Road to FRANCE PART1 【ワールドカップ・アジア最終予選篇】
日本対イラン

1997年11月16日 ジョホールバル・ラーキンスタジアム

ヨーロッパ地区予選プレーオフ

この日は、ヨーロッパでもワールドカップ予選が行われる。残り4つのチケットをめぐって8チームがホームアンドアウェイのプレーオフで争う第2戦だ。なかでも注目はイタリア対ロシア。WOWOWが緊急特番を組んだ。朝4時28分、放映開始。すでに師匠もやって来ている。

勝った方がフランス行き

雪のモスクワで行われた第1戦は1-1の引き分け。アウェイでのゴールは2倍方式なので、イタリアはこのホームで0-0の引き分けならワールドカップ出場。2-2の引き分けならロシア。1-1の引き分けの場合は、Vゴール方式の延長を行い、それで決着がつかなければPK戦。もちろん、この試合にどちらかが勝てば勝った方が出場権を得る。天国と地獄は紙一重。

スーパーセーブ

イタリアは伝統のカテナチオ(錠前の意味。堅いディフェンスを指す)で0-0狙いか。一進一退の攻防が続く。ロシアのゴールキーパーは奇跡的なセーブを連発。なかでもラヴァネッリのシュートを左足ではじいたのは凄かった。

残り1枚

続々と他の試合の結果が入る。ストイコヴィッチのユーゴはハンガリーに完勝。クロアチア、ベルギーも出場を決める。ヨーロッパで残る1チームはイタリアか、ロシアか。イタリアのいないワールドカップなんて考えられない。3回優勝し、アメリカ大会でも決勝でブラジルと0-0で準優勝したイタリアが、ここまで苦しむとは。ちなみにイタリアは5勝3分、失点わずかに1点なのに、イングランドに次いで2位だったためにプレーオフに回ってしまった。組分けの不運というしかない。ロシアも予選で敗退するには惜しいチームだ。

1点の重み

後半8分、スルーパスに反応したカシラギが左足でジャストミート。ボールはゴール隅に突き刺さった。1-0。ついに均衡が破れた。イタリアはデル・ピエロを投入。カウンターからチャンスをつくる。ロシアは攻めても攻めてもイタリアの青が立ちはだかる。タイムアップ。イタリア、最後の最後にワールドカップ出場を決める。イタリアの地中海ブルーと、日本のブルーが重なる。幸先よし。今日は青が勝つ日だ。

決戦に備えて

金曜日から起きっぱなしなので、睡眠を取る。9時間寝て、午後4時に始動。7時から始まるNHK-BSの特番から臨戦態勢に入るために、まず食事をとり、買い出しをする。今夜のメニューはチゲ。鶏もも肉と鶏団子に白菜、焼き豆腐、舞茸の韓国風鍋である。すでにフランス行きを決めた韓国にあやかって、エネルギーにする。

3時間前

すでにサポーターは燃えている。ラーキンスタジアムを二重に取り囲む日本サポーターの列。ついに0泊2日というツアーも出た。16日(日)8時30分集合、シンガポール経由でジョホールバルに入りスタジアムへ直行直帰、翌日朝(!)9時成田着。なんと会社を休まずに済む。行く人も凄いが企画する方はもっと凄い。しかも、このニュースがインターネットで流れたのは14日(金)午前0時過ぎで、その日の午後1時が申し込み期限。私はタッチの差で見逃してしまった。NHKでは、青森、横浜、静岡、名古屋、大阪、広島から多元中継を繰り出してまるで「ゆく年くる年」状態。

過緊張

もちろん、私はオフト代表Tシャツに身を包み、炎の代表バンダナをテレビの隣にディスプレイして準備万端整っている。鍋もすでに煮えている。師匠、今日2度目の来訪。さっきは缶ビール3本だったが、今度は6本。あとはキックオフを待つだけ。ところが、私が緊張のあまりか睡眠不足か、フラフラっときてしまい、ノックダウン。失礼してベッドに横になる。NHKではすでにメンバー発表が。うんうん唸りながらも「勝つぞ勝つぞ勝つぞ勝つぞ」と呪文を唱える。

担げる縁起はすべて担ぐ

師匠「おーい、始まるぞ」の声ではね起きる。NHK-BSの中継は3戦3勝の山本浩アナ。地上波は2戦2勝のフジテレビ。しかもフジは最後のカザフスタン戦とまったく同じスタッフを送り込んだ。さらにニュースステーションは「幸運の女神」小宮悦子を急遽派遣。あの「マイアミの奇跡」日本1-0ブラジルではスタンドから仕事を忘れて絶叫していた悦ちゃんがジョホールバルに舞い降りる。

