郊外の団地



 ソ連全土から人が集まったモスクワでは、いくら住宅を建てても足りない状態が続き、市の周辺部はほぼ全域にわたってこのような団地が続くようになった。写真は市北東部のイズマイロボ地区。  (1997年8月撮影)


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高層ビル



 近年の経済成長に伴って、これまでにはモスクワ市内で見ることがなかった高層ビルが乱立するようになった。これは、モスクワに留まらず、ロシアの大都市いたるところで見られる現象だ。ただ、最近の経済の停滞もしくは混乱に伴って、工事が中断されたままのビルも見られるようになっている。  (2013年8月撮影)

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オスタンキノ



 市内北部のオスタンキノ地区は日本で言うと「東京タワー」にあたるテレビ塔で知られる。塔の途中には「第7天国」という回転レストランがあって食事をしながら周囲360度の眺望を楽しめるが、クレムリンなど中心部はやや遠くはっきり見えないのが難点。もっとも潜水艦クルスクの事故があった年に火災に遭ったのは日本でも報じられていたから、このレストランが今なお営業を続けているかどうかは知らない。右の写真は、レニングラード街道沿いのホテルの窓から撮ったもので、東京タワーや東京スカイツリーと同じで、このテレビ塔も遠くからよく見える。  (左:1988年8月,中:2001年1月,右:2014年8月撮影)


 TV塔のすぐ傍らにはオスタンキノ宮殿がある。かつてニコライ・シェレメーチェフ伯爵のものだったこの宮殿は、建築家P・アルグノーフの指導のもと1792〜97年に農奴の手で建てられたと言われる。現在、農奴芸術博物館が置かれている。  (1988年8月撮影)


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国民経済達成博覧会(ВДНХ)


 ソ連時代、「社会主義」経済の成果を一堂に展示した常設の博覧会場。当時の観光旅行では定番のコースで、宇宙館に置かれた人工衛星やロケットの傍らでソビエトの宇宙技術の高さについて誇らしげな説明を受けたものだ。ソ連崩壊後は施設の名称も変更になり、今や各種売店が何の脈絡もなく軒を並べる市場と変わり果てている。当時の面影を残すのは大きな噴水を囲む金色の「諸国民友好の像」ぐらいのものだ。 (2001年1月撮影)


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動物園  



 クラスノプレスニャ地区にあるモスクワ動物園。右の写真は、正門。モスクワ建都850年祭に向けて改修工事を急いでいた。 (1997年8月撮影)


 モスクワの寒い冬の時期、熊などはいいにしてもアフリカ原産の動物たちなんかどうしているのだろう。 (1999年12月撮影)


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植物園  


 私は都会の喧騒を忘れさせてくれる植物園が好きで、たとえば札幌に行って自由時間があればまず間違いなく北大植物園に行ってしまう。ここモスクワの科学アカデミー附属植物園はあの北大植物園の何倍もの規模を誇る施設で、大都市モスクワにいるとは思えない気分にさせてくれる。
 園内には立派なものではないが日本庭園もあり、冬の間を除いて公開されている。冬は植物園を訪れる人が少ないというよりほとんど閉鎖状態だから、鴨など野生の動物にとってはおそらく天国であろう。 (上段左:1988年8月,上段中・右:1989年8月,中段:1987年12月,下段:2013年8月撮影)


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植物園


 正門のすぐそばにある広い芝生。手入れが行き届いている感じだった。

 園内はその大半と言ってもよい部分が木立ちで、その中にこうした道やもっと細い小径がある。道から両側を見たのが下の2枚の写真。

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 園内を流れる小川。このときは鳥たちの姿はなかった。

 日本庭園の中の建物。  (2007年8月撮影)





モスフィルム  


 ソ連時代に数々の名作を世界に送り出したソ連を代表する映画製作所「モスフィルム」。現在でも以前と同じ場所で活動を続けている。由緒ある大船撮影所を売り払ってしまったどこかの国の映画界とはえらい違いだ。 (1999年12月撮影)



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製菓工場  


 ロシア旅行のお土産にチョコレートなどを買ってくるとたいてい「えっ?」という顔をされるが、これが意外に美味しいのである。そうしたチョコレートなどの老舗「クラースヌィ・オクチャブリ」の工場。 (左:2013年8月,右:2005年12月撮影)



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