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孫子の部屋】SuntzuWorld
第10章】地 形

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              【第10章】地  形

【原注】この章の3分の1(1〜13節)だけが“地形”を扱っている(この主題は,さらにくわしく,11章で扱う)。“6つの災難”が14〜20節で論じられ,残りの節は一連の雑多な言及である(興味なくはない話題,だから触れたのだろうが)。

1.孫子は言う;地形には六つの種類がある,すなわち:
a) 四方に通じる[accessible]土地;【原注】Mei Yao-ch'enは言う,「四通八達しているところ」と。
b) 難渋する[entangling]土地;【原注】こちらついては,「道が網の目状で,入り込もうとすれば迷ってしまう土地柄」と。
c) 錯綜して手間がかかる[temporizing]土地;【原注】「やっと抜け出られる」とか「抜け出るのに手間取る」そのような土地柄。
d) 狭い通り道[narrow passes];
e) 険しい高地[precipitous heights];
f) 敵方からの遠隔地。
【原注】この分類の欠点を指摘することは,必ずしも当を得ない。この場合のような,明白な分類区分では,論理的表現の奇妙な欠如が,中国人が無条件に受け入れることとして,よく示されるところだ。

2.敵側からも味方側からも容易に通っていける土地は“出入り自由な[四通八達の;accessible]”土地と呼ばれる。

3.1)このような土地に関しては,敵側より前に高みの日が当たる場所を占拠して,補給路を注意深く守ることだ。
 2)そうすれば,有利に戦うことができる。
【原注】1)この句の一般的な意味は,疑う余地なく(杜牧が言うように)「味方の連絡手段communicationsを敵が遮断することを許さない」である。ナポレオン箴言の言い方では「戦いの秘訣は連絡communicationsにあり」である(孫子はこの重要な主題について,ここや他の箇所[1章10節,7章11節]で,もっと多くのことを発言してもよかったのだが‥‥)。
 ヘンダーソン大佐は言う,「補給路は,人生における心臓にも比すべく,軍の存立に決定的な意味を持つ。たとえて言えば,決闘者が,当たれば死をもたらす敵方の突きに気がついたが,自分の防護の仕方に迷い,敵方の動きに合わせるのを余儀なくされて,敵の突きをやり過ごしてほっとしている[いずれにしろ,危機的状況にある!],──ちょうどそれに似て,得た情報communicationsで,自分が危機的状 況にあるのを知って愕然とする将軍。多かれ少なかれ孤立した分遣隊に兵力を割かねばならず,準備する時間がない状況下で寡兵で戦わねばならず,敗北は単なる失敗ではなくて,全軍の破滅か降伏を意味する──という現実の中で,自分の全作戦を変更しないのどかな気分にいられるだろうか。」

4.放棄するのはできても再び占拠するには難しい土地は“難渋する[entangling]”土地と呼ばれる。

5.この種の場所からだと,敵に備えがなければ,出撃して敵を撃破できる。しかし,敵に襲撃への備えあれば,出撃は失敗に帰し,帰還は不可能となり,災難は不可避である。

6.先に動いた側が<RUBY CHAR="得","とく">にならない,このような土地は“錯綜して手間がかかる[temporizing]”土地と呼ばれる。
【原注】杜牧は言う,「どちらの側にも動くのに不便で,状況は行き詰まったままである」と。

7.1)この種の場所では,敵がこちらに魅力ある餌(おとり)を見せつけたとしても,2)出ていくことには賛成できないし,むしろ退却して,敵が向きを変えるように誘うべきなのだ。そうして敵側が出てきたところを,有利な攻撃が展開できるのだ。
【原注】1)杜牧は(餌(おとり)について)言う,「敵が“背を向けて逃げるふりをする。”しかしこれは,当方に場所を明け渡すようにそそのかす“おとり”の一つに過ぎないのだ」と。

8.“狭い通り道[narrow passes]”については,そこを味方が最初に占拠できれば,そこを強力な要塞にできるし,そこで敵の出現[敵がお終いになる,最後の瞬間]を待つ,というわけだ。
【原注】というのは,杜牧が述べるように,「主導権はわが方にあって,敵に突然の予期しない攻撃を加えるのは,わが方の思いのまま」だからである。

