さ迷い歩き 「量子の森」 (3)-3
= ファインマン物理学X 量子力学 =

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    目  次

    内  容          内   容  
00 ファインマンと「ファインマン物理学」 (1st Page)           
01 粒子と波動(干渉実験)  12.04.27        
02 波動的観点と粒子的観点   12.05.09   12 水素原子の超微細構造(Curr. P)  12.08.18
03 確率振幅   12.05.30   13 結晶格子内における伝播  12.09.13
04 同種の粒子   12.06.08   14 半導体 12.09.17
05 スピン1 (2nd Page)  12.06.20   15 独立粒子近似  12.09.27
06 スピン1/2 12.07.04   16 振幅の位置依存性 12.10.04
07 振幅の時間依存性   12.07.07   17 対称性と保存性 (4th Page) 12.10.24
08 ハミルトニアン行列  12.07.12   18 角運動量   12.10.31
09 アンモニア・メーザー 12.07.20   19 水素原子と周期律表  12.11.02
10 他の2状態系 12.08.05   20 演算子  12.11.26
11 さらに2状態系について  12.08.16   21   古典的状況のもとでの
シュレーディンガーの方程式  
12.11.29
       


12.水素原子の超微細構造 2012年08月18日

 「量子の森」は大変広いのですが、ようやく量子力学の最初の核心部分、すなわち水素原子の超微細構造に入ってきました。私は、今までこのあたりから理解があやふやになってきて、角運動量あたりで挫折するのが常でした。そういう意味で、この章を理解できるかどうかがポイントの一つといえます。例によって、ファインマンの説明を記します。「本章では、水素原子の”超微細構造”の問題をとりあげることにする。というのは、この問題はこれまでやってきた量子力学の物理的に極めて興味深い例題となっているからである。これは、2状態系より多くの状態をもつ一例であり、またそれは、量子力学をやや複雑な問題に適用する方法を説明するのに役立つからである。それは十分に複雑であるため、ひとたびこの問題の扱い方を理解すれば、諸君はただちに、あらゆる種類の問題へ一般化する方法を知ることができるのである。」 本当かな?本当に理解できたらうれしいですね。

 最初に、水素原子のおおよその構造を説明しています。「周知のように、水素原子は陽子とその近傍にある電子とから構成されている。そしてその電子は、多くの離散的なエネルギーをもつ状態のうちのどれか一つの状態に存在している。そして、それぞれの状態で、電子の運動のパターンは相違している。 中略 ところが、電子や陽子はスピンをもっている。そのため、いわゆる水素原子の基底状態といわれている状態でさえ、本当は単一の決まったエネルギーをもつ状態ではない。これらのスピンが原因となって、そのエネルギー準位に”超微細構造"を生じるのである。これは、すべてのエネルギー準位をいくつかのほとんど等しいエネルギーをもつ準位に分裂させるという現象である。」

 まず、電子のスピンと陽子のスピンは、それぞれ”上向き”か”下向き”のどちらかの方向を向いているものとします。したがって、原子のそれぞれの力学的状態に対して、可能なスピン状態が4個存在することになり、それを次のように基本状態とします。

  状態1(|1>): |++>; 電子上向き、陽子上向き
  状態2(|2>): |+->; 電子上向き、陽子下向き
  状態3(|3>): |-+>; 電子下向き、陽子上向き
  状態4(|4>): |-->; 電子下向き、陽子下向き
ここで、二つのプラス・マイナスの記号のうち、1番目のプラス・マイナスは電子のスピンの向きを表わし、2番目のものは陽子のスピンの向きを表わすものとします。なお、水素の基底状態を調べようとするときは、特に運動量を考慮して状態を規定する必要はないとのことです。

 任意のスピン状態|ψ>に対して、基本状態の線形結合として書きます。
  |ψ> = |++><++|ψ> + |+-><+-|ψ> + |-+><-+|ψ> + |--><--|ψ>
      = |++>C1 + |+->C2 + |-+>C3 + |-->C4
ここで、C1 = <++|ψ>、C2 = <+-|ψ>、C3 = <-+|ψ>、C4 = <--|ψ> です。

 これは、四つの確率振幅Ciを与えれば、スピン状態|ψ>は完全に記述されるということだそうです。そして、これらの4個の確率振幅が時間とともに変化するときには、その時間的変化の割合は演算子H^によって与えられるということです。よく分からないなー。ファインマンは、ある発見的な議論にもとづいて、このハミルトニアンを導き出しますが、当然ここですべてを記述できません。いつものとおり、ポイントのみを拾って記述します。

 前章において、1個のスピン1/2の粒子のハミルトニアンを、シグマ行列(あるいはそれと正確に等価なシグマ演算子)を用いて記述することができるという話がありましたが、2個のスピンをもつ体系を記述するのに、これと似た方法を導入するのだそうです。それは、”シグマ電子”(σex、σey、σez)と”シグマ陽子”(σpx、σpy、σpz)というもので、ファインマンはこれを”発明する”といっています。すべてを記述できないのですが、一部の例を掲げます。
  σey|++> = i|-+> 、    σey|-+> = - i|++>
  σey|+-> = i|--> 、    σey|--> = - i|+->

  σpx|++> = i|+-> 、    σpx|-+> = - i|-->
  σpx|+-> = i|++> 、    σpx|--> = - i|-+>
   *プラス・マイナスが並んだ意味は、1番目が電子の向きで、
    2番目が陽子の向きです。そして、σ電子σeは1番目の
    電子の向きに対して演算し、σ陽子σpは2番目の陽子
    の向きに対して演算します。

さらに、もっと複雑な二つのσ^演算子の積があります。これも一部の例だけ掲げます
  σexσpz|++> = +|-+> 、     σexσpz|-+> = +|++>
  σexσez|+-> = -|--> 、     σexσpz|--> = -|+->
どうです?これだけではさっぱり分かりませんね。とにかく数学的なテクニックが使われているということです。

 ファインマンは、ここで次のように述べています。「各種の演算子を1度だけつかって、すべての可能な演算子をつくると、16個の可能性が存在する。 中略 さて、4状態系に対するハミルトニアン行列は、4行4列の行列−その要素は16個である−でなければならないことに注意しよう。容易に分かるように、任意の4行4列の行列は−したがって、とくにハミルトニアン行列は−いま上でつくった演算子の組に対応する16個の2重スピンの行列の線形結合によって書くことができる。したがって、スピンだけを含むような陽子と電子との間の相互作用に対するハミルトニアン演算子は、上と同じ16個の演算子の線形結合によって書き表されると期待する。」

 続いて、空間に固有の対称性を反映している唯一のハミルトニアンは、一定値に単位行列を掛けたものに、σ電子とσ陽子のスカラー積を加えたもので、それは、例えば次のように表わされるのだそうです。ファインマンは、この式を量子力学の公式であるといっていますが、何がなんだかさっぱりわかりません。

 量子力学の公式:
   H^ = E0 + Aσe・σp         (12.5)