キックオフ

選手入場、国歌吹奏。2万2千人といわれるスタジアムのほとんどが日本のブルーに染まっている。シンガポールから、クアラルンプールから、香港から、バンコクから、そして日本から、日本サポーターの大移動だ。ラーキンスタジアムは思惑通り日本のホームになった。注目の2トップはカズ、中山。そして控えに呂比須、城、岡野と3人のフォワードがベンチ入り。とにかく点を取って勝つ意気込みがうかがえる。

幻のゴール

開始早々、相馬がフリー。ゴール前へのセンタリングをイランがヘッドでクリア、ボールがゴールに入ってしまう。オウンゴール! と一瞬沸いたが、オフサイドの判定。さすがにそううまくはいかないか。

初シュート

ダエイが両チームを通じて1本目のシュートをペナルティエリアの外からうつ。しかしボールは宇宙の彼方。イランはアリ・ダエイとアジジのドイツ・ブンデスリーガに所属する2人のフォワードが脅威の2トップと恐れられている。今日はさらに右ウイングバックのマハダビキアを上げて3トップの布陣の模様。

日本、攻勢

フリーキックを流して山口のロングシュートは右にそれる。つづいて北澤がくさびになって中田がシュートするもクロスバーの上。中山は前線でチェイシングし、ゴールキーパーを追い詰めてサイドにボールを出させる。滑り出しは日本のプレスが効いて、いいサッカーをしている。

ディフェンスも好調

ピンチに川口が飛び出すが、ここはラインを上げていてオフサイドをとる。こまめなディフェンスラインの上げ下げでイランのフォワードを餌食にする。イランのキーパーは長くボールをもって蹴るのが遅い。案の定、主審から注意がある。中山は体を張ってフリーキックをもらう。さらに中山がボールをカットして走り出したところにたまらずイランがファウル、アザディにイエローカード。左からの相馬のセンタリングをヘッドで落として中田がシュート、ゴール左にはずれる。日本のエンドラインを割ったボールを相馬が見送るがこれがゴールキックでなくコーナーキックにされる不可解な判定。しかしこのコーナーキックは直接川口がキャッチ。またイランにイエロー、ハクプール。逆に井原にもイエロー。次第にゲームが緊迫してくる。

アジジ、強烈な挨拶

北澤のパスミスから逆襲を食らう。アジジが右足の見事なシュートを放つが川口がファインセーブ。危なかった。日本は名良橋のセンタリングを中山がトラップして北澤がシュート。右サイドからも崩しが出来てきた。山口からいい縦パスが入るが中山とカズが重なってしまう。イラン、マハダビキアにイエロー。日本、またチャンスだが、中田がシュートでなくパス。

ゴールポストは味方

イランの攻撃力の片鱗が見えた。マハダビキアのうなりをあげるようなミドルシュートが日本ゴールを襲う。ポストがはじき返してくれた。強運はまだ日本についている。

ゴン・ゴール爆発

中央を切り裂く中田のスルーパスが中山に通る。中山の左足からシュート、ボールは飛び出すキーパーの脇の下をくぐってゴールネットを揺らした。待ちに待ったゴールの瞬間。「そう、キーパーが横になって止めにきたら、あそこがあくんだよ」師匠はまだ冷静である。前半39分。さらに名波が左にはたいて相馬がセンタリングを上げるがキーパーに取られる。前半終了。山本アナ「気持ちはスタンドとひとつになっています」名言。

イランの逆襲

中田、山口にミスパスが多い。中田の場合は受け手に無理な要求をするわがままパス、山口は安易な弱い横パスが危なっかしい。気をつけてほしいものだ。後半開始。いきなりゴール前で井原が空振りしてクリアミス。ダエイのシュートを川口がキャッチしそこねて前にはじいたところにアジジが詰めてゴール。1-1。同点に追いつかれた。

まだ時間はある

名良橋の右からのセンタリングを中山がヘッドで折り返して北澤がボレー、ゴール右にはずす。相馬-名波-相馬と渡ってセンタリングからまたも北澤、右にはずす。今度は中田のいいシュートが枠に飛ぶがキーパーに押さえられる。中田の突破からフリーキックをもらうがカズがふかしてしまう。名波がナイスディフェンスを見せる。ソウルの韓国戦以降、名波が攻守両面でいい働きをしている。イラン、ゴール前角度のないところから、ハイボールを上げる。ダエイが190センチの長身を生かした高い打点のヘディングでゴールを奪う。秋田、井原がせってはいたが、高さが違った。1-2。ついに逆転を許す。

賭け

岡田監督は思い切った策に出た。中山、カズを下げて呂比須と城を入れるという2トップ全取り替え。カズは「俺? 俺が出るの?」と意外な様子を見せた。1点リードされた局面で不動のエース、カズを下げるのは、ほとんど初めてのことだろう。加茂前監督ならやらなかった勇気ある采配。あくまで強気で攻める構え。

どうして入らない?