9.敵軍がこちらの機先を制して,その場所を占拠するならば,駐留する敵軍が大部隊か小部隊かに関係なく,その場所を追い求めてはならない。

10.“険しい高地[precipitous heights]”については,あなたが敵の機先を制して,高みの日当たりのよい場所を占めて敵がやって来るのを待つがよい。
【原注】曹公は言う,「高地や隘路を確保する格別の利点は,味方の行動が敵によって強制されることがない点にある」と(関連参照:6章2節)。Chang Yuは突厥(とっけつ)に対しての懲罰的遠征に遣わされた薛仁貴(せつじんき)[唐の名将,白衣で戦ったことで有名;619-682]についての逸話を語っている:──夜,いつものように陣地を決め,その防壁や掘り割りが完璧に仕上がったまさにその時,彼は突然,その宿営地を近くの丘に移すようにとの命令を発した。士官たちはこの命令をたいへん不愉快がり,兵士たちにさらに疲労を加えさせることになると,声をあげて反対した。だが,薛仁貴はそうした反対の声を無視して,可能な限り速く陣地を移動させたのだった。まさにその夜,恐るべき嵐が襲来して,移動前の陣地を12フィートをも越す深みにまで洪水が押し寄せていた。陣地の移動に頑強に反攻していた将官たちは,その光景に驚愕し,自分たちが誤っていたことを認めた。「どうしてこうなることがわかっていたんですか」と将官たちが尋ねると,薛仁貴は「今より以後,つまらぬ質問は止めて命令には従うように」と応じるのだった。──Chang Yuは続けて言う,──このことがあってから,高地で日当たりがよい土地は,戦闘に有利なだけではなく,大災害をもたらす洪水に対しても有利である,と知られるようになった,と。

11.もし敵があなたより先にその地を占めていたならば,そこに押し入ろうとせずに,敵をそこからおびき出すようにするのがよい。

12.1)もしあなたが敵からの遠隔地にいて,敵味方の兵力が互角だったら,戦いを仕掛るのは容易ではないし,2)戦っても不利となろう。
【原注】1)要点は,長時間でつかれる行進の実施は考えるべきではないということだ。それは杜牧が言うように「味方は疲労困憊,敵は鋭気満々」なのだから。

13.これら六つのことは,大地と関連した(戦いの)原理である。将軍というものは“責任ある地位”なのだから,これらのことに注意深く習熟しているべきなのだ。

14.今や軍隊は,六つほどの(起こる可能性がある)災難にさらされている。そしてそれらは,自然の事柄に起因するのではなく,将軍に責任(せめ)がある過失から生じるものなのだ。
 これらとは,a)潰走(かいそう)[敗走flight],b)反抗[不従順insubordination],c)崩壊[つぶれcollapse],d)荒廃[破滅ruin],e)組織解体[組織紊乱(びんらん)disorganization],f)完敗[総くずれrout]である。

15.(敵味方の軍の)条件が同じであって,片方がその兵力の十倍もある敵方にぶつかる(攻めかかる)とすれば,結果は“潰走[flight]”となろう。

16.1)兵卒が強すぎて将校が弱すぎる軍では,結果は“反抗[insubordination]”である。
 2)将校が強すぎて兵卒が弱すぎる軍では,結果は“つぶれ[collapse]”である。
【原注】2)曹公は言う,「将校は精力的で強行したがり,兵卒は気が弱く,いきなりつぶれてしまう」と。

17.1)高級将官が怒って(上官の)命令に従わぬ場合,敵軍と遭遇したとき,総司令官がその場 所で戦いを始めるかどうかの命令を(その将官に)下す前に,恨みの感情から(命令など聞かずに),自分勝手な判断で戦闘を始めてしまう,その結果は“破滅[荒廃ruin]”である。
【原注】Wang Hsi'sの注:「これは,将軍が理由なく怒っており,同時に部下の将官たちの能力を評価していないことを意味している。これが将官たちの激しい恨みの感情を引き起こし,どうでもなれという気分をもたらしたのだ。」

 2)将軍が軟弱で権威がないとき,その命令が明瞭・簡明でないとき,
【原注】『尉繚子(うつりょうし)』(4章)に言う,「司令官が一度決めた命令を発すれば,兵士はそれを二度聞くために待つことなどしない。彼の動きが断固としてなされたのであれば,兵士は義務を果たすのに二心を抱かない」と。バーデンポーエル将軍の言:「訓練された部下たちの仕事を成功させる秘訣は,ごく小さなこと─“指示の簡単明瞭さ”にある。」さらにWu Tu:「軍の指導者の最も致命的な欠陥は,変動(ぶれ)(一度決めたことの変更)だ。軍が陥る最悪の災難は,躊躇から生じる」と。

 3)将校や兵卒がおこなうべき役割がきちんと定められていないとき,
【原注】杜牧は言う,「将校も兵卒もきまった仕事がない」場合だ,と。 

 4)そして階級序列がいいかげんで場当たりなやり方で決められているとき,──結果は完全な“組織解体[disorganization]”となる。

18.将軍が敵軍の力の評価ができず,敵の大部隊に味方の劣った兵力を差し向けけたり,強力な相手に弱い分遣隊をぶっつけたり,前線に精鋭を配置したりすることをおろそかにするとき,結果はきまって完敗[rout]だ。
【原注】Chang Yuは,この文の後半部をわかりやすく言い換えて,「戦闘が始まるときはいつも,味方の決意を強固にし,敵の力をくじくために,前線部隊に最も鋭い戦闘精神がみなぎっていなければならないのだ」と言う。[前述・13章参照]

