Road to FRANCE PART1 【ワールドカップ・アジア最終予選篇】
日本対アラブ首長国連邦

1997年10月26日 東京・国立競技場

午後3時35分

天皇賞・秋。東京競馬場。全馬ゲートイン。私は後楽園のJRA WINSで小さなモニターを見上げていた。スタート! 1番人気は圧倒的にバブルガムフェロー。2番人気のエアグルーヴとの馬連はわずか3.1倍。私が買ったのは、エアグルーヴの単勝4倍。さらに、ジェニュインとロイヤルタッチの複勝それぞれ1000円ずつ。自信は、ない。投資するお金も、ない。馬連は3頭のボックスを500円ずつで3通り1500円。合計4500円では、エアグルーヴが優勝してもマイナスである。こんな買い方は意地以外のなにものでもない。バブルに死角は見あたらない。唯一、ここ7年1番人気が勝っていないというジンクスぐらいか。1番人気を蹴るのに理由はひとつ、「1番人気だから」。別にジンクスをかついだわけではなく、私の競馬スタイルなのだから、しかたがない。私は、今年の天皇賞に「参加」したかっただけだ。

直線マッチレース

第4コーナーを回って最後の直線。1番人気と2番人気が馬体を合わせてゴールへ疾走する。3番手以下は完全に引き離される。バブルかグルーヴか。「どっちだ!」馬券売場のモニター前は騒然となる。わずかに外エアグルーヴの脚色がいい。「グルーヴだ! ようし!」。首差か。しかし、たしかにエアグルーヴだ。私はすぐさま払い戻しの列に並んだ。

5800円

確定まで、時間がある。どうやら、3着4着は写真判定。なんと、ジェニュインとロイヤルタッチだ。どちらがきても、複勝は的中である。単と複を別の馬でとるとは、実にみごとな予想ではあるまいか。しかも、1・3・4着を買っているのだから、1番人気の2着以外は完全勝利といっていい。しかし、プラスはわずかに1300円。それでも私は自分のつきを信じた。私はこの幸運を国立へ持っていくことにした。

国立よ、青く染まれ

午後6時。8番ゲートをくぐった私の目に飛び込んできたのは、青い波だった。国立が真っ青に染まっている。青ビニールがそこここで打ち振られている。「ニッポン! ニッポン!」コールがこだまする。キックオフ1時間前、すでにテンションは高い。席につくと同時にウェーヴの波がやってきた。日本のサポーターは、いまも熱い。泣くまいと思っても、こみあげてくるものはどうしようもない。「ニッポン! ニッポン!」

必ず勝つ

私が国立に見に行った代表の試合では、すべて日本代表が勝利している。このジンクスを、盲目的に信じた。「俺が、フランスに連れていく」と高言してはばからなかった私だ。ウズベキスタン戦の日本の奇跡的同点劇に続いてUAEはカザフスタンに0-3で完敗した。しかも、UAEの7番バヒード・サイードは乱闘を起こしてレッドカード。日本戦には出れない。これで、日本に自力2位の可能性が生まれた。流れは日本に向いている。UAEとカザフを自力でたたけば、フランスへの道が見えてくる。引き分けでは、UAEを逆転できない。勝つしかない。道はそこに見えている。

再会

私の席はN列12番。13と14は名古屋のKさんとカザフ戦チケットと交換した。15と16は、チケットセゾンに徹夜で並んだ戦友のOさんのカップルだ。「会えましたね」。Oさんたちがやってきた。6時10分。彼らは紙吹雪を用意してきていた。回りに配って協力を求める。ピッチにUAE選手が現れただけで、すごいブーイング。対して日本には大拍手と「ニッポン!」コール、それに紙吹雪。あ、都並だ! 水沼だ! テレビのレポーター役だろうかゆっくりと青ビニを振り回してグラウンドをアウェイゴール裏まで歩いてくる。スタンドからは、大きな「ツナミ! ツナミ!」コール。日本代表を愛してやまない都並。いまだに現役にこだわる都並。都並と日本代表との強い結びつきについては一志治夫『狂気の左サイドバック』(新潮文庫)をぜひ読んで欲しい。

4-4-2

スタメン発表。またもや紙吹雪。システムは前日の紅白戦と同じ4-4-2。イエローの累積で出られない井原の代わりに斉藤。もうひとりのセンターバックは秋田、左相馬、右名良橋。1ボランチに本田、左名波、右中田、前に北澤でダイヤモンド形に中盤を形成する。2トップはカズと呂比須。UAEで要ケアは15番のモハメド・アリ。キラーパスがある。Kさんたちもキックオフ前に到着。私は、この寒さにもかかわらず、シャツを脱いでTシャツになった。そう、オフト・ジャパン・ユニフォームレプリカだ。用意は整った。

選手入場

あの、独特の低音のイントロが鳴り響いた。「ウォーーー」という大歓声。審判と選手がフィールドへ。すでに興奮は最高潮に達している。空に白く吹雪が舞う。国歌斉唱。UAE国歌にも、ブーイングなし、わずかながら拍手。礼儀にかなっている。君が代は中島啓江。そして、日本のキックオフ。私の真ん前には日本がめざすゴールがある。

抜いた!

まず、最初のコーナーキックをとる。これはキーパーキャッチ。つづくチャンスに呂比須が左足シュート、惜しくもキーパー正面。呂比須のキレがいい。UAEセンターライン付近からのフリーキックから日本のカウンター、カズがダイレクトで呂比須につなぐ。呂比須は右サイドを駆け上がり、ディフェンダーを翻弄する見事なトラップで鮮やかに抜き去る。

ビューティフルゴール!

