身体の想像力としての教育 2001 デンマーク訪問記 その2
郡山 和久(神戸市)
フォルケセンター
 風力発電やバイオガスなどの未来の持続可能なクリーンエネルギーを研究しているフォルケセンターを訪ねて特に印象に残ったのが生命体内の物質循環システムの研究だった。ガラスばりの球体のその施設は、最上部から生活廃水などの汚水をパイプで流し、その汚水を利用する階層構造をもった建物であった。

 植物や細菌が育つ遊水池に一定時間おいてろ過し、農業に適する水に変えて次のステップでトマトなどの農作物を育てる。さらに、その利用後の水を同様に利用する植物や細菌に利用させ、淡水魚を養殖可能な水質まで変えていく。養殖魚に食べさせる食物も循環可能なもので、魚が水草の根を食べながらも葉を食べようとすると刺があって水草を食べ尽くすようなことがないような水草を選んでいる。また、さらにその廃水は施設の外に流してケナフのような植物に余分な窒素やリンを吸収させて、可能な限りクリーンな水にして川に流すようにするシステムである。

 この物質循環システムは、石油も原子力も科学薬品も使わない。すべてが細菌から魚類までの生物が物質循環の担い手である。その順序を整えることで人間が利用可能な食べ物を生産していこうという実験である。こんな北国のデンマークで実験しなくても日本や熱帯の国々で研究した方がよほど能率的であるのになぁ、とその時は思ったが、このように地道で試行錯誤の多い研究は目先のエネルギー問題に四苦八苦しているような国では思いもよらないことだろう。デンマークは地球時間レベル、あるいは生命の本来の代謝時間レベルでの研究が公に認められる国である。だから、日本人が日々考えている科学のパラダイムとだいぶ違うように思える。人間が育つ時間についても、われわれが理解できないようなパラダイムがあるのだろうと、森の幼稚園を訪問しても察しがつく。

 幼児は120パーセント遊ばせよ、とデンマークの教育者から何度も聞いた。しかも自然とのふれあいは欠かさないし、人とのふれ合いも大切にする。九十分の間にだれが描いても同じような絵を完成させるといった日本的な時間の押し付けもなく、その子どもの内発的な形成力に可能なかぎり干渉せずに任せていく。成長が遅い早いは当然で、つまり、うまい下手は当たり前でそれに余計な手を加えない、あくまでもその子どもの個性に応じて成長を見守る。能力の伸長が指標ではなく、人間として幸福をつかみ取ることが優先されている。日本では学習・体験内容、時間を平等にしたうえでの大人の刺激と子どもの反応を見守ることが教育とされるとすれば、デンマークのそれは子どもが内発的な動機によって活動する中で学び取ったことを見守るものである。ここには、デンマーク社会の豊かさが教育のすがたとして現れている。

 森の幼稚園での風の爽やかさは、そんな教育の姿勢がベースに流れていたからだろう。

 

2、フリースコーレー(私立小学校)

Sydthy フリースクール

 私達が訪れたときは午前十時すぎで、小学校の中庭で先生たちがお茶を飲み、その周りでは子どもたちがおもいおもいに遊んでいた。校舎は赤レンガの外装で、屋根に窓がいくつかあって採光にも工夫がなされているようだ。子ども達も教室でおやつを食べている。建物自体は大きくなく日本でいえば地方の分校といった感じだ。児童の数も数十名といったところで、学校規模としてはかなり小さいように思う。訪問中に感じ続けていたことだが、デンマークの建物は外見は小さく見えるが、中に入ると意外に広いのに驚かされた。今では、デンマークでは正方形が多用されていて、お伽の国の建物のように愛らしくこじんまりして見えるのだと納得している。

 授業を見せてもらえるというので体育館に入った。体育館とはいえフリースコーレ、日本の小学校の半分あるかないかの広さである。バスケットコート1面くらいの広さだろう。しかし、コンクリートにペンキを塗っただけの日本の体育館とは異なり、カーテンは赤い正方形を配した斬新なデザインで、気持ちがいい。手作りだろう。壁面には生徒の作品だろうか油絵が整然と並べられている。お世辞にもうまいとはいえないが、素朴なあたたかみを感じる。建物、部屋が生きていると表現したらいいのだろうか、日本の学習施設が殺風景な実験室のように思えてしまう。かつて登校拒否、今で言う不登校の子どものことで精神医学の医師に話を聞いたことを思い出す。いわく、校舎自体が子どもに拒否的な存在である。違和感があり、冷たいイメージをもつ子どももいる、と。ここは、子どもたちを包み込むような優しい空間である。

 さて、授業が始まった。小学校3、4年生くらいの子どもたちのクラスだ。半ズボンで背の高い先生が指示を出す。皆で輪をつくりましょう、と。そしてゲームが始まった。輪の中に歩み出てジェスチャーのような身体表現を一人がすると、その次の人がその動作を真似たあとに、自分の動作をしていく。そのくりかえしが基本である。人の動作を真似る。自分の動作をつくり出す。これが単位であるが、繰り返されると不思議と楽しく活気を帯びてくる。子どもたちは笑ったり、ブーイングしたりと人の動作を見たり真似たりしながら自分の感じ取ったことを素直に表現していく。先生はただ見守るだけだが、ふざけたり歩き回ったりする子どもは一人もいないし、騒然となることもない。そもそも、子どもたちには自分だけが目立とうとか人より優れた動きをしようという緊張感がない。身体表現を楽しむという一点に注意がむいており、マナーも心得ているようであった。

