手 術!

ええ、それってありなの?

潰瘍のできる部位  手術の数日前、どんな手術をするのか説明を受け、承諾を求められる。いわゆるインフォームド・コンセントというやつ。別室に呼ばれ、担当のC先生とS先生に話を聞く。
 開口一番、「全部取る」と言われる。「えっ!?」
 「あなたは通常よくできる場所とは違う場所に潰瘍ができている。この部分だけ取り除く手術をすると、繋いだ後の具合が悪くなる事例が非常に多い。だからいっそ全部取ります」
つまり、右のような具合になっていたのだ。



 普通、「胃潰瘍」とか「十二指腸潰瘍」といって、胃の下のほうにできるので、図1のように切る。
 しかし、僕の場合食道から胃の上部にかけて潰瘍化していたので、素人考えでは図2のように切るのだな、と思う。それが違うのである。
 全部切る、というのだ。図2の方法では、食道と胃の下部をくっつけることになるのだが、この二人相性が良くないらしい。少なくともそういう説明だった。
胃の切除法1 胃の切除法2
図1図2
 いくら生まれついての楽天家とはいえ、ほんの少しだけショックだ。いや、少しというより、かなり。
 どんな友達より長く付き合ってきた胃、僕が寝ている間もずっと働き通しだった胃、初めてのデートで意地悪く鳴り出してくれた胃。そりゃあ、暴飲暴食はしたかも知れん。20代前半は粗食どころかまったく何も入ってない状態にも見舞わせた。そりゃあ、アルカロイドのちょっとやそっとは流し込んだ。カフェインも少々。アルコールも少々。スパイスは多少。ストレスもまあまあ…。
 やっぱ大変な迷惑を掛けていたのだな。
 僕は無駄な抵抗はしなかった。
「分かりました」
「何か質問はありますか?」
  「胃を取ると、どうなるのですか?」
 --- それはあとあとのお楽しみ。

手術室まで。といっても途中から記憶がない

 1992年9月11日金曜日、いよいよ当日。666号室で「原始人の服」を着る。つまりバスタオルの中央に穴を開け、そこに首を通す。脇の下についている紐を結び、なんだか服のようにする、といったシステム。これは手術が始まった時に簡単に脱がせられるようなもの。腕に安定剤を打たれる。これは完全に精神的な理由。そんなに緊張はしていなかった。ホント。
 そして、いつものベッドに横たわったまま、麻酔処置の部屋まで廊下を運ばれる。これは初めての経験。こそばゆい。麻酔室に入る。ひどく寒い。とにかく手術が終わるまでの感想をひとつ述べよ、という問題を出されたら迷わず「寒かった」と言いそうだ。処置をしている間、真っ裸。
 当然全身麻酔なのでその処置をされる。今回の場合、麻酔薬を脊髄からも注入するので、背骨の出っ張ったあたりから、またまたグリグリっとカテーテルを挿入される。痛いはずだが、そんな覚えはない。
 これは、「脊髄麻酔」とか「硬膜外麻酔(カテーテルで入れるのはこっちの方法らしい)」という麻酔で、ぶっとい脊髄神経の内外に麻酔を効かせ、手術部位の痛みを軽減させる。全身麻酔はもちろん体に良くないので最低限に抑え、こっちの麻酔でサポートするのだ。術後の経過も良くなるらしい。
 消毒のために腹一面をアルコールで拭かれる。これ堪んなかった、くすぐったくて。「おおっ、そこはやめてっ!」という部位まで拭かれる。全員ピリピリとしている雰囲気の中、僕だけ吹き出すのを堪えている。我慢していたが、それも限界。体を捩ってちょい苦笑。麻酔医の方もそれに気付き、「ちょっと我慢だね」
 さて、この後は記憶が非常に不鮮明。夢かも知れない。
 「ただの酸素ですから」といってマスクを被せられる。「本当かな」と思う。「10から数字を逆に数えて下さい」と言われたように思うのだが、数えた記憶がまったくない。酸素ならそんなはずないのに。どうも記憶が混濁している。
 意識を失う。俎板の鯉のような僕は、手術室まで運ばれた(はず)。

手術中の出来事

 って書けるわけないべさ、と、思わず北海道弁が出てきそうな中見出しだが、書けるのである。
 僕は手術の後半で意識が戻ったのだ。つまり「麻酔が切れた」のだ。猛烈な激痛。その一言。
 ただ、完全に麻酔が切れたわけではなく、意識が戻る程度に切れているので、体は動かない。悪夢だ。
 そのうち、どうやら右足の爪先だけが動くようになった。右足だけ。左足は動かない。
 「イタイ、イタイ、イタイ、イタイ」の代わりに、右足の親指あたりを左右に動かして「NO、NO、NO、止めろやめろヤメロってば」と抗議する。多分そのことについて医者の方たちが相談する。「もうすぐだからね」と何度も言われる。僕は執拗に右足の親指で抗議する。
 「痛いっちゅうの!」
 永遠が終わった後、足の親指が誰かの手で握られる。「この意味は分かったよ」「頑張って!」
 この、手の、なんと暖かかったことか! ホッとする。「もう少しなんだね」と思う。  腹の周りにサラシのようなものを巻かれている感覚。そして軽く腹の上をポンと叩いて、
「19時○○分、終了」という勝利宣言!
 ホッ。 ---- さ、さ、寒いんだけど…。