カザン・クレムリン



 タタールスタン共和国の首都カザン。タタールは民族的にもスラブではなくモンゴル系で、宗教でもイスラム教の信者が少なくない。  (1段目左のみ1997年8月,それ以外4段目まですべて2007年8月撮影)


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クル=シャーリフ・モスク (カザン・クレムリン)



 16世紀、カザン汗国のクル=シャーリフ・モスクはイワン雷帝の侵攻によって破壊されたが、2005年にクレムリンの中に再建された。  (2014年8月撮影)

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教会とモスク (カザン)




 タタールスタンの人たちは、共和国で、ロシア正教とイスラム教とが共存していることを誇らしげに話す。このページの写真は、どちらもクレムリンの中ではなく、市内の寺院。  (2007年8月撮影)

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ボゴローディツキィ男子修道院  (カザン)



 市の中心部近くにある修道院。再建中なのか、あるいは比較的最近再建されたのか、以前には案内されたことがなかった気がする。  (2014年8月撮影)

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カザン港


 ボルガ川の河港。ターミナルビルの看板はロシア語とタタール語の両方で表記されている。  (上段:1997年8月,中段:2007年8月,下段:2014年8月撮影)

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カザン大学  




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 レーニンが入学し放校処分になったというカザン大学。建物の正面には若きレーニンの銅像がある。旧ソ連の全域におびただしい数のレーニン像があったはずだが、そのポーズはだいたい2通りしかないとも言われており、ここのレーニン像は数少ない例外。私は、このカザン市には、いずれも船で行って、いつもその船が手配してくれる市内観光用のバスで中心部をまわった。97年には、バスは大学まで行ってくれて、そこで皆が降りて、ガイドさんからレーニンの話も聞いたものだが、2014年の旅では、バスは大学の構内を通過しただけで、レーニンについてなどひと言もなかった。下段右のレーニン像は、走行中のバスの窓から急いでシャッターを切ったもの。   (上段:1997年8月,下段左:2007年8月,下段右:2014年8月撮影) 



街角 (カザン)



 市内の様子。  (上段左:1997年8月,上段中右及び中段左中:2007年8月,中段右及び下段:2014年8月撮影)

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エラブガ




 カザンを首都とするタタールスタン共和国の中の地方都市だが、この町はボルガ河沿いにではなく、その支流のカマ河のほとりに位置している。写真は、そのカマ河の港。ロシアの河港の大半がそうであるように、ここも浮き桟橋。  (2007年8月撮影)

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悪魔の塔 (エラブガ)




 そのカマ河に面した崖の上に古い時代の遺跡が残っている一画があり、そこに、いつの時代のものか知らないが、「悪魔の塔」と呼ばれる建造物があった。形に特徴があり、市街から遠望してもよく目立つ。  (2007年8月撮影)

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悪魔の塔からの俯瞰 (エラブガ)




 「悪魔の塔」が建つ小高い丘からの眺め。左の写真は町の中心域方向を撮ったもの。右の写真はカマ河。  (2007年8月撮影)

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街角 (エラブガ)



 市の中でも比較的繁華なあたりの風景。  (2007年8月撮影)

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スパスキー寺院 (エラブガ)



 市内にいくつもある教会のうちの一つ。  (2007年8月撮影)


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汗の像 (エラブガ)



 かつてこの地を支配したブルガル汗の像。  (2007年8月撮影)

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シーシキンの家 (エラブガ)





 私はロシア絵画の中でもシーシキンの描く森の風景が大好きで、トレチャコフ美術館でもロシア美術館でも彼の絵の前に来るとしばらく立ち止まって見入ってしまう。そのシーシキンが生まれたのがこのエラブガの町。   (2007年8月撮影)

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ツヴェターエワ (エラブガ)




 女流詩人マリーナ・ツヴェターエワの家とそこに付けられた銘板。彼女は1941年、疎開先のここエラブガで自殺した。左下の写真は、その家からいくらも離れていない場所に建てられたモニュメント。右下の写真は、市内の墓地にある彼女の墓碑。同じこの墓地には抑留されて無くなった旧日本兵の墓もあると聞いた。  (2007年8月撮影)