ドラマの授業

 日本で同じ活動をすると、身体がこわばって何をしていいのか分からない子どもが数人かならず出てくるのではないだろうか。活動する内容が決まっている場合がほとんどで、しかも教師のコメントが次々に出される中で、いわばドングリの背比べのような競争に置かれ続けている。当然、身体が固くなっていて自由に表現できない。そういう状況におかれても器用にこなす友達に任せれば良い、無難なのは適当に友達の真似をしてやりすごせばすむ。そんな気持ちにさせられ、集いを楽しむだけの感性が育てられていない。日本での身体表現は、盆踊りのような動きのパターンを覚えるものが多すぎるからこのような顛末になるのかもしれない。

 さて次は、無言劇である。椅子が1脚置かれ、一人が歯医者さん。一人は看護婦。もう一人は虫歯の患者さん、という設定でそれぞれの立場を演じていく。歯をドリルで削られているときの様子や、看護婦が優しく語りかける様子等をユーモラスに表現できていた。演技する方も見る方も抑制のきいた美しい表情だ、と感動した。他にもいろんな設定で無言劇が行われたがどれもこれも楽しい雰囲気であった。

歯医者さんと患者を演じる

 授業は、先に紹介した身体表現の伝達ゲームとこの無言劇で45分が過ぎた。先生は、授業の内容を説明しただけで何等のコメントもしなかった。繰り返すが、この授業の主眼は表現を楽しむということだ。日本の授業目標の定番の特定の内容に「気付く」、あることが「分かる」「できる」というものではない(頭文字だけとって「き・わ・で」と呼ばれることもある)。日本の授業でも「楽しむ」という授業目標があっていい、と思う。

 無論、国語や算数等は日本の授業風景とあまり変わらない。この後に訪問した公立学校ではアルファベットを学習している授業を参観した。とりたてて日本の授業と変わらないという印象をもった。また、体育専門のエフタースコーレでの数学の授業も同じであった。ただ、どの授業も二十数名の少人数で個別指導がしやすいだろうな、という感想はもった。また、学校施設では、学習環境である校舎は掲示物など工夫がされているが、その他の教育器機などで目を見張るようなものは設置されてはいない。各教室にパソコンが2台置いてある、学校によっては教室にトイレが併設されている所もあるといった程度のもの。

 「気付く」「分かる」「できる」という授業目標がすべての教育活動の根幹に位置し、ペーパーテストや実技だけで評価をくだすとなると、平均的な答えを出す事にごく幼いうちから身体と心が慣れてしまい、集いの場で皆と共感する喜びすらもいびつになるのではないだろうか。また、「相手の立場に立って物事を考えよう」と徳目を教えようとするのでは不十分であり、身体を介して単に模範解答ではなく自然にそのように身体が動くように教育していく方が合理的である。デンマークで出会った人たちに対して親近感を覚えるのは、彼等がごく幼いうちから周りの人間の身体の表現に応じていく自然な態度、開かれた感性を教育されているからだろうと思う。

 老人施設を作るに当って、自分達の老後を生きる空間のヴィジョンを話し合ってきた団体とも交流ができた。そこでは、一戸建ての家をそれぞれが持ってプライベートな生活を基盤にしながら、集える場も皆で知恵を出し合って設計したと聞いた。私が驚いたのは、老人達のグループが出した案を行政が認めて予算を出した、ということだった。なぜ、そこまで政治家と官僚が寛大なのか。それは、幼稚園からエフタースコーレまで見てきた、身体と想像力の文化の賜物のように思えてならない。老人ホームでは、その老人が生きてきたバックグラウンドを大切にするという。その人の趣味、生き甲斐など可能なかぎり老人ホームでも継続できるようにしていくそうである。そういった措置ができるのも、人間が生きることへの深い理解が身体のレベルで可能な人が多いということであろう。直接税が50%という社会を築き上げてきた政治運動から教育や福祉を考えることが順当かもしれないが、それだけではデンマーク社会の豊かさを理解できないように思う。

老人施設をつくったボランティア団体の話を聞く

 

3、最後に

 帰国して、1年が過ぎようとしている。今年もデンマークにでかけた。主に保育所併設の公立学校と福祉施設を訪問した。実は、今年はフォルケホイスコーレのどこかでのんびりとデンマーク人と一緒に絵を描く予定にしていたが、日程が合わなかった。そこで、3日ほどオーデンセのユースホステルに宿泊して、フュン島の美術館をまわってみた。美術作品では、これがデンマークの芸術だ、という作品は少なかった。というより私の感性がそれを読み取るまでに成熟していないのかもしれない。機会があれば、美術作品の鑑賞旅行をしようと思っている。

 いまでも、フリースコーレの身体表現の授業の印象は強く残っている。これに関連して、競争的でない運動としても注目できるイドラッドフォルクスについても理解を深めたい。私は、大学時代から美術解剖学について細々と研究し続けてきた。小学校でも、短距離走を指導する時、脚を痛めずに効果的な練習をする方法を考えるときには若干、解剖学の知識が役にたった。そういう経緯もあって、身体を機械論的に考えることが多かったのだが、デンマークに行って言葉は変だが、文化的身体や相互感受的身体の様相があることに遅まきながら気付いた。これらに自分なりに肉付けして教育の現場に反映させたいと願うようになってきている。