Road to FRANCE PART1 【ワールドカップ・アジア最終予選篇】
日本対カザフスタン

1997年11月8日 東京・国立競技場

予想外の行列

午後6時。千駄ヶ谷駅に降り立った。帰りの切符を買っておく。ダフ屋の中をすり抜け、屋台の誘惑をはねのけてもうすぐ競技場というとき。「列の後ろに並んでご入場ください。指定席の方も自由席の方も入場は並んでください」とハンドマイクの声。しかたなく、前の人につづく。延々と列は続き、外苑西通り沿いの明治公園の中をくねくねと蛇行する。果たしてキックオフまでに席につけるか心配になってくる。結局、門をくぐったのは40分過ぎだった。

人、人、人

19ゲートはバックスタンドのほぼ中央。競技場を半周する。後段U列はほとんど最上段近く。席にたどりついた時には、カザフスタンの選手紹介が終わっていた。すでに師匠は先に来ている。青山門の行列はさらにすごく、入場まで1時間45分かかったという。なんと4時15分には外苑前で列についたそう。「なんか会社行っても仕事になんなくてさ。飯食って暇をつぶして、早いかなと思ったけど、来ちゃったらすごい列で、これは遅く来たら大変だったよ」

注目の2トップ

見渡せば青、青、青。青ビニが席においてあるので、さっそく活用。名古屋のKさんたちもすでに席についている。「きょうはがんばりましょう!」日の丸、サッカー日本代表のブルーの炎、魂、その他旗が多数はためいている。いよいよスタメンの発表。城と2トップを組むのは、なんと中山! 場内からうなりのような歓声が爆発する。「♪♪オー ナカヤマ! (フッ! フッ!)ナカヤマ ナカヤマ ゴンゴール♪♪」サポーターの期待を一身に背負って、ゴンが代表に帰ってきた。

青と白のテープの滝

例の低音のイントロ。ウォーッという地鳴りにも似た響きがして、スタジアム全員が立ち上がる。選手入場。自粛要請の出た紙吹雪に代わって2万本の紙テープが両方のゴール裏から投げ込まれる。でも、やっぱり紙吹雪も舞っていた。私たちの回りを、多量の紙がくるくる回る。国歌斉唱。カザフ国歌にも拍手。君が代は中西圭三。みんなの祈りをのせて、歌声がひとつになる。

不安な出だし

キックオフはカザフスタン。日本の動きがなんかかたい。いきなり右サイドで名良橋がイエローカードをもらう。そのフリーキックは直接ゴールをねらうも川口がポストにぶつかりながらキャッチ。ゴール内に倒れ込んでしまうと1点献上になってしまうところ。

それいけ相馬!

チャンスは再三左サイドから生まれた。サイドバックの相馬がどんどん上がる。そのクロスに中山がヘッドで合わせたのが2回、いずれもゴールをはずれる。今度は、城がディフェンダーの裏でフリー、ヘディングはゴール右。さらに名波のコーナーキックにファーの中山、どんぴしゃのヘッドは左にそれる。相馬にボールが渡るたびにみんな総立ち。期待にたがわず、精度の高いボールをゴール前に供給する。が、しかしゴールはまだ生まれない。相馬は高い位置にはってチャンスメイクに徹する。その後ろは名波がカバー。これではハーフとバックが逆。積極的でいいんだけど、裏をとられなければいいが。

ニアポストの秋田

左サイド奥に転がったルーズボールを名波と北澤があきらめずに追う。キープした北澤をカザフがファウルで止めてフリーキックのチャンス。角度のないところから中田がゴール前へ上げる。飛び出すゴールキーパーとすれ違うように秋田のヘディングが炸裂、ネットを揺らす。「これからはニアポストの秋田と呼ばなきゃな」と師匠。アウェーのカザフ戦もニアから秋田だった。キーパーが飛び出すタイプなので、ニアに隙ができる。

ビューティフルゴール!

2点目も左からの崩しだった。名波から相馬へいいパスが渡り、相馬はゴールに向かってドリブル。深いところからマイナスに戻したところを中田が左足でミドルを打つ。ボールはキーパーの手をはじいてゴールに突き刺さった。「ビューティフルゴール!」師匠も感激の面もち。2-0。今夜こそ、ゴールラッシュだ。

攻める日本

なおも、攻撃の手をゆるめない。中田のミドル、相馬の切れ込み。中山のオーバーヘッドに北澤が頭で合わせるもキーパーに取られる。さらに、名波からのスルーパスをもらった中田がキーパーを引きつけてフリーの中山へ。これが微妙な高さの浮き球で、中山がジャンピングボレーで押し込もうとしたが、上にふかしてしまう。カザフのチャンスは川口の正面に飛んだミドルシュートぐらいで、中盤を完全に日本が支配している。前半にもう1点ほしい。

オー ナカヤマ!

ペナルティエリア右から名波のフリーキック。ファーサイドに後ろから中山が飛び込んだ。ディフェンダーを弾き飛ばして体ごとボールにぶつける。豪快なゴンゴール! 「♪♪オー ナカヤマ! (フッ! フッ!)ナカヤマ ナカヤマ ゴンゴール♪♪」ついに中山が得点した。4年前、修羅場を戦った男の意地を見た。中山は下にカズ11番のユニフォームを着ていて、それをスタンドに見せたらしい。カズの分も頑張るぞ、ということか。いい男だぞ、中山!

