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1997年9月
『わるい愛』(上・下)
ジョナサン・ケラーマン、北澤和彦=訳、新潮文庫

小児精神科医のアレックス・デラウェアものの第8作。『大きな枝が折れる時』(扶桑社ミステリ文庫)で印象的なデビューをしたケラーマンの人気シリーズが早くも8作目です。すでに新人から中堅作家としての地位を確立したと言ってもいいでしょう。この間、サイコものや異常殺人ものがミステリーではやりましたが、そうしたクライム・ノヴェルとはアレックス・シリーズは一線を画しているように思えます。というのも、確かに心の傷を負ったり、精神異常の人物は出てきますが、ストーリーは犯罪そのものを生み出した精神の暗部へと分け入る医師アレックスの行動によって動かされているからで、彼の使命感の高さは、たしかにハードボイルド・ヒーローに通じるものがあります。そこには、暗い街で戦ったかつてのヒーローが、いまは、心の闇と格闘しているような趣があります。

さて、今回は「わるい愛なんていらない」という子どもの声の入ったテープがアレックスに届きます。そしてそれはソーシャルワーカー殺人事件の犯人が叫んでいたものと同じ言葉だという。真相を追求するうちに過去の殺人事件も浮かび上がり、やがて、アレックスにも危険が迫る。ラスト近くの緊迫感はさすがです。ちょっと中だるみの気もしますが。恋人のロビンとは順調なようです。ロバート・B.パーカーのスペンサー・シリーズのスーザンも元気なようだし。刑事マイロも相変わらずです。シリーズになると、このへんの人間関係がなじみになってしまって離れがたいんですよね。この作品ではさらに犬が活躍。今後、レギュラーになりそうな気配です。

できれば第1作から順番に読んでほしいんですが、途中からでももちろん楽しめます。このシリーズをもっと味わいたいなら『大きな枝が折れる時』か『グラス・キャニオン』なんかおすすめです。

『悪意のM』
スー・グラフトン、嵯峨静江=訳、早川書房

『アリバイのA』から始まってついにMに到達しました。カバー折り返しには「ミステリ界のトップをひた走る」とまでもちあげられています。女性作家、女性の主人公、女性の翻訳者と3Fそろった作家では、他にサラ・パレツキー、P.D.ジョイムスなどがいますが、たしかにグラフトンの安定した筆力は群を抜いています。ラストシーンの鮮烈さと、読後感の深さ、そしてストーリー・テリングの妙、人物造型の確かさ。

今度は、遺産相続のために行方不明の次男ガイを探してくれという依頼。麻薬、犯罪と一家の厄介者だった彼は、見つけてみれば、すっかり教会に一生を捧げる男として更正していた。失われた家族の絆を取り戻そうと、ガイはいったんは離れた家族のもとへと帰っていくのだが。

キンジー・ミルホーン(という主人公の私立探偵)は、かつての恋人ディーツが突然帰ってきて心を乱されてしまう。このへんは、長く読み続けるシリーズものの強みで、常連のメンバーと昔のエピソードの蓄積がものをいいます。そして、ガイが殺された時、キンジーはいいようのない悲しみにとらわれる。謎解きはともかく、明かされた真実の重みと、死者たちへの痛ましい感情はキンジーの新しい側面を見せています。シリーズ中でも、与える感動は随一でしょう。私は涙を流しそうになりました。

『猟犬クラブ』
ピーター・ラヴゼイ、山本やよい=訳、早川書房

ずっと歴史ミステリーを書いていたラヴゼイが、初めて書いた現代物『最後の刑事』は新鮮でした。古風なフーダニットの謎解きに迫る頑固一徹な刑事ダイヤモンドを描いて、現代ミステリーのひとつの可能性を示しました。

このダイヤモンド警視シリーズもはや4作目。失職した刑事からついにエイヴォン・アンド・サマセット警察署に復帰。今回はミステリーを語り合う「猟犬クラブ」の会員に密室殺人が起こるという、まことに古いタイプの、しかもふんだんに蘊蓄が盛り込まれたミステリーファンならたまらない小説です。しかも、注が充実していて、出てくる作家や探偵について逐一解説されているという至れり尽くせり。

盗まれた郵便切手から始まり、意外な犯人にたどりつく過程は戦前の本格派ミステリー黄金時代を思わせます。ミステリー好きなら微苦笑を禁じ得ない快作。どうせなら、第1作の『最後の刑事』も読んでください。


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