 水素原子のハミルトニアンの方程式は次のように書けます。

 運動の量子力学的法則:
   (i/(h))〔dCi/dt〕 = 破 Hij Cj     (12.6)

 そして、16個の行列要素Hij = <i|H|j>は次のようになります(行列式ではありませんよ)。
       |A  0  0  0|
   Hij = |0 -A 2A 0|
       |0 2A -A 0|
       |0  0   0  A|
そして、このことは、4個の確率振幅がみたす微分方程式(ハミルトニアン方程式)が、次のようになることを意味しています。

  (i/(h))〔dC1/dt〕 = AC1           (12.14)
  (i/(h))〔dC2/dt〕 = -AC2 + 2AC3
  (i/(h))〔dC3/dt〕 = 2AC2 - AC3
  (i/(h))〔dC4/dt〕 = AC4

ここで、ディラックが考えたスピン交換演算子Pspin exch(ディラックの公式)の導き方がでてきますが、数学的テクニックなので省略します。

 長くなって疲れてきましたが、ここで諦めるわけにはいきません。もう少し行けるところまで行ってみようと思います。定常状態のエネルギーを求めるということは、状態|ψ>に属する確立振幅Ci = <i|ψ>のそれぞれが同じ時間依存性−すなわち、exp〔(-i/(h))Et〕−をもつ特別な状態|ψ>を求めることだそうで、次のような一組の解を求めることなのだそうです。

  Ci = aiexp〔(-i/(h))Et〕           (12.17)

 この式を上のハミルトニアン方程式に代入すると、次のような式が得られます。
   Ea1 = Aa1
   Ea2 = -Aa2 + 2Aa3
   Ea3 = 2Aa2 - Aa3
   Ea4 = Aa4

 導き方は省略しますが、解として次の4つの解が得られます。

 |T> = |1> = |++>  ET = A
 |U> = |4> = |-->  EU = A
 |V> = (1/√2)(|2 +| 3>) = (1/√2)(|+-> + |-+>)  EV = A
 |W> = (1/√2)(|2 -| 3>) = (1/√2)(|+-> - |-+>)  EW = -3A

 「これで四つの定常状態と、それらのエネルギーとが分かったわけである。なお、この4個の定常状態は直交していることに注意されたい。したがって、そうしたければ、これらの状態は基本状態系としても用いることができる。こうして問題は完全に解けたということである。」 目出度し?目出度し?問題が完全に解けたようです。

 状態Wと他の3つの状態T、U、Vとのエネルギー差は4Aとなりますが、このエネルギー差に対して、21cm線(1420MCycle)のスペクトル線が対応するのだそうです。ファインマンは言います。「諸君はもうだれにも劣らないのである。諸君にもAの値を実験から求めることができる。」

 もう理解ができないことがたくさんあって、大変疲れてきましたが、最初に述べたように、本章が量子力学の最初の核心部分です。がんばりましょう。まずは、原子が外部磁場内にあるような状況のもとでのハミルトニアンを書き下ろします。
   H^ = A(σe・σp) - μeσe・ - μpσp・
これは三つの部分から成り立っていますが、第1項A(σe・σp)は、電子と陽子の間の磁気的相互作用を表します。第2項-μeσe・は、電子だけが磁場の中にあるときのエネルギーで、最後の項-μpσp・は、陽子だけが磁場の中にあるときのエネルギーです。先ほどの考察に新しい項による効果を付け加えることによって、四つのエネルギー状態が求められます。以下に式だけを書いていきます。

ハミルトニアン方程式は次のとおりです。

  (i/(h))〔dC1/dt〕 = {A - (μe + μp)B } C1
  (i/(h))〔dC2/dt〕 = -{A + (μe - μp)B } C2 + 2AC3
  (i/(h))〔dC3/dt〕 = 2AC2 -{A - (μe - μp)B } C3
  (i/(h))〔dC4/dt〕 = {A + (μe + μp)B } C4

上のハミルトニアン方程式に Ci = aiexp〔(-i/(h))Et〕を代入すると、次のような式が得られます。
   Ea1 = {A - (μe + μp)B } a1
   Ea2 = -{A + (μe - μp)B } a2 + 2Aa3
   Ea3 = 2Aa2 - {A - (μe - μp)B } a3
   Ea4 = {A + (μe + μp)B } a4

そして、解として次の4つの解が得られます。

 |T> = |1> = |++>  ET = A - (μe + μp)B
 |U> = |4> = |-->  EU = A + (μe + μp)B
 |V> = (1/√2)(|2 +| 3>) = (1/√2)(|+-> + |-+>)
     EV = A { -1 + 2√〔1 + (μe - μp)2乗B2乗/4A2乗〕}
 |W> = (1/√2)(|2 -| 3>) = (1/√2)(|+-> - |-+>)
     EW = -A { -1 + 2√〔1 + (μe - μp)2乗B2乗/4A2乗〕}

これが水素原子の一定磁場のなかでの4個の定常状態のエネルギーです。すごいですね。水素原子の磁場のなかでの超微細構造が求められたということです。すごいですね。この解は、μ = -(μe + μp)、μ' = -(μe - μp)とすると、次のように簡単になります。

 |T> = |1> = |++>  ET = A + μB
 |U> = |4> = |-->  EU = A - μB
 |V> = (1/√2)(|2 +| 3>) = (1/√2)(|+-> + |-+>)
     EV = A { -1 + 2√〔1 + μ'2乗B2乗/4A2乗〕}
 |W> = (1/√2)(|2 -| 3>) = (1/√2)(|+-> - |-+>)
     EW = -A { -1 + 2√〔1 + μ'2乗B2乗/4A2乗〕}

 これは、4つのエネルギー状態が磁場によってずれることを示しています。これが有名な「ゼーマン効果」です。この後、磁場のなかでの水素原子のエネルギー状態について、詳細に検討されていますが、省略です。最後に、スピン1の場合の射影行列が議論されています。結論だけを書いておきましょう。
            |a2乗   √(2)ac   c2乗 |     (12.53)
   <jT|iS> = |√(2)ab ad + bc  √(2)cd |
            |b2乗   √(2)bd    d2乗 |

 何となく達成感のようなものが漂ってきたような気がしますが、分からないこともたくさんあります。誰かこのぼんくら頭を助けてくれないかな?無理な注文ですね?それでは、本章をこれで終わりとします。お疲れ様でした。

                                        2012年8月18日
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13.結晶格子内における伝播 2012年09月13日

 前章で、「ようやく量子力学の核心部分、すなわち水素原子の超微細構造にはいってきました。」と書きましたが、本章ではこれまで何度も説明があった2状態系をベースに、結晶内における電子の伝播という、固体物理学の話に入ってきます。もう量子力学の”応用”物理学への適用といった局面になってしまいました。まだ基礎的概念もあやふやだというのに、本当に恐ろしいことですね。

 といって、嘆いているだけでは困るので、ファインマンの話に耳を傾けましょう??ファインマンは次のように話します。「格子が完全なものであるときには、電子が滑らかにかつ容易に−あたかも電子がほとんど真空中にあるがごとくに−結晶のなかを自由に旅することができるということは、自然界において極めて普遍的な現象になっている。この奇妙な事実こそ、金属が電気を非常に容易に伝える原因となっている。そして、このことがまた、多くの実用的な器械の発達を許したのである。」