城のヒールパスから中田がシュート、ゴールの右にそれた。イランも選手交代、ザリンチェに代えてパシャルサデ。名波から呂比須のヘッドはクロスバーの上。中田のフリーキックがディフェンスに当たってこぼれたところを井原がナイスシュート、しかしキーパーがキャッチ。城のシュートはディフェンダーに当たってコーナーキック。しかし、クリアされる。こぼれを名波が弱いパス、取られてしまう。運動量が落ちてきたイランに対し、日本が圧倒的に攻め込む。城、キーパーと1対1になりながらシュートをキーパーに当てる。相馬が持ち込んでコーナーキック、クリアされる。

勢いで押せ

山口のパスカットから中田がゴール前に絶妙のクロスを上げる。城、イランのディフェンスがジャンプ。わずかに競り勝った城が頭でボールのコースを変えてゴール右隅に流し込む。ゴール! 「入った! あの城が入れたよ、おい」カズを下げるのはわかるが、中山も下げてはずしまくった城をいれるとは? と岡田采配に疑問をもっていた師匠だが、「岡田は偉いわ」と脱帽。2-2。イランはナムジュをはずしてフォワードのモディルースタがイン。勝負をかけてきた。しかし、流れは追いついた日本。

ゴール前へ怒涛の進撃

城から相馬、センタリングのクリアがこぼれて北澤がシュート、ディフェンダーがはじいてコーナーキック。これをキーパーがファンブルするが、ディフェンスがクリア。中田のフリーキックに井原が頭から飛び込むもゴールポストの左。城がペナルティエリア内で倒されるがPKはなし、流される。フリーキックを横にずらして名波のミドル、キーパーがかろうじてパンチングで逃れる。コーナーキックで秋田のヘディングはキーパーが押さえる。中田のクロスを城がヘッド一閃、クロスバーをはじく。相馬からまたも城のヘッド、ポスト左。呂比須がディフェンスのマークをつっている分、城がフリーになるケースが多い。

90分で決着つかず

ついに、ワールドカップ予選で史上初のゴールデンゴール(Vゴールともサドンデスともいう)方式の延長戦に突入。どちらかがゴールした時点で試合終了、勝った方がフランスへの切符を手にする。日本は選手とスタッフ全員が円陣を組んだ。気持ちはひとつ。いま、すがれるものなら神様にも仏様にもすがりたい。ひたすら祈る。そして、北澤と交代でなんと岡野がピッチへ。最終予選、一度も出番がなかった岡野に大役が回ってきた。

野性の走り、岡野

疲れの見えるイランのディフェンスの背後へ岡野が走る。犬よりも速いという伝説の岡野のスピードが、いま、生きる。ジョホールバルまで母も応援に来てくれている。走れ、岡野、走れ! ファーストタッチでシュートまでもっていくが、キーパーがキャッチ。パスカットから中田のスルーパスに岡野、キーパーと1対1になりながらシュートはキーパーにはじかれる。しかし岡野は激しいフォアチェックでチャンスメイク。名良橋にファウル、フリーキック。中田のボールが低く、ディフェンスに当たってこぼれたところを名波がシュート、左にはずれる。中田のクロスから城のヘディングはキーパー正面。イランのコーナーキックからカウンターで岡野が突進、キーパーとまたも1対1。キーパーが飛び出してセービングに入る。誰もがシュート! と思った瞬間、岡野は左にパスを出してディフェンダーにクリアされてしまう。「なんで! どうして打たない、どうして!」私は興奮して床を叩いて突っ伏してしまった。こんなにチャンスを逃していては、一発を食らってしまう。サッカーの神様は何度もやり直しをさせてはくれない。