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ドゥーロワ (エラブガ)




 ナデージュダ・A・ドゥーロワはロシア軍で最初の女性将校。対ナポレオン戦争に参加。  (2007年8月撮影)

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ボルガリ


 ボルガ河とカマ河の合流点より少しだけ南下した位置にある寒村。村の中に古い遺跡が点在している。写真は、船着き場。  (2007年8月撮影)

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寺院跡 (ボルガリ)


 その船着き場からすぐのところに奇妙な寺院跡があった。おそらく時代が違うのだろうけれど、キリスト教の教会跡とイスラム教のモスク跡が同じ敷地にある。左の写真は遠景。  (2007年8月撮影)

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霊廟 (ボルガリ)




 村内の別々の場所で見かけた古い霊廟跡。右のには小さなミナレットもそばに建てられていた。  (2007年8月撮影)

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ベーラヤ・パラータ (ボルガリ)


 この遺跡が何なのかはまったくわからなかいが、銘板には「ベーラヤ・パラータ」という14世紀の遺跡だとあった。ボルガリの地名は原初年代記にも登場すると言われて、この寒村はロシア人にとっては由緒ある土地なのかもしれない。  (2007年8月撮影)

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村の通り (ボルガリ)


 かつての賑わいがどうであったのかは知らないが、現在の村の様子はこんな感じ。   (2007年8月撮影)

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トリヤッチ


 ヴォルガ河畔サマーラ州にある地方都市。私はこの町を歩いたことはなく、これらの写真はいずれもヴォルガを航行する船上から望遠レンズで撮ったもの。「トリアッチ」とはロシア語らしくない市名だが、じつはイタリア共産党書記長の名前を取ったもの。でも、ヴォルガ河畔の町には「マルクス」も「エンゲルス」もあるから、格別奇異なことではない。   (2014年8月撮影)

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サマーラ河港


 ソ連時代「クイビシェフ」と呼ばれたボルガ中流の工業都市。第二次大戦中、政府機関や外交団、それに工場群がこちらへ疎開してきたことでも知られている。重工業ばかりでなく食品工業もさかんで、サマーラ産のチョコレート菓子などはモスクワあたりへ出て行く人達にとって手ごろなお土産らしい。桟橋の脇にホテルがあり、左の写真はそのホテルから船着き場を撮ったもの。中央の写真は接岸しようとしている船からそのホテルを撮ったもの。  (左:1997年8月,中・右:2014年8月撮影)

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変貌するサマーラ


2014年に再訪した時、船が町に近づくにつれ真っ先に気づいたのは、17年前とは町の様相が一変していたことだ。高層建築物が立ち並び、すっかり「近代化」されていて、驚いた。  (2014年8月撮影)

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聖人像 (サマーラ)


河港で上陸するとすぐ目に入る二人の聖人像。どういう謂われのある人なのかは知らない。  (2014年8月撮影)

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プーシキン像 (サマーラ)



 なぜこの町にプーシキン像があるのかは不明。しかし、レーニン像ほどではないにしても、ロシアの町々にはよく彼の像があり、仮にあまり関係が無いにしても、驚くにはあたらない。それくらい、プーシキンはロシアの人々から愛されているということだ。  (2014年8月撮影)


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クイビシェフ像 (サマーラ)



 ソ連時代この町の名前になっていた革命家クイビシェフの像。おそらく市役所か州政府と思われる建物の前の大きな広場の中心に立っている。  (2014年8月撮影)


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河岸公園 (サマーラ)


ヴォルガの川岸に沿って続く公園。プロムナードとしてばかりでなく、市民の水浴場としても賑わっていた。一角では、砂の彫刻展も。右上の写真は、1889年に(レーニンの)ウリヤーノフ一家がこの町に来着したという記念碑。  (2014年8月撮影)

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ドラマ劇場 (サマーラ)



河港のすぐ近くにあるドラマ劇場。その脇の広場にはおそらく十月革命後の内戦での赤軍の戦いを讃えるためと思われる記念碑がある。  (上段:1997年8月,下段:2014年8月撮影)