 そして、まず、2状態系について、次のようにまとめがあります。「これまで、多くの2状態系の例について議論してきたことは憶えていよう。そこでは1個の電子が、二つの位置のうちのどちらかの一つに存在しうる場合を考えた。そして、その二つの場所のそれぞれで、電子は同じ環境のもとにあるとした。また、10-1で水素分子イオンについて論じたと同じように、電子が一つの位置から他の位置に移る振幅と、それからもちろん、同じ大きさの逆の振幅が存在するものとした。このとき、量子力学の法則は、次の結論を与えた。電子のとりうる状態としては、一定の決まったエネルギーをもつ二つの状態が存在する。そして、それぞれの状態は、電子が二つの基本的な位置のどちらにおいても、これらの二つの確率振幅によって記述される。その決まったエネルギー状態のどちらにおいても、これらの二つの振幅の大きさは時間的に一定であり、その位相は同じ振動数で時間的に変化する。一方、電子がはじめ一つの位置にあるとすると、時間が経つとそれはもう一つの位置に移っているであろう。そしてさらに時間が経過すると、はじめの位置にもどってくることになる。そのときの確率振幅は、2個の結合した振り子の運動に類似したものになっている。」 確かにこんな説明があったことは憶えていますが、難しいな??

 先ず議論の考え方として、次のような完全な結晶格子のなかの電子を考えます。「完全な結晶格子のなかのある特定の原子のところに存在する一種の”くぼみ”のなかに、電子がその場所を占めることを想像してみることにしよう。また、その電子は隣接している原子の一つのところにある別のくぼみへ移動する確率振幅をもっているものとする。それは何か、2状態系のようなものである。しかし、さらに複雑になっているけれども、電子が隣りの原子に到達すると、その後で出発点にもどる確率振幅も存在するわけである。その場合は、2個の結合した振り子ではなくて、無限個の振り子がみんな結合している場合によく似ている。」 さらにイメージを得るために続けます。「一つの調和振動子がもう一つの調和振動子と結合していて、それがまたさらにほかのものに結びつけられている。そしてこのとき、ある一つの場所に不規則なところをつくると、その不規則性はその線に沿って波として伝播してゆく。これと同じ状況が、原子の長い鎖のなかの一つの原子上に電子をおいたときにおこるのである。」 これが、結晶格子内の電子の伝播のモデルの基礎となるわけです。長かったですね。

 ここで、ファインマンは、議論を進めるにあたってのポイントを説明してくれます。 「通常、力学の問題を解析する最も簡単な方法は、一つのパルスがある決まった場所から出発したとき、それがどうなるかという具合に考える方法ではなくて、むしろ定常波の解を用いて考えることである。単一の一定の振動数の波として結晶内を伝播する変位には、ある種の方程式が存在する。さて、同じことだが−変位の場合と同じ理由によって−電子の場合にもおきる。なぜなら、電子は量子力学において、変位に対する方程式とよく似た方程式によって記述されるからである。」

 この後、量子力学的状況の定量的な解析が始まります。まず、一直線上に並んだ長い原子の列からなる一次元的な体系を考えます。次に、この原子の列のうえに、電子を1個おいたときにどうなるかを調べます。この余分の電子以外のほかの電子がどうなっているかは考えないとします。言い換えると、電子を1個追加することによって、あたかも軽く束縛された負のイオンを考えるということです。

 まず、基本状態のとり方ですが、n番目の基本状態は、電子がn番目の原子のところにいる状態によって記述します。これを基本状態|n>とよぶことにします。これらの基本状態を用いると、一次元結晶の任意の状態|φ>は、その状態|φ>が基本状態のうちの一つに存在する確率振幅<n|φ>のすべてを与えることによって次のように記述されるということです。
  |φ> = 馬|n><n|φ> = 馬|n>Cn     (13.1)、(13.2)

 ここで、電子が一つの原子のところに存在するとき、その電子がどちらかの側の原子のところにもれてゆく確率振幅があると仮定します。その確率振幅を、単位時間当たりiA/(h)とします( (h) = h/2π)。この体系に対するハミルトニアン方程式は、2状態系の場合の類推から、次のような方程式から構成されるのだそうです。私には不明ですが。
  i(h)(dCn(t)/dt) = E0Cn(t) - ACn+1(t) - ACn-1(t)   (13.3)

 右辺の第1項の係数E0は、物理的には、電子が原子の一つからもれ出てゆくことがないとしたときに電子のもっているエネルギーです。第2番目の項は、単位時間あたりに、電子が(n+1)番目のくぼみからn番目のくぼみにもれてはいってくる確率振幅を表わします。最後の項は、(n-1)番目のくぼみからn番目のくぼみにもれてはいってくる確率振幅を表わします。

 いま考えている結晶は非常に多くの原子から構成されている(無限個の原子からなる結晶)と考えて、無限に多くの状態が存在すると仮定しています。

 まず、決まったエネルギーをもつ状態を求めます。これは、確率振幅が時間的に変化するとき、それらの確率振幅がみな同一の振動数で変化することを意味するのだそうです。したがって、次のような形の解を求めるということです。
  Cn = an・exp(-iEt/(h))          (13.5)
 ここで、anは、n番目の原子のところに電子を発見する確率振幅のうちの時間的に変化しない部分を与えるものです。この試みの解を上のハミルトニアン方程式に代入すると、次の式(無限個の未知数anに対する無限個の方程式)が得られます。
  Ean = E0an - Aan+1 - Aan-1      (13.6)

 試みの解として、a(xn) = exp(ikxn) とおくと、次のエネルギー解が得られます。
  E = E0 - 2Acoskb             (13.13)
    ここで、k:波数、b:格子間隔
 これは、定数kの値をどうえらんでも、エネルギーの解が存在することを意味し、したがって無限個の解が存在するといえるのだそうです。そして、このときの確率振幅は次のようになります。

  Cn= exp(ikxn)・exp(-i(h)/Et)      (13.14)

 これ以上、議論をそのままたどるわけにはいかないので、定性的な結論のみを記述します。ファインマンは次のように述べます。 「確率振幅の空間依存性は、exp(ikxn)であらわされる。確率振幅は、原子から原子に移動するにつれて振動するのである。」 「空間内で確率振幅が複素数の振動をしているということは−その大きさはどの原子のところでも同じであるが、ある与えられた時刻におけるその位相が、一つの原子から隣りの原子に移るにつれて、(ikb)の大きさだけ進むことを意味している。」 さらに続きます。「ある1個のkをとりあげると、それに対するある特定のエネルギーEをもつ一つの定常状態がえられる。そして、そのような状態においては、電子を発見する確率はすべての原子に対して等しくなっている−つまり、どの原子も他の原子にまさるというようなことはない。ただ位相だけが、原子が違えば違っているのである。そしてまた、その位相は時間とともに変化する。確率振幅の実数部分も虚数部分も、結晶にそって波動 ( expi〔kxn - (E/(h))t〕 ) として伝播してゆく。」

 この後、エネルギーEと波数kの関係式 E = E0 - 2Acoskbから得られる結論を次のように述べています。 「大事なことは、エネルギーは、ある領域またはエネルギー”帯”のなかではどんな値をとることもできるが、それ以外の値はとれないということである。われわれの仮定によって、結晶内の電子が定常状態にあるときには、電子はその帯のなかの値以外のエネルギーをもつことはできないのである。」 ここで、学生時代に学んだことのある”エネルギー帯”の話が出てきて、びっくりするとともに、感動?してしまいました。学生時代に学んだときには、エネルギー帯の式はアプリオリに与えられるだけで、どうしてそうなるのかはわかりませんでした。いやあ、驚いた!

