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 ことばをめぐるひとりごと  その35

アムロ・聖子・百恵

 結婚でブラウン管から遠ざかることになった安室奈美恵のベストアルバム「181920」が、1998年1月28日に発売されました。今回は彼女の歌などを題材に、女性アイドルの歌う歌詞の文体の変遷について考えてみます。
 といっても、そう厳密なことはやりません。とりあえず、文末の形だけに注目してみます。たとえば、入籍発表のころ盛んに街に流れた「CAN YOU CELEBRATE?」(小室哲哉・作詞作曲)に出てくることば。

知らなかったよね
照れるよね
悪くはないよね
けっこう可愛い
どうぞよろしく

 歌を聴いていて、「なんとなく中性的な歌詞だな」という感想を持ちます。上の語句のうち、昔から女性がよく使っているのは「よろしくね」ぐらいで、あとは、あまり女性のことば遣いという感じを受けません。そこに、安室奈美恵らしい現代的な特徴があるんだと思います。ためしに、「181920」収録の12曲から、「よ」「ね」など文末のおもな助詞(終助詞という)を抜き出してみますと、下のようになります。

安室奈美恵の歌の終助詞
終助詞延べ数使用例
名詞につく0(なし)
名詞以外につく15よみがえらせる(「Body Feels EXIT」)
依願(〜てよ等)0(なし)
(そう)よ6そうTRY ME(「TRY ME」)
よね5知らなかったよね(「CAN YOU CELEBRATE?」)
名詞につく0(なし)
名詞以外につく11真実味おびてきた(「SWEET 19 BLUES」)
依願(〜てね等)4あつく抱いて(「How to be a Girl」)
質問7夢を守る(「Chase the Chance」)
断定6いま 始まる(「太陽のSEASON」)

 これで見るかぎり、安室奈美恵の歌には「花」とか、「鳥」など、名詞に「よ」や「ね」がつく言い方は見あたりません。「花よ」なんて言うのは、伝統的には女性らしい言い方ということになっています。でも、彼女はそういう歌詞の歌をたぶんひとつも歌ってないんじゃないでしょうか。
 名詞以外につく「守れなくなる」とか「二人きりだ」といった言い方は、とっさにこれだけ聞くと「男性の発言かな」と思います。でも、彼女の歌では、もちろん女性のモノローグとして出てくるわけです。
 これは何も安室奈美恵にかぎらず、たとえば広末涼子「大スキ!(岡本真夜・作詞作曲)には「最高だ」「写真いっぱい撮った」とあったりして(これも女性の発言)、いくらでも例が拾えます。90年代のポップスの特徴かもしません。

 では、昔のアイドルの歌はどうだったんでしょう。たまたま手許に、松田聖子の2枚組ベストアルバム「Bible」があります。このうち1枚目のCDに収められている19曲について、同じように文末の「よ」「ね」などを分類してみましょう。

松田聖子の歌の終助詞
終助詞延べ数使用例
名詞につく13砂時計(「白いパラソル」)
名詞以外につく5綺麗だ(「夏の扉」)
依願(〜てよ等)3来て(「赤い靴のバレリーナ」)
(そう)よ2そうあの時(「Only My Love」)
よね0(なし)
名詞につく10もう春(「Only My Love」)
名詞以外につく9よく似てた(「蒼いフォトグラフ」)
依願(〜てね等)5キスして(「マイアミ午前5時」)
質問5気分になる(「赤いスイートピー」)
断定23まぶしすぎた(「裸足の季節」)
のよ11沈むのよ(「チェリーブラッサム」)
のね2誘ったのね(「P・R・E・S・E・N・T」)
39走る(「青い珊瑚礁」)

 一見して分かるとおり、松田聖子の歌詞の文末は、安室奈美恵とはぜんぜん違います。まず「砂時計」とか「あなたのせい」などという、名詞に「よ」がつく言い方がどんどん出てきます。また、「春」「風の中」などと、「ね」も名詞につきます。
 名詞以外にも「よ」や「ね」が付くことはつきますが、ほとんどは男性の発言の引用で、女性が言っているわけじゃないんです。「綺麗だ」は、女性の恋人である男性が、彼女をほめて言っているのです。
 また、「まぶしすぎた」「忘れてしまう」というように断定の「の」を使うのも特徴的です。
 しかし、それより何より、松田聖子の歌で頻用されるのは「わ」ですね。「あげたい」「感じてる」「どうかしている」と、続々出てきます。いかにも、という感じの女性ことばですが、これは何も、〈ブリっ子〉の称号をほしいままにした彼女だから、というわけではないでしょう。
 さらに、手許にはなぜか、山口百恵のベスト版である「MOMOE YAMAGUCHI BEST COLLECTION」という15曲入りのCDがあります。彼女は1970年代に活躍したわけですが、90年代の安室奈美恵、80年代の松田聖子と比べる意味で、ここに収録されている歌詞も調べてみましょう。次のようになっています。

山口百恵の歌の終助詞
終助詞延べ数使用例
名詞につく10今年の人(「イミテーション・ゴールド」)
名詞以外につく1時が変える(「秋桜」)
依願(〜てよ等)5馬鹿にしないで(「プレイバックpart2」)
(そう)よ0(なし)
よね0(なし)
名詞につく0(なし)
名詞以外につく0(なし)
依願(〜てね等)3ごめん(「イミテーション・ゴールド」)
質問3どちらを選ぶ(「絶体絶命」)
断定21なくなる(「としごろ」)
のよ6経験するのよ(「ひと夏の経験」)
のね0(なし)
27街に出る(「美・サイレント」)
わね1帰るわね(「プレイバックpart2」)

 15曲入っているにしては、表中の助詞の延べ出現度数が少ないですが、これは「ですます」調の歌が多かったりして、終助詞が出にくいためもあると思います。「ね」はこのベストアルバムにはほとんど出てきませんが、他のアルバムを見ると「身近かな少女」(「百恵白書」に収録の「約束」)などと、あることはあります。
 そのような独自の特徴はありますが、「わ」が多用されているし、また、断定の「の」、名詞につく「よ」が多かったりするところをみると、ボーイッシュなイメージの強い山口百恵でも、安室奈美恵よりは聖子の歌詞に近いといえるでしょう。ことば遣いの上では「女性的な文体」を色濃く残していると思います。
 では、中森明菜はどうか?! もう疲れたので、これ以上はやめますが、彼女のベストアルバムをざっと見たところでは、「わ」も多いし、「そんな感じ」(「SOLITUDE」)「愚図」(「十戒(1984)」)など名詞につく「ね」もあります。突っ張った印象のある彼女ですが、じつはやはり松田聖子ふうのことば遣いに一番近いのではないでしょうか。
 百恵・聖子・明菜から、「アムロちゃん」に至る間に、ポップスでの女性のことばがかなり変わったと思います。それが正確にどのあたりなのか、また何が原因なのか、追究してみたいものです。

(1998.02.14)

関連文章=「歌謡曲の「君」と「夢」」、「歌謡曲のことばの男女差

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