女神はまだ微笑まない

コーナーキックからこぼれたところをクロスを上げるがだめ。主審がゲームを止めた。イランのゴールキーパーの遅延行為で日本はペナルティエリアの中から間接フリーキックのチャンス。山口が横に出して名波の左足、クロスバーのはるかに上。中田からチャンス、呂比須のシュートがはじかれてこぼれたところに岡野が飛び込むがふかしてしまう。あー、もう惜しいを通り越して悔しい。日本、こんなに攻めてもゴールに嫌われるのか。

延長後半へ、残り15分

イランの足はもう止まっている。フィジカルにも日本が勝っている。柔道なら優勢勝ちなのに。イランはミナバンドとアジジにイエロー。日本はコーナーキックのチャンスが2回、しかし、いまだ3点目の決勝ゴールならず。城とイランのキーパーのアベドザデが交錯、2人とも倒れる。日本もイランも交代枠3人を使いきっているので、たとえケガでも代わりの選手はいない。アベドザデはゴールポストに左半身が激突、「肋骨を折ってんじゃないか。あれは歩くのも痛いよ」師匠は気遣う。確かに痛そう。もしもPK戦に入ったら日本には有利だが。いや、120分の中で決めてほしい。

入った! 勝った! フランスだ!

名波のスルーパスからのシュートがこぼれて呂比須がシュート、ディフェンダーに当たる。岡野は元気に走り回る。ボールをカットし、スペースに走り込む。イランも必死で最後の力を振り絞る。マハダビキアがドリブルで持ち込んでセンタリング、ダエイがシュート! 幸い左にはずれる。危ないところだった。時間は刻々とたっていく。「ロスタイムは長いよ、キーパーが倒れてたから」師匠もあとわずかな時間でのVゴールを願っている。ロスタイム突入まであと2分。中田が右から中央へ1人で斜めに切り込んでいく。ディフェンダーの間から左足でシュート! アベドザデ、横っ飛び左手ではじく。前に転がったボールに岡野が。スライディングしながら右足でゴールに押し込む。キーパーはもう立ち上がる力がない。

フランスへ行こう

その瞬間、私は何を叫んでいたのだろう? 「やった!」か「入った!」か「岡野だ!」か。もう記憶がない。師匠と2人、意外と静かで、涙も流さなかった。「やったね、おい。ワールドカップだぜ」師匠が笑っている。画面ではマリオGKコーチが飛び跳ねている。ブラジル人のマリオコーチは、オリンピック代表の頃から川口と二人三脚で、居残り練習を続けてきた仲だ。正確なコーナーキックを川口の練習のために足が腫れるまで蹴ってくれた。UAE戦では短すぎるロスタイムに激昂して審判に詰め寄り、警告まで受けた。そこまで日本のために熱くなってくれる男マリオ。今は、呂比須と2人、日の丸の旗を肩に掛けてサンバを踊っている。みんな笑っている。長いトンネルの向こうに、歓喜が待ち受けることを信じてきた。今、こんなにもドラマチックな幕切れが訪れようとは。

死闘118分

日本はベンチ入りした5人のフォワードを全員投入。3人がゴールをあげた。イランも強かった。個々の能力ではダエイ、アジジが上だろう。しかし、日本は勝った。「日本のように速いパス交換ができるチームはアジアでは他にない。世界でもそう多くない。日本が自分のサッカーをすれば勝てる。最後の韓国戦、カザフスタン戦で見せたように」師匠は断言した。3得点すべてに絡んだ中田の存在も大きい。これでU-17、ユース、U-23(オリンピック)、フル代表とすべての段階で世界の舞台を踏むだろう天才パサー。「このチームはやっぱり中田のチームだよ。わがままなパスは多いが、通れば得点チャンスになる。結局フォワードに誰が入ろうが、中田・名波・山口の3人が機能していれば勝つんだよ」師匠とNHKを見ながら話し合う。イランには次の試合が待っている。アジアの雄として、オーストラリアに勝ってほしい。攻撃には爆発的な潜在力があるだけに、ワールドカップに出たら面白いだろう。

長かった

思えば9月7日。ウズベキスタン戦のキックオフでカズと城はボールに手を置いて祈りを込めた。その願いがようやくかなった。B組2位すらも手に届かないかに見えた日々。苦しくとも、サポーターはあきらめなかった。監督交代もあった。はね上がりの暴動もあった。私自身、「こんな悲痛なドキュメントになるとは思わなかった」と弱音を吐いた。

みんなで一緒に夢を見た

ワールドカップに日本が出る。ワールドカップで日本を応援できる。こんな幸せがあっていいんだろうか? なんか現実が信じられない。それでも、ひとつだけ言える。

「サッカーが好きでよかった」

text by Takashi Kaneyama 1997

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