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エッセイ★時間について

のろい時間・速い時間

[著者は:樺山 三郎]

もくじ第1部(1〜6)

〔第1部の内容〕1.「ゾウの時間 ネズミの時間」 2.空飛ぶ眠り姫の居城 3.計測される時間 4.先人たちの時間観(1)─アリストテレスの時間観 5.先人たちの時間観(2)─ニュートンとライプニッツ 6.先人たちの時間観(3)─カントのコペルニクス的転回

第2部(7〜12) へ ジャンプ

〔第2部の内容〕7.相対性理論の時間観─アインシュタインの場合をめぐって  8.科学的な自然観への異議申し立て─ベルクソンの世界把握  9.混沌をめぐって(1)─荘子の「混沌」について 10.混沌をめぐって─科学における混沌(カオス) 11.回帰する時間─ニーチェの「永劫回帰」 12.時すでにこれ有なり─道元の「時間」について 

第3部(13〜16) へ ジャンプ

〔第3部の内容〕13.飛ぶ矢は飛ばず─ゼノンのパラドックス 14.距離の無限分割は認められるか─実在のかくされた性質をめぐって 15.時間の無限分割は可能か─時間は空間の性質に依存する 16.[補足]新しい定量化の試みを─「変化」推移の定量化

第1部

           100m走で10秒フラットは速いスピードであり,20秒もかかる
          とずいぶんおそいなあと思うだろう。
           ところで,時間自体の側からいえば,速いもおそいもあったもの
          ものではない。時間の進み具合は,多くの人にとっては,未来から
          現在・過去へと一直線に進み,瞬時に過ぎ去り続けているものであ
          り,それは万古不易というわけだ。ましてや時間が揺れ動くなどと
          言うものなら,こいつ頭が狂ってるんじゃないのかなどと,疑われ
          るのがオチというものだろう。

※※

1.『ゾウの時間 ネズミの時間』

 たいへん愉快な著作がある。少し前のことになるが,私たちが20数年も前から毎月1回のペースで開いている読書会(「酔葉会」通常,毎月第1水曜日の夕刻)で,たまたま発売されたばかりの「サイズの生物学」とサブタイトルのある本川達雄著『ゾウの時間 ネズミの時間』(中央公論社)をとりあげた。スキがあればすぐにもケチをつけたがる(批評精神旺盛な!?)会員諸氏は,しかし大いに愉快がって,本川氏の視点の新鮮さに惜しみない拍手を送ったものだった。

 * われわれが読書会(酔葉会)でとりあげた図書は,おもしろいことに,必ずといってよいほどに(ベストセラーではないにしても)ロングセラーになる,という傾向を強くもつ。事実,この本は当時のベストセラーであって,現在も超ロングセラーとして,読まれ続けている。

