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 ことばをめぐるひとりごと  その9

別れじゃなくて

 再会を期するときのあいさつについて考えます。
 英語の事情はよく知らないのですが、彼らは Good bye! と See you! の、どちらをより好むのでしょうか。人によると思いますが、See you! のほうが、「またすぐ会いましょう」というニュアンスが出ていて、気分がいいのではないかと思います。
 来生えつこ作詞「夢の途中」の歌詞中に、“「さよなら」とは再会の約束をするためのことばだ”という趣旨のフレーズがあります。なるほど、「さよなら」は「左様であるなら……」という意味ですから、「……」の部分には「またお会いしましょう」などと、いろいろことばを入れることができるわけです。
 しかし、このような言い回しより、もっとはっきりと再会を約束するあいさつも古くからありました。現代でいえば「またね」に当たるあいさつです。「源氏物語」から拾ってみましょう。

(女房は)答へも聞かで、「あな、腹、腹。今聞こえん」とて過ぎぬるに、(空蝉巻)

 これは、おなかを壊した女房が人に会って、「ああ、おなか、おなかが痛い。今にまたお話ししましょう」と言って去って行く場面です。この「今聞こえん」というのが、再会を期したあいさつに当たるわけです。
 次の例も同じような言い方です。

……あさましうおぼゆれど、「今、ことさらに」と、(靫負尉は)うちけざやぎて参りぬ。(松風巻)

 女性に言い寄って軽くいなされてしまった靫負尉が、憮然としながらも、「今にまた、あらためて(お会いしましょう)」ときっぱり言い捨ててその場を離れたというのです。「今、ことさらに」があいさつことばになっています。
 もっと丁寧に再会を期するときは、「ことさらに参りはべらむ」(改めて参上しましょう)などと、相手の所へ行く約束をしたようです。

「……ところせさを思ひたまへ憚りはべる事どもはべりて、えさぶらはぬこと。 ことさらに参りはべらむ」など聞こえたり。(須磨巻)

「……かう昔おぼえたる御幸のかしこまりをも、え御覧ぜられぬらうがはしさは、ことさらに参り侍りてなん」と聞こえたまふ。御送りに人々参らせたまふ。(柏木巻)

 前者の例は、「窮屈なのでご一緒できません。また伺いましょう」と言っています。後者は、「せっかくおいでいただいたのに、お構いも出来ませんで。また改めて参上しますので」と言っています。
 このような表現が何度も出てくるということは、やはり、ある程度熟した言い方だったのでしょう。

(1997年記)

●この文章は、大幅に加筆訂正して拙著『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波アクティブ新書 2003.06)に収録しました。そちらもどうぞご覧ください。

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