そのまま呂比須は私の目の前で、右足を一閃。低い弾道のシュートはキーパーの届かないゴール左隅のポストに当たり、中に跳ね返った。「ゴールだ! 入った! 入った!」興奮した私は立ち上がった拍子に前の女性の頭を思いっきり肘打ちしてしまった。ごめんなさい、ごめんなさい。平謝りに謝りながらも、歓喜の余韻にひたる。開始わずか3分。あそこしかない、というコースへの芸術的なゴールに、私はしたたかに酔った。私のつきは、日本代表に乗り移っている。

もう1点

日本はそれからも攻勢。攻めまくる。呂比須はきついマークにあいながらも走り回っている。北澤も水を得た魚のように突進する。きょうの日本には戦う意志がみえる。しかし、不用意なファウル多し。この時間帯に1点ほしい。1-0では事故が起きてしまう。

イエローの嵐

本田にイエロー。北澤も後ろからつっかけてイエロー。試合は荒れ気味。UAE選手にもイエローが出る。次第にペースが落ち着いてUAEが盛り返す。日本が止めると必ずレフェリーが手を挙げてフリーキックの地点を指し示す。どうもファウルが多すぎる。このコスタリカの審判も注意が必要か。つづけていやなところからのフリーキック。

まさか

蹴るのはモハメド・アリの模様。「ヨシカツ!」コールに応えて川口が難なくキャッチ。ほっとしたら、またフリーキック。右サイドからゴール前左に上がったボールがヘディングで右隅へ。「え? 入ったの?」そんなばかな。しかし、現実はたしかに1-1。

引き分け狙い

同点に持ち込んだUAEは露骨な時間引き延ばし策に出る。キーパーが痛み、長時間横たわる。あれは演技ではないか。倒れるタイミングが不自然だ。バックスで球を回す。攻めには人数をかけず、自陣ゴール前を固めてカウンター狙いに徹する。これではUAEの思うつぼだ。キーパーがいいだけに、これでは点はなかなか取れない。

サポーターは燃える

前半終了。ハーフタイムもウェーヴで観客席は盛り上がる。ゴール裏だけでなく、スタンドが全部一体となって揺れている。「日本のゴールが見た〜い(見たい!)見た〜い(見たい!)見た〜い(見たい!)日本のゴールが見た〜い ララ ランランラララ〜」

(ここはぜひ一緒に歌いましょう。はい!)

「日本のゴールが見た〜い(見たい!)見た〜い(見たい!)見た〜い(見たい!)日本のゴールが見た〜い ララ ランランラララ〜」

あくまでも勝ちにいく

後半開始早々、モハメド・アリが足の痛みで交代。これでますますUAEはディフェンシブに引く。日本は本田に代えて山口を投入。「ヤマグチ!」コール。呂比須が倒されてUAEにイエロー。小競り合い。どうも呂比須のマーカーが相当しつこいのか。カズが怒っている。フリーキックを呂比須、わずかにゴールをはずれる。惜しい。今度はカズが倒されてフリーキック。カズ、壁に当てる。名良橋が拾ってミドルシュート! なんとポスト。惜し過ぎる。

今度はピンチ

UAEはカウンターからループシュート、川口右手一本ではじき出す。完全に1点もの。コーナーキックははずれる。危険な時間帯。あと20分。またUAEコーナーからヘッドはクロスバーがはじく。恐ろしい瞬間。心臓が止まるかと思った。

最終兵器

日本ベンチはなんと相馬に代えて城をピッチに送り出した。あと15分。3トップ。名波が下がって左サイドバックになる変則的な4-3-3。セットプレーでは秋田が上がるから、これはものすごい攻撃モードだ。大バクチ。「ジョー・ショージ!」コールは初戦のウズベキスタン戦を思い出させる。

時間は過ぎる

UAE露骨な時間稼ぎ。中田のスルーパスが通らない。名波が左サイドラインを駆け上がる。北澤は必死でボールに食らいつく。日本、大攻勢。UAEは防戦一方。ほとんどがゴール前でディフェンスに入っているので、クリアボールは全部日本が拾って攻めまくる。川口がどんどん上がる。急げ、ニッポン!

まだ見ぬ奇跡よ

あと3分。フリーキックをもらう。秋田が上がる。川口も上がろうとするが、さすがに押しとどまる。サポーターは「ミラクル! ニッポン!」を連呼。しかし、シュートまでいかない。城がキーパーチャージでイエローをもらう。キーパー、またもや倒れ込み、時間を進める。時計は45:00。もはやロスタイム。

早すぎる笛

3分はあると思ったロスタイム。5分でもおかしくない。しかし、なんと1分余で長い笛。嘘だろう? 日本のホームだぞ! カズが主審に詰め寄る。マリオ・コーチが血相を変えて怒っている。場内騒然。UAEの選手は大喜び。審判団はそそくさとピッチをあとにした。

あきらめない

一瞬静まり返ったスタジアムに、「ニッポン! ニッポン!」コールが響く。日本代表はていねいにスタンドのサポーターに礼をして回る。これで、自力2位はなくなった。しかし、ウズベキスタンか韓国がUAEに勝つか引き分ければ、日本に2位が転がり込む可能性がある。あきらめない。逆ドーハがきっと起きる。これはやがて来る歓喜の瞬間への長いトンネルなのだ。私は、たとえ結果がどうなろうと、日本代表と魂を共にしたこの2か月(あるいは3か月)を、誇りにしようと思う。そして、それに値する闘志を、信じている。

奇跡は、いまだ訪れない。

text by Takashi Kaneyama 1997

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