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03.02.14

女子中学生の作文

 いきなり変なことを言うようですが、われわれは、よい文章を理解する力だけでなく、へたな文章、読んでも意味がとりにくい文章もきっちりと理解する力をもつ必要があるようです。なぜかというと、世の中には文豪や名エッセーストばかりがいるわけではなく、割合からいえば、しろうとが書いた未熟な文章のほうが圧倒的に多いからです。それらが理解できなければ、日常生活さえうまく送れなくなってしまいます。

 未熟な文章――と言っては気の毒ですが――の一例を見てみましょう。勉強ができず荒れていた女子中学生が、小河勝という熱心な先生の指導によって、勉強への意欲を取り戻しました。彼女が先生に宛てて書いた感謝の作文がこういう文面です。

「私は、これからもずーっと分からんかって、分かるまで教えてもらっても、それからが分かったら授業が面白い授業になったので、これから分からんところを教えてもらって、ちゃんとした授業をしていきたいと、私は心からお願いしたいと思います。どうかお願いします」(小河勝・私の視点「朝日新聞」003.02.08 p.15)

 書き慣れない作文を一生懸命書いた様子が伝わってきて、胸を打たれますが、まあ悪文には違いない。胸を打つ一方で、笑いを誘う文章でもあります。途中で主客がねじれているようにも、順接・逆説が混乱しているようにも、叙述内容の時が前後しているようにも見えます。僕は、1度読んだだけでは意味がよく分かりませんでした。
 しかし、先生にとっては、教え子が書いた大事な作文です。「わけが分からない」といって破り捨てるわけにはゆかないでしょう。悪文を理解する力が必要だと僕が力説する理由はそこです。
 もっとも、僕の力説とは関係なく、多くの人は、このような文章でも問題なく分かるのかもしれません。僕ぐらいでしょうか、文章に少しでも曖昧な部分があると、すぐにうろたえてしまうのは。「悪文を読む力をつけよう」というのは、結局、僕自身に向かって言っているのです。

 上の中学生は要するにどういうことを言っているのか、僕自身に分かるように書き直すと、だいたいこんな感じでしょうか。

私は、これからもずーっと(今までのような授業をしてほしい。今までこの授業を受けた経験からいうと、初めは)分からんかって(も)、分かるまで教えてもらっ〔たら〕、それから〔は〕面白い授業になったので、これから(も今までと同じく)分からんところを教えてもらって、ちゃんと〔授業に参加〕をしていきたいと(思うし、先生にもよくご指導いただけるように)、私は心からお願いしたいと思います。どうかお願いします。

 付け加えたところを( )で、書き換えたところを〔 〕で表しました。ここまで補えば、僕も納得できるのです。ただ、冒頭の「これからもずーっと」の後に、ずいぶん長く補ったのが不安でもあります。読み違えているのではないでしょうか?
 そこで、次のような第2案が生まれます。前半の調子が変わってきます。

私は、〔以前は〕ずーっと(勉強が)分からんかって、分かるまで教えてもらっても、(何の得にもならないと思っていましたが、)〔勉強が分かったらそれからが〕面白い授業になったので、(考えが変わりました。)これから(も)分からんところを教えてもらって、……

 第2案のほうが、「分かるまで教えてもらっても」という逆説表現が生きます。
 初めの案では、単に「先生の授業は分かるまで教えてくれてありがたい」ということを言っているだけです。それに対し、第2案では「勉強なんて何の得にもならないと思っていた。しかし、理解ができると勉強が面白くなることに気づいた」という喜びがより強く伝わって来ます。
 このように複数の案ができてしまう一番の理由は、最初の部分の「これからもずーっと」がどこへ係るのかはっきりしないことです。「これからもずーっと」と、将来のことを書き始めるのかと思えば、どうやらその先では過去のことを書いているように思われます。このへんを、本人になり代わってうまく整理できるかどうかが勘所でしょう。

 僕は、中学生の文章に限らず、大人の悪文も(いや、達意の文章でさえも)読みとる力に欠けているのではないかと、いつも不安に思います。この中学生の文章について、上に示したような解釈が当たっているかどうか、自信はありません。いかが思われますか。

関連文章=「そんな返答」・「彼等とは

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