 本の冒頭部が「サイズによって時間は変わる」である。ここで時間というのは「心臓ドキンドキンと打つ」鼓動の間隔時間であり,「ネズミで測り,ネコで測り,イヌで測り,ウマで測り,ゾウで測りと計測して,おのおのの動物の体重と時間の関係を求めてみたという。そして「いろいろな哺乳類で体重と時間とを測ってみると」なんと
          時間(間隔)は,体重の1/4乗に比例する
という見事な関係が浮かび上がってきた。体重が増えると,時間(間隔)は長くなる。すなわち,ゾウの時間は長く,ネズミのそれは短い,ということである。
 「1/4乗というのは平方根の平方根だから,体重が16倍になると時間が2倍になるという計算で」「体重の増えかたに比べれば時間の長くなり方はずっとゆるやかだ。」それにしても,このことは「寿命をはじめとして,おとなのサイズに成長するまでの時間,性的に成長するのに要する時間,赤ん坊が母親の胎内に留まっている時間など,すべて1/4乗則にしたがう。」
 そして,「哺乳類ではどの動物でも,一生の間に心臓は20億回打つという計算になる。」「寿命を呼吸する時間で割れば,一生の間に約5億回,息をスーハーと繰り返すと計算できる。」(「息をスーッと吸ってハーッと吐く間に,心臓は4回ドキンドキンと打つ」のだから。)
 ほんとかな? 疑い深い性分は生まれつきだから,とかんたんな計算をしてみる。  人ひとりの血液は,ほぼ体重の1/13に比例するという。心臓のドキンドキンは,1分間に約70回ほどで,その間に体中の血が1回入れかわる。そうすると,60歳まで生きる人は(幼児と老人ではドキンドキンの速さはちがうだろうが,それをひとからげにして)
       70回 × 60(分) × 24(時間) × 365(日) × 60(年) = 22億回(一生)
となって,たしかに 20億 回のドキンドキンを繰り返す。
 著者もことわっているように,ここでいう生物ごとにかわる時間は「生理的時間」であって「物理的時間」ではない。100m疾走が10秒フラットというときの10秒は「物理的時間」でのことだし,1時間が60分,1日が24時間,1年が365日,人の一生は‥‥というときに用いる時間も,当然にして「物理的時間」でのことである。
 100年近い寿命の「ゾウは長生き」し,数年しか生きない「ネズミの一生は短い」と言ってみたって(それは物理的時間からみてのことであって)ゾウやネズミそれぞれの生に直接かかわる「生理的時間」からみれば‥‥,著者の言う「もし心臓の拍動をとけいとしてかんがえるならば,ゾウもネズミもまったく同じ長さだけ生きて死ぬことになるだろう。小さい動物では,体内で起こるよろずの現象のテンポが速いのだから,物理的な寿命が短いといったって,一生を生き切った感覚は,存外ゾウもネズミも変わらないのではないか。」ということばが,強い衝撃力をもって迫ってくる。(こんなことは学校でもどこでも教わらなかった!!)
 「生き急ぐ」ということばがある。「美人薄命」という言い方もある。ここで便乗して,充実した,中味の濃い人の短い人生は(中味が薄くて凡々たる)長寿の生に比べて,一概に短命とばかりは言い切れまい‥‥などと言えば,大方の顰蹙(ひんしゅく)を買うことになろうか。とまれ,この「生理的時間」からみた命の諸相という観点は,乱用・誤用のおあおれはあるとしても,案外に応用価値が高いように思われる。

2.空飛ぶ眠り姫の居城

 ハンサムで勇敢な王子に救い出される「眠り姫」の話は,僥倖を待ち望む人々の心理に訴え(貴種流離譚のバリエーションだったりして)似たような形で,あちこちで語り出され言い継がれてきたものであったろうか。たとえば‥‥
 ある王国に,それはそれは愛らしくも美しい王女様がいた。権勢並ぶ者なき王様は,しかし,その姫のことなら目にいれても痛くないというかわいがりようだった。姫(王女)の美しさみずみずしさは,歳とともに輝きを増して,‥‥王宮をあげて姫の成人の誕生日を祝おうという,あるゆうべのことであった。