19.(以上の)敗北を招く六つのことは,(戦争(いくさ)について)重責を担っている将軍が慎重に心すべきことなのである。

20.1)土地の自然の成り立ちは[土地の形状を知ることは],兵運用の最高の味方である。
 2)敵方の評価,勝利する軍の統御,待ち受ける困難さ・危険・距離についての抜かりない計測等々の力量が,偉大な将軍たるか否かの指標を構成するのだ。
【原注】1) Ch'en Haoは言う,「天候や季節を利用する利点は,土地によって条件は同じではない」と。

21.これらのことをよく知り,戦いでその知識を実際に用いる者は,勝利を得る。よく知らないで実際に活用しない者は,確実に敗北しよう。

22.戦いに必ず勝つのなら,たとえ主君が戦うことを禁じたとしても,戦うのがよい。戦っても勝利しないと見えているなら,主君の戦闘命令があったとしても,戦ってはいけないのだ。

23.1) 名誉にこだわることなしに前に進み,不名誉となることを恐れないで後退し,2)ひたすらに念じることは国を防衛し国の尊厳を守るために最善を尽くすということ──そういう将軍こそは王国の至宝である。
【原注】1) 私が思うに,「兵にとって最も困難なことは退くことである」と言ったのは,あのウェリントン[将軍;ウォーターローでナポレオンを撃破;公爵]その人であった。
 
2)中国語で“幸せな武人happy warrior”を示す短い語の高貴な響き(予感)について,Ho Shihは言う,「たとえ厳罰を受けようとも,あえて己の行為を後悔しない,そういう快男児」と。   

24.兵士らを我が子のようにいたわってやると,兵士らはどんなに深い谷底にまでもついていくし,彼らを最愛の息子のようにいつくしんで扱えば,彼らは生死を共にできるようになついてくる。
【原注】これに関連して,杜牧はWu Ch'i将軍の魅力ある人間像を描いてくれている:──
 将軍は最下層の兵士と同じ服装を身につけ同じ粗末な食事をとり,乗る馬も眠るマットをもことわり,携帯食の包みは自分で運び,どんなつらい作業にもみずから兵士と共に従事した。兵士の一人が膿瘍(のうよう)に犯されたとき,将軍は自分の口でその膿を吸い取ったのだった。
 そのことを伝え聞いた兵士の母親は,泣きわめき深く悲しんだ。ある人がその母親に「なぜ泣き叫ぶのかね。普通の兵士に過ぎないお前さんの息子のために,最高指揮官殿がその傷口から毒を吸われたということなのにさあ」と尋ねた。その女は答えた,「もう何年も前のことなんだが,Wu様が同じことをうちの夫になされて,夫はうちには帰ってこずに,結局は敵軍の手にかかって死んじまっただよ。いま,息子が同じ目にあったってことは,息子もどっか知らねえところの戦(いくさ)で死んじまうことだろうかと‥‥。」
 Li Ch'uanは,冬季にHsiaoの小国を攻めたCh'u公について述べている:──
 Shen公がCh'u公に「多くの兵士がきびしい寒さで凍えています」と言った。そこで,Ch'u公は全軍を視察してまわり,兵士らに慰めのことばをかけ,兵士らを鼓舞するのだった。すると兵士らは,あたかもやわらかくあたたかい繭綿で縁取りした外套を身にまとったかのように感じるのだった。

25.しかしながら,将軍の寛大なのはよいとしても,兵士らにその権威を感じさせられられず,やさしい心情だといって,自分の命令を強制できず,かてて加えて混乱を鎮めることすらできないとなれば,兵士らは駄目になっただだっ子同然で,現実の用には役立たずである。
【原注】Li Chingはかつて言ったことがある,「もし部下の兵があなたを恐れるようになれば,彼らは敵を恐れなくなる」と。

26.味方の兵が攻撃できる状態にあるとわかっていても,敵方が攻撃に備えがあることを知らなければ,勝利への道は半ばである。
【原注】曹公はこのことを「この場合の結果は,やってみないとわからない」と言う。

27.敵方が攻撃にすきがある(無防備である)とわかっても,味方の者が攻撃できる状態にないことを知らなければ,勝利への道いまだ半ばである。

28.敵方が攻撃にすきがあるとわかり,さらに味方が攻撃できる状態にあるとわかっていても,土地の状態が戦うのには不向きであることを知らなければ,やはり勝利への道は半ばに過ぎない。

29.このようであるから練達の将は,一度行動を起こして困惑せず,野営のテントをたたんで後悔することはない。
【原注】杜牧は,その理由は「事前に勝利するための条件を調べ尽くしているからだ」とする。Chang Yuは言う,「将は(熟慮して)軽率に動かず,動いて過ちを犯さない」と。

30.そこでことわざに言う,「敵を知り己を知れば,勝利は訪れるのを躊躇しない。天を知り地を知れば,勝利は完璧である」と。
【原注】Li Ch'uanは総括する,「人事,天の時節,地の利,──この三者の知を得れば,勝利は常に頭上に輝く」と。



第11章】九種の地勢 へ