
Cantillon(カンティヨン)醸造所とグーズ博物館

早朝パリドゴール空港に到着し、北駅から出るTGVでブリュッセルに着いたときにはもう昼過ぎになっていました。パリを出るときからどんよりとした曇り空で、ブリュッセル南駅に降り立ったときには、いかにもヨーロッパらしい冷たい小雨模様の天気になっていました。
幸い予約していたホテルはすぐに見つかり、ツーリストインフォメーションも歩いて数分のところにありました。市内地図などの必需品を手に入れたあと、私は係の女性に、Cantillon(カンティヨン)醸造所にいくのはどうすればよいか尋ねました。
わざわざ日本からベルギーまでビールのことを調べにお金と時間をかけて行っているのに随分と準備の悪い奴と思われるかもしれませんが、有名な観光ポイントは別として特定の地ビール醸造所といったものに関する情報は日本国内ではほとんど入手できません。私も赤坂にあるベルギー政府観光局にも足を運んで調査はしたのですが、この醸造所に関する情報を見つけることは出来ませんでした。市販のガイドブックなどにも醸造所に関する情報などは出ていません。
ただ私はこの醸造所についてはランビックに関する記述の中で何度も出会っていたため、今回の旅行の中でも是非行ってみたい場所の一つでした。
その記述とは、
Zymurgy No.18 Spring 1995の中に
'Belgium ... A Land of Endless Riches'(p40-p44)という
記事があり、その中で写真入りで紹介されていました。

また、マイケルジャクソンの’地ビールの世界’の中でランビック醸造所の1つとしても紹介されており、巻頭のカラー写真にも2ページにわたって紹介されています。
さらにHomeBrew通信55号の吉川さんの
’JMAヨーロッパツアー’の中でも見学内容が紹介されている。
といった具合で、ベルギービールに関する紹介記事には必ずといって良いほど登場する醸造所なのです。
しかし、これらの情報源を通じてでも分かっていることは醸造所の名前と作っているビールの種類くらいのもので、どうやって見学の申し込みをしたり、どうやって行けばよいのか?休みはいつか?等といったことは皆目分かっていませんでした。
わらにもすがる気分で係の女性の顔を見ていると、彼女はしばらく考えたあとにカンティヨン・・カンティヨン・・とつぶやきながらホールのパンフレット棚の方に歩いてゆき、地図付きの小さな紙を取り出して私にくれました。そこには日本では調べるすべのなかったCantillon醸造所の地図や近くの地下鉄の駅名・Open Closeの時刻・電話番号等がしっかりと記載されておりました。
’アーこれでやっと行ける!!’
私はほっと一安心し、近くのレストランで家内と軽い食事をとり、(勿論ビールも飲んで)時差調整の意味も込めて早々にベッドにもぐり込みました。
さて翌朝。
ホテルの朝食を済ませて早速Cantillon醸造所にむかいます。
いざ着いてみるとその醸造所はなんと昨日TGVで降り立ったブリュッセル南駅から歩いてほんの5分ほどの距離の場所にあったのです。犬の糞を踏まないように下を見て歩きながら(フランスやベルギーは歩道に犬の糞が平気で落ちているので、下を注意して歩かないといけません)、醸造所の入り口までやってきました。日本で色々と気を揉んだわりには、随分とあっさりと1軒目の醸造所には着くことが出来ました。
入り口にはトラックが止まっていて、ビールを出荷しているところです。入り口を入ってすぐのところに若いお兄さんがいたので、見学がしたいと申し出たところ、ビール1杯の試飲付きで1名70フラン(約250円)とのこと。早速、家内と私の2人分申し込み、いよいよ見学開始です。お兄さんが見学コースの1番初めにあたる糖化槽(Mash Tun)の前まで私たちを案内してくれ、英語のパンフレットと見学コースの概要を説明してくれました。説明の中でイーストの添加の工程がなかったのでつい私は、
’イーストはどんな種類のものを使っていて、いつ添加するの?’
と質問してしまいました。お兄さんはすかさず
’ランビックの醸造では人工的なイースト添加はしません。自然発酵(Natural FermentationまたはSpontaneous Fermentation)で仕込んでいます。’
と説明してくれました。
自然発酵を基本とするランビックの醸造所に来てこんな当たり前のことを尋ねてしまい、われながら随分と興奮しているのだなと感じた次第です。
醸造所は3階建ての建物で、見学コースの番号に従って勝手に見て回ります。
1階は事務所と瓶詰め工程、試飲・パーティエリア、即売コーナー、在庫エリア等があり
(右の写真は即売コーナー)、
2階は煮込み用の銅製の大釜、樽に入れたビールの貯蔵庫、樽の保管・修理エリアになっています。
3階は見学コースにはなっていなかったのですが、そこもそっと覗いてみたところランビックを自然発酵させる銅製の底の浅いプールのようなものがありました。その部屋は真っ暗で天井はすすけており、噂通り蜘蛛の巣があちこちにあり、日本人の感覚ではとても飲み物を仕込む場所とは思えない汚さ(掃除をしていないという意味で)でした。
運悪く写真のフィルムが品切れになってしまい撮影できなかったのがとても残念です。
一通りの見学が終わり1階に戻ると、先程のお兄さんが試飲は何が良いか尋ねてきました。といってもグーズかランビックのどちらかしか選べず、クリークやフランボワーズは別料金です。
私は迷わずグーズを1杯頼みました。
少し遅くなりましたが、一般にランビックと呼ばれているブルッセル特産のビールの種類について説明しておきます。
ランビック(Lambic):自然発酵で発酵させたビール。
Cantillon醸造所では大麦のモルト65%と小麦のモルト35%をブレンドした麦汁にホップを加えて仕込むそうです。
ランビックはコップに注いでも泡はほとんど出ません。
グーズ(Gueuze):貯蔵年数の異なるランビックをブレンドして作ります。
ブレンドのせいで、グーズは泡が出ます。
ファロ(Faro):ランビックにキャンディーシュガーやカラメルを加えて作ったもの。
度数はランビックよりおおむね低い。
クリーク(Kriek):ランビックにサクランボを混ぜて仕込んだもの。
日本ではこれらのフルーツビールがランビックの代表として理解されている傾向があるようです。
カンティヨン醸造所では7月の終わりにサクランボをランビックの中に入れ、5〜6ヶ月間かけてサクランボが溶けるのを待つそうです。
フランボワーズ(Framboise):ランビックに木いちご(Raspberry)を混ぜて仕込んだもの。
仕込みの方法はクリークと同じ。
これ以外にも別のフルーツを使ったバリエーションなどがありますが、ランビックをもとにしたビールは大体これくらいのところです。
ランビックの説明が済んだところで、試飲したビールの味わいに戻りましょう。
・グーズ:Cantillon Gueuze
飲んだ最初にまず感じるのは酸味です。そのつぎにはかすかな苦みと渋みを感じます。食欲を増進させる飲み物といるでしょう。
Co2はかなり弱いのですが、細かい泡が立ち泡持ちもなかなか良い。
イーストの臭いがまったくしないのも特徴の一つ。
厚手のビールグラスでサービスされました。