 ごく些細な偶然な出来事(たとえば客用の食事の銀の皿が1枚たりなかったとか‥‥)のために,招待客のリストからもれた“邪悪な心の”魔女によって強力な魔法がかけられ,当の王女が“永遠の眠り”についてしまう。
 王宮から人々は去り,城の孤独の一室に独り残された姫は,こんこんと眠り続ける。贅をこらして優美な造りの王宮を取り囲む広大な城と姫の眠る塔も,“時”の勢いには勝てず,城内のすべての人々は去り,そして幾世代もの時が空しく流れ去った。さしもの城も生い茂る樹木や迷路のようにたくましく這いのぼるツタなどの植物に覆い尽くされて,もはや外からうかがい知ることはできない。
 ある日のこと,武者修行に出たまま何年もの間母国に帰らず,放浪中の若者(実はある国の気高き王子)が,くだんの閉ざされた城の近くの土地をとおりかかって,ふと耳にしたことは,‥‥
 昔むかし,だれも知らない遠い昔,この一帯がすばらしい王国としてさかえていたころのこと,美しい姫が,魔法のために,この奥の深い森の城の中に閉じ込められて,いまもなお長い眠りについたままだという。その言い伝えを聞いた多くの若者たちが,われこそはと,その幽閉の城に近づこうと試みたが,いまだにだれひとりとして成功した者がいない,という。‥‥
 ともかく,幾重にも立ち現われてくる難行苦行を乗り越えて,気高き王子であるその勇敢な若者は,めでたく森の奥に達し,眠れる森の美女の指に触れる,と(アラアラ!)たちまち魔法は解けて雲散霧消し(ついでに,魔法をかけた魔女の方は,それを機に地獄に落ちたりして‥‥)姫は“長き世の眠り”からさめて,‥‥美しい姫と王子は気高い愛で結ばれる(というメデタイお話)。
                *
 古代から中世(たいへんに強力な魔法の使い手,魔女たちが暗躍した時代だという‥‥)において,いかに天才的な魔法使いが,強力な魔法を使うということがあったとしても,(身もふたもなく言えば)「眠り姫」の話は,現実レベルではそもそも不可能なことなのだ。話の中で“幾年月も,変わらない状態のままで”というのは,“時間は経過していない”ということの別の表現である。
 城の中では一切が“変化しない(時間が流れない)”間に,城の外側では,どんどん時間が経過する(変化し続けている)‥‥ということは(浦島太郎の場合と近似の状況であって)一つの連続空間の中ではありえない。「時間が経つ」場と「時間が経たない」場とは隔絶していて,交流をもつことができない。城の外側から内部へ到達できる可能性があったというのなら,そのとき城の外側と内側とは,共通の連続空間内にあり,したがって共通に尺度としての時間で計測しうる場である(一方で時間が経過し,他方では時間が経過しない〜というのは,実現不可能である)。
 そこで,今様の物理学の洗礼を少しでも受けたことのある人なら,皮肉な笑みを浮かべて,次のような問いを発するかもしれない─「眠れる森の美女の物語の原作者は,相対性理論を知悉していたのかもしれないな」と。
 よく知られているように,現代の物理学では,時間と空間は別々に切り離すことができない「時空」として取り扱われる。“光速度は不変”と措定するところから出発する“相対性理論”によれば,高速度で移動する物体上では「時間の進みは遅れる」。物体の速さが光の速度に近づくにつれて,時間の進みが遅れる度合はさらに大きくなる。
 地球上を光速度に近い速さで出発した(眠り姫が乗った城型の)ロケットが,空間を飛行し続けて,何か月かたったと思われるころに地球上の元の位置に無事帰還する。眠りからさめて,ロケット城から降り立った姫が目にしたものは,出発時とはまったく様相の変わった母国の姿だった。母国はすでに幾世紀も経過していたのである!
 長いながい眠りから目覚めた姫は,たまたま訪れて来た冒険心に富む若い貴公子(姫よりも幾世代も後に生まれた若者)によって再発見され,めでたく相結ばれる─という次第だ。

