophys. Res. Letters. 38, L16708, doi:10.1029/2011 GL048426, 2011.


トップページへ 身近な気象の目次