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孫子の部屋】SuntzuWorld
第6章】弱者と強者

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              【第6章】弱者と強者

【原注】Chang Yuは次のように,連続した章ととらえて説明する,すなわち彼は「第4章は戦術的な内容で,攻撃面と守備面を扱い,第5章は勢いに関し,直接の方法と間接の方法に触れる。良い将軍は,最初に攻撃と守備の理論にしっかり通じてから,注意を直接・間接の方法に転じさせる。彼は弱い点と強い点の主題に進む前に直接と間接の方法を変化させ結びつける技術を学習する。というのは,直接・間接の方法を用いることは,攻撃と防御から生じてくるからであり,弱い点・強い点を理解することは,ふたたび上記の両方法に依存することだからである。そこでこの章は,勢いの章に直接後続するものだ。

1.孫子は言う;戦場に最初に着いて敵の来るのを待ち受ける者は,戦うのに元気がよいが,戦場に遅れて着いて戦うのを急がされる者は,すでにへとへとになっている。

2.だから,賢い戦い手は彼の意図を敵に押しつけはする(自分の思い通りにする)が,敵の意図を押しつけられる(敵の思い通りになる)ことはない。
【原注】偉大な戦士という目印は,その人が自分で選んだ期限で戦うのかまったく戦わないかの,どちらかである。

3.(利益などのような)有利になるようなものを差し出して,彼は敵が自分でやって来るようにさせることができる。さもなければ,損害を加えて,敵が近づくことが不可能であるようにさせることもできる。
【原注】前者の場合は,餌で敵をおびき出すのであり,後者の場合は,敵が守備せざるを得ない重要な箇所に打撃を加えるのである。

4.もし敵がくつろいでいるなら,その敵をじっとさせておかない。
 もし敵に食料が十分に調達されていれば,その敵を飢えに追い込み,もし敵が静かに陣を張っているのであれば,敵がいやでも動くようにしむけるのだ。

5.敵が急いで守らなければならない箇所に出現せよ。敵の思いも寄らない場所に素早く進軍せよ。

6.もし敵方がいない土地を行くならば,軍隊は疲労せずに長距離を進軍することができる。
【原注】曹操はうまくまとめている,すなわち,「空無なるところからいきなり出現し[“晴天の霹靂”のような成句],敵の弱いところを撃て。守備十分なところは避けて,敵の思わざるところを突け。」

7.敵が守っていないところだけを攻撃すれば,攻撃すなわち成算ありだ。
 味方は,もし敵が攻撃できない場所を保持できれば,防御の安全を確かなものとすることができる。
【原注】Wang Hsiは,敵が「undefended places守っていないところ」とは「weak points 弱いところ」であると説明する。すなわち,それらは“将軍の能力不足”や“兵士の士気不足”であり,城壁の強度が不足し,警戒がきびしくなされておらず,救援部隊が来るのが遅く,あるいは地方の土地は過疎であり,さらには守り手たちは種々雑多である。

8.こうして,将軍は攻撃に熟達して,ために敵は防御の仕方を知らず,また敵からの防御に練達の将軍のゆえに,敵は攻撃の仕方を知らない。
【原注】戦争の全体的方法について,ごく簡潔なアフォリズム(金言・格言)が示される。

9.おお,精妙にして神秘なる神の術(わざ)よ! 神(あなた)を通じて見えないものを見,神(あなた)を通じて聞こえないものを聴く。そうして,わが手中に敵の命運を握るのだ。
【原注】“be invisible見えない”“be inaudible聞こえない”としたところは,字義通りには“without form or sound 形も音もない”であるが,ここではもちろん,敵からのことに関連して言われている。

10.あなたが進軍して,もし敵の弱い点を突くならば,敵はけっして抵抗することはできない。あなたが後退に際して,その動きが敵の動きよりも素早いものであれば,敵の追撃からは安全である。

11.われわれが戦いを望むならば,敵はたとえ高い城壁と深い掘り割りの奥にかくまわれていたとしても,戦闘することを余儀なくされよう。われわれが戦いを望むそこは,敵が救援に赴かざるを得ない場所だからである。
【原注】杜牧は言う,「もしその敵方が侵入部隊であれば,われわれはその部隊の連絡線を絶ち,部隊が引き返す際の路を占拠する。こちらが進入軍であれば,われわれは国王その人の攻撃に向かうだろう。[この前のブーア戦争(南ア戦争;1899-1902,イギリスの侵略戦争;10年に植民地・南ア連邦を建国した)の際のある将軍たちとは違って]孫子は正面攻撃の信奉者でないことは明白である。」