3.計測される時間

 「時間」についての言説は,古今東西,膨大な量に達するものと思われる。
 人間は尺度としての時間(物理的時間)にかかわることなしには,一日たりとも生きていけないことからも,それは当然のことであろう。
 人は大昔から幾世紀にもわたって「時間」にかかずらわり,それゆえに「時間」を考察の対象にしてきた。そして実に多くの人が“時間の本質”について洞察しえたと思ったことだろう。それにもかかわらず,現在世界中で,時間についての言説が多量に生産され続けている―ということは,「時間を理解することが如何にむずかしいか」ということなのだろう。
 時間について何ら疑問を持つことなく,人は,一日の昼と夜の巡りで,一年の季節の移り行きで,時の推移を知る。サラリーマンは朝,腕時計を見ながら駅に駆け込む。それが生徒なら,校則のきびしい学校の校門を駆け抜けようとする(と,校門圧死事件のような奇態なことが起こる)! あるいは,ストップウォッチ片手に100m走が10秒フラットか10秒を切ったかに,血眼になって時計を凝視する。‥‥このような場合には,時間の表情は平和そのものだ。
 しかし,一度「時間とは何ぞや」と問いはじめると,時間の表情はきびしく,分厚い鉄壁のように屹立して,質問を峻拒する‥‥ということになる。
 時間についての言説は,そのように,いまだに定まらず,考えれば考えるほど,論点は分裂し,派生し続けて,意味を増幅させ,さらに新しい立論を生みだし,複雑化していく。
                *
 生きていくためには,人は,尺度としての時間を用いることなしには不便このうえない。
 だからはじめのうちは,昼と夜,ことに昼間の時間の推移を測るために「日時計」が考案されたのだろう(夜の方は,朝が来て,朝日が昇ると終りになる)。太陽による物体の影の位置の動きで,昼間の「時刻」を知る試みが「日時計」であり,古代エジプト以来,さまざまな方式のものが作られ,用いられてきた。〔日時計は,地面に立てた棒の影の長さを測るものもあるが,多くは棒を北極星の向き(自転軸の方向)に平行になるように設置するなどして,影の方向で時刻を表わすように目盛をつけたものなどが用いられる。〕
 ほかに「水時計」という工夫もあって,古代ギリシアの時代には,小さな穴から水(や水銀)を流し出して時間を計るなどのこともしたという。〔日本では,7世紀に蝋刻(ろうこく)といわれる水時計を天智天皇が作らせた,という記録もみえる。〕
 日の出から日没までの時間を12時間とし,日没から日の出までの夜間を12時間とすると,合計で1日・1昼夜が24時間である(古代エジプト)。そうすると,昼間と夜の長さが同じ春分・秋分の日ならよいが,夏と冬とでは,昼・夜の長さが,ずいぶんちがってくる。その時間は,1年の間に,伸び縮みする! そのうえ,緯度の高い地域では夏の昼間と冬の昼間とでは,同じ1時間といっても,極端に長さがちがう。こうなると,共通の時間を用いるとはいっても,地域により季節によって大きくちがってきて(現代人ならとても耐えられないほどに)不便この上なし,ということになってしまう。
 日本でも,江戸時代までは,明け方を明(あけ)六つ(現在の午前6時ころ),日暮れを暮(くれ)六つ(現在の午後6時ころ)として,昼間と夜間を各々6等分する決め方をしていたというから,昼と夜や季節によって同じ1時間の長さが変化(伸び縮み)し,現代で考えれば,ずいぶんのんびりした話ではある(そのように,のんびりさが通用する時代ではあった)!
                *
 地域により季節によって時間が伸び縮みするのは不便だ,と意識しはじめた人類は,やがて新しい工夫をしはじめる。それは,伸び縮みに左右されない「一定間隔の推移を刻む」時間を計測する道具,すなわち機械時計の登場である。(ちなみに機械時計は,14世紀のはじめころ,最初は修道院あたりで作られたものという。)
 機械時計は,一定間隔での時間を刻む(時間を測る)道具である。ある日の正午から次の日の正午まで‥‥,それが1日の長さであり,それを24等分したものが1時間である。それに合うように機械時計の針の進み方を決めておくと,同じ1時間の長さは1年を通じて(昼と夜の長さが伸び縮みしても)変わらない。
@ ところが‥‥太陽を巡る地球の軌道は,円ではなく(楕円である),またその自転軸は公転面の垂線の対してほぼ23.4゜の傾きをもつ。そのために,太陽をめじるしにした地球が1回自転する周期は,一定ではない。そこで(赤道上を一定の速さで動く平均太陽というものを想定して,それに対する地球の自転周期である)平均太陽日を考えて,それを時間や暦の基本単位とした。
 そのとき時間を測る機械時計の基準となるのは,振り子(振り子時計に用いられる)である。ところが,振り子は周囲の振動の影響を受けやすく,多少の狂いが生じる。
A そこへ登場したのが,精度の高い水晶時計というわけだ。この水晶時計というのは,水晶の結晶に交流電圧を加えて(圧電気現象により)振動を起こさせ,それを利用したしくみの時計である。ちなみに水晶(水晶発振器)による電気振動の振動数の狂いは,1日につき100億分の1くらいというから,かなりの高精度である。なお,ICを用い超小型の水晶発振器を作って針を動かすのが,クォーツ(水晶腕時計)である。
 また,水晶時計の出現によって,平均太陽日が(地球自転の周期が変動していて)一定不変ではないということがわかってきた。さらに,水晶時計自体が,長時間使っていると,結晶構造が変化して,振動数が変化するということもわかってきた。
B こうなると,不変の正確さを求める人々の要求は止まるところをしらない。その要求に応えて登場したのが,時計の真打ちともいうべき「原子時計」である。これは,原子(や分子)が放出・吸収する電磁波の周波数が一定である,という性質を利用している。〔この放出・吸収する電磁波の周波数に水晶発振器を共鳴させるのがセシウム原子時計である。〕
 セシウム原子時計というのは,1日での誤差が10ナノ秒(1ナノは10億分の1,10のマイナス9乗)の程度というから,すさまじいばかりの精度といえよう。(→国際的な標準時は各国の原子時計が示す時刻の統計平均によって決定される。)[追記:実用的な原子時計の誤差は30万年に1秒以下で,一方,普通の水晶時計は月に15〜20秒ずれる程度──とのことである。]
C しかし,人の手になる原子時計の正確さに満足しないで‥‥きわめて規則的なパルス(脈動)状の電磁波を発する天体であるパルサー(脈動する星)のパルス間隔を尺度時間の基準にできないか‥‥と正確さを求め続ける多くの科学者たちがいる。
 ところで“中性子星”と思われるパルサーについてのくわしい観測によると‥‥,電磁波の放射によって回転エネルギーが減るために,自転速度が遅くなるので,パルス周期は時間がたつにつれて,少しずつのびていることがわかってきた。きわめて安定していると思われるパルサーの周期ですら,長い時間のレベルでは,当てにならない! ということである。

