製作:新藤次郎 タイちゃん:竹中直人 ★★★★ この映画を見てから数週間、私は酔う度に「タイちゃん」の真似をして呆れられたものだった。これはもう、映画自体の出来云々よりも、殿山泰司という役者の存在感と、彼を悼む仲間たちの気持ちに圧倒される。しかも、それは「タイちゃん」の口調と同じように含羞を帯びた自虐的でいなせな調子で。叫ぶでもなく、説教するわけでもなく、蘊蓄を垂れるでもなく。 竹中直人も、荻野目慶子も、うまい。メイクでもっと似せることも可能だろうが、そういうアプローチはまったくしていない。「殿山泰司」を演じるということは、ただの真似ではないのだ。再現ドラマと、乙羽信子の語りと、殿山泰司がかつて出演した映画フィルムとをシャッフルしながら映画はタイちゃんの人生を綴っていく。 酒と女とジャズとミステリーと、もちろん映画。それらに明け暮れた人生の陰に、戦争体験がある。自滅的と思えるその凄まじい飲みっぷり、遊びっぷりの武勇伝の数々の裏に、繊細な魂が見える。 映画好きなら、見ておくべき。新藤兼人監督が自らの映画作法を客観的に振り返るさまも、なかなか潔い。 001213 製作:クリント・イーストウッド/アンドリュー・ラーザー ★★★☆ ロートル宇宙飛行士が(しかもなぜか団体で)かつて行けなかった月へ向かう、というたしかに夢はあるがちょっと無理もあるストーリー。で、この映画は「水曜日、男性は1000円」というプロモーションまでしておじさん層を掘り起こそうとしたのであった。 なぜ年寄りが宇宙へ行くのか、というストーリー上の難点をソ連の衛星事故やら悪徳上司との確執を絡めてうまく展開しているあたりはよく考えられている。しかし、映画の焦点はあくまでもこの爺さんたちの人生、それ自体である。粋なスケベのサザーランド、不治の病のトミー・リー・ジョーンズなど、やはり芸達者がしっかり見せてくれるのだ。 アメリカ人の場合、浪花節でも宇宙というスケールで展開するらしい。そういう温かい目で見れば佳作。 001211 ジュリアン・テンプル監督、セックス・ピストルズ ★★★★ セックス・ピストルズのドキュメンタリー。見どころはなんといってもジョン・ライデンへのインタビューで、シド・ヴィシャスの死を語って涙声になるくだり。 私は同時代で聞いていたころはパンク・ロックが嫌いで、あのへたくそででたらめなサウンドよりも洗練された(と当時は思っていた)ジャズ・ロック/フュージョンへと傾斜していた。どっちにしろ、ロックは"Industrial Rock"と化して巨大なビジネス=音楽の死骸への道を歩んでいたのだろうか。 すべてに悪態をつき、自分にピンや釘を刺し、あらゆるものを壊す衝動の影に、繊細な心が震えていたのだ。「自滅的」と言うのは易しいが、自分に正直であるために生きていけなくなる種類の人間もいるのだ。そういうコトがおいおいとわかってくるのは、私がまだオトナになりきれないからだろうか? 001206 エリック・ヴァリ監督、ツェリン・ロンドゥップ、カルマ・ワンギャル、ラプカ・ツァムチョエ、グルゴン・キャップ、カルマ・テンジン・ニマ・ラマ ★★★★ ヒマラヤの道なき道を、塩と小麦の交易のために往復するキャラバン。なんかNHKスペシャルでありそうな題材をドラマにしたような。 しかし、細かいことをあげつらうよりも、悠然と描かれる自然と人間を味わいたい。苛酷な状況、信仰と共に生きること、いのちへの明るい諦観、そういう言葉では空疎なことが、あの空と雪と山のなかでは圧倒的な存在感をもっているのだから。 001201 |