 次に、時間に依存している状態の話に移ります。この意味は次のようです。 「電子がxnに存在する確率振幅がCnであるとき、それがそこに発見される確率は|Cn|2乗で与えられる。 省略 あるエネルギーをもつ電子がある領域のなかに位置していること−したがって、他の場所よりもその場所に発見されやすくなっていること−を大雑把に記述するような状態はどのように表わされるであろうか。そのような状態を表わすには、少し違っている色々なkをもつ−expi〔kxn - (E/(h))t〕のような解の重ね合わせをつくればよいのである。」 

 こうして、ある中心的な波数k0の波と、そのk0のまわりの色々な波数の波からなる”波束”の話に移っていきます。詳細な議論は省略しますが、この波束が、古典的な粒子のように行動することが導かれています。その速度、有効質量、エネルギーおよび”運動量”は次のように表わされます。

  v = ( 2Ab2乗/(h) )k
  meff = (h)2乗/2Ab2乗
  E = (1/2)meff v2乗
  meff v = (h)k

 ファインマンのことばによれば、電子は一つの原子から隣りの原子へ、パッパッパッと移動する確率振幅をもっているために、結晶全体にわたってそのような行動をすることができるということです。これが固体が電気を伝えることのできる原因ということです。すばらしい!!電子の伝導に続いて、ホール(正孔)や励起子などの固体物理の話もあります。学生のとき半導体についてこのあたりまでの理論的背景を学べていたらなあと、今現在思っているところです。

 最後に、格子のなかの不完全さによる散乱、格子欠陥による捕獲そして散乱振幅と束縛状態といった話が続きます。これらは半導体物理の重要な部分ですが、話が詳細になるので省略します(半導体は次章で取り上げられます)。

                                        2012年9月13日
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14.半導体 2012年09月17日

 前章で、結晶格子内における伝播の話がありましたが、本章では、電子工学(半導体工学)の範囲でもある半導体の話になります。説明は定性的な話が多く、また量子力学本体の理論からはややずれて、応用物理学(固体物理学)の範囲の話でもあるため、ここではキーワードを中心に簡単な説明をするだけにしたいと思います。

 その前に、ファインマンの冒頭の記述を掲げます。 「最近(といっても、1900年代中ごろのことですが)の注目すべき、かつ劇的な発展の一つとしてあげられるものは、トランジスターのような電気機器の技術開発への固体物理学の応用であった。半導体の研究によって、その有用な性質が発見され、それに伴って多くの実用的な応用がもたらされた。その分野は急速に変化しているので、今日諸君に話していることが、翌年には正しくなくなっているということになるかもしれない。それは確かに未完成の領域なのである。そして、これらの物質の研究を続けてゆくに伴って、多くの新しい、そしてさらに素晴らしいものを創り出すことが、時とともに可能になってゆくことは極めて明らかなことであろう。この書物のこれから出てくることを理解するのには、この章を理解しておく必要はないのであるけれども、少なくとも諸君がいま学んでいることのなかには、実際的世界と関係をもつものも含まれていることを知ったら、諸君はこの問題に深い興味を見出すことであろう。」

 もう誰もが知っているとおり、半導体の発展が現在のコンピュータ、通信の時代を切り開きました。学生時代には、小型コンピュータや壁掛けテレビモニターの実現、あるいは高速通信や移動通信(携帯電話等)の実現などは遠い将来の世界と思っていましたが、あっというまに全世界に広がってしまいました。技術の発展にはいろいろな問題もありますが、その世界的広がり自身は脅威的なものであるといえます。

 以下に、本章で取り上げられた順に、キーワードの簡単な説明をします。

1.半導体: シリコンやゲルマニウムのような4価の元素からなる物質です。金属ではないので、伝導度は小さいですが、非常に温度が低いときは不導体です。

2.伝導帯(エネルギー帯): 半導体結晶に何らかの方法で余分の電子を入れてやると、その余分の電子は、前章で述べたように半導体内を自由に動き回ります。その電子(自由電子)のもつエネルギーは、伝導体と呼ばれるある一つのエネルギー帯内にのみ存在します。

3.ホール(正孔): 中性の半導体から電子を1個除去すると、前章で述べたように、正の電荷を帯びた”ホール”が生成されます。これは、正電荷をもつ粒子のように振る舞い、その動きはホールが余分の電子であるとしたときと全く同じになります。自由ホールともいいます。

4.対創生: 一つの中性原子から束縛電子を引き抜いて、一対の余分の電子とホールを同一の結晶内である距離をもって引き離して創り出すことをいいます。この場合、1個の自由電子と1個の自由ホールが結晶内を自由に動き回ることになります。

5.ギャップ・エネルギー: 対創生された電子とホールの間にはポテンシャルエネルギーの差異が生じますが、そのエネルギー差異Egapをギャップエネルギーといいます。

6.不純物半導体: ゲルマニウム結晶の原子の一つを、例えば5価のヒ素原子で置き換えると、1個の余分の電子が生じ、その電子は結晶の熱エネルギーから多くのエネルギーを受け、結晶のなかを自由電子のように動き回ります。このヒ素のような不純物原子は、ドナーとよばれ、ドナー不純物の濃度の小さい純粋な結晶は、”n型”半導体といいます。
 ゲルマニウム結晶の原子の一つを、例えば3価のアルミニウムで置き換えると、1個のホールが生じ、正の担体として結晶のなかを自由ホールのように動き回ります。このアルミニウムのような不純物原子は、アクセプターとよばれ、ホールが過剰になっている物質は、”p型”半導体といいます。

7.電気伝導率: 不純物半導体のなかの自由電子(またはホール)は、不純物原子によって散乱されます。その電気伝導率は、次のようになります。 
  σ = (Nnqn2乗τn)/mn + (Npqp2乗τp)/mp

8.ホール効果: 半導体のブロックに電場をかけて、さらに電流に直角な方向に磁場をかけると、電流と磁場に直角な方向に表面電荷密度が生じ、電位差が生じます。その電位差は、動くのは結晶内の電子にもかかわらず、まさしく正電荷の粒子(この場合ホール)によって電流が運ばれていると考えたときに期待されるものになっています。