4.先人たちの時間観(1)

─アリストテレスの場合─

 「尺度としての時間」の利用なしには,ほとんど1日たりとも生きていけないのが,人類,ことに現代文明国のわれわれである。とすれば,関心は,時間の本質に向かわざるをえない。
 われわれが目にし,手に触れ,耳に聞く‥‥などのすべての現象には,「今」と,瞬間に「過ぎ去ったあと(過去)」がある。そして「今」は,すぐにやって来る「これから先(未来)」にとってかわられる‥‥ということをだれでもが知っているし(未来の到来についての)予感もしている。このことは,自分が何もしなくてじっとしていると,動き回っているとを問わず,「時は流れている」と思う。細かく言えば,自分が「じっとしている」間にも,実は自分の意識や体内の成分は移り変わっている(体内では不断に科学変化が生起している)。
 すなわち「時が流れている」とき「絶対の静止」はありえず,常に何かが動いている。(「意識をもつ」人間は死なないかぎり,呼吸しているし,心臓は肺とからだ全体に血液を送り続けている!)
 そして,われわれは自分が知覚する「まわりの何か」が動く(変化する)ことによって「時の流れを知る」のである。
                *
 時間意識をもち続けた人類が,その時間に立ち向かってきた様相については,古来の大知恵者たちの時間観をたどってみるのが,手っ取り早いというものだろう。
 古代の哲人といえばまずギリシアの思想家たち,ソクラテス,プラトン,そして中でも思想の大成者であるアリストテレス(紀元前386-前322)が想起される。
 古代から近世に至る西欧そして世界の思想界に,強大な影響を与え続けてきたアリストテレス。その彼はといえば‥‥,自然の成り立ち(世界のありかた)について,形相(エイドス)ガ質料(ヒューレ)と結び付いて成立するという考え方によって,あまりにも有名である。
 彼のこの考え方を簡略に要約することは容易ではないが,あえて単純化して述べれば‥‥,質料は素材,形相は現われ方(様式・形式)といったものである(以下,出典は中央公論社「世界の名著」8巻・9巻)。たとえば,家(形相)は,木材や石・セメントなどという材料(質料・素材)の利用・組み合わせによって(人が風雨から守られるべき「家」という)現実の形として現われる。だから,質料(素材)は形相(現実態)を生み出す可能性の状態にある。
 余談ながら,このことを敷延して,個々の家々(質料)が村落や町や市というまとまり,人々の生活の場(形相・形)となって現われる‥‥と(メタ構造を連鎖させて)質料と形相の関係をとらえていくことも可能だろう。
                *
 (再び時間の問題に立ち返って)アリストテレス(の「自然学」)によれば,「時間は一つの動きであり,変化である」。そして,その場合の「変化や動き」は「変化しつつあるその当のものだけにある」し,われわれが変化を知覚し区別するときに時間が経ったとするのだから(時間は動そのものではないが)「動と変化なしに時間は存在しないことはあきらかである」。(なお,アリストテレスが「時間は一種の数である」「時間は数えられる」というとき,“尺度としての”時間を意識していたものであろうか。)
 “時が経つのは,事物の運動・変化があることによって知る”ということ,時間は運動や変化と相関的なものであると,アリストテレスは明確にとらえていた。時間は事物(自然)とは独立してあるということではない。時間はそれ自体であるものではなく,事物(の運動・変化)との相関においてのみ成り立つものである,との認識である。
 2千年以上も前の哲人アリストテレスの“変化・運動が時間の実相である”との発見は,しかし,いつしか分厚な歴史の層の中に埋もれて,実質的に世界の思想史の中で“見れども見えず”のままに“歴史としての時間”が経過してきた,と言えるのではないか。
 ただ,アリストテレスが「時間はあらゆるところ,あらゆるもののもとに,等しく存在する」,また「変化には“より速い”と“より遅い”ということがあるが,時間にはそれがない」というときの言説には,疑問なしとしないが,現代のわれわれがそれの是非をあげつらうのは酷というものであろう。