12.われわれが戦いを望まないならば,陣地を線書きで地面に描いただけにすぎなかったとしても,敵との戦闘に巻き込まれることを阻止できる。
【原注】この極度に簡略な「地面に〜」の言い回しは,Chia Linがやさしく言い替えている,「われわれがたとえ城壁も掘り割りも構築しなかったとしても」と。Li Ch'uanは言う,「われわれは変わった見慣れない作戦計画で敵を困惑させる」と。そして杜牧は,三つの例証となる逸話によって,意味の取り方に決着を付ける。──その一つ;陽平関の小城(西城(せいじょう))を占拠していた諸葛亮(孔明)は,たまたま手兵手薄なままに,まさに大軍を率いる司馬懿(い)(仲達)によって攻撃されようとしていた,まさにその時,にわかに城壁の旗さしものを引き下ろさせ,太鼓をうち鳴らすのを止めさせ,市(まち)の城門をいっぱいに開けさせ,ごく二三の人数の者に一帯を掃き清めさせて水まきさせたのだった。この予期されない成り行きの効果は(孔明によって)予期されたものだった。というのは,待ち伏せ攻撃を疑った司馬懿は実際に兵を撤退させ,大軍を引き上げていったのだった。[これが,世に名高い“空城の計”である。]
 そこで,孫子がここで唱導することは,“こけおどし”の時宜を得た利用,それ以上でもそれ以下でもない。

13.敵軍の状況をよく把握し,わが軍のありかを敵にとらえられないようにすることで,われわれは力を集中させることができ,その一方で敵は分散させられるのだ。
【原注】結論は多分さほど明白ではない。しかしChang Yu (後に Mei Yao-ch'en)は,以下のように正しく解説する,「もし敵の様子が把握できれば,敵をひとまとまりに攻撃することができる。それに対してわが軍の状態は敵側には隠密に保たれているために,敵はあるかもしれないわが軍のあちこちからの攻撃に対応して防備しようとして,その勢力を分割せざるを得なくなるだろう」と。

14.わが軍はまとまった一つの統一した軍団を組織できるのに,一方の敵は,軍を細かく分けなくてはならない。ということは,全体がその全体をばらばらに分けた部分と戦うことであって,われわれは敵の少数者に対する多数者である。

15.そして,もしこうしてわが軍が優れた力で劣った力(の敵軍)と戦うことになれば,敵方は極度の窮境に陥るだろう。

16.わが軍は戦おうと意図する場所を知られてはならない。そうすると,敵軍は攻撃されそうないくつかの別々の箇所で戦いの準備をしなくてはならない。
 こうして敵軍は,多くの方面に分散配置されるので,わが軍が対面する敵方の数は,考えられるどの場所でも,(分散度に)比例して少数となる。

17.敵軍が先頭部を強化すれば,すなわち後部の弱化となる。後部を強化すれば,先頭部が弱体化する。左翼を強化すれば右翼が弱体化し,右翼を強化すれば左翼が弱体化する。あらゆる箇所に補強の増援部隊を送れば,あらゆる箇所が弱くなる。
【原注】フレデリック大王(プロイセン王フリードリヒ二世;1740年即位,啓蒙絶対君主の典型)が麾下の“将軍たちへの訓令”に言う,「守りの戦いは,あまりにしばしば無気力にさせてしまうという誤りを引き起こしかねない。経験がほとんどない将軍はあらゆる箇所を守ろうとする。一方,自分の仕事によく精通している将軍は,主要な目的に視点を置いて,決定的な攻撃を防ぎ,そして小さな損失は,それが大きな損害になるのを避けるために,見過ごしておくのだ。」

18.もろもろの弱点は,敵のありうべき攻撃に対して,あちこちに備えをするところから生じる。(これに対して)もろもろの強さは,敵がわれわれからの攻撃への防御の準備を余儀なくされるところに生じる。 
【原注】ヘンダーソン大佐の語録に曰く;最高の将たる器は「敵方にその部隊を分散させることを余儀なくさせ,そして数の上で優れた味方の軍勢を,順に敵方の分散された部隊に集中攻撃させていくのだ」と。

19.来るべき戦いの場所と時間がわかったら,戦いを挑むために,遠い道のりをもいとわずに,戦力を集中させよう。
【原注】ここで孫子が考えていたことは,明らかに──将軍が道のりをよく考えた上で,長く迅速な進撃のためにその軍勢を分割し,後で圧倒的な力で敵軍と対決させるために,正確な場所と時間とを効果的に結びつけるのを可能にする,巧妙な戦術──であった。

20.しかし,もし戦うべき時と場所とがはっきりしなかったら,左翼の部隊は右翼の部隊がピンチの際に救助できないし,同様に右翼軍は左翼軍がピンチの際に助けられない。前衛は後衛を救えないし後衛は前衛を支援できない。ましてや友軍の百里も離れている部隊についてはなおさらのことであるし,最も近くの数里しか離れていない部隊の場合ですらそうである!
【原注】この末尾の文の中国語は少々正確さに欠ける,しかしここで要求される心象風景としてはおそらく,軍の別々の縦隊が,指定された日に到着することが命令されている集結場所に向かって前進している──というところであろう。もし将軍が,集合する時と場所のきっちりした指図がなくて,各部隊に無計画に進むことを認めるとするならば,敵方は将軍指揮下の軍を徹底的に壊滅させることが可能となろう。