9.半導体のpn接合: p型半導体とn型半導体を接合すると、接合面には静電ポテンシャルが生じます。この電位の変化は、境界面上の比較的狭い領域でおきます。その平衡状態のもとでは、正味の拡散電流は0となります。熱電効果や太陽電池は、半導体のpn接合面での現象を利用しています。

10.整流作用: pn接合半導体に小さな電圧の範囲では、電位の方向によって、流れる電流が大きく異なります。この電圧・電流関係によって、pn接合半導体に交流を通すと、電流が整流されることになります。

11.トランジスター: p型、n型、p型の3つの半導体を接合したものをp−n−pトランジスターといい、増幅作用をもちます。昔は真空管が電気回路の増幅器として使われていましたが、現在はトランジスターが増幅器として使われています。n型、p型、n型の3つの半導体を接合したものはn−p−nトランジスターといいます。

                                        2012年9月17日
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15.独立粒子近似 2012年09月27日

 「独立粒子近似」とは聞きなれない言葉ですが、内容から判断すると、”結晶内のスピン波”の伝播を求める近似計算の話ということです。13章の「結晶格子内における伝播」における議論をさらに進めるということのようです。ファインマンは、この章の目的を次のように述べています。 「第13章では、結晶格子のなかを伝播する電子や、原子の励起のようなその他の”粒子”に関する理論について述べた。また前章では、その理論を半導体の問題に適用したのであった。しかし、多数の電子が存在する状況について話したとき、それらの粒子間の相互作用については、これを無視してきたのである。そうするのはもちろん、一つの近似にすぎない。この章では、電子間の相互作用が無視しうるという考え方に関して、さらに議論することにしよう。また、この機会を利用して、粒子の伝播の理論の応用に関してもう少し調べることにしよう。」

 だんだんと数学が難しくなってきたようですね。ついていくのが大変になってきましたが、がんばってみます。最初の例は、強磁性体の結晶内における”スピン波”です。各原子内の電子は、ただ1個を除いてすべて対になっており、したがって磁気的効果はすべて原子当たり1個のスピン1/2の電子だけからくるとするモデルを考えます。またさらに、これらの電子は格子内の各原子の存在する位置に局在しているものとします。このモデルは、大雑把にいって金属ニッケルに対応しているのだそうです。

 まず、任意の2個の隣り合って自転している電子間に相互作用がはたらいていて、それは系に次のようなエネルギーを与えると仮定します。
   E = -琶j(Kσi・σj)
 すると、すべての原子が一直線に並んでいるような1次元格子の場合は、系のハミルトニアンは次のようになります。
   H^ = -馬((A/2)σ^n・σ^n+1j)

 ここで、n番目の原子の座標xnのところに1個の電子が下向きのスピンをもって局在している状態(その他の電子はみんな上向きにまわっている状態とする)を、状態|xn>と表わします。ハミルトニアンが状態|xn>に作用すると、状態|xn-1>および状態|xn+1>に存在する確率振幅が現れ、ハミルトニアンは次のようになるのだそうです(だんだんと自信がなくなってきました)。
   H^|xn> = -A {|xn+1> +|xn-1> -2|xn> }

 途中の説明は省略しますが、ある状態|ψ>が状態|xn>に発見される確率振幅をCn = (定数) exp(ikxn)・exp(-iEt/(h)) とし、ハミルトニアン方程式は、次のものを使います。
   i(h)(dCn/dt) = 馬(HnmCm)
 すると、ハミルトニアン方程式の解は、伝播定数kで格子(格子定数はb)に沿って伝わり、かつエネルギーがE = 2A(1 - coskb) である確率振幅Cn(下向きのスピンの確率振幅)に対応するものとなるということです(ますますちんぷんかんぷんとなってきましたね)。

 この一定のエネルギーをもつ解は、下向きのスピンの”波”、すなわち”スピン波”に対応するものだそうです。そして、それぞれの波数に対して、それに対応するエネルギーが存在します。また、スピン下向きの電子が格子の一部に局在している状況は、”波束”に対応します。このとき、この下向きのスピンは”粒子”のようにふるまうということです。この粒子は”マグノン”とよばれ、次のような有効質量をもちます。
   meff = (h)2乗/(2Ab2乗)

 うわー、何かすごい結果が得られたようです。スピン波とその波束であるマグノン粒子が数式から導かれたようです。いやー、驚きです。

 続いて、下向きのスピンが2個あるときどうなるかについて議論があります。ここでの議論は、非常に大雑把な近似をもちいて、解を求めています。議論は省略しますが、結果は次のようになります。
   Cn = (定数) exp(ik1xn)・exp(ik2xn)・exp(-iEt/(h))
   E = 4A - 2Acosk1b - 2Acosk2b)

 これは、2個の完全に独立かつ単独のスピン波(波数 = k1、k2)、すなわち2個の粒子が存在すると解釈できることになります。それらのうちの一つはk1で記述される運動量をもち、もう一つはk2の運動量をもっていて、系のエネルギーは二つのものがもつエネルギーの和で与えられるということです。

 とうとう、2個のスピン波の話まで来てしまいました。完全には理解できませんが、スピン波の数学的イメージが少し分かったような気もしてきました???以上をまとめると、次のようになるようです。すなわち、粒子間の相互作用を全く考慮しないときには、各粒子を独立粒子と考えることができる。各粒子は、それらがただ1個だけ存在するときのように、個々別々に色々な状態に入ることができる。その全体の確率振幅はそれぞれの確率振幅の積で表され、そのエネルギーはそれぞれのエネルギーの和で与えられる。ただし、それらの粒子が同種粒子であるときは、問題によってボース粒子またはフェルミ粒子のどちらかとして取り扱わなければならないので、注意を必要とするとのことです。

 続いて、独立粒子近似の有機化学への応用例が取り上げられます。具体的には、エチレン分子、ベンゼン分子、1,3-ブタジエン分子、さらには葉緑素まで取り上げられています。説明は定性的な話となっており、長くなるので省略しますが、ファインマンが有機化学者の研究態度について、物理学者のそれと比較して次のように述べています。 「このような状況にあるとき、化学者のやることは、似たような種類の分子をたくさん分析して、ある種の経験法則をうることである。結合エネルギーを計算するときには、これこれのAの値を用いるが、近似的に正しい吸収スペクトルをうるには別の違うAの値を用いる。諸君は、それはちょっとばかり筋の通らない話だと思うだろう。自然を第1原理から理解しようとする立場からみれば、そんなことをするのははなはだ不満足である。しかし、化学者にとっての問題は、それとは違うのである。彼は、これまで作られたことのない、あるいは、その性質がまだよく分かっていない分子に何がおきるかを、前もって推測しなければならない。彼が必要とするものは一連の経験則であって、その法則がどこからくるものであるかということは、彼らにとってはあまり問題ではない。つまり、彼は、理論を物理屋とは全然違うやり方で利用するのである。彼は方程式系がそのなかに真理の影を映しているとは考えているけれども、しかしそのとき方程式系のなかにある定数を−経験的に補正することにより−変更してしまうのである。」

