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02.09.29

古文を書いてみよう

 安永のころ、伴蒿蹊といふ人「国文世々の跡」といふ書をものして、世の人々唐文をのみもてあがめて、わが朝のいにしへの文のすがたをたづぬること少なく、みづからも書かむとする人をさをさなきことをぞ嘆きたる。

【訳】18世紀後半の伴蒿蹊という人は、著書「国文(くにつふみ)世々の跡」の中で、世の中の人が漢文ばかりを尊重しており、日本古来の和文(古文)を勉強することが少なく、自分でも書こうとする人がほとんどいないということを嘆いています。

 そのかみだにしかり。国学びのともがらは、万葉源氏の文のすがたをまねびて書けど、そのふり世に広ごることもなくてややみにけむ。まして今は、唐文を書く人さへ絶えはてて、文といへば今の世のことばをのみ用ゐるやうになりにたり。

【訳】江戸時代でさえそんな感じでした。国学者たちは、万葉集や源氏物語の文体をまねて書いたりしましたが、世間には影響を与えずに終わったのでしょう。まして現代では、漢文を書く人もなくなって、文章には現代語だけを用いるようになりました。

 「われらもいにしへぶりをまねびて、をりをりはさやうの文をもものすべくやはべらむ」と人に申すことあれど、「それはあいなし。今のことばにて足るべし。ことさらにいにしへぶりにて文を書くとも何の益かははべらむ」と言ひあはめらるることのみ多かり。

【訳】「われわれも、古文をまねて、時々はそういう文章を書いてみるべきではないでしょうか」と人に言ってみることがありますが、たいていは「そんな必要はないでしょう。現代語で十分です。わざわざ古文で書くことにどんな意味があるんですか」と笑われます。

 それはことわりともおぼゆれど、みづから筆をとることなくは、ことのはのまことの心を知ることは難からむ。き文字、けり文字の用ゐざまなども、ただ文を見るばかりにては、深くもたどり知られぬものなり。唐文をくはしうしろしめす博士の、みづからはえ書きたまはずといふことありなむや。羅甸といふことばは、今は古き文にのみ見ゆめるを、西国の人々は、われもいかで書かむとて、習ふ人少なからずとぞ聞きし。

【訳】それはそうかもしれませんが、自分で書くことがなければ、ことばの本当の意味を知ることはできないでしょう。助動詞「き」「けり」の使い方なども、ただ本を読むだけでは、深く理解することはできないものです。中国文学を専攻している研究者が、自分は中国語を書けないなんてことはあるでしょうか。ラテン語は、今では古文書にしか残っていないようですが、西洋では、自分もラテン語を書けるようになりたいと学ぶ人が少なくないと聞いています。

 みづから書かぬことばに、まことに心寄ることはあるべからず。さればにや、大学にてもいづこにても、わが朝のいにしへの文、昔物語などを習ふ人はいよいよ少なくなりゆくめり。源氏などやうの文も、今の里ことばに和らげたるものをのみ見れば、いにしへのことばを知る人はほとほと絶えぬべし。

【訳】自分で書いてみない言語に、本当の意味で親しみを覚えることはないでしょう。そのせいかどうか、大学などで日本の古典文学を勉強する人はますます少なくなっているようです。源氏物語なども、現代語に訳したものだけを読むので、昔のことばを知る人は間もなくいなくなるでしょう。

 外つ国ぐにのことばを習へば、わが知れる物ごとの人の国にはなきこと、もしは、人の国にあれどもわが国になきことなどを知りて、あやしうおぼゆることあり。いにしへぶりの文書くことは、常の営みには用なきものともおぼゆらめど、もとよりわが知れることばと比べ見るに、今まで異なることなしと思ひつることばの、いにしへにはなかりけること、心かはれることなどを知りて、うち驚くこともなどかなからむ。

【訳】外国語を勉強すると、自分の知っている事物がその言語にはなかったり、または、その言語にある概念が日本語にないことを知って不思議に思うことがあります。古文を書いてみることは、日常生活には必要がないように思われるかもしれませんが、これまで自分が使ってきたことばと比べてみると、今まで普通だと思っていたことばが、昔にはなかったり、意味が変わっていたりすることを知って、びっくりすることもあるはずです。

 われもいにしへぶりにてはかなきこと書きすさびつつ、「話す」「確かめる」「こだわる」などの心の、古きことばにては言ひがたしと覚ゆることあり。ただ書を見るのみにては、かかること知らでやみなむとあさましうこそ。

【訳】僕も、古文でちょっとした文章をつづるなかで、「話す」「確かめる」「こだわる」といった現代語の意味が、古語では表しにくいと思うことがあります。ただ古典作品を読んでいるだけでは、そういったことを知らずにすんでしまっただろうと、はっとします。

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