グム  



 赤の広場に面して立つ百貨店“グム”。「グム」というのはもともとは「国営百貨店」の意味だったが、最近は「株式会社“グム”」などという看板がついているとか。今ではきっと先頭の“Г (G)”が違う単語の頭文字なのだ。かつては左下の写真のような雰囲気で、日本の旅行ガイドには「百貨店といっても名店街のようなもの」などと書かれたりしていたが、「株式会社」になるのと前後して値段の高そうな西側の商品を扱うような店ばかりが増え、私個人の好みから言えば昔のほうがずっと良かった。  (上下とも左端は1985年8月撮影,上右は2005年8月,下中は2005年4月,下右は2013年8月撮影)

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ワシーリー寺院


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 ガイドブックや絵葉書ですっかりおなじみの葱坊主を持つワシーリー寺院はモスクワの象徴的存在と言ってもいいだろうが、ロシアの各地を歩いてもこんな雰囲気の聖堂はそう多くはないような気がする。形もてんでんバラバラ、色彩もにぎやかなのに、何か調和を感じさせる不思議な建物だ。 (上左:1990年8月,上中:2005年8月,上右:2013年8月,これより下:2005年12月撮影)



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歴史博物館




 赤の広場をはさんでワシーリー寺院に向き合って立つ赤煉瓦造りの建物。博物館そものもはソ連時代から同じ場所にあるが、その展示内容はソ連時代と今のロシアの時代とで大きく異なるのであろう。 (左2枚:2013年8月,右2枚:2005年8月撮影)

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ホテル「ロシア」



 赤の広場に隣接する大規模なホテル。客室数が3000近くもあるため、今自分がホテル内のどこにいるのか迷う客が続出するという難点があり、私も迷子になった経験がある。建て替えのためか、まもなく取り壊される予定だとか。  (2005年4月撮影)


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ホテル「ナツィオナーリ」



 クレムリン・赤の広場のすぐ近くにある。十月革命後にペトログラードからモスクワに首都を移す際、レーニンが一時期宿泊していたという由緒あるホテル。もちろん、私は一度も泊まったことがない。と言うより、こんな高級ホテル、泊まれる訳がない。  (2013年84月撮影)


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クレムリン  


 ソ連時代にはワシントンのホワイト・ハウスとで世界情勢を左右したモスクワ・クレムリン。城壁の内部には帝政時代からの由緒ある教会群があって一般に公開されている。その他に一般の市民や観光客が立ち入ることのできる場所としては後述する「武器庫」やかつて共産党大会を開くために作られた「大会宮殿」などがあり、この「大会宮殿」ではバレエなどの公演のほか子ども達のためのヨールカの催しなども行われる。他方、大統領執務室なども同じクレムリンの敷地内にあるが、もちろんそちらは自由に立ち入ることはできないようだ。(上段左:1990年8月,上段中右:2013年8月,下段:2005年8月撮影)

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クレムリンの中の教会群


 クレムリンの中には、帝政時代に歴代皇帝の戴冠式が行われた教会など由緒あるいくつもの教会がある。(上段左と中央のみ1990年8月、それ以外は2005年8月撮影)

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武器庫




 ものものしい名前だが、武器を置く倉庫ではなく、宝物の展示場。(2005年8月撮影)

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鐘の王様



 ロシア人が皆「大きいことはいいことだ」と思っているわけではないだろうが、クレムリン見学に行くと「どうだ!」と自慢される大きな鐘。重量が200トンもあるとか。18世紀の大火のおりに割れてしまった破片だけでも11トン半だそうで、こんなもの鐘楼に吊るすこともままならず100年以上も鋳込み穴に放置されていたものを1836年にようやく今の場所に据えたという話だ。..ということはこの鐘を鳴らしたことは一度もないということか。 (1986年12月撮影)

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