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98.08.21

ある失言

 20日の参議院予算委員会を見ていたら、ある失言に遭遇しました。明けて朝刊の政治面にはそのことは載っていなかったので、ここに記し留めておいてもいいと思います。
 自民党の鴻池祥肇(よしただ)議員が、中小企業の支援策などについて質問をしているところでした。各大臣が答弁に立つ中で、甘利明労働大臣も求めに応じて答弁に立ちました。そこで、大意つぎのような発言をした。

 甘利労働大臣 お答えいたします。ええと、鴻池議員はかつて青年会議所の会頭をしておられましたが、そのころ私も青年会議所におりまして、あるとき議員に講演をお願いに上がったことがございました。当時私は役についておりませんで、ヒラでございました。今は立場が逆転しておりますが。ははは。
 さて、ご質問の件でございますが……。

 記憶を頼りに書いているので不正確かもしれません(追記参照)。ただ、鴻池氏は1979年にたしかに青年会議所会頭に就任しているようです。
 答弁はしばらくそのまま続いた。ところが、議長席に野党の理事が集まりだした。不穏な空気を感じた大臣は答弁の最後に

 労働大臣 えー、なお、私の答弁の冒頭で、鴻池議員に対し不適切な発言がありましたが、あれはジョークということで、どうかお許し願いたいと思います。立場が逆転というのは、今度は私が答弁する側に立ったと、そういうことですので。

と言って大臣席に戻りました。鴻池議員は同じ自民党ということもあってか、別に抗議もしていないようでした。
 ところが、野党の理事たちはまだ去らず、怖い顔をして額を集めている。労働大臣は「これは、しまったことになった」と硬直した表情になりました。
 議員席からは「中小企業が苦労してる時に、なんだその偉そうな言い方はー」といった野次も飛んでいる。
 大臣は、議長に促されて再び答弁に立って、

 労働大臣 えー、先ほどの私の鴻池議員に対する発言は、ジョークということも含めて撤回させていただきます。

 それでもまだ許してもらえない。隣の中川農林水産大臣が微苦笑をしているのが映っている。しかたなくまた答弁に立って

 労働大臣 鴻池議員に対する発言を撤回し、陳謝いたします。

 これでようやく片が付いて、話が前に進みました。
 彼の失言はいわゆる政治的失言というよりは、品性のなさを表すていのものでした。当然、批判されるべきでしょう。
 が、僕は一方で、妙に身につまされましたね。というのも、僕もおっちょこちょいなほうなので、言わなくてもいいことを言って人を怒らせたことは何度もあるからです。「ああ、あるんだよなー、ああいう失敗」という素朴な同情はちょっとありました。
 ただ、あの時の野党理事の対応はよくなかった。ああいうところで詰め寄って「発言を取り消せ」というのはあまりうまい解決方法ではないと思います。大臣も、なんとか許してほしいと思っているから、やみくもに謝っておしまいになってしまい、翌日の新聞にも載らないことになるのです。
 本当に追及しようと思えば、後日野党が質問するときまで知らん顔して留保しておき、正式の質問で理詰めで質すほうが、効果は上がると思います。追及されるほうはたまらないでしょうが。


追記 その後、インターネットで国会会議録の閲覧をすることが容易になりましたので、上のやりとりを確かめてみました。話の趣旨は間違っていないと思いますが、実際には上でまとめたよりもずいぶん長いやりとりで、速記も2度止まっています。引用しておきます。なお、会議録といえども発言そのままではないようです。

○国務大臣(甘利明君) 鴻池先生御自身、中小企業の経営者でいらっしゃいますから、まさに肌身感覚のお訴えと理解をいたします。さらに、かつて中小企業の経営者が中心に組織をしておりました青年経済団体であります日本青年会議所の会頭をされておられました。お忘れかもしれませんけれども、先生が会頭のときに私が所属をいたしております青年会議所で講師としてお招きをいたしました。片や会頭、片や平会員と。今は逆転しましたけれども。中小企業が今大変な窮地に陥っているのは、私も産業政策をずっとやってきましてよく理解をいたしております。
 〔略〕
 先ほど、ちょっと舌足らずの点がありました。逆転をしておりますということは、これはまあ、済みません、ジョークでございまして、鴻池先生と私との関係で御理解をいただきたいと思います。全面撤回をさせていただきます。失礼しました。
 〔略。速記中止〕
○国務大臣(甘利明君) 失礼いたしました。
 立場が逆転をしましたと申し上げましたが、正確に申し上げますと、講師としてお招きをして私が質問をし、御答弁をする立場をいただきました。今度は、私が答弁をする立場で、かつての会頭が質問する立場で、ちょうど逆転をしたということでありますが、ジョークというのは取り消させていただきます。失礼しました。(発言する者多し)
 〔略。速記中止〕
○国務大臣(甘利明君) 誤解をお与えしましたことに関しては心から深謝申し上げます。

 いわゆる「どつぼにはまる」過程が克明に分かります。鴻池氏はこれに対し、苦笑しつつも「まあそのうち見てろ、また逆転してやるからと、そんな思いもございます」とジョークで切り返し、話を先に進めました。
 鴻池氏は小泉改造内閣で入閣し、その思いを実現しました。(2002.09.30)

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