 さらに続きます。 「ベンゼンの場合、その矛盾の主な理由は、電子が独立であるとするわれわれの仮定にある−われわれの出発点とした理論は本当は正当なものではない。それにもかかわらず、その理論は真実の影をある程度は反映している。なぜなら、その結論は正しい方向に向かっていると考えられるからである。そのような方程式系プラスある経験則−色々な例外を含んではいるが−を利用することによって、有機化学者は、彼が研究テーマとして選んだ複雑な物質の場合に現れる困難を克服する道を開くのである。(物理屋が実際に第1原理から計算することのできる理由は、彼が簡単な問題だけしか選ばないからであるということを忘れてはならない。物理屋は、42個はもちろん、6個の電子の問題でさえ決して解こうとはしない。これまで、物理学者が合理的かつ正確に計算できた問題は、水素原子とヘリウム原子の場合だけなのである。」

 なるほど。なるほど。私も電子工学を勉強しましたが、物理屋の法則は根本的には理解できないけれども、よくわからない中でそれらを利用して研究しました。それはそれで研究は進むのですが、最後になると、その基本的原理を知っておかないと研究が行き詰ってしまうように思いました。まあ、それが量子力学に興味をもったそもそもの理由ですが、他分野の能力のない研究者にとっては、敷居が高すぎたようです。

 最後に、独立粒子近似の考え方の応用として、電子のエネルギー殻への格納と元素の周期表の仕組み、それに、原子核構造の解析(”スピン-軌道相互作用”の話が出てきます)が取り上げられます。そして、ファインマンは、独立粒子近似について、次のように締めくくっています。 「独立粒子近似は−固体物理学から、化学、生物学、核物理学にいたるまでの−広い領域にわたる問題に対して有効であることが分かった。それは極めて荒っぽい近似にすぎない場合が多いのであるが、しかしそれでも、なぜとくに安定な状態が−殻という形で−存在するのかという問題に対する理解を与えることができる。この近似では、それぞれの粒子間の相互作用による複雑さをすべて無視してしまうので、多くの重要な詳しい性質に対して正しい結果を与えない。しかし、そのような欠陥があっても、それは別に驚くには当たらない。」 ふーん、なるほど。物理学における”近似”の考えが少し分かりました。それでも、”どういう場合に、どのような近似法が適切なのか”は、実際の物理についての深い知識と経験がないと、実際上近似法は使いこなせませんね。

                                        2012年9月27日
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16.振幅の位置依存性 2012年10月04日

 この章より、お待ちかね?の波動関数とシュレーディンガー方程式に入っていきます。お待ちかねというのは、今まで、なぜシュレーディンガーの方程式が提示されていないのに、2状態系の話とそれの応用問題などの説明ばかりが続くのかなと思っていたからです。というのも、一般的な量子力学の本では、シュレーディンガーの方程式がアプリオリに提示され、それから近似計算による応用問題への適用へと進んでいくのが普通ですが、ファインマン流はどちらかというとそれとは逆の流れで説明されてきているように思います。ファインマンは、本章の冒頭で次のように述べています。 「ここでは、量子力学の確率振幅が空間内でどのように変化するかという問題について議論する。これまでの章の一部で、諸君は何かがおき忘れられているような不愉快な感じをもったことと思う。」

 そして、さらに次のように、この章の意図を述べています。 「諸君はどういうわけで、より完全な理論からスタートして、話が進むにしたがって近似を行うといったことをしないのかと、いぶかしく思っているかも知れない。われわれは、諸君が量子力学の基本的なからくりを理解するのには、2状態系の近似からスタートして、それから徐々により完全な理論までやるほうが、別のやり方で問題に接近するよりも、よりやさしいだろうと思ったからである。こういうわけで、われわれの問題への接近の仕方は、諸君が普通の多くの書物でみるやり方と反対の順序になっているようにみえるのである。」

 「この章の主題にはいってゆくにつれて、諸君はこれまでわれわれがいつも従ってきた約束を破っていることに気付くことであろう。これまでは、どんな問題をとりあげたときでも、われわれはつねに多かれ少なかれ、その物理の完全な記述を与えようとしてきた。そして、諸君にその考え方から何が導かれるかを理解できるように、ある特定の問題について詳しく説明するだけではなく、その理論からえられる一般的な結論をも述べておこうとしたのであった。」

 「ところがここで、その約束を破ろうとしているのである。ここでは、空間内における確率振幅を調べる方法について述べ、そしてその確率振幅のみたす微分方程式を示そうというのである。しかし、この理論からえられるたくさんの結果に立ちいって、それについて議論する時間はもう残っていない。実際、この理論と、これまで利用してきた−たとえば水素分子やアンモニア分子に対する−近似的理論との関係について十分に論ずることもできないと思う。こんどだけは、われわれはその仕事を未完成かつ尻切れトンボのままに残さざるをえない。この議論も終わりに近づいている。それで、諸君に量子力学の一般的な考え方の序論を与えることと、これまでに述べてきたことと量子力学の問題に対する別のやり方との関係を示唆することだけで満足せざるをえない。これから述べようとしている方程式の詳しい内容について、自分で勉強したり、またほかの書物を読んで学ぶのに差しつかえのない程度のものの考え方を諸君に与えられれば幸いであると思っている。要するに、何ものかを将来に残さざるをえないのである。」

 前置きが長くなりましたが、いよいよ量子力学の真髄に入っていきたいと思います。前章で学んだように、結晶内における確率振幅の波は粒子のようにふるまうので、一般的な量子力学的記述においても、粒子は格子内におけると同種の波動的な性質を示すと考えます。すなわち、一線上に並んでいる格子を考えて、その格子間隔bを小さくしていったとすると、その極限では、電子がその線上のあらゆる場所に存在しうると考えることになります。これによって、確率振幅が連続的に分布している場合に移ることができるということです。 ファインマンは次のように述べています。 「電子を発見する確率振幅は、その線上のどこにでも存在するわけである。これが、真空中の電子を記述する方法の一つなのである。いいかえると、空間は非常に接近している無限個の点によって番号づけられるものと考えて、ある1点における確率振幅と、それに隣り合っている点における確率振幅とを関連させる方程式が求められれば、空間内における電子の量子力学的な運動法則がえられるというわけである。」

 詳細な議論をここで記述することはできませんので、例によってポイントのみ記述していきます。第13章において、確率振幅Cnの時間的変化がハミルトニアン方程式で記述されることを述べましたが、ここではそれに準じて、次の形のハミルトニアン方程式を使います。
   i(h)dC(xn)/dt = E0C(xn) - AC(xn + b) - AC(xn - b)   (16.7)
      ここで、C(xn) ≡Cn = <xn|ψ>       (16.8)
   C(xn) = exp( -iEt/(h) )・exp( ikxn )       (16.9)
   E = (E0 -2A) + Ab2乗k2乗

 ここで、波数kの値を一定に保ちながら、格子間隔bを0にもっていったときどうなるかを調べます。もちろん、議論の詳細は省略しますが、次のような微分方程式がえられます。
   i(h)dC(xn)/dt = -{ (h)2乗/2meff } ∂2C(x)/∂x2    (16.12)
 これは、C(x)−x点に電子を発見する確率振幅−の時間的変化の割合が、位置についての2階の微分係数に比例するということです。