・フランボワーズ:Framboise Rose de Gambrinus
このビールはピンク色のシャンパンにもたとえられ、
この醸造所のもっとも有名な商品の一つです。
マイケルジャクソンの’地ビールの世界(The Great Beers of Belgium)’や
The New World Guide to Beer等でも紹介されている名品です。
(ただしこのビールは100%のフランボワーズではなく、
木いちご75%、サクランボ25%の割合で仕込んでいるようです)。
シャンパンと同じようにフルートグラスに注がれてサービスされますが、
テーブルの上に置かれた瞬間からフランボワーズの華やかなアロマが漂ってきます。
色はピンクがかったあめ色で、かなり澄んではいますが透明ではありません。
泡立ちはとても良いのですが、泡持ちはあまり良くありませんでした。
味は、口に含んだときにまず感じるのはすっきりとした酸味で、
その後に渋みとかすかな苦みを感じます。
後味も良く辛口の味わいのすばらしいビールでした。
何杯かビールを楽しんでいるうちに、お兄さんがやってきて出荷の用事があるので席を外すとのこと。用事があれば自分の親父が事務所にいるから声をかけてくれとのことでした。
’英語は通じるかい?’と訊ねると
’たぶん大丈夫だと思うよ、困ったら僕を呼んでくれればまた来るよ’といって出荷作業に出かけていきました。
私たちはしばらくすばらしいビールの味を楽しんだあと、即売コーナーで先程のビールや絵はがきなどを購入することにし、事務所の親父さんに声をかけました。親父さんは親切で明るく気さくな人でしたので、いくつかの質問をしてみました。

Q:とても美味しいランビックでしたけれど、ホップは何を使ってるんですか?
A:ホップはベルギー産のブルワーズゴールド:Brewers Gold(Belgium)とイギリス産のファグルスケント:Fuggles Kent(England)を使っているよ。
Q:マイケルジャクソンの本を読んでここのことを知ったのですが、彼をご存じですか?
A:ああ、マイケルなら良く知っているよ。あいつは良いやつだ。
Q:とても美味しかったので、何本か日本に買って帰ろうと思うのですが何かお勧めはありますか?
A:Framboise Rose de Gambrinusを買って帰ってはどうかな?実はこのビールのラベルは女性が服を着ているのとそうでないのと2種類あるんだよ。両方買って帰ったら面白いよ!!
Q:何でラベルにそんな違いをもうけているんですか?
A:アメリカに輸出するときに色々とうるさいんだよ。服を着ているのはアメリカ向けで(右下)、日本へは裸のままのラベルで輸出しているよ(右上)。
Q:それでは両方のラベルのFramboise Rose de Gambrinusを1本ずつとCantillon Gueuze(こちらのラベルは小便小僧)を1本おみやげバック(厚紙製のキャリーバッグ)に仕立てて下さい。
A:OK!!
Q:おじさんところで、僕たちこれからグーズ博物館に行きたいんです。
近くだと思うんだけど教えてもらえますか?
(日本で事前にこういう博物館があることだけは調べてあったので・・)
A:グーズ博物館?? そりゃここだよ。
Q:えっ?
A:グーズ博物館とこの醸造所は同じものなんだよ。あんた達がさっき見て回ったところがグーズ博物館さ。
:あーっそうなの。
などなどと愉快な会話をひとしきり楽しみました。
皆さんもブルッセルに行かれる機会がありましたら、是非時間を作ってCantillon醸造所(あるいはグーズ博物館)へ出かけてみられることをお勧めします。
営業時間は8:30〜16:30まで。
日曜日と祝日は休みです。
Brasserie Cantillon
Rue Gheude 56, 1070 Bruxelles
Tel(02)521 49 28
Fax(02)520 28 91
Morio Murakami Presents 17/Aug/1997
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