前半終了

3-0で折り返す。もう安心していいだろう。あとは何点とるかだ。みんなの笑顔が晴れやかだ。今日はなんていい日なんだろう。この試合なら、泣かない。泣かないぞ。

超満員の場内に溜息

後半開始。早くもフリーキックから中田が凄いシュート。キーパーがはじいたところに中山が詰めるが、インサイドキックはゴールポストの外。今度は城、センタリングを胸でワントラップ、キーパーと1対1。左足のインサイドでゴール右に流し込むがなんとポスト直撃。

カザフだって意地がある

流れが落ち着く。カザフは積極的にボールを取りに来た。3点リードされているから当然といえば当然。日本もゆっくりバックで回していられない。中盤で不用意なパスをカットされるとカウンターでピンチになる。甘くないぞ、ワールドカップ予選は。中盤で楽にボールを持たせてもらえなくなってきた。しかも、やはり相馬が上がった裏のスペースを使われている。ここでタイミングよく選手交代。中山に代えて高木、名良橋に代えて中西。カザフは190センチのズバレフを下げた。ズバレフは今日はまったく目立たなかった。秋田はマークに自信をもってやっていた。

またもゴールに嫌われるが

ゴールほぼ正面やや右でフリーキックをもらう。直接狙った名波のキックはクロスバーに当たってしまう。そのこぼれでコーナーキック。再び名波。ボールはファーポストにいた井原の足元へ。これをボレーで決めて4-0。

川口、動けず

試合の大勢はもはや動かない。しかし、カザフも反撃。日本のクリアミスからロギノフがシュート。これは川口が押さえる。今度はゴール正面のフリーキックをエフテーエフが直接左隅に決める。カベの枚数が足りなかったか。4-1。川口には勉強になっただろう。

アジアの大砲、復活ののろし

相馬は相変わらず冴えている。グラウンダーでセンタリング、高木は右足のアウトサイドでゴール右に押し込む。5-1。「タカーギ・タクヤ!」コール。大砲が今日は足技を見せた。北澤に代えて森島、コトフに代えてチョツシキンが入る。あとはエピローグに過ぎない。高木がペナルティエリアの外から強烈なヘッドを見舞う。中田のミドルはディフェンダーに当たってバーをたたく。森島はキーパーにプレッシャーをかけてミスキックを誘い、コーナーキックをもらう。あとは時間を消費するだけ。

長いロスタイム

ほとんど負傷者が出なかったので、そんなにロスタイムがあるはずはない。唯一、井原が顔を蹴られたのか左目が赤い。45分でフィールドクロックは止まった。長い。「まだあるの?」審判はオランダのセット。実にいい笛を吹いてくれた。それにしても、もう4分になる。主審がボールを手でさえぎった。長い笛は歓声で聞こえない。またもや紙吹雪。はためく旗、旗、旗。「ニッポン! ニッポン!」長い間、勝てなかった。それでも選手たちを励まし、あきらめないサポーターたちを鼓舞した悲壮なニッポン! コールが今日はとても明るく聞こえる。万歳! おめでとう! 16日たのむぞ! グラウンドが曇って見えない。ついにここまで来た。やっぱり、涙がこぼれる。まだ喜ぶのは早い、でも、この瞬間、私の胸を揺すぶる感動は抑えられない。「ミラクル・ニッポン!」というコール。そうだ。UAE戦の終盤、あの時はなんとしても勝ってほしかったのに、奇跡は起こらなかった。「ミラクル」がなんとむなしく響いたことか。今日は違う。奇跡はいま、私たちの目の前に姿をあらわしつつある。

戦いすんで

ゲームが終わっても、観客が帰る様子がない。選手たちがグラウンドから観客席に手をふり、おじぎをして回る。絶望の淵から、ここまではいあがった。「あきらめが悪いのがとりえ」と応援しつづけた報酬を、いま、ゆっくりと味わう。勝ち点13、B組2位確定。アジア第3代表決定戦は16日、マレーシアのジョホールバル。カタールが2-0でイランを破ったため、イラン(勝ち点12)、サウジ(勝ち点11)、カタール(勝ち点10)のいずれにも1位のチャンスがある。12日のカタール対サウジアラビアで、カタールが勝てば1位カタール、2位イラン。サウジが勝てば、1位サウジ、2位イラン。引き分けの場合、得失点差で1位イラン、2位サウジ。相手はイランかサウジだ。

フランスへの切符をかけて

イランもサウジも手強い。しかし、イランは中盤の柱バゲリが退場を食らって3決は欠場。2トップのうちアジジは今予選は絶不調。頼みはアリ・ダエイひとりの上、予選終盤の成績不振の責任を問われて監督が更迭されるドタバタ状態。サウジといえば、12日のドーハから16日のジョホールバルへと中3日の余裕しかない。ゲームも引き分けつづきで意気が上がらない。師匠と私はゴミを拾いながら、明るいシナリオを話し合った。「とにかく、勝負は16日だな」

奇跡が、あれほど願った奇跡が、いま。

あと1勝。

text by Takashi Kaneyama 1997

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