 実は、これは、自由空間内における直線上の電子の運動に対するシュレーディンガー方程式とまったく同一の方程式となります(meffを電子の自由空間における質量mにおきかえます)。すなわち、シュレーディンガーが発見した方程式は、次のとおりです。

 シュレーディンガー方程式:
   i(h)dC(xn)/dt = -{ (h)2乗/2m } ∂2C(x)/∂x2     (16.13)

 すごいですね。驚きです。シュレーディンガー方程式が、格子内における電子の伝播から導くことができるのですね。ファインマンは次のように述べています。 「われわれは、とくに諸君にここでやったような考え方でシュレーディンガーの方程式を導かせようという意図をもっているわけではなく、ただその考え方の一つを諸君に示したかっただけのことである。シュレーディンガーが最初にその方程式を書きくだしたときには、ある発見的な議論と、ある素晴らしい直感的な推察にもとづいて、ある種の導き方を与えた。彼が用いた議論の一部は間違ってさえいたのであるが、しかしそんなことは問題ではない。ただ重要なことは、その最終的にえられた方程式が、自然を正しく記述しているということである。したがって、うえのわれわれの議論の目的は、単に、量子力学の正しい基礎方程式が、一直線上に並んでいる原子に沿って運動する電子の極限の場合にえられる方程式と同じ形をもっていることを示したかったのである。」

 さらに、ファインマンは、この方程式の意味を次のように述べています。 「この事実は、(16.13)の微分方程式(シュレーディンガーの方程式のこと)を、直線に沿って1点から次の点に移動する確率振幅の拡散を記述するものであると解釈することができることを意味している。すなわち、1個の電子がある1点に存在する確率振幅をもつとき、その電子は少し後では、隣接点に存在する確率振幅をもっているのである。事実、この方程式は第U巻で利用した拡散方程式によく似た形をしている。しかし、一つ重要な相違点がある。それは、時間微分の前にある虚数係数の存在である。そしてそれが、細い管に沿って拡がってゆく気体の場合におきるような通常の拡散とは完全に違ったふるまいをつくり出すのである。通常の拡散の場合には、実数の指数関数で表わされる解を与えるのであるが、(16.13)の解は複素数の波動を表わしている。」

 ここから、格子上の原子に関連して電子の運動を考えるのではなく、最初に戻って、空間内の自由粒子の運動を記述します。すなわち、一つの連続体に沿って運動する1個の粒子のふるまいについて、無限個の可能な状態として扱います。したがって、有限個の状態を扱うためのこれまでの考え方は、部分的に技術的な変更が必要であるということになります。これからは、量子力学の数学的表現に関する重要な説明ですので、少し長くなりますが、できるだけ丁寧に記述してみたいと思います。できるかな??

 まず、状態ベクトル|x>は1個の粒子が正確に座標値xの場所に位置している状態を表わすものとします。そして、状態|x>を基本状態として採用します。次に、ある状態|ψ>があるとすると、この状態を記述する方法の一つは、電子がそれぞれの基本状態|x>に発見される確率振幅のすべてを与えなければなりません。この無限個の確率振幅を<x|ψ>と書くことにします。これらの確率振幅は、複素数であって、xのそれぞれの値に対して1個の複素数が対応します。したがって、次のように確率振幅C(x)を定義します。
   C(x) ≡ <x|ψ>     (16.14)

 1個の粒子がある決まった運動量と、それに対応するエネルギーをもっているとき、任意の位置xにそれを発見する確率振幅は、次のようになります。
   <x|ψ> = C(x) ∝ exp(ipx/(h))    (16.15)
 この式は、空間内の異なる位置に対応する基本状態を、もう一つの別の基本状態系−特定の運動量をもつすべての状態−に結びつける量子力学における一つの重要な一般原理を表わしているそうです(一定の運動量をもつ状態は、ある種の問題に対しては、xにある状態よりも便利なことがしばしばあるとのことです)。

 ここで、関数C(x)の記法を次のように変更します。この関数ψ(x)は、”波動関数”とよばれているものです。

 波動関数:
   ψ(x) ≡ C(x) = <x|ψ>         (16.16)

 ところで、記号ψが二つの別の使い方をされているので、注意をする必要があります。(16.14)では、ψは電子のある特定の物理的状態に与えた標識を示すものでしたが、(16.16)の左辺では、記号ψは線上の各点に配置された確率振幅であり、xの数学的な関数を定義するのに利用されているということです。

 ここで、重要な電子を発見する確率について述べられています。すなわち、「状態ψにある電子が、位置xに発見される確率振幅としてψ(x)を定義したのであるから、ψの絶対値の2乗をもって、電子を場所xに発見する確率であると解釈したくなる。ところが不幸なことに、1個の粒子を正確にある特定の点に発見する確率はゼロなのである。一般に電子は、線上のある領域のなかに拡がっている。そして、線上のどんな小さな断片のなかにも無限個の点が存在しているのであるから、それらの点のうちのどの1点に存在する確率も有限の値をとることはできない。1個の電子を発見する確率は確率分布を用いることによってのみ記述ができる。 中略 確率振幅<x|ψ>は、ある小さな領域内のすべての基本状態|x>に対する一種の”確率振幅密度”を表わすものと考えられる。」

 それで、電子をxのあたりに位置する小さな感覚凾内に電子を発見するチャンスを次のように定義します。
   P(x、凾) = |<x|ψ>|2乗凾 = |ψ(x)|2乗凾   (16.17)
 新しい確率振幅の定義にともない、電子が状態|ψ>にあるとしたとき、それを電子が別の形で拡がっている状況に対応する状態|φ>に発見する確率を、次のように定義します。

  <φ|ψ> = ∫allx <ψ|x><x|ψ>dx   (16.19)
    あるいは、
  <φ|ψ> = ∫ψ*(x)ψ(x)dx       (16.20)
    φ*(x):φ(x)の複素共役

 ここで、一つの制限、すなわち、「いかなる基本状態系であっても、それがいま考えている体系を適切に記述するためには、それらが完全系を構成していなければならない。」が、必要となるそうです。

 うわー、難しくなってきました。さらに、”一定の運動量をもつ状態”について話が進みます。先ず最初に、電子が一つの線に沿ってある分布をもって拡がっている状態のとき、この電子が運動量pをもつ確率を考えます。電子をxのところの微小間隔dxのなかに発見する確率は、次の通りです。
   P(x、dx) = |ψ(x)|2乗dx       
 状態|ψ>がもう一つの別の状態|p>にある確率振幅は、次のようになります。
   <p|ψ> = ∫<p|x><x|p>dx         (16.21)

 この電子が運動量pをもつ状態に発見される確率は、この確率振幅の絶対値の2乗によって与えられます。
   P(p、dp) = |<p|ψ>|2乗(dp/2π(h))   (16.22)
       ここで、(1/2π(h)は規格化による調整値である   

 確率振幅<p|x>および<p|ψ>は、次のようになります(私にはどうしてこうなるのか不明ですが)。

   <p|x> = <x|p>* = exp(-ipx/(h))       (16.23)
   <p|ψ> = ∫exp(-ipx/(h)) <x|ψ>dx    (16.24)

 この式(16.24)と式(16.22)を用いれば、任意の状態|ψ>に対する運動量分布が求めることができるということです。

 この後は、波動関数に対する確率分布の具体例が述べられますが、省略します。ただし、その結論から、かの超有名なハイゼンベルグの不確定性原理(凾睡凾 >= (h)/2)が、数学的に導かれます。いやー、またまた感嘆です!

