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 ことばをめぐるひとりごと  その10

「だよね」

 われわれは人と話すとき、労力と時間を節約しようとして、ことばを短くします。日本語の場合、ほとんどの音に母音が付いているので、どんどん省略しなければ言いにくくてしかたがないという事情もあるでしょう。
 それが極端になると、セリフの末尾だけ残して、あとを全部省略するような言い方も出てきます。次にお見せするのは、前に僕が千葉県の大学に遊びに行ったとき、ラウンジで拾ってきたビラのインタビュー記事です。

−−じゃあ、今のところ自分で何かこの仕事っていうビジョンは決まってないわけですね。
金丸 ですね。学生が入り込もうとすると、どうしても初期投資のかからないところにしか入れない。 (Students' Union Press 7月号〔麗澤大学学友会出版委員会〕1995.7.10)

 答え手が「ですね」と言っているのは、「そうですね」「おっしゃるとおりですね」などの省略でしょう。最近こういう省略のし方をよく耳にします。1995年にヒットしたラップ「DA・YO・NE」(作詞・GAKU+MUNNY-D)はそれを意識的に取り入れたものとみえます。
 このような省略は一時の流行かと思っていたら、意外に古くからあるようです。すでに明治時代に、夏目漱石が「それから」の中で使っています。

 「先生、どうです、お燗(かん)は。もう少し燃させましょうか」と門野が突然入り口から顔を出した。門野はこういう事にはよく気のつく男である。代助は、じっと湯に浸ったまま、
 「結構」と答えた。すると、門野が、
 「ですか」と言いすてて、茶の間の方へ引き返した。

 この「ですか」も、「結構ですか」などの省略でしょう。「言いすてて」と書かれているので、当時としてもぞんざいな言い方だったと思われます。
 さらに古くは、江戸時代後期の「東海道中膝栗毛」に、こういう部分があります。

北八「ナニ走ったとは、逃げたのか。ソリャ大変だ大変だ。その男の着物といふは俺がのだ。
女「かいな。ソリャまたナニとしてお前さんのを着ていたぞいな。(六編下)

 「そうかいな」の意味で「かいな」と言っています。これは上方の方言ですが、関東でもこうした省略があったかもしれません。現代の東北方言で「そうだ、そうだ」というところを「んだ、んだ」と言うのは、同じ発想によるのでしょう。

(1997年記)

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