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きょうのことばメモへ三省堂国語辞典
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98.08.22

もむない

 夏休みの土日は、大学図書館が休み。で、あまり調べがついていないのですが、書いてしまおう。
 「東海道中膝栗毛」の淀川の船下の場面で、弥次喜多たちの船に商船が近づいて、「飯食らわんかい、酒飲まんかい」と言って食べ物を売っている。それに対して乗客が

のり合「この汁は、もむないかはり、ねからぬるふていかんわい(岩波文庫『東海道中膝栗毛(下)』p.156)

つまり「この汁はまずいうえに、ひどくぬるくていかん」と言うのですが、「まずい」という意味の大阪方言「もむない」が使われています。この語源がよくわからない。
 岩波文庫の校注(麻生磯次)では

「うまみない(旨味無い)」の転訛した語であろう。うまくない。まずい。

とあります。牧村史陽『大阪ことば事典』でも同じ意見で、「うまみない〔旨味無い〕の約訛と見るべきであろう」とある。
 しかし、ちょっと待てよと思ってしまいますね。「うまみない」と「もむない」では違いすぎるようだ。単純にそうなまったと言えるだろうか。
 すぐに思い浮かぶのは、大阪では「しょうもない」が「しょ(う)むない」になるという現象です。とすれば、同じように、「もむない」の異なった形態として、「〜もない」の形は考えられないでしょうか。たとえば「旨うもない」とか。奈良・和歌山では「ももない」という形があるらしいから、いっそうそういう気がしてきます。
 ここで、柳田国男の『毎日の言葉』を見ると、東京以西の「みっともない」・京阪地方の「みとむない」も、最初は「見とうもない」だったとあります。そしてその後にさらっと

食物のまずいものをモムナイといったのも、起りはこれと同じで「うもうもない」の意でありますが、こちらはおいおいに口にする人がなくなりました。(ちくま文庫『柳田國男全集 19』p.474)

と断言しています。なんだか拍子抜けがします。
 ところが、「もむない」が「しょうむない」や「みとむない」と違うところは、「もみない」という形があるところなんですね。「しょうみない」や「みとみない」はないだろう。
 たとえば奇人・宮武外骨がたわむれに描いた薬の広告では

AJINAI モミナイン 不用品
 日本 オカラー商會
 大奮發炒合 いわしや根木
(宮武外骨『滑稽漫画館』河出文庫 p.240)

などという商品名があります。「モミナイン」、つまり「まずい薬」ということです。
 「もみない」は「もむない」が変化したものだとも説明されますが、本当だろうか。ならば、どうして「しょうむない」は「しょうみない」にならなかったのか?


追記 滋賀県(湖東)では「みとみない」の語形を使うとの情報をLatiさんよりいただきました。これは知りませんでした。
 とすると、「みとむない→みとみない」「もむない→もみない」という変化はあり得たことになりますから、「旨味無い=もむない」説はいっそう怪しいことになります。
 ちなみに方言辞典を探すと、「みたみない」もあって、島根・長崎・熊本・鹿児島あたりで使われているようです。(1999.07.30)

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