5.先人たちの時間観(2)

─ニュートンとライプニッツ─

 “リンゴが落ちるのを見て,万有引力の着想を得た”とされるニュートン(イギリス,1642〜1727)といえば,力学体系を建設し,近代物理学の文字どおりの大成者として,あまりにも有名かつ巨大である。
 地球上のすべての「変化」は「動き」であり,その際は常に何らかの「力」が関係しており,「変化」の経過,すなわち「時間」が関与する。(このことは地球上に限らず,遠い空の果て,広大な宇宙におけるあらゆる現象についても“恒常的に”あてはまる‥‥と信ぜられている。)
 地球上の運動(変化)やもろもろの天体の運行など,すべての物体の運動を理解する基本となるのが,「ニュートンの運動の3法則」であることは,たいていの中学生でも知っていることだろう。(煩をいとわず,以下にメモ書きふうに,記すと‥‥)
@ その第1法則は“慣性の法則”である。すべての「物体には,その現在の状態を」保とうとする性質がある。」静止している物体はそのまま静止を続け,動いている(運動している)物体は,同じ速さで運動を続けようとする。(その性質を慣性あるいは惰性という。)そのとき物体の外から何らかの「力」が加わって,はじめてその物体の状態が変化する(力が加わってはじめて,物体の運動状態が変わる)。外からの力が働くとき,その物体の質量が大きいほど(「慣性は大きい」と表現され)もとの状態が変わりにくい。
A 「外から物体に力が加わると,物体の速度が変化する」ということを,別のことばで言えば,「物体の速度が変化しているときには,外から何らかの力が加わっている」。このとき「力と速度が変化するしかた」,すなわち「力と加速度との関係」を示すのが,運動の第2法則である。
 〔動く物体に,物体の動く方向と逆向きの力を加えれば,物体の速度はおそくなり,ついには止まる。物体の動く方向に力を加えれば,物体の動きははいっそう速くなる。物体に横からの力が加われば,物体の進行の向きがわきにそれて変わっていく。このように加速度の向きは力の方向と一致する。
     F(物体に働く力)=m(物体の質量)×a(物体の加速度)
である。〕
B ある物体に力を加えると,加えたのと同じ大きさの力で反発される。物体にある力(作用)が加わると,加わった力と大きさが等しく反対向きの力(反作用)を引き起こす。これが運動の第3法則であり「作用反作用の法則」である。(手で机を強く打つとしびれるように痛い。ボートに乗ってオールで後ろにこぐとボートは前に進む。ロケットは燃焼物を後方に噴射する反動で前進する。‥‥などの場合が,作用反作用のありふれた例である。)
                *
 ここで(まったくの初等数学・算術の話になるが)
     進む距離(メートルなど)=進む速さ(時速・秒速など)×時間(分・秒など)
である。こうして「進む」という「運動」は「時間」との関係をもつ。というより「すべての運動(変化)は時間との関係なしにはありえない」ということになる。
 物体の状態変化(運動)を扱う記述・計算は,すべて変化の場(空間)と変化の経過を示すもの(時間)とのかかわりなしにはありえない。(物体についての記述は─空間の位置,すなわち動く方向と距離と時間との関与なしには成立しない。)
 このとき空間における方向・位置は「前後」関係,「左右」関係,「上下」関係の「直交する3つの方向(軸)」(すなわち3次元)で示され,これに「時間」を加えた4つの尺度(4次元)で,「静止あるいは運動する」物体が記述される。(このとき時間軸は,空間の3つの方向軸と直交するとされる。)
 すなわち,自然科学の方法の基本を担うとされる力学・物理学は,空間での直交する3方向と時間とを合わせた4つの尺度を(等価値的に)用いて記述する術(学問)である。
 このとき空間における3方向はまず問題ない(空間は各次元が等しい価値をもる3次元である)として,空間の1方向と同じウエイトで扱われる時間(1次元)は,
         直線方向に,等しい経過で進む
と,暗黙に前提されている。なお,ここで,物体の位置や変化(運動)の状態を示す「1つの尺度」である時間は(ちょうど人工の産物である「時計の針」の“等しいへだたり”で“等しい時の刻みの幅”を表示するように)「まっすぐに等しい経過で進む」と前提される(そうでないと,きわめて不都合が生じてしまう。そもそも時間にかかわる正確な計算が困難になってしまう!)。
