平成四年度指定

木造大日如来坐像 1躯

福岡市早良区大字脇山1678番 池田大日堂管理組合

 本像は、脊振山地の北麓、福岡平野の西部を流れる室見川の上流域、早良区の最南部に当たる旧早良郡脇山村の池田の大日堂の本尊です。本地域は、かつては「脊振山上宮領筑前国脇山院」と呼ばれた脊振山の支配地域で、本像のある所は脊振山東門寺の別院跡と伝えられています。

品質 槍材寄木造 彫眼前面漆箔背面漆仕上げ
法量(糎) 総高 130.5 像高 80.8
髪際下 64.6 頭頂〜顎 34.2
髪際〜顎 18.1 画幅 15.7
面奥 19.2 耳張 18.2
胸厚 23.7 腹厚 24.2
肩張 39.1 臂張 49.6
膝張 52.1 膝奥 43.2
膝高(左) 13.4 膝高(右) 14.0
光背高 82.9 光背総幅 56.3
光背板厚 2.0
形状 総高130.5cm、像高80.8cmの槍材の寄木造で、肉身部と次ともに前面にのみ漆箔を施し、背面は漆仕上げとなっています。頭体部通して一材であり、後頭部は背面から内刳りを施し、打診によると胴部は左右体側部に内刳りを施して矧ぎ付ける素朴な構造と技法です。衣文線は浅く省略がみられますが、前面・側面・背面ともに施されています。

 本像に関しては貝原益軒の『筑前国続風土記』以来、近世の地誌類に紹介されていますが、青柳種信が『筑前町村書上帳』・『筑前国続風土記拾遺』で紹介した体内銘文は本像のものだと考えられます。それによると本像は、天文7年(1538)、脇山・内野・小笠木の有力農民層、脊振山東門寺及びその僧侶たち、大内氏被官の早良郡代等が、現世の安穏と極楽往生を願って造立したものです。本像の作者に関しては、頭体部通して一材で造るなど大胆・素朴で古風な構造と技法を持つ点などから、地元の仏師の手になるものと考えられます。

 以上のように本像は、室町後期の本地域の造像の例として貴重であるだけでなく、本地域に関わる諸勢力の政治・経済・信仰の紐帯をなした仏像として貴重であり、本市にとって重要な文化財です。