 続いて、xの状態の規格化とディラックのデルタ関数(δ(x))、および1個以上の粒子の場合の話があります。概念的および数学的にはとても重要ですが、表現ができないので、またまた省略とさせてもらいます(本当はよくわからないからですが)。

 さあ、長くなりましたね。もう一息といった感じですので、私ももう少し粘ってみます。お付き合いを! もう一度シュレーディンガー方程式です。ファインマンは次のように述べています。「これまでは、空間内のあらゆる場所に電子が存在しうるような状態を記述する方法について考察してきた。そこでこんどは、色々な状況でおこりうる物理を、われわれの理論のなかに取りいれることを考える必用がある。つまり、前と同様に、状態が時間的に変化するとき、それがどのように変化するかを考える必要があるというわけである。ある状態|ψ>が、それからいくらか時間が経ったあとで別の状態|ψ'>に移るときには、波動関数−すなわち確率振幅<|ψ>−が座標だけではなく、時間の関数でもあるとすることによって、あらゆる時刻における物理的状況を記述することができるようになる。」

 まず、与えられた状況のもとにある粒子を、時間的に変化する波動関数ψ(、t) = ψ(x、y、z、t)で記述します。この時間的に変化する波動関数は、時間の経過とともに次々におきる状態の変化を記述します。以下、例によって、詳細な記述は省略し、ポイントのみ記述します。

 確率振幅の時間的変化は、次のように表わされます。

  i(h) dψ(x)/dt = ∫H(x、x')ψ(x')dx'     (16.51)
      ここで、H(x、x') ≡ <x|H^|x'>

 これは、xにおけるψの時間の変化の割合は、他のすべての点x'におけるψの値に依存するということになります。H(x、x')という因子は、電子がx'からxに跳び移る単位時間当たりの確率振幅を表わしています。そして、自然界においては、この確率振幅がxに極めて近い点x'以外においてはゼロになっているのだそうです。

 そして、突然、シュレーディンガーの発見が、次のように述べられます。「何の力も作用せず、何のかく乱もなく、空間内を粒子が自由に運動している場合には、その物理法則は
  ∫H(x、x')ψ(x')dx' = -{(h)2乗/2m}・{ψ(x)の2階微分}
である。
 どこからこれがえられたのか。どこからでもない。これを諸君の知っていることから導き出すことは不可能である。これはシュレーディンガーの精神から生まれたものである。現実の世界における実験事実を理解しようとする彼の苦闘のなかから発明されたのである。」すなわち、次の方程式がシュレーディンガーの方程式です。

 シュレーディンガー方程式:
   i(h) dψ(x)/dt = -{(h)2乗/2m}・{ψ(x)の2階微分}

 粒子にスカラー・ポテンシャルV(x)で記述される電場が作用するときは、ハミルトニアンは次のようになります。
  ∫H(x、x')ψ(x')dx' = -{(h)2乗/2m}・{ψ(x)の2階微分} + V(x)ψ(x)  (16.52)
(16.51)は、(16.52)を用いて、次の微分方程式が得られます。

  i(h) dψ(x)/dt = -{(h)2乗/2m}・{ψ(x)の2階微分} + V(x)ψ(x) (16.53)

 3次元の運動では、次のような形で表現されます。

  i(h) dψ/dt = -{(h)2乗/2m}・∇2乗ψ + Vψ    (16.54)

 ファインマンは述べます。「この方程式はシュレーディンガーの方程式とよばれ、それまでに知られていた最初の量子力学的方程式であった。この方程式は、この書物で述べてきた他のどの量子力学的な方程式の発見よりも以前に、シュレーディンガーによって書きおろされたものである。」
 「われわれは、普通とは全く異なる道筋をたどって問題を考察してきた。物質の量子力学的記述の誕生をしるす偉大な歴史的瞬間は、1926年にシュレーディンガーがはじめてこの方程式を書きくだしたときに訪れたのであった。 中略 原子的なスケールでの電子の運動を記述する正しい方程式がシュレーディンガーによって発見されたことによって、原子的な現象を定量的に、正確にかつ詳細にわたって計算することのできる理論がえられたのである。
 原理的には、このシュレーディンガー方程式を用いることによって、磁性および相対論を含む現象を除く、すべての原子的な現象を説明することができる。この理論は、原子のエネルギー準位を説明し、またすべての化学結合の事実を説明する。しかし、このことは原理的には正しいといっているだけである−問題が少し複雑なものになると、その数式はたちまち物凄く複雑になってしまう。一番簡単な問題以外は、どれも正確に解くことができなくなってしまう。高い精度で計算されたのは、水素原子とヘリウム原子の場合だけである。しかし、色々な近似を用いれば、そのあるものはかなりいいかげんなものではあるけれども、もっと複雑な原子に関係した事実や、分子の化学結合に関する事実をも理解することができる。これらの近似の一部については、すでに前のこれまでの章で述べてきたわけである。」

 ようやく、シュレーディンガー方程式に到達することができました。拍手!拍手!です。まだまだ内容を十分に理解できているわけではありませんが、「ファインマンの量子力学の講義とはこうだったのか」といったイメージが大きく膨らんできました。とても幸福な気持ちでいっぱいです。ファインマンに感謝!感謝!です。

 といって、「これではい終わり」ではありません。ディラックによって発見された相対論的方程式の話が続きます。「うえに書いたシュレーディンガーの方程式では、磁場による効果を全く考慮にいれていない。この方程式に、ある項をさらに追加することによって、近似的にその効果を考慮にいれることは可能である。しかし、第W巻でみてきたように、磁気というものは本質的に相対論的効果である。したがって、任意の電磁場内における電子の運動を正しく記述するためには、正確な相対論的な方程式のもとに議論しなければならない。電子の運動に対する正しい相対論的方程式は、シュレーディンガーが彼の方程式を生み出してから1年後に、ディラックによって発見されたのであるが、これはシュレーディンガーの方程式とはまるで違った形をしている。」

 ということで、本書では相対論的方程式には立ち入って議論を行いません。私は相対論的な話も興味があることはあるのですが、正直言って、それを理解することはほとんど無理なはずなので、ほっとした気持ちです。残念!残念!

 この章の最後には、粒子が多数存在する体系の場合の方程式、および量子化されたエネルギー準位の話が続きますが、もう大変疲れたので(頭が回らないので)、ここで終わらせていただきます。

                                        2012年10月04日

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