                *
 ニュートン自身は,距離(空間の3方向)と時間を用いての力学の大成者であるにもかかわらず,時間(その本質)自体については,わずかしか言及していない(大著「プリンピキア」での注記程度)けれども,‥‥ニュートンにとっては,時間とは「絶対的な時間」であり,外界(すなわち変化・運動の場)の「何物とも関係なく経過する」ものであった。むしろ,それを前提として力学・物理学を構築したというべきである。実にニュートンは「絶対的な時間は,外界の何物とも関係なく均一に流れる」(時間の別名を“持続”ともいう)と措定することによって,物理学を可能にしたのであった。(と同時に,それ以降の世界の空間・時間観を実に長きにわたって支配した!)
                *
 広がりも形もなく分割できない「実体」であるモナド(単子)が,無数に集まって宇宙を形作る‥‥とするモナド論(単子論)でよく知られるライプニッツ(ドイツ,1646〜1716)は,ニュートンと同時代の人である。〔今から見れば観念的思弁論と見られかねないモナド論を,短いことばで要約するのは容易な業ではない。モナドは(ギリシア語のモナスに由来し〕究極的不可分の「一」を意味する語という。ここで「精神」は多様な表象をもちつつ,不可分の一であって,「多であり一である(一でありつつ,無限の多を表出する)」とするところは,西田哲学の,存在が「一即多・多即一」とする観点,あるいは般若心経の,実相を「色即是空・空即是色」ととらえる見方を想起させる。〕
 神学者であり哲学者である多才の人ライプニッツは,数学の分野での「微積分の発見」という点で,同じく微積分の発見者であるニュートンと,その優先権をあらそったという有名な史実を残している。〔両者とも,別々独自に創造した微積分法は,発見そのものはニュートンの方が早かった(1665年)というが,今日用いられているのはライプニッツの記号法である。〕
 このライプニッツも時間については多くを語っていないが,彼はニュートンの客観的・数学的なとらえ方「時間は現象とは関係なく一様に流れるもの(絶対的時間)」(および,実体から独立な「絶対空間」)という考えを認めず,時間を継起するものの秩序」(空間を実体の関係によって成り立つ相対的な「共存するものの秩序」という考え方と対になる見方)としているという(中村秀吉『時間のパラドックス』)。
 すなわち,「継起」とは「現象がつぎつぎに起こること」であり,「一様に流れる空虚な時間」とは相容れない。
                *
 「微分」は,「速度」そして「時間」とも深くかかわっている。
 ある道のりを旅人がいく。そのときの距離(キロメートル,S)を通過するのにかかった時間(時間,T )で割ると,単位時間(1時間)あたりに進む速さ(時速Vキロメートル,など)が導かれる。その道のり上のある点(P)上での瞬間速度は‥‥その点Pに限りなく近づくときの微小距離(微分)Bt(デルタ・ティー)で割ったBs/Btが,点Pでの速度である。
 言い換えると,運動体が時間がわずかに経過したときに動いた距離の割合(ds/dt)が「速度」(v)である。
 ピッチャーがボールを投げる。手から離れたボールは,空気の抵抗を受けて,どんどん速度がおそくなり(速度が変化して)山なりのカーブを描いて飛ぶ。そこへ横から強い風が吹き付ける(力が加わる)とか,ボールにひねりを与える(別の力を加える)ようにすると,ボールは横や斜めにわずかにコースを変えて飛ぶ。
 このように,運動する物体に外からの力が加わって,物体の速さ(と方向)が時間とともに変化しているとき,“速度が単位時間あたりに変化する割合”が「加速度」〔a=(速度の単位)÷(時間)〕である。〔ここで,速度=距離÷時間 → v=s/t;加速度=速度÷時間=距離÷(時間×時間) → a=v/t=s/tt

※ ちなみに距離(長さ),時間や物の重さ(質量)などは「大きさだけできまる量」であり「スカラー」という。スカラーは単位(センチ,秒,グラム,ジュールなど)がきまると,1つの数値だけで表わされる量(温度,密度,体積,エネルギーなど)である。これに対し,力や速度・加速度は「大きさ」のほかに「向き」をもつ量,すなわち「ベクトル」(単位はニュートン,ダインなど)である。