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フィルハーモニー (サマーラ)



 フィルハーモニーの建物。この写真ではわかりにくいが、音楽的な装飾があちこちにあって、説明を受けなくても何か音楽に関係のある建物だとわかる。  (2014年8月撮影)


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鐘楼 (サマーラ)


船上から望遠で撮ったものと、すぐ近くで撮ったもの。  (2014年8月撮影)

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カトリック教会 (サマーラ)



 河港近くで見つけたカトリック教会。  (2014年8月撮影)


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街角 (サマーラ)


 市内を散歩中に撮った写真。一段目中央は再建中の教会。同じく右は十何世紀かの砦の壁の一部だそうだ。二段目の写真はどれもずいぶん以前のもののように見えるかもしれないが、右のは2014年夏に撮ったもの。一段目左端の写真のような風景もある一方で、三段目の写真のような風景もあり、新旧共存していることがわかる。   (1段目中・右及び2段目左・中:1997年8月,それ以外:2014年8月撮影)

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栄光の広場 (サマーラ)


大祖国戦争で亡くなった将兵を追悼する。  (2014年8月撮影)

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小公園 (サマーラ)


市内にはこんな公園があちこちにある。下段は、2018年のサッカー・ワールドカップの機運を盛り上げようというデコレーション。ここサマーラも開催都市の一つ。しかし、2020年の東京オリンピックと同じで、、市民の心の中で盛り上がっているのかどうは、私は知らない。  (2014年8月撮影)

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ストルコフスキー庭園 (サマーラ)


 ヴォルガの川岸から少し上がったところにある広い庭園。下段左の男の子と女の子が一つの傘に入っている像が可愛くて、私は幾度もシャッターを切った。  (2014年8月撮影)

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スターリンの防空壕 (サマーラ)


1941年、独ソ戦が始まってソ連軍の連戦連敗が続いていた時期、スターリンの本営のモスクワからの疎開が真剣に考えられた。ここは、そのために準備された施設で、「防空壕」というにはあまりにも立派すぎる施設が、この建物の地下、それもはるか何階も下にあるという。実際には、スターリンがここへ来るということははなかった。右の写真は、そのことを説明する現地ガイド。  (2014年8月撮影)

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閘門



 私たち日本人ががロシアの河川を旅していていちばん珍しいと思うものは上流から下流までの随所にある閘門だ。「ウグリチ」のページにも書いたように、ダムの下とダムの上の貯水池の間で船を上下させる大がかりな装置だと思ってもらうといい。写真はボルガ本流ではなく支流のカマ川にあるチャイコフスキー水門。手前が上流で、船はこれからボルガに向かう下流に進もうとするところ。

 これは滑るように水門に進んで行く船の船首側からの写真。前方のゲートで水が止められているが、その向こうは数mないし十数m下に水面がある。現在船が進んでいる場所の水位は言うまでもなくダムの上の人造湖の水面と同じ。

 船が止まると、後方のゲートが閉まって、人造湖とこの狭い水路を切り離す。その時に船尾側で撮った写真。水面を横切っている赤いものが仕切り板の一部。

 前方・後方とも閉じられたら、その中の水を抜くことによって水位が下がる。つまり船も下がっていくことになる。下流から上流に上がる時は当然そこへ注水して水位を上げるわけだ。右の写真は、下りの船の船尾側で撮ったもの。日本人技師の手にかかればおそらく「水も漏らさぬ」という設計をするだろうが、ここでは滝のように水が漏れていて、ああやっぱりロシアへ来ているんだと実感したものだ。  (1995年8月撮影)



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川岸の風景



 船旅のいいのはあわただしく移動する必要のないこと。なにしろ連泊している「ホテル」が移動してくれるわけだから。途中で立ち寄るいろいろな町を見比べるのももちろん興味深いが、船の甲板で何もせずにボーッとしているのも最高の贅沢。何の変哲もない岸辺の風景が太陽の向きによって微妙に表情を変えていくのを見ているのだけでも飽きない。  (1995年8月撮影)

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川岸の風景


 ボルガの日没とその夕陽を受けて黄金色に輝く船。  (1997年8月撮影)

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