21.私が思うのに,兵士の数では越(えつ)の軍がわが方より勝っているが,勝ち負けのこととなると,だからといってそれが有利だとはけっして言えない。私は勝利は達成できると言おう。
【原注】なんという大胆なことばであることか! 長い間にわたる(呉(ご)と越(えつ))両国の確執は,(呉(ご)王夫差(ふさ)のとき)紀元前473年に,呉は越(えつ)王勾践(こうせん)によって全面的な敗北を喫し,越に併合されたのだった。[この故事から“会稽(かいけい)の恥”“臥薪(がしん)嘗胆(しょうたん)”のことばが生まれた。]もっともこの故事は,孫子の死後はるかに後のことである。

22.敵は数においてこそ勝っているけれども,われわれは戦いを阻止できる。敵方の企みそして成功の可能性を見つけ調べ上げるように,工作するのだ。
【原注】Chia Linによって提唱されたもう一つの読み方は,「われわれの成功の助けとなり,敵方の失敗とな るようなすべての計画を(よく検討して)前もって知っておこう」である。

23.敵に刺激を与えよ,そしてよく動くか動かぬかの,敵の動き(反応の仕方)の基準を学習せよ。
 そして,こちらが敵の脆弱な点を発見できるように,敵が自分で露呈するのを余儀なくす るようにさせよ。
【原注】Chang Yuは言う,敵が(こちらの刺激で)騒がせられることに反応する喜びや怒りに注目して,敵のやり方がへたばってしまうのかその逆なのかを結論づけることができる,と。彼はその例として,持久戦法の小道具として使うために,諸葛亮(孔明)が女物の頭飾りを,慇懃無礼な(相手を嘲笑する)贈り物に仕立てて,司馬懿(い)(仲達)に贈ったことを挙げている。

24.強さがどこに過剰にありどこに不足があるかを知るために,慎重に敵軍と味方の軍とを比 較吟味せよ。

25.作戦計画を作成するにあたって最も心すべきことは,それらを絶対にそとにもらさぬ (conceal)ことである。
 作戦計画を秘密にすれば,敵の最優秀のスパイの探知から安全であるし,敵の最高の知恵者の企みからも安全である。
【原注】逆説の辛辣さと言った味は,翻訳では消えてしまう。Concealment(隠すこと,隠匿)は多分,あなたが実行し知性で作り出す計画について,“showing no sign(いかなる兆しも見せない)”ほどには実際にinvisibility(見えないこと;前述9節)のではない。
 杜牧は,「敵が賢く有能な将官を配置していても,敵はわれわれに対していかなる計画をも立てることはできないだろう」と説明する。

26.味方の勝利は,敵方の戦術から帰結したものであるかもしれないが,そのことを一般の兵士が知ることはない。

27.全員が私が敵を打ち破るときの用兵を見ることはできるが,誰も勝利が演出された戦略は見ることはできない。
 一度勝利した際の戦法は繰り返さない,しかし状況に応じた無限の変化に対応して,その方法を調節して対応させる。
【原注】誰でも表面的には,いかに戦闘で勝ったかは見ることはできる。彼らが見ることができないのは,戦闘に先立つ長い一連の計画とそれらの組み合わせである。
 Wang Hsiが思慮深く言うように,「勝利の根底にある基本の原則は一つにすぎないが,勝利に導く戦法は無数にある。」これをヘンダーソン大佐のことばと比べてみよう,「戦いのやり方は単純だし多くはない。それは一週間もあれば学べるし,やさしい図解や十数枚の解析図を使って教えられはしよう。しかしこのような知識は(それを教えたからといって),人に,ナポレオンのように軍隊を導くことを教えられないように,文法の知識でギボン[イギリスの歴史家,著書『ローマ帝国衰亡史』;1737-94]のように名文を書くことを教えられないのと同じことである。」

28.軍事的戦法は水に似ている。というのは,水は本性に従い,高い所から走り去り低い方へ流れ落ちる。

29.そのように戦争でのやり方は,強きを避け,弱きを挫くにある。
【原注】水のように,抵抗が最小の流れをとる。

30.水はその流れをあふれ出る地面の状態に従って形作る。兵は直面する敵との関連で勝利を演出する。

31.従って,水がきまった形を形作らないのと同様に,戦争においてもきまった状況というものはないのだ。

32.敵に応じて戦術を修正して,勝利をかちとることのできる人は,天賦の名将と呼ばれる。
 1)五行[宇宙万物を造る水,火,木,金,土の五元素]はどれもが同等に優勢だとは限らない。
 2)四季は代わるがわる席を譲る。
 3)日は短くまた長くなる。月は欠けと満ちの期間を持つ。
【原注】1)すなわち,Wang Hsiが言うように,“五元素は代わるがわる主権を握る。”
 
2)字義通りには,“固定席がない。”
 
3)5章6節を見よ。この節の趣旨は単に,自然界に常時生起する変化によって,戦争においても固定的な状況はないことを説明することにある。しかしながら,ここでの比喩的表現は必ずしもぴったりくるものではない。孫子が言及する現象の規則性は,けっして戦争における変化とは同様なものではないからである。



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