6.先人たちの時間観(3)

─カントのコペルニクス的転回─

 時間(および空間)についての先人たちの見方をたどる中で,世界の哲学史上にそびえる巨峰にもたとえられる“観念論的世界観”の大成者イマヌエル・カント(ドイツ,1724〜1804)を避けるわけにはいかないだろう。
 カントは大著『純粋理性批判』(以下,出典は岩波文庫)の認識論において,自ら「コペルニクス的転回」と称した,外界認識についての“画期的な”論旨を展開した。

※ コペルニクス(ポーランド,1473〜1543)が生きていた時代に自然・宇宙についての支配的な見方といえば,はるか昔のプトレマイオス(ギリシア,100ころ〜170ころ)が唱えた‥‥「地球が宇宙の中心に位置し,太陽やもろもろの星はこの地球を中心に回転している」とする,地球を中心とした秩序的世界観「天動説」‥‥であった。(この説は,なんと以後のおよそ1400年間もの長い間,その権威を保っていた。)
 コペルニクスは当時得られていた天体の観測などの事実に基づいて,太陽が宇宙の中心にあって,地球やその他の惑星は太陽の周囲を回っている,動いているのは太陽ではなく地球の方なのだとする「地動説」(太陽中心説)を発表した。このように「コペルニクス的転回」といえば,従来まで支配的だった見方ががらりと正反対のものに変わることを指す。

 まず「空間」は,人間が生活での経験を通して得た概念ではなく,ア・プリオリな(経験が生じる以前の,先験的な)表象(現れ方)であって,これは(人間が外界を知るときの)直観の根底にある。
 空間は(純粋直観であり)本来ただ一つしかなく(複数にあるのではなく)無限の量として現れる。そして「空間は(人間の)感性の主観的条件」であって「あらゆる現象の形式」である。「空間という直観形式が,実在性をもつと同時に,観念性をもつ。」
 ついで「時間」は,一切の(外界を知るための)直観の根底にある表象(現れ方)であって,「ア・プリオリに(先験的に)与えられているのである。」現象の現実性は時間においてのみ可能である(→現象はすべて時間の中に表われる)。なお,時間は1次元のみをもつ(時間は一つの直線方向に一様に進むかのように!)
 こうして「時間は感性的直観の純粋形式」であり,「多くの異なる時間は,唯一の時間のそれぞれの部分にほかならない」。「時間は,一切の現象一般のア・プリオリな形式的条件である。」
 要するに,空間・時間という“客観(人間の心の外にある自然)の現実があるから,主観(人間の心)がそれとして認める”というのではなく,“主観(人間の心のあり方)が客観(自然)を,そのようにとらえる”のである‥‥という。平たく言えば,空間や時間は(個々の人間が経験しない前の,そのやり方でしか知る方法がないという)“きまった形式”のみにおいて認識される(知覚される)のだ。人間の直観形式(すなわち人間に生まれつきに,先天的にある,人間共通の認知構造)を通してのみ,空間や時間の現れ方を知る,ということである。
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 自然という現実があるから,それを(人間が受け身で)知りうるというのではなく,人間に本来そなわった心の認知形式(空間・時間を知る形式,知るわくぐみ)によって,外界(自然)を知るのだ。〔→主観が客観に従うのではなく,逆に客観が主観に従い,主観が客観を可能にする。〕人間が自然(空間・時間)を知る仕方は〔そこにある実在(自然)そのものをそのまま知る,というのではなく〕人間の心の性質(直観の先験的形式)によるしかないのだ〔→すなわち空間も時間も主観(感性)の形式だ〕‥‥ということだ。
 このように言われてみると,そういう言い方も可能だというしかないだろう。人間は,自分自身を含む現実に存在する自然(環境)の中にあって,その心(認知構造)によってしか外界を知りえないのだから。しかし,そうだからといって,自然認識に関するここでの問題,すなわち空間・時間についての本質解明という点では,なお問題解決が先送りにされたにすぎないのではないか。
 それはそれとして,カントの見方は,絶対空間(3次元)および直線上に一様に流れる時間(1次元)ということを,認識の前提とするニュートン流の考え方の線上にあるとは言